ボラクチンが狙っていたのは、オゴタイを殺すことではなく、あえて倒れる状況を作り、その危機を利用してオゴタイの権力を脅かす存在を消していくことだった。第11幕で、自ら毒性のある石を長期間試していたのも「オゴタイの障害を取り除くため」と明かされ、オゴタイの毒とドレゲネへの誘導が同じ計画線上にあったことが見えてくる。
ただしトルイが自ら身代わりを申し出る瞬間まで完全に決められていたとは断定しにくく、ボラクチンはトルイの性格と祈祷の仕組みを利用して、彼が選ばれる可能性の高い盤面を作ったと見るのが最も自然になる。ここがこの記事の一番尖る部分。
第1章 ボラクチンの狙いはオゴタイを守り、邪魔になる存在を消すこと
オゴタイを殺すための毒ではなく、オゴタイへ権力を集めるための仕掛けだった
ボラクチンの行動を第10幕だけで見ると、
オゴタイへ毒を盛り、
その結果としてトルイが倒れたようにも見える。
しかし第11幕「不器用な石」まで進むと、
彼女が欲しかったのはオゴタイの死ではない。
むしろ逆で、
夫オゴタイを守るために周囲の障害を消そうとしていたことが明かされる。
第10幕「知恵」では、
オゴタイが突然の病に倒れ、
回復を願う祈祷が行われる。
その直後、
まるで身代わりになったようにトルイへ不測の事態が起こり、
帝国の軍事力、権威、知識が、
オゴタイ家へ一気に集中する形になった。
ここで大きいのは、
オゴタイが死んでいないこと。
本当に夫を殺したいのであれば、
回復できる程度の状態へ留める必要はない。
ところが実際には、
オゴタイが危篤になることで祈祷が行われ、
周囲の皇族たちが彼を救うために動き、
結果として最大級の軍事力を持つトルイが失われている。
第11幕では、
その前提を作ったボラクチンの過去まで明かされる。
彼女が手に入れていたのは、
扱い方によって薬にも猛毒にも変わる石。
少量なら薬として使える一方、
加工の仕方によっては、
無味無臭の猛毒へ変化する性質を持っていた。
しかもボラクチンは、
その効き方を誰かへ試したのではない。
自分自身の身体を実験台にして、
どの程度なら薬になり、
どこから身体を壊す毒になるのかを確かめていた。
第8幕で病身だったのも、
単に体調を崩していたからではなく、
長く続けた実験の影響が重なっていたことになる。
第8幕「大カトゥン ボラクチン」で、
シタラはそんな事情を知らない。
書記官の仕事を手伝う中で、
第四妃モゲの仲介によって第一皇后ボラクチンへ謁見し、
衰弱した身体を見て原因を考える。
そこで使ったのが、
これまでペルシャで得てきた医術や錬金術の知識だった。
シタラは、
鉱山の粉塵に含まれる物質へ目を向け、
病の原因を突き止める。
さらに治療へつながる知識まで示し、
「これでボラクチンの懐へ入れる」と考える。
第7幕までドレゲネと進めていた、
オゴタイとトルイを対立させる計画を、
さらに宮廷深部から進められるようになった瞬間だった。
しかし後から見ると、
ここには大きな逆転がある。
知識で相手を読み切ったつもりのシタラより、
ボラクチンの方がさらに長い時間を使って準備していた。
自分の身体を壊していた鉱物も、
偶然触れていたものではない。
オゴタイの周囲から障害を取り除くため、
毒として利用できるところまで確かめていた。
だからボラクチンの怖さは、
突然思いついて毒を使ったことではない。
第8幕でシタラが出会った時点より前から、
自分の身体を犠牲にし、
効き目を測り、
実際に使える方法を確かめていた。
第10幕のオゴタイ急病は、
そこまで積み上げた準備が、
初めて表側へ出てきた場面になる。
トルイが消えたことで、軍事力までオゴタイ家へ集まるところが最大の成果になる
ボラクチンの狙いを見る時、
毒そのものより、
その後に誰が得をしたのかを見る方が分かりやすい。
第10幕の公式あらすじでも、
トルイに不測の事態が起きた後、
帝国の軍事力、権威、知識が、
オゴタイ家へ一極集中したと明確に示されている。
それまでオゴタイは、
大カアンとして帝国最高の権威を持っていた。
一方で軍事面では、
