アニメで頼りなさそうに見えたグユクは、母ドレゲネの支えで第3代大カアンへ進み、西方遠征から因縁を抱えたバトゥと帝国規模の対立へ向かう人物になる。
しかもその治世は長く続かず、バトゥとの衝突寸前に急死し、その死後はオゴタイ家からトルイ家へ帝国の主導権が移っていく。
グユクの史実を追うと、第11幕の一見頼りなさそうな青年が、後のモンゴル帝国の皇位争いを大きく動かす存在だったことが分かる。
第1章 グユクは何者?オゴタイとドレゲネの息子として現れた青年
第11幕でシタラが出会ったグユクは、大カアン・オゴタイとドレゲネの息子
第11幕「不器用な石」で登場したグユクは、
モンゴル帝国の大カアン・オゴタイと、
第六妃ドレゲネの間に生まれた息子。
シタラがこれまで接してきたトルイやチャガタイとは一世代下になり、
チンギス・カンから見れば孫にあたる。
つまりオゴタイ家の次世代を担う皇子の一人になる。
ここまでのアニメでは、
オゴタイ本人やトルイの存在感が非常に大きかったため、
その息子世代はほとんど前面へ出てこなかった。
第7幕「兄弟」でも中心にいたのは、
大カアンとして権威を握るオゴタイと、
圧倒的な軍事力を持つ弟トルイ。
シタラも、この兄弟の間へ亀裂を作ることで、
帝国を内側から揺らそうとしていた。
ところが第9幕「天」から、
オゴタイ家を取り巻く状況そのものが変化していく。
金国との戦いでは、
トルイが四万の兵で十五万の敵軍へ挑み、
巻き狩りを利用した戦術で大勝。
その一方で、
ドレゲネは突然シタラを避け始め、
自分の天幕へ来ないよう言い渡してしまう。
第10幕「知恵」では、
さらにオゴタイが急病に倒れる。
回復を願う祈祷の後、
身代わりになったかのようにトルイへ不測の事態が起こり、
軍事力・権威・知識がオゴタイ家へ集中していく。
その裏ではボラクチンの謀略によって、
ドレゲネ自身が危険な立場へ追い込まれていた。
グユクが姿を現すのは、
まさにこのオゴタイ家が大きく動き始めた時期。
単に「ドレゲネの息子だから新キャラが出てきた」
という位置ではない。
父オゴタイが病に倒れ、
叔父トルイにも異変が起こり、
母ドレゲネまで追い詰められたところへ、
その息子であるグユクが初めて物語へ入ってくる。
しかもシタラにとって、
グユクは無関係な王族ではない。
第5幕でシタラは、
ジャダ石をきっかけにドレゲネから窃盗を疑われ、
激しく追及された。
ところが第6幕「メルゲンの民」で、
ドレゲネ自身もまた、
モンゴルによって故郷と家族を奪われた過去を持つことを知る。
ドレゲネは若い頃、
メルキト族の長ダイルへ嫁ぎ、
その娘クランたちとも家族として暮らしていた。
しかしチンギス・カン率いるモンゴル族の襲撃によって、
その生活は破壊される。
モンゴルへの憎悪を抱えて生きてきたという点では、
トゥースを焼かれ、
ファーティマを失ったシタラと同じだった。
第7幕では、
その共通点から二人が手を結ぶ。
シタラは帝国を内側から崩す。
ドレゲネはオゴタイの妻という立場を使い、
クリルタイへ入り込んで情報を集める。
最初は互いを疑っていた二人が、
復讐という目的で協力する関係へ変わった。
だから第11幕でグユクが現れた時、
シタラにとって彼は、
単なる「皇帝の息子」では済まない。
自分と秘密を共有し、
帝国を揺らすため共に動いてきたドレゲネの息子。
同時に、
憎んでいるモンゴル帝国そのものを継ぐ血筋でもある。
グユクの登場は、
シタラとドレゲネの関係へ、
新しいオゴタイ家の人物が加わった場面になる。
強大なオゴタイ家の皇子なのに、最初から権力者として描かれていないところが特徴になる
グユクを見る時に重要なのは、
父親の肩書きだけで人物像を決めないこと。
オゴタイは、
チンギス・カン亡き後のモンゴル帝国を率いる大カアン。
第7幕ではクリルタイの中心に座り、
第9幕では金国との大規模な戦争を進め、
第10幕では彼の生死そのものが帝国全体を揺らしている。
母ドレゲネも、
ただ皇帝のそばにいる妃ではない。
第5幕ではジャダ石を見ただけでシタラを追及し、
第7幕では総会議へ入り、
オゴタイ家内部の情報をシタラへ渡している。
政治の中心へ接近できる立場と、
モンゴルへ復讐したい意志を両方持つ人物になる。
