サスケはアンデッドとなってチヨメへ双剣を向けたが、本来使えるはずの風忍術を出し切らず、生前ほど鋭い空歩も見せなかった。
チヨメが「昔のサスケなら今の自分でも簡単には勝てない」と違和感を持った答えは、死者となっても彼女を妹として認識し、本気で斬り殺すことだけはできなかったからだった。
第10話の戦いを追うと、サスケは最後に兄へ戻ったのではなく、戦っている最中からずっと兄としての情を残していたことが見えてくる。
第1章 サスケはなぜ本気を出さなかった?アンデッドでもチヨメを妹と思っていた
第10話のサスケは容赦なく攻撃しているのに、最後まで「殺し切る力」だけは使わなかった
第10話「非情の掟! 涙を抱きて義兄を追う」で、
チヨメがようやく追いついたサスケは、すでに生前の姿ではなかった。
青白い顔、赤い瞳、感情の見えない表情。
しかも身体には「死の穢れ」がまとわりつき、
一度命を失ったアンデッドであることまで判明する。
それでも戦い方だけを見れば、
サスケは六忍だった頃の技をかなり残している。
チヨメが水手裏剣を足元へ投げれば風手裏剣で弾き、
アリアンの炎の矢や上空から落ちる炎の槍も、
宙を蹴る「空歩」で軌道を変えながら回避していく。
チヨメが「サスケ兄さん」と呼び止めても、
サスケは振り返って昔のように答えることはない。
アリアンが「もうあなたが知る人とは別物」と告げた直後には、
双剣を抜いて一気に間合いを詰め、
二撃目から鋭い蹴りまでつないでチヨメを吹き飛ばす。
さらに倒れたチヨメへ追撃し、
変則的に軌道を変える手裏剣まで投げてくる。
チヨメ自身も胸へ迫る手裏剣を見ながら、
昔サスケから投げ方を教わった記憶を思い出すほどで、
表面だけなら完全に敵として襲ってきたように見える。
ところが決着後、
チヨメは一つの違和感を口にする。
サスケは本来ならもっと多くの風忍術を使えたはずで、
空歩も生前はさらに鋭かった。
今のチヨメでも昔のサスケには簡単に勝てないと知っていたからだ。
そこで初めて、戦闘中のサスケが
「できなかった」のではなく「出し切らなかった」可能性が浮かぶ。
双剣も蹴りも手裏剣も使い、チヨメを負傷させているのに、
六忍として持っていた能力全部をぶつけてはいない。
殺すところまで踏み込めない何かが残っていた。
倒れた後の一言で、戦闘中から兄としての意識が残っていたことが分かる
チヨメは最後に、
水狼を囮としてサスケの動きを限定し、
傷を負った脚へ「水遁・水血針獄葬」を撃ち込む。
水の針が体内から全身を貫き、
サスケはその場へ崩れ落ちる。
倒れた兄を見下ろしながら、
チヨメはなぜもっと忍術を使わなかったのかと問いかける。
そこで閉じていたサスケの瞳がわずかに動き、
消え入りそうな声で、
妹へ本気で斬りかかることはできないと答える。
この一言で、第10話の戦い方がすべて変わって見える。
サスケは最後に突然チヨメを思い出したのではない。
戦っている最中から彼女を妹として認識していたからこそ、
持っている風忍術や空歩を完全には使わず、
自分の実力へ無意識に制限を掛けていた。
もちろん攻撃そのものが芝居だったわけではない。
蹴りでチヨメを吹き飛ばし、口から血を吐かせ、
双剣でも急所へ届きかねない攻撃を繰り返している。
アンデッドとして敵対する力と、
兄として残った感情が同じ身体の中でぶつかっていたと見る方が近い。
その証拠にサスケは、
チヨメがアークを呼んで治療しようとすると首を振って止める。
そして自分を終わらせた相手を恨むのではなく、
妹の手で逝けることへの感謝を伝え、
泣くチヨメを最後まで気遣っている。
だからサスケが本気を出さなかった答えは、
アンデッドになって弱くなったからだけではない。
生前の技も記憶も残る中で、
チヨメを「倒すべき敵」へ完全に置き換えることができず、
最後まで妹として扱っていたからである。
第2章 どこが手加減だった?双剣・風忍術・空歩に残った違和感