弟トルイの存在が非常に大きい。
第7幕「兄弟」でシタラが目を付けたのも、
この二人が別々の強みを持っていたからだった。
オゴタイには皇帝としての権威。
トルイには軍を動かす力がある。
シタラはそこへ不和を起こそうとした。
ドレゲネからクリルタイの情報を受け取り、
兄弟の力関係を調べ、
互いへの警戒を強めれば、
モンゴル帝国を内側から崩せると考える。
つまり第7幕の時点では、
トルイの軍事力そのものが、
オゴタイへ対抗できる巨大な柱として存在していた。
さらに第9幕「天」では、
その力が具体的な戦果として描かれる。
金国軍十五万に対して、
トルイ率いるモンゴル軍は四万。
兵数だけなら圧倒的に不利だったが、
巻き狩りの発想を戦術へ利用し、
大軍を崩して大きな勝利を収める。
この勝利によって、
トルイは単なる皇帝の弟ではなく、
帝国を実際に勝たせる軍事指導者として存在感を増す。
オゴタイが政治と権威の中心なら、
トルイは戦場で結果を出す中心人物。
同じチンギス・カンの息子でも、
二人が持っている力は大きく違っていた。
ボラクチンが、
「オゴタイの障害を取り除く」ことを最優先にしていたなら、
このトルイは無視できない。
本人が兄へ反乱を起こしていなくても、
軍事力と人望を持つ皇族が別に存在するだけで、
帝国の力は完全にはオゴタイへ集中しない。
何かをきっかけに対立すれば、
そのまま巨大な内戦へ発展する可能性まである。
第10幕で起きたことは、
まさにその問題を消している。
オゴタイは生き残る。
トルイは倒れる。
その結果、
それまで兄弟へ分かれていた力の一部が、
オゴタイ家側へ流れ込む。
毒を盛ったという一場面だけでは見えないが、
政治的な結果まで見ると非常に整った形になっている。
だからボラクチンの計画は、
単なる毒殺計画ではない。
オゴタイを一度危機へ置き、
その危機に周囲がどう反応するかまで利用して、
夫の立場を強くする方向へ盤面を動かしている。
トルイの死がすべて台本通りだったかは別として、
少なくとも「オゴタイだけが生き残り、力が集まる結果」は、
ボラクチンの望んだ方向と完全に一致している。
第2章 第8幕から始まっていた?ボラクチンが自分の身体で毒を試していた訳
シタラが病気だと思った症状そのものが、長年続けた実験の痕跡だった
ボラクチンの計画を理解するうえで、
第8幕「大カトゥン ボラクチン」は外せない。
この回では、
シタラが初めて第一皇后へ接近し、
病身の彼女を知識で救うことで、
宮廷内部へさらに深く入り込もうとする。
当時はシタラ側が主導権を取ったように見えた場面だった。
ボラクチンは、
オゴタイの第一皇后であり、
后妃の中でも最上位にあたる大カトゥン。
公式人物紹介でも、
常に冷静沈着で威厳があり、
政治では水面下で各所へ手を回すことが重要だと考える人物として示されている。
表へ出て騒ぐキルギスタニや、
素直なモゲとは明らかに性格が違う。
そのボラクチンが、
第8幕では明らかに身体を弱らせている。
そこでシタラが目を付けたのが、
鉱山由来の粉塵に含まれる雄黄だった。
雄黄は鶏冠石とも呼ばれ、
東方では少量なら薬として扱われることがある一方、
熱を加えることで猛毒の砒霜へ変わる性質を持つ。
シタラには、
イスラム世界で学んできた知識がある。
第1幕から幾何学や読書を好み、
ファーティマのもとで学び、
モンゴルへ連れてこられた後も、
文字や医術の知識を武器にしてきた。
第8幕でも、
戦闘力ではなく、
症状と生活環境から原因へ近づいている。
その診断によって、
ボラクチンはシタラを評価する。
シタラ側からすれば、
帝国最高位の皇后へ恩を売り、
その信頼を利用できる絶好の機会。
第7幕でドレゲネと誓った復讐を進めるため、
自分がボラクチンの内側へ入り込んだと考えていた。
ところが第11幕で、
同じ場面の見え方が大きく変わる。
ボラクチンは、
雄黄の危険性を知らずに体調を崩していたのではない。
薬にも猛毒にも変わる石を手に入れ、
その効果を確かめるため、
自分の身体へ少しずつ試していたことが分かる。