その二人の間にいるのがグユク。
血筋だけを見るなら、
帝国でも最上位に近い場所で育った皇子になる。
しかし『天幕のジャードゥーガル』では、
親の権力をそのまま本人の強さとして描くのではなく、
それぞれの人物が何を恐れ、
誰を信頼し、
どこへ動こうとしているかが重ねられてきた。
トルイもそうだった。
第2幕では、
トゥースを焼き、
ファーティマの「原論」を奪った侵略者として登場する。
だが話数が進むと、
ただ残酷な武将というだけではなく、
兄オゴタイとの距離、
ソルコクタニや子供たちとの生活、
軍を率いる立場まで見えてくる。
ドレゲネも同じ。
第5幕だけを見れば、
シタラを疑う恐ろしい妃だった。
第6幕でメルキト時代の過去が明かされると、
なぜモンゴルの宮廷にいながら、
帝国そのものへ憎しみを抱えているのかが変わって見える。
グユクも、まず肩書きより本人を見る必要がある人物になる。
現時点で確実なのは、
グユクがオゴタイとドレゲネの息子であり、
ボラクチンの謀略によって母が追い詰められた局面で、
シタラと接触すること。
ここではまだ、
後の史実まで知らなくても問題はない。
まず押さえておきたいのは、
帝国の中心人物オゴタイの「次の世代」が、
ここで初めてシタラの物語へ深く接続したという点になる。
第2章 グユクとドレゲネはどんな親子?
ドレゲネは皇帝の妻である前に、モンゴルに人生を奪われた女性として生きている
グユクとドレゲネの関係を見る前に、
母であるドレゲネが、
どんな経緯でオゴタイの妃になったのかを外せない。
第6幕「メルゲンの民」で描かれた若いドレゲネは、
最初からモンゴル帝国の宮廷で育った女性ではなかった。
かつてはメルキト族の中で、
まったく別の家族と生活していた。
年の離れた族長ダイルへ嫁ぎ、
その娘クランたちとも少しずつ心を通わせる。
自分の居場所を作り、
家族として暮らし始めたところへ、
チンギス・カン率いるモンゴル族が襲来する。
ドレゲネにとってモンゴルは、
地位を与えてくれた帝国であるより先に、
以前の人生を破壊した側になる。
この過去を知ったことで、
第5幕の印象も変わる。
シタラが持っていたジャダ石を見つけ、
盗んだのではないかと追及したドレゲネは、
最初からシタラへ親近感を抱いていたわけではない。
二人の距離が縮まったのは、
互いにモンゴルによって大切なものを奪われたと分かってからになる。
第7幕「兄弟」では、
二人が実際に結託する。
ドレゲネは、
オゴタイの妻という宮廷内部の立場を利用し、
クリルタイへ参加して軍事情報を集める。
シタラはその情報から、
オゴタイとトルイの力関係へ目を向け、
兄弟の間に不和を作ろうと考える。
つまりドレゲネは、
現在の暮らしだけを見ると大カアンの妃。
しかし内面には、
メルキト時代の記憶とモンゴルへの憎悪を残している。
そしてグユクは、
そのドレゲネと、
モンゴル帝国の頂点にいるオゴタイとの間に生まれた息子になる。
ここには最初から、
かなり複雑な親子関係の土台がある。
母はモンゴルによって人生を変えられた。
父はそのモンゴル帝国を統治している。
グユク自身は、
その両方を親として持つ。
ドレゲネの過去を知ってからグユクを見ると、
単なる「皇帝夫妻の息子」では収まらない立場が見えてくる。
第9幕から母が追い詰められた流れを見ると、グユク登場がこの局面に置かれた重さが分かる
第11幕でグユクが出てくる直前、
ドレゲネの周囲では、
かなり危険な出来事が連続している。
第8幕「大カトゥン ボラクチン」では、
シタラが第一皇后ボラクチンへ接近。
病身だった彼女の状態を知識から読み取り、
治療へつながる手掛かりを示して懐へ入り込む。
ところが第9幕になると、
今度はドレゲネの様子がおかしくなる。
それまで協力していたシタラを避け、
「私の天幕に来ないように」と遠ざける。
シタラは言われたまま離れるのではなく、
何が起きているのかを確かめようとして、
密かにドレゲネの周囲を探る。
第10幕では、
その背後にボラクチンの謀略があることが明確になる。
しかも同じ時期に、
夫オゴタイが急病。
祈祷の後にはトルイへ不測の事態が起き、
帝国の権力構造まで大きく動く。
ドレゲネ個人の危機と、
オゴタイ家全体の変化が同時に進んでいる。