双剣と手裏剣は本気に見えるのに、六忍サスケの得意な風忍術は出し切っていない
サスケの手加減は、
攻撃回数が少なかったという単純な話ではない。
第10話では屋根の上を高速で移動しながら、
双剣、蹴り、手裏剣、風手裏剣、空歩まで使い、
チヨメとアリアンを相手に戦い続けている。
特に接近戦では、
チヨメが一撃目をかわし、二撃目を短剣で受けても、
その防御直後へ蹴りを差し込む。
吹き飛んだ相手へ間を置かず追撃するあたりは、
六忍として戦っていた頃の鋭さが残っている。
また手裏剣も普通の投擲ではない。
アリアンの炎を空歩でかわした直後、
崩れた姿勢のまま懐から金属製の手裏剣を放ち、
途中で軌道を変えながらチヨメの胸元へ迫らせる。
これは生前からサスケが得意としていた技だった。
だからチヨメも一度は、
目の前にいる存在を「サスケではない」と切り離せない。
手裏剣を見た瞬間、的へ当てられなかった自分へ、
投げ方を教えてくれた兄弟子の顔が浮かび、
日暮れまで一緒に鍛錬した時間まで思い出している。
しかし決着が近づくにつれて、
チヨメは別の違和感にも気づいていく。
サスケが風をまとわせた双剣で水狼を斬った時、
それが生前から得意だった精霊術だと分かる一方、
もっと多彩な風忍術を使わないことが引っかかる。
本来のサスケなら、
単純な風手裏剣や剣への風付与だけで終わらない。
六忍に選ばれるだけの技量があり、
現在のチヨメより豊富な術と鋭い移動技を持っていた。
だから「全部使えばもっと強い」と本人を知るチヨメだけが分かる。
空歩の切れまで落ちていたことが、「単なる能力低下」だけではない違和感につながる
サスケの象徴的な動きの一つが、
空中そのものを足場にするような「空歩」である。
アリアンの炎の槍が真上から落ちた時も、
体勢を崩した状態から宙を蹴って着弾地点を離れ、
屋根が吹き飛ぶ攻撃をかわしている。
黒巨人が建物を崩した場面でも、
サスケは落下する瓦礫へ巻き込まれず、
空中に留まるようにしてチヨメたちの動きを見ている。
地面だけを使う普通の剣士とは違い、
上下まで含めて戦場を移動できるのが本来の強みだった。
ところがチヨメは決着後、
その空歩にも以前ほどの切れがなかったと振り返る。
途中で脚へ手裏剣と水手裏剣を受けた影響はあるものの、
それ以前から生前ほど完成された動きではなく、
兄を知る者だからこそ分かる差が残っていた。
一方でチヨメ自身は、
以前より明確に強くなっている。
投げた手裏剣を囮にして逆方向から来るサスケを読み、
水手裏剣を瓦礫の影から撃ち出し、
負傷した脚を狙って少しずつ動きを削っていく。
さらに「水遁・水狼牙」では、
二匹の水狼だけを見せた後に小型の一匹を残し、
サスケが水狼の首を斬る瞬間を利用して腕へ噛みつかせる。
最後は投げた短剣で視界を塞ぎ、
傷口へ水血針獄葬を叩き込むところまで組み立てている。
つまり勝敗は、
サスケが何もしなかったから決まったわけではない。
成長したチヨメが六忍として戦術を組み、
サスケ自身も攻撃している中で、
それでも「昔の兄ならもっと強かった」という差が残った。
チヨメが勝てたこと自体が、サスケの情が残っていた証拠になっている
この戦いで一番重要なのは、
チヨメ自身が勝利を素直に受け取っていないことだ。
倒した直後に達成感を見せるのではなく、
真っ先に「なぜもっと忍術を使わなかったのか」と問い、
自分が知るサスケとの実力差を確かめようとしている。
生前のサスケは、
組手で幼いチヨメが一撃も入れられないほど強かった。
不貞腐れたチヨメに困ったように笑い、
それでも日暮れまで鍛錬へ付き合ってくれた。
その兄が、六忍になった現在のチヨメにもまだ簡単には負けない存在だった。
だから決着後の言葉は、
ただ泣かせるための最後の台詞ではない。
風忍術を絞ったこと、空歩の鋭さが足りなかったこと、
妹を傷つけても殺し切らなかったことへ、