つまりシタラが見抜いた症状は、
事故の痕跡ではなく実験の痕跡だった。
ボラクチン自身が、
量を変え、
身体へ取り込み、
どんな症状が出るかを確かめていた。
宮廷の第一皇后が、
自分の肉体を毒物研究の材料にしていたことになる。
ここまでして調べた目的が、
夫オゴタイの障害を取り除くことだった。
誰かから毒の作り方を聞いただけでは、
狙った相手へ使うには危険が大きい。
量を誤れば即死する。
少なければ効果が出ない。
症状が露骨なら、
毒を使ったこと自体が疑われる。
ボラクチンは、
その不確定な部分を、
自分の身体で確かめていた。
第8幕で見えた衰弱そのものが、
彼女がどれだけ長く準備していたかの証拠。
「ボラクチンが怖い」と感じるのは、
毒を扱えるからではなく、
目的のためなら自分自身まで消耗品として使えるところになる。
第8幕ではシタラが利用したつもりだったが、第10幕では逆にドレゲネまで利用されている
第8幕時点のシタラは、
ボラクチンの懐へ入り込めたと考えている。
それまでのシタラは、
軍事力を持たない立場から、
知識と情報を使って相手を動かしてきた。
第7幕ではドレゲネと協力し、
オゴタイとトルイの間へ不和を起こそうとしたのも、
正面から戦えないからこその方法だった。
ボラクチンも、
同じように正面から戦わない。
公式人物紹介で語られるように、
政治は水面下で各所へ手を回すものだと考えている。
シタラが相手の心理や立場を利用するなら、
ボラクチンはさらに長期的に、
人間関係そのものを配置して利用する。
それが明確になるのが、
第9幕から第10幕。
第9幕では、
それまで協力していたドレゲネが突然シタラを避け、
「私の天幕に来ないように」と告げる。
第7幕では一緒に帝国へ復讐すると誓っていた二人だけに、
この急変はかなり不自然だった。
シタラも、
単に嫌われたとは考えない。
密かにドレゲネの様子を確認し、
何が起きているのかを探ろうとする。
その後、
第10幕でドレゲネがボラクチンの謀略によって窮地へ追い込まれていることが判明。
第8幕で近づいたはずの相手が、
今度はシタラの最重要協力者を追い詰める側へ回っていた。
ドレゲネ自身にも、
利用されやすい背景がある。
第6幕「メルゲンの民」で描かれたように、
彼女はモンゴルによって以前の生活を壊され、
メルキト族の家族を失った。
現在はオゴタイの妃でありながら、
夫を含むモンゴルへ強い恨みを抱えている。
第7幕では、
その憎悪をシタラへ明かし、
二人でモンゴルへ復讐することを誓う。
つまりドレゲネには最初から、
オゴタイへ害を与えても不思議ではない動機がある。
誰かが彼女をオゴタイ毒殺へ近づけたとしても、
周囲から見れば本人の恨みによる行動として説明しやすい。
ボラクチンにとって、
これほど使いやすい人物はいない。
自分で直接オゴタイへ毒を盛れば、
第一皇后自身が疑われる。
しかしオゴタイを憎む妃が関われば、
毒の出所と動機を別の人物へ向けられる。
しかもドレゲネを失脚させられれば、
オゴタイ家内部の危険人物まで一人減る。
第8幕では、
シタラがボラクチンを利用しようとしていた。
第9幕では、
ドレゲネの態度が変わる。
第10幕では、
オゴタイが倒れ、
トルイに不測の事態が起き、
ドレゲネまで窮地へ追い込まれる。
この三話を続けて見ると、
主導権がいつの間にかボラクチン側へ移っている。
だから第11幕で判明した毒の実験は、
単独の小ネタではない。
第8幕でシタラが治した病。
第9幕のドレゲネの異変。
第10幕のオゴタイ急病とトルイの死。
それまで別々に見えていた出来事を、
ボラクチンの長期的な準備という一本の線で結び直す情報になる。
シタラも知恵で帝国を壊そうとしている。
ボラクチンも知恵でオゴタイを守ろうとしている。
両者の違いは、
ボラクチンが自分の身体、
他人の恨み、
皇族同士の情まで計算材料へ入れているところ。
第8幕でシタラが入り込んだ相手は、
想像していた以上に長く、
深く宮廷の人間を見ていた人物だった。
第3章 オゴタイの病はどこまで仕組まれていた?