その直後に現れるのがグユク。
だからグユクの初登場は、
平穏な宮廷で母子の日常を紹介する場面ではない。
母ドレゲネが追い詰められ、
父オゴタイも病に倒れ、
シタラが救出のため奔走している局面で、
初めて息子の存在が前面へ出てくる。
ここまでドレゲネを見てきた視聴者なら、
「グユクは何者か」と同時に、
「この息子は母とどう関わるのか」
という疑問が自然に生まれる。
第6幕で失った家族。
現在の夫オゴタイ。
そしてその間に生まれた息子グユク。
ドレゲネの人生をつなぐ人物として見ることができる。
またシタラにとっても、
これは重要な出会いになる。
シタラは第7幕でドレゲネと手を結び、
第9幕で拒絶されても見捨てず、
第10幕では危険を承知で救おうとしている。
そこへ母を同じく案じる立場のグユクが現れることで、
ドレゲネを中心に、
シタラとオゴタイ家の次世代が接触する形になる。
現段階では、
この親子の先まで急いで知る必要はない。
アニメ範囲で大切なのは、
ドレゲネが単なる皇后候補でも復讐者でもなく、
グユクという息子を持つ母でもあると判明したこと。
そしてグユクもまた、
モンゴル帝国の皇子という肩書きだけではなく、
窮地に立つドレゲネの息子として物語へ入ってきたことになる。
第3章 グユクは父オゴタイの後を継ぐ立場だった?
オゴタイの息子だから、そのまま次の大カアンになるわけではなかった
グユクが第11幕で登場すると、
オゴタイとドレゲネの息子という血筋から、
「このまま父の後を継ぐ人物なのか」と考えたくなる。
しかしモンゴル帝国の皇位継承は、
父から長男へ自動的に渡る仕組みではない。
チンギス・カンの死後も、
息子たちや有力者が集まるクリルタイを経て、
オゴタイが大カアンへ選ばれている。
第7幕「兄弟」で描かれたクリルタイも、
この帝国が一人の皇帝だけで動いていないことを見せていた。
オゴタイの周囲には、
弟トルイ。
兄チャガタイ。
ジョチ家を含む各家系。
さらに遠征軍を動かす有力者たちが存在し、
誰が次の大カアンになるかは帝国全体へ影響する問題だった。
そのため、
グユクがオゴタイの息子であることと、
次の大カアンへ決まっていることは別になる。
史実のオゴタイには複数の息子がおり、
後継者として期待されていた人物もグユクだけではなかった。
特に重要なのが、
オゴタイが有力な後継者として考えていたクチュの存在になる。
クチュはオゴタイの三男とされ、
父から将来を期待されていた。
しかし南宋との戦いへ向かった後、
1236年に若くして死亡する。
そこでオゴタイは、
今度はクチュの息子シレムンを後継候補として考えるようになる。
つまり父オゴタイの構想では、
グユクへ真っすぐ皇位が渡る形ではなかった。
ここは第11幕のグユクを見るうえで、
かなり大きな違いになる。
アニメでは、
父オゴタイ。
母ドレゲネ。
その息子グユク。
この三人が並ぶことで、
一見するとグユクが当然の後継者に見える。
だが実際のオゴタイ家では、
息子・孫まで含めた複数の候補が存在していた。
第10幕「知恵」でオゴタイが急病に倒れた場面も、
この事情を知ると重さが変わる。
祈祷によってオゴタイを救おうとする一方、
弟トルイには不測の事態が起こる。
帝国最高権力者の身体が急に弱れば、
戦争だけではなく、
「次に誰が帝国を率いるのか」という問題まで一気に近づいてくる。
しかも同じ時期、
ドレゲネはボラクチンの謀略で窮地へ追い込まれている。
第11幕「不器用な石」では、
ボラクチンが薬にも猛毒にもなる石を自らの身体で試し、
すべてを夫オゴタイの障害を取り除くために行っていたことが明かされた。
その状況でシタラが出会うのが、
オゴタイとドレゲネの息子グユクだった。
つまりグユクの登場は、
一人の皇子を紹介するだけではない。
父オゴタイの健康が揺らぎ、
叔父トルイの立場も変わり、
母ドレゲネまで危機へ入った時に、
オゴタイ家の次世代が物語へ姿を現したことになる。
後継者問題をまだ知らない段階でも、
この配置そのものが今後へつながる伏線になっている。
母ドレゲネがいることで、グユクの立場は父オゴタイだけでは決まらなくなる
もう一つ外せないのが、
グユクの母がドレゲネだということ。