すべて同じ答えを与えている。
アンデッド化によって表情や行動は変わり、
敵としてチヨメへ刃を向ける状態になっていた。
それでも兄として過ごした時間までは消えておらず、
最後の一線だけは越えられなかった。
そこがサスケ戦の一番大きな違和感であり、同時に答えでもある。
第10話の勝敗だけを見れば、
六忍チヨメがサスケを倒した戦いで終わる。
しかし攻撃の内容まで追うと、
本当は兄が妹を完全には殺せなかった戦いであり、
チヨメがそれに気づいた瞬間に決着の重さが変わってくる。
第3章 サスケはチヨメを忘れていた?呼びかけに反応しなかったのに情だけ残った
第9話では「サスケ兄さん」と呼ばれても止まらず、完全に別人のように見えていた
チヨメがサスケと再会した時、
最初に感じたのは懐かしさより違和感だった。
第9話終盤、黒巨人ジャミアントを操る側にいた黒装束の男を見て、
チヨメは思わず「サスケ兄さん」と名前を呼ぶ。
しかし返ってきたのは、昔の兄弟子らしい反応ではなかった。
サスケは赤い瞳を細め、
チヨメへ二本の剣を向ける。
呼びかけを聞いて驚くことも、懐かしむこともなく、
むしろそのまま敵として構え、
黒巨人が押し寄せると一瞥だけ残して空中へ逃れていく。
この時点ではチヨメ自身も、
目の前にいる人物が本当に昔のサスケなのか判断できない。
顔立ちや動き、剣技は確かに同じなのに、
生気のない青白い肌と赤い瞳、無表情な顔つきは、
自分が知っていた兄弟子とは明らかに違っていた。
第10話になると、その違和感へ答えが加わる。
サスケは「死の穢れ」を纏っており、
それはすでに一度命を失っていることを示していた。
しかも怪しいペンダントを使って大量のアンデッドを操り、
虎人族を襲わせる側へ回っている。
つまりチヨメが追っていたのは、
生前そのままのサスケではない。
一度死亡し、何者かの手によって不死者として使われ、
命令へ従う状態になった兄弟子だった。
だから呼びかけへ素直に答えなかったこと自体は不自然ではない。
それでも戦闘中に「昔教えた技」を使い、最後には妹として認識していた
ところが第10話の戦いを細かく見ると、
サスケの中身が完全に消えていたとも言い切れない。
チヨメへ向けて投げた手裏剣は、
かつて自分が妹弟子へ教えた技そのものであり、
チヨメは攻撃を受けながら昔の稽古を思い出している。
原作ではこの場面で、
手裏剣を的へ当てられず困っていた幼いチヨメへ、
サスケが投げ方を教えていた過去が重なる。
日暮れまで一緒に鍛錬し、
組手で一撃も入れられず不貞腐れる妹弟子へ笑いかけていた兄だった。
現在のサスケは、その同じ技を敵として使ってくる。
だからチヨメにとっては、
「昔の兄の技を、死者となった兄から受けている」状態になる。
技だけ残り人格だけ消えたようにも見えるが、
決着後の言葉がその印象を変える。
チヨメが、なぜもっと風忍術を使わなかったのかと尋ねると、
サスケは妹へ本気で刃を向けられなかったことを明かす。
つまり名前を呼ばれて立ち止まらなくても、
チヨメが誰なのか自体は分かっていた。
表へ出せないだけで、兄としての認識は残っていたことになる。
ここで重要なのは、
「記憶があるか、ないか」の二択ではないことだ。
アンデッドとして命令に従う身体と、
生前から残る記憶や感情が同時に存在し、
行動の奥で互いに引っ張り合っていたと見る方が自然である。
だからサスケは、
チヨメの呼びかけへ普通には応じられなかった。
それでも完全には殺し切れず、
最後には妹として認識していたことを言葉にする。
忘れていたのではなく、兄として振る舞えない状態にされていたのである。
第4章 サスケとチヨメは本当の兄妹ではない|なぜ最後まで「妹」だったのか
二人は血縁ではなく、刃心一族で育った兄弟子と妹弟子だった
サスケとチヨメは、
血のつながった実の兄妹ではない。