狙いはオゴタイを殺すことではなく、宮廷全体を動かす「危機」を作ることだった
第10幕「知恵」でオゴタイが倒れた場面は、
毒殺未遂だけで見ると不自然な部分が残る。
ボラクチンが夫を排除したいのであれば、
長期間かけて毒性を調べながら、
回復の可能性を残す必要はない。
実際に起きたのは、
オゴタイが死ぬことではなく、
宮廷全体が救命へ動くほどの危篤だった。
第11幕「不器用な石」で明かされたように、
ボラクチンは薬にも猛毒にもなる石を手に入れ、
自分自身の身体で作用を確かめていた。
第8幕でシタラが診た衰弱も、
偶然の病ではなく、
長期間続けた実験の痕跡だったことになる。
毒を使う前から、
量と症状を把握しようとしていた。
ここで重要なのは、
オゴタイが倒れた後に祈祷が始まったこと。
皇帝本人だけでは解決できない危機になることで、
周囲の皇族や妃たちまで動かざるを得なくなる。
つまり毒の役割は、
一人を殺すことではなく、
宮廷内の人間関係を強制的に動かす引き金だったと見た方が自然になる。
第8幕では、
シタラがボラクチンの病を見抜き、
知識で第一皇后へ近づいた。
その時は、
シタラが宮廷内部へ一歩入り込んだように見える。
しかし第10幕まで進むと、
実際にはボラクチンの方が、
さらに前から人間関係と毒を準備していたことが分かる。
ドレゲネへ疑いが向くところまで含めると、毒は一度で複数の相手を動かしている
オゴタイの病と同時に見るべきなのが、
第9幕から変化したドレゲネの行動になる。
それまでシタラと協力していたのに、
突然「私の天幕に来ないように」と距離を置く。
第7幕ではモンゴルへの復讐を共有していた二人だけに、
この変化は明らかに不自然だった。
第10幕では、
その背景にボラクチンの謀略があることが判明する。
オゴタイが倒れる。
ドレゲネは窮地へ追い込まれる。
シタラは救出のため動く。
一つの毒を起点に、
宮廷内の複数の人物が同時に動かされている。
ドレゲネには、
疑いを向けやすい過去まである。
第6幕「メルゲンの民」で、
モンゴルによって以前の家族を失ったことが明かされ、
第7幕ではシタラと手を組んで、
帝国を内部から崩そうとしている。
オゴタイへ害が及んだ時、
動機を持つ人物として見られやすい。
ボラクチン自身が直接手を下せば、
第一皇后である自分へ疑いが向く。
しかしオゴタイを憎むドレゲネが間に入れば、
毒の出所と動機を別方向へ流せる。
さらにドレゲネまで失脚すれば、
オゴタイ周辺の危険人物を一人減らすこともできる。
だから第3章で見るべきなのは、
トルイの死そのものではない。
オゴタイを危篤へ落とし、
祈祷を始めさせ、
ドレゲネへ疑いを向け、
宮廷全体を予定外の行動へ追い込んだこと。
ボラクチンの毒は、
人を殺す道具というより、
周囲を動かす装置として使われていた。
第4章 トルイの死まで本当にボラクチンの計画だった?
トルイはオゴタイに並ぶ巨大な軍事力を持ち、最も大きな障害になり得た
ここで初めて、
トルイ本人へ焦点を移す。
公式人物紹介でもトルイは、
チンギス・カン第四皇子であり、
帝国最大の軍事力を持つ人物として位置づけられている。
大カアンはオゴタイでも、
戦場では弟トルイの存在感が極めて大きい。
第7幕「兄弟」で、
シタラがオゴタイとトルイの関係へ目を付けたのも、
二人が別々の強みを持っていたからだった。
オゴタイには皇帝としての権威。
トルイには軍を動かす力。
シタラはその分裂を利用すれば、
帝国を内側から揺らせると考えた。
第9幕「天」では、
その軍事力が実戦で描かれる。
金国軍十五万に対し、
トルイ側は四万。
兵力差では圧倒的に不利だったが、
巻き狩りの発想を戦術へ転用し、
大軍を崩して勝利を収めている。
ボラクチンが、
オゴタイの立場を絶対的なものへしたいのであれば、
このトルイは無視できない。
反乱する意思があるかどうかではなく、
大量の兵を動かし、
戦果を上げ、
チンギス家の血統まで持つ。
存在しているだけで、
権力が一極へ集まらない人物になる。
ただし「トルイが必ず身代わりになる」ところまで決めていたとは断定できない
問題は、
ボラクチンがトルイの死そのものまで、
完全に予定していたかどうか。
第10幕の結果だけ見れば、
トルイが消えた後、
軍事力、権威、知識がオゴタイ家へ集中する。
彼女の目的とは、
非常に強く一致している。
ただし、
トルイが実際にどう動くかは、
本人の選択になる。
オゴタイを危篤にすること。
祈祷が行われること。
誰かが皇帝を救おうとすること。
そこまでは環境を作れる。
しかし最後に誰が身代わりを引き受けるかは、
完全には固定できない。
そこで効いてくるのが、
第7幕から描かれてきた兄弟関係になる。
オゴタイとトルイは、
政治的には力を分け合う存在でも、
同じチンギス・カンの息子。
兄が死にかければ、
弟が損得だけで静観するとは限らない。
ボラクチンが利用したのは、
トルイの軍事力だけではなく、
兄へ向ける情そのものだった可能性が高い。
この見方なら、
トルイへ直接毒を盛る必要もない。
兄を救わなければならない状況だけを作り、
本人が自分から動く余地を残す。
もし身代わりを選べば、
結果はボラクチンの望む方向へ進む。
しかも外から見れば、
トルイ自身の決断として成立する。
だから、
「トルイの死は全部ボラクチンの台本だった」
と断定するのは強すぎる。
一方で、
「たまたまトルイが死んだだけ」と見るのも弱い。
最大の軍事力を持つ人物が消えた結果、
オゴタイ家へ力が集中している以上、
計画と結果の接続は無視できない。
ボラクチンの怖さは、
未来を完全に予言したことではない。
オゴタイを危篤へ落とし、
祈祷が必要な状況を作り、
兄を見捨てにくいトルイの性格まで利用できる盤面を置いたこと。
本人たちが自分の意思で選んだ結果が、
ボラクチンの欲しい結末へ近づいていくところにある。
第5章 なぜボラクチンはトルイをそこまで危険視した?