二人は刃心一族で共に鍛錬してきた兄弟子と妹弟子であり、
六忍へ先に選ばれたサスケを、
チヨメが本当の兄のように慕っていた関係になる。
原作では、チヨメには両親も兄弟もおらず、
そんな彼女をサスケが妹のように可愛がっていたことが語られる。
だから「サスケ兄さん」という呼び方も、
単なる年上の先輩への愛称ではない。
家族を持たないチヨメにとって、本当に兄に近い存在だった。
サスケもまた、
ただ忍術を教える先輩として接していたわけではない。
手裏剣が的へ当たらなければ投げ方を教え、
日が暮れるまで鍛錬へ付き合い、
組手で勝てず不機嫌になるチヨメを見れば困ったように笑っていた。
こうした過去があるからこそ、
第10話でサスケがチヨメへ手裏剣を投げる場面が重くなる。
昔は兄が妹へ教えるために使った技が、
現在では兄が妹を攻撃するための技になっている。
同じ武器なのに関係だけが反転している。
一方のチヨメも、
攻撃されている最中に過去を思い出している。
目の前の敵を単なるアンデッドと割り切れば戦いやすいはずなのに、
剣や手裏剣の一つ一つに、
昔一緒に過ごしたサスケの姿が重なってしまう。
第8話以前から、チヨメは行方不明のサスケを今も家族として探し続けていた
今回の再会が突然重くなったわけではない。
サスケは以前から行方不明となっており、
チヨメはその消息を気にし続けていた。
南の大陸へ渡る船上では、
クラーケンの干物をサスケへの土産にすると話す場面まである。
この時のチヨメは、
サスケが敵になっているとは知らない。
どこかで生きていて、いつか再会できると考え、
旅の途中で手に入れた珍しいものを持ち帰ろうとしている。
兄弟子というより、離れて暮らす家族へ土産を用意する感覚に近い。
だから第9話で実際に再会した時、
喜びより先に衝撃が来る。
探していた兄は生きて戻ってきたのではなく、
死者として別の勢力に使われ、
自分たちへ剣を向ける側に立っていた。
チヨメがすぐ斬りかかれなかったのも当然だった。
目の前にいるのは敵でありながら、
長い間探し続け、土産まで用意していた兄である。
戦闘中に過去の記憶が何度も割り込むのは、
二人の関係が六忍同士だけではなかったからだ。
血縁がなくても、サスケの中では最後まで「妹」という位置が変わらなかった
サスケ側も同じである。
アンデッドになり、命令に従って動き、
チヨメへ双剣や手裏剣を向けても、
最後の最後まで彼女を完全な敵として扱えなかった。
そこに血縁の有無は関係していない。
むしろ血がつながっていないからこそ、
「妹」という関係は長年の積み重ねで作られたものだと分かる。
一緒に鍛錬し、技を教え、
失敗すれば付き合い、成長を見守ってきた時間が、
アンデッドになった後まで消えずに残っていた。
そして決着後、
チヨメが治療しようとしてもサスケはそれを拒み、
妹の手で終われることを受け入れる。
敵に倒されたというより、
最後に家族のもとへ帰れたような終わり方になる。
だから第10話の戦いは、
「兄弟子サスケ対六忍チヨメ」だけではない。
生前は兄として妹を育てたサスケが、
死後はその妹と敵として向き合いながら、
最後の一線だけは越えられなかった戦いでもある。
サスケがチヨメを妹と思っていたかという疑問には、
最後の言葉だけでなく戦闘全体が答えになっている。
本気を出さなかったこと、風忍術を使い切らなかったこと、
そして妹の手で終わることを受け入れたこと。
その全部が、血縁以上に積み重ねられた兄妹の関係を示している。
第5章 なぜチヨメは自分でサスケを倒した?六忍として「見送る」覚悟
アリアンが代わりに戦おうとしても、チヨメは自分の役目として引き受けた
第10話の途中、
アリアンは迷い続けるチヨメを見て、自分がサスケを倒そうとする。
実際アリアンは炎の矢や炎の槍を放ち、
サスケへ直接攻撃を仕掛けており、
戦力だけなら彼女へ任せる選択もできた。
それでもチヨメは、