オゴタイは皇帝でも、軍事力ではトルイが巨大すぎた
ボラクチンにとってトルイが厄介なのは、
兄オゴタイへ反乱を起こそうとしていたからではない。
第7幕「兄弟」の段階でも、
二人はすでに敵同士だったわけではなく、
シタラの方が兄弟の力関係へ目を付け、
そこへ不和を持ち込もうとしていた。
シタラが狙ったのは、
オゴタイとトルイが同じ種類の権力者ではなかったから。
オゴタイは大カアンとして、
クリルタイを中心に帝国を統治し、
各地の皇族や軍へ命令を出せる。
政治的な頂点にいるのは、
間違いなくオゴタイだった。
しかし戦場へ出ると、
トルイの存在感が一気に大きくなる。
第9幕「天」では、
金国軍十五万に対して、
トルイ率いるモンゴル軍は四万。
圧倒的な兵力差を抱えながら、
巻き狩りの仕組みを戦術へ利用して大勝している。
この勝利は、
単に一つの戦争へ勝っただけではない。
大軍を指揮できる。
不利な状況を逆転できる。
兵から信頼される。
さらにチンギス・カン第四皇子という血統まである。
トルイには軍事力と皇族としての正統性が同時に備わっている。
しかもトルイは、
オゴタイが任命した一将軍ではない。
同じチンギス・カンを父に持つ弟で、
独自の家族と勢力を持つ皇族。
ソルコクタニとの間には、
後に帝国へ大きく関わる息子たちもいる。
簡単に配置換えしたり、
権限を取り上げたりできる相手ではない。
第7幕でシタラが、
この兄弟を争わせれば帝国を壊せると考えたこと自体、
トルイが別の権力軸になり得る証拠になる。
オゴタイ一人だけに軍事と権威が集まっているなら、
兄弟の不和を利用する作戦は成立しない。
シタラは、
帝国に二つの巨大な力が並んでいるところを狙った。
ボラクチンは、
その同じ状況を反対側から見ている。
トルイ本人が兄へ忠実でも、
軍事的成功を重ねれば支持は増える。
オゴタイが弱れば、
周囲がトルイへ期待する可能性もある。
現在の忠誠より、
将来別の中心になれる条件が揃っていることの方が危険だった。
ボラクチンにとって大切なのは「オゴタイ個人」だけではなくオゴタイの立場
第11幕「不器用な石」で見えてきたのは、
ボラクチンの行動が、
単なる夫婦愛だけでは説明しきれないこと。
夫を助けたいだけなら、
オゴタイ本人の命を守ればいい。
しかし彼女が見ていたのは、
オゴタイを取り巻く権力構造そのものだった。
第8幕「大カトゥン ボラクチン」で、
初めてシタラが対面した時から、
ボラクチンは第一皇后として別格の位置にいる。
病身でも威厳を失わず、
シタラが知識を示しても、
感情的に相手へ依存する様子はない。
むしろシタラが何を知り、
どこまで使える人物なのかを見定めている。
ボラクチンにとって、
オゴタイが大カアンであることは、
夫が出世しているというだけの話ではない。
チンギス・カン死後の巨大帝国を、
誰を中心に動かすのかという問題になる。
その中心が揺らげば、
皇族同士の争いも起こり得る。
だからトルイを見る時も、
「兄を裏切るか」だけでは判断しない。
軍。
戦功。
血統。
家族。
支持基盤。
それらを持つ人物が別にいる以上、
オゴタイを頂点とする秩序には常に別の選択肢が残る。
第7幕では、
その選択肢をシタラが弱点として利用しようとした。
第11幕まで進むと、
ボラクチンは逆に、
オゴタイ以外へ力が分かれる状態そのものを危険視していたと見えてくる。
二人は同じ兄弟関係を見ながら、
正反対の方向へ帝国を動かそうとしていたことになる。
ボラクチンが守ろうとしたのは、
酒好きで掴みどころのない夫だけではない。
その夫が大カアンとして頂点に立ち、
他の皇族が別の権力軸にならない状態。
オゴタイへの執着が、
夫婦の情から帝国政治へまで広がっているところが、
彼女の異様さにつながっている。
第6章 ドレゲネまで追い詰めたのはなぜ?
ドレゲネはオゴタイを恨みながら、宮廷内部で動ける危険な存在だった
ドレゲネがボラクチンに警戒された背景は、
トルイとはまったく違う。
軍を率いるわけでもない。
大規模な戦争で名声を得る人物でもない。
それでも彼女には、
外部の敵には持てない武器があった。
オゴタイの妻として宮廷内部へ入れる立場になる。
第6幕「メルゲンの民」で明かされたように、
ドレゲネは元々モンゴル側の女性ではない。
メルキト族の長ダイルへ嫁ぎ、
その娘クランたちと暮らしていたところを、
チンギス・カン率いるモンゴル族の侵攻によって人生を変えられた。
現在はオゴタイの妃でも、
心まで征服側へ移ったわけではなかった。
その過去を知ったシタラは、
自分と同じようにモンゴルへ大切なものを奪われた人物として、
ドレゲネと手を結ぶ。
第7幕「兄弟」では、
二人は復讐の嵐を起こすことを誓い、
ドレゲネが実際に宮廷内部から動き始める。
ここで重要なのが、
ドレゲネがクリルタイへ参加できること。
オゴタイの妻という立場を利用し、
帝国内部で決まった新たな戦争の情報を入手し、
それをシタラへ伝える。
シタラはその情報から、
オゴタイとトルイの力関係を利用する策へ進んでいる。
つまりドレゲネは、
恨みを抱えているだけではない。
皇帝のすぐ近くへいる。
重要な会議へ接触できる。
そこで得た情報を外へ流せる。
さらに帝国を崩そうとするシタラと結びついている。
内部工作を行う条件がほぼ揃っている。
外から攻めてくる金国軍なら、
軍を送って戦える。
しかしオゴタイの妃が、
宮廷内部の情報を使って動いている場合、
敵と味方の境界そのものが曖昧になる。
第一皇后であるボラクチンから見れば、
ドレゲネは内側に入り込んだ危険人物になる。
ボラクチンはシタラとドレゲネの計画まで逆利用している
第9幕「天」で、
ドレゲネが突然シタラを遠ざけた場面は、
この二人の計画が順調ではなくなった合図になる。
第7幕では秘密を共有していたのに、
ある夜ドレゲネは、
自分の天幕へ来ないようシタラへ告げる。
シタラも異変を感じ、
言葉通りに離れることはしなかった。
ここで大きいのは、
ボラクチンがドレゲネへ新しい恨みを植え付ける必要がないこと。
ドレゲネにはすでに、
モンゴルへ復讐したい過去がある。
オゴタイの妻でありながら、
帝国を内部から揺らそうと実際に動いている。
疑われた時に、
本人の過去と行動がそのまま動機としてつながってしまう。
さらにシタラとの関係も、
ボラクチン側から見れば利用できる。
シタラは第8幕で、
病身のボラクチンを知識によって助け、
自分が第一皇后の懐へ入り込んだと考えていた。
その一方で、
裏ではドレゲネと結託して、
オゴタイとトルイを揺さぶろうとしている。
つまりシタラは、
ボラクチンへ接近しながら、
別の妃とも秘密を共有していた。
シタラ自身は、
二つの経路から帝国を崩せると考えていたが、
ボラクチン側から見れば、
誰と誰がつながっているのかを確認できる材料にもなる。
第10幕でドレゲネが窮地へ陥ると、
シタラは誓いを守るため救出へ動く。
さらに第11幕では、
その過程でドレゲネとオゴタイの息子グユクと出会う。
ドレゲネを一人追い込んだだけで、
シタラだけでなく、
その家族まで動き始めている。
ここがボラクチンの策の厄介なところ。
ドレゲネを力で押さえ込むだけなら、
本人を監禁すれば終わる。
しかし彼女が持つ復讐心、
シタラとの秘密の協力、
オゴタイの妃という立場を利用すれば、
周囲まで連鎖して動かせる。
第8幕では、
シタラが「ボラクチンを利用する側」に見えた。
第11幕まで進むと、
実際にはシタラとドレゲネが作った秘密の経路そのものが、
ボラクチンの策へ巻き込まれている。
シタラが知恵で宮廷を内側から崩そうとしたのに対し、
ボラクチンはその内側で動いていた人物関係まで使い返した。
だからドレゲネが狙われたのは、
第一皇后と第六妃の単純な争いではない。
オゴタイのすぐ近くから情報を抜き、
帝国へ復讐しようとしていた人物だったから。
そしてボラクチンは、
その復讐心を消すのではなく、
逆に利用できる弱点として扱ったことになる。
第7章 ボラクチンはどこまで読んでいた?計画と偶然の境界