最後には自分でサスケへ手裏剣を投げる。
一度は兄への情で動けなくなったのに、
逃げようとしたサスケの脚を正確に狙い、
空歩を崩して瓦礫の上へ落としている。
アリアンが心配して声を掛けると、
チヨメは自分でやると答える。
そして六忍を拝命した時から、
他の六忍を見送る役目があると語り、
黒巨人の相手だけをアリアンへ頼む。
ここでチヨメは、
妹としてだけではなく六忍としてサスケへ向き直る。
昔の兄を助けたい気持ちは消えていないが、
すでに一度死に、アンデッドとして人を襲う存在になった以上、
誰かが止めなければならないことも理解している。
だからこの決着は、
「兄が敵になったから仕方なく倒した」だけではない。
刃心一族の六忍として、
同じ六忍だった者の最後を自分で引き受けるという、
チヨメ自身の立場まで重なっている。
水手裏剣、水狼、水血針獄葬まで使い、兄から教わった技術で兄を越えていく
覚悟を決めた後のチヨメは、
それまでとは戦い方が明らかに変わる。
サスケが投げ返した手裏剣を短剣で弾き、
逆方向から飛び込んでくる本体まで読み、
真正面から二刀の攻撃を受け流していく。
さらに瓦礫の下へ仕込んでいた水手裏剣を使い、
すでに傷を負っていたサスケの脚をもう一度狙う。
アンデッドは痛みを感じなくても、
肉体そのものが壊れれば動きは落ちる。
そこを理解した上で空歩の機動力を削っている。
続く「水遁・水狼牙」でも、
ただ二匹の水狼を正面から突撃させるだけではない。
サスケが風をまとわせた双剣で水狼を斬るところまで読んで、
さらに小型の水狼を死角へ残し、
腕へ噛みつかせて一瞬の隙を作る。
そこへ短剣を顔面へ投げ、
サスケが弾いた瞬間に視界の内側へ滑り込む。
狙うのはすでに傷ついた脚。
右手を近づけて「水遁・水血針獄葬」を撃ち込み、
体内から無数の水針を突き出して動きを止める。
この決着が重いのは、
チヨメの戦闘技術の中にサスケから教わったものが残っているからだ。
手裏剣の扱い、相手の動きを読む癖、
何度負けても鍛錬を続けた経験。
兄に育ててもらった妹が、その力で兄を見送ることになる。
だからチヨメは勝った直後も喜ばない。
涙を流しながらサスケを見下ろし、
最初に出たのは勝利の言葉ではなく、
なぜもっと忍術を使わなかったのかという問いだった。
自分が本当に兄を越えたとは思っていなかったからである。
最後に治療しようとしたことで、六忍の責任と妹の感情が両方残っていたと分かる
サスケが倒れた後、
妹へ本気で斬りかかれなかったと明かすと、
チヨメはすぐに戦士の顔を崩す。
アークを呼んで治療してもらおうと立ち上がり、
どうにか兄を助けようとする。
ここで分かるのは、
チヨメがサスケを憎んで倒したわけではないことだ。
戦っている間は六忍として決着をつけ、
戦いが終わった瞬間には、
また兄を助けたい妹へ戻っている。
しかしサスケは小さく首を振り、
治療を受けることを拒む。
そして自分を終わらせたチヨメへ恨みを残すのではなく、
妹の手で逝けることを受け入れ、
最後には泣く彼女を気遣う。
そのためチヨメの「見送る」という役目は、
単なる処刑ではない。
すでに人として戻れない兄を、
誰かに倒させるのではなく自分の手で終わらせ、
最後まで兄として送り出すことだった。
第10話の決着は、
六忍チヨメが強敵サスケを倒した戦闘であると同時に、
妹が兄の最後を引き受けた場面でもある。
だから勝敗よりも、
「誰の手で終わるか」が重要な戦いになっている。
第6章 サスケはなぜアンデッドなのに感情を残せた?死の穢れと操られていた身体
第10話で分かるのは、「死の穢れ」がある以上サスケは一度確実に死んでいること
サスケの状態について、
第10話で最も大きい情報が「死の穢れ」である。
公式あらすじでも、サスケが死の穢れをまとっており、
それが一度命を失った証拠だと明示されている。
つまり瀕死や重傷ではなく、本当に死亡した後の存在だった。
さらにサスケは、
怪しいペンダントを使って大量のアンデッドを動かしている。
黒巨人の赤子を撒き餌にし、
親のジャミアントを虎人族へ誘導するなど、
生前の六忍とは正反対の行動まで取っている。
このためチヨメから見れば、
目の前にいる兄は身体だけ再利用された存在にも見える。
赤い瞳、青白い肌、無表情な顔。
名前を呼んでも止まらず、
昔なら守ったはずの妹へ双剣まで向けてくる。
原作でもアンデッドは、
生ある者を憎み死を振り撒く存在として語られる。
チヨメ自身も最初は、
魂のない屍になってしまったのではないかと考える。
それほど現在のサスケは生前と違っていた。
ただし完全な空の器だったなら、
第10話後半の行動とは噛み合わない。
生前得意だった風の精霊術を使い、
手裏剣の癖も空歩も残り、
最後にはチヨメを妹として認識して言葉まで返している。
技だけでなく「妹へ本気で斬りかかれない」という感情まで残っていた
アンデッド化後にも残っていたのは、
剣術や忍術の記憶だけではない。
サスケは決着後、
もっと多くの風忍術を使わなかったことを問われ、
妹へ本気で斬りかかれなかったと答えている。
これはかなり重要である。
身体が覚えていた技を機械的に再現しただけなら、
チヨメを妹として区別する必要はない。
しかし実際には相手が誰なのかを認識し、
その相手だから攻撃へ制限を掛けていた。
しかもその制限は、
決着直前だけに生まれたものではない。
戦闘中から使う忍術が基本的なものへ偏り、
空歩も昔ほど鋭くなく、
現在のチヨメでも勝機を作れる程度まで抑えられていた。
つまりサスケの内部では、
アンデッドとして敵を排除しようとする力と、
チヨメを妹として守ってきた生前の感情が、
同時に残っていたと見るのが自然になる。
片方だけなら第10話の戦い方を説明し切れない。
チヨメへ蹴りを入れ、
口から血を吐かせるほど攻撃している以上、
完全に自由だったとも言い切れない。
それでも殺すところまで踏み込まず、
最後には兄としての言葉を取り戻している。
最後の「教会に気をつけろ」は、サスケの意識が最後まで残っていたもう一つの証拠になる
サスケの意識が残っていたことを示すのは、
チヨメへの情だけではない。
身体が塵へ変わり始めた最後の瞬間、
サスケは消え入りそうな声で、
チヨメへ「教会に気をつけろ」と警告を残す。
この言葉は、
単なる兄妹の別れとは別の情報を含んでいる。
サスケは自分がどういう存在になったのか、
その背後に何があるのかを何らかの形で把握しており、
最後に妹へ危険を知らせようとしている。
もし完全に人格を失ったアンデッドなら、
敵対勢力について警告する必要もない。
自分を操る側に不利な情報を残す行動自体、
サスケ個人の判断が最後まで消えていなかったことを示す。
ここでも生前の人格が表へ戻っている。
そしてチヨメが聞き返した時には、
もうサスケの身体は塵へ変わり、
答えを返すことはできない。
手元には虹色に光る宝石だけが残り、
警告の正体は次の疑問として残される。
だからサスケは、
アンデッドになったことで昔の人格が完全消失した人物ではない。
敵として動かされながらも、技、記憶、妹への情、
そして最後に伝えるべき警告まで残していた。
死者となっても「サスケ本人」が最後まで内部に残っていたのである。
第7章 サスケが最後まで守ったものは何だった?敵になっても消えなかった兄としての情
サスケは最後に兄へ戻ったのではなく、戦っている最中からずっと兄だった
第10話の決着だけを見ると、
サスケは倒された後に一瞬だけ正気を取り戻し、
最後にチヨメへ兄らしい言葉を残したようにも見える。
しかし戦闘全体を振り返ると、
兄としての感情はもっと前から残っていたと分かる。
双剣で斬りかかり、蹴りで吹き飛ばし、
手裏剣まで使ってチヨメを追い詰めている一方、
本来なら使えるはずの風忍術を出し切らず、