確実に仕組んでいた部分と、トルイ本人の選択は分けて考えたい
第8幕から第11幕までを続けて見ると、
ボラクチンが何もかも偶然に任せていたとは考えにくい。
薬にも毒にもなる石を自分の身体で試し、
オゴタイの周囲にいる人物を見極め、
ドレゲネまで危険な立場へ追い込んでいる。
少なくとも長期間の準備があったことは明確になる。
さらに第11幕では、
彼女がそこまでした目的も、
オゴタイの障害を取り除くためだったと示される。
第9幕まで巨大な軍事力を持っていたトルイが消え、
帝国を内部から揺らそうとしていたドレゲネも窮地へ入る。
結果だけ見れば、
オゴタイにとって危険な存在が続けて弱体化している。
一方で、
すべてを最初から一字一句決めた計画書のように見るのも危険。
特にトルイについては、
兄オゴタイを救うためにどう動くかという、
本人の情と判断が入っている。
ボラクチンがその選択まで絶対に保証できたとする描写はない。
ここは、
「トルイを直接殺す計画だった」と断定するより、
トルイが動きやすい条件を作ったと見る方が自然になる。
第7幕から描かれてきた兄弟関係を知っていれば、
オゴタイが深刻な危機へ陥った時、
トルイが完全に無関心でいるとは考えにくい。
ボラクチンは、その性格まで利用できる位置にいた。
ドレゲネについても同じ。
彼女へ復讐心を植え付けたのはボラクチンではない。
第6幕で描かれたメルキト時代から、
すでにモンゴルへ強い憎悪を抱えていた。
ボラクチンが利用したのは、
本人の中にもともと存在していた感情になる。
だから確実に見えるのは、
ボラクチンが人を操り人形にしたことではない。
毒を準備し、
危機を作り、
それぞれが持つ感情や立場を利用して、
自分に都合の良い方向へ選択が重なるよう仕向けたこと。
ここに彼女の計画の本質がある。
ボラクチンの怖さは、相手が自分から動いた結果まで計画へ取り込めるところにある
シタラもまた、
知識と人間関係を使ってモンゴルを崩そうとしてきた。
第7幕ではドレゲネと協力し、
オゴタイとトルイの関係へ亀裂を作ろうとする。
第8幕では病身のボラクチンを助け、
第一皇后へ接近することにも成功した。
しかし第11幕まで進むと、
シタラが利用しようとした人物関係そのものを、
ボラクチンの方がさらに大きく使っている。
ドレゲネには復讐心がある。
トルイには兄への情がある。
オゴタイには大カアンという立場がある。
それぞれの性格と役割が、策を動かす部品になっている。
ここが単純な毒殺犯との違いになる。
狙った人物へ毒を飲ませて終わるなら、
成功か失敗かは一度で決まる。
ボラクチンはそうではなく、
一つの危機から複数の人物を動かし、
その選択によって次の状況を作っている。
しかも自分自身も安全な場所には置いていない。
第8幕でシタラが診た衰弱は、
長年の実験によって身体を傷めた結果でもあった。
夫を守るためなら、
他人だけではなく、
自分の身体まで計画の中へ入れている。
だから「トルイの死まで全部計画だったのか」という疑問には、
完全に予定された結末だったとは言い切れない。
しかし、
ボラクチンの策とは無関係な偶然だったとも考えにくい。
彼女が作った状況の中で、
トルイ自身の選択が重なった結果と見るのが最も近い。
ボラクチンの本当の怖さは、
未来を完璧に予測できることではない。
人が何を恐れ、
誰を守り、
何に恨みを持っているのかを見抜き、
本人が自分の意思で動いた先まで、
オゴタイを守る結果へ近づけていくところにある。
第8幕では、
病弱な第一皇后に見えた。
第10幕では、
オゴタイの急病とトルイの最期が重なった。
そして第11幕で過去が明かされると、
それまで別々に見えていた出来事の背後に、
長期間準備していたボラクチンの存在が浮かび上がる。
すべてが台本通りだったのではない。
それでも、
偶然が起きた時まで自分に有利な方向へ流れるよう、
先に盤面を作っていた。
そこまで考えると、
ボラクチンが「怖い」と感じられる最大の部分は、
毒そのものより、その知恵と執念にある。



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