生前ほど鋭い空歩も見せず、
決定的に殺し切るところまでは踏み込まなかった。
しかもチヨメ自身が、
昔のサスケなら今の自分でも簡単には勝てないと知っている。
幼い頃から組手を重ね、
一撃すら入れられず悔しがった相手だからこそ、
現在の戦い方にある不自然さへ気づくことができた。
だからサスケが最後に、
妹へ本気で斬りかかれなかったと明かす言葉は、
突然生まれた感情ではない。
戦闘中に見えていた手加減へ答えを与えるものであり、
兄としての情が最初から残っていた証明になる。
チヨメを攻撃しても、最後の一線だけは越えられなかった
もちろんサスケは、
チヨメへ優しく接していたわけではない。
口から血を吐くほど蹴り飛ばし、
胸元へ変則軌道の手裏剣を飛ばし、
双剣でも何度も斬り込んでいる。
このため「情が残っていた」といっても、
最初から自由に行動できたとは考えにくい。
アンデッドとして敵対する力に縛られ、
サスケ自身もチヨメを攻撃せざるを得ない状態にありながら、
その奥で生前の感情が抵抗していたと見る方が自然である。
つまり第10話の戦いは、
敵となった兄が妹を殺そうとした戦いではない。
攻撃しなければならない状態の兄が、
それでも妹を完全には殺せず、
最後の一線だけを守り続けた戦いだった。
その一線があったからこそ、
チヨメは水狼や水手裏剣を組み合わせて勝機を作れた。
最後に水血針獄葬を撃ち込めたのも、
サスケが本来の全力を出し切らなかったからであり、
兄の情が妹へ「勝てる余地」を残したとも言える。
「教会に気をつけろ」という警告まで残したことで、最後までチヨメを守ろうとしていた
サスケが最後まで守ったものは、
兄妹としての感情だけではない。
身体が崩れ始めた最後の瞬間、
チヨメへ「教会に気をつけろ」と警告を残している。
自分が消える直前まで妹の先を心配していた。
この言葉は、
単なる別れの挨拶ではない。
自分をアンデッドにした勢力や、
その背後にある危険を何らかの形で察していたサスケが、
残された妹へ渡した最後の情報である。
生前のサスケは、
手裏剣を教え、組手へ付き合い、
チヨメが強くなる過程を近くで見守っていた。
死者になった後も最後に選んだ行動は、
その妹へ危険を知らせることだった。
つまりサスケは、
チヨメの手で倒されるところまで兄として行動している。
戦闘では本気を抑え、
決着後は治療を拒んで妹の手で終わることを受け入れ、
最後には次の危険まで伝えている。
サスケの最期より大きいのは、「アンデッドになっても兄であることを失わなかった」こと
サスケの物語を、
単に「アンデッドになってチヨメに倒された」で終えると、
第10話で描かれた一番大きな部分を見落としてしまう。
重要なのは死者になったことではなく、
死者になっても何が消えなかったかである。
顔色は変わり、瞳は赤くなり、
以前のように名前を呼ばれて笑い返すこともなくなった。
それでも手裏剣を教えた記憶、
妹として可愛がった感情、
守りたいという意識まで完全には消えていなかった。
一方のチヨメも、
最後までサスケをただの敵として扱えなかった。
六忍として自分の手で決着をつけながら、
倒れた兄を助けようとアークを呼び、
最後には涙を流して見送っている。
だから二人の戦いは、
兄妹の関係が壊れた場面ではない。
アンデッド化され、敵同士にされてもなお、
最後まで兄妹の関係だけは壊れなかった場面である。
そこに第10話の決着の重さがある。
サスケが本気を出さなかったのは、
弱くなったからでも、戦う技術を忘れたからでもない。
チヨメを最後まで妹として認識し、
自分の力で殺し切ることだけはできなかったからだった。
敵になっても消えなかったその情こそ、サスケが最後まで守ったものなのである。


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