第6幕「メルゲンの民」で明かされたように、
ドレゲネはモンゴルに故郷を奪われ、
以前の家族と引き離された過去を持つ。
それでも現在は、
大カアン・オゴタイの妃として帝国中枢へ入り込んでいる。
第7幕では、
シタラと手を組んだドレゲネがクリルタイへ入り、
そこから得た情報を利用して、
オゴタイとトルイの間へ亀裂を作ろうとする。
ドレゲネは王族の妻として置かれているだけではなく、
自分で考え、
情報を集め、
帝国内部の人間関係へ働きかける人物として描かれてきた。
そのドレゲネの息子がグユク。
父の血筋だけなら、
オゴタイ家の皇子の一人。
しかし母が政治へ関与できるドレゲネであることで、
彼の立場は本人だけでは決まらなくなる。
誰を母が支持するのか。
誰と結びつくのか。
周囲の有力者がどちらへ動くのか。
皇位継承では、こうした関係まで影響してくる。
『天幕のジャードゥーガル』では、
女性たちが表向きの軍事力を持たなくても、
情報や婚姻関係を使って大きな流れへ関わってきた。
シタラは知識。
ソルコクタニはトルイ家。
ドレゲネはオゴタイ家。
それぞれ違う場所から、
巨大な帝国の内部へ手を伸ばしている。
グユクを見る時も、
「オゴタイの息子」という一行だけでは足りない。
父の後継候補が複数いる中で、
母ドレゲネを持つ皇子として存在している。
この組み合わせが、
後に彼の運命を大きく動かしていくことになる。
第4章 グユクは史実でどんな人物だった?
※ここから先は、アニメで今後描かれる可能性がある史実上のグユクについて触れます。
史実のグユクは宮廷にいるだけの皇子ではなく、中国と西方の遠征へ参加している
第11幕で初めてグユクを見た印象だけでは、
後に軍事行動へ深く関わる人物とは想像しにくい。
しかし史実のグユクは、
オゴタイの宮廷で母のそばにいただけではなく、
若い頃からモンゴル軍の遠征へ参加している。
父オゴタイが1229年に大カアンになると、
グユクも皇族として領地を与えられ、
帝国を構成する王族の一人として動き始めた。
まず経験したのが中国方面での軍事行動。
オゴタイの時代には、
父自身が金国攻略を進め、
トルイも大軍を率いて戦っている。
アニメ第9幕「天」でも、
トルイが僅かな兵力で金軍の大軍へ挑み、
巻き狩りのような包囲戦術を利用して勝利する姿が描かれた。
グユクも同じ時代、
モンゴル帝国が各地へ軍を送り続ける中で実戦経験を積んでいる。
さらに1236年頃から、
グユクは西方への大遠征へ参加する。
目的地はキプチャク草原からさらに西。
モンゴル軍はヴォルガ川周辺を越え、
ルーシ諸国を攻撃し、
その後は東欧まで進んでいく。
この遠征は、
オゴタイ時代を代表する巨大な軍事行動の一つだった。
ここで重要なのは、
遠征軍がグユク一人の軍ではなかったこと。
チンギス・カンの各家系から、
多数の皇子が参加している。
オゴタイ家からグユク。
トルイ家からモンケ。
チャガタイ家からブリ。
そしてジョチ家から、
遠征全体を主導するバトゥが加わっていた。
つまり西方遠征は、
敵国と戦うだけの戦争ではない。
チンギス・カンの孫世代が、
同じ軍の中で長期間行動する場所でもあった。
誰が命令するのか。
誰が成果を上げるのか。
どの家系が主導権を握るのか。
戦場では、
一族内部の立場まで露骨に表れやすくなる。
アニメで描かれてきた、
オゴタイとトルイの兄弟関係にも似ている。
第7幕では、
表面上は協力して帝国を支えている二人の間へ、
シタラが意図的に不信を作ろうとした。
世代が一つ下がったグユクたちにも、
今度は別の家系間の競争が生まれていく。
西方遠征でバトゥと激しく衝突したことが、後まで続く大きな因縁になる
グユクの史実を語る時、
避けられない人物がバトゥ。
バトゥは、
チンギス・カンの長男ジョチの息子。
グユクから見れば従兄弟にあたり、
西方遠征では軍全体を率いる中心人物だった。
後にジョチ家の広大な勢力圏を築く人物でもある。
ところがグユクは、
このバトゥと遠征中に激しく衝突する。
宴席をめぐる出来事では、
遠征軍を率いるバトゥに対して、
グユクやチャガタイ家のブリが侮辱的な言葉を浴びせたと伝わっている。
同じチンギス家の皇子でも、
家系と年齢、
遠征軍内部の序列をめぐって緊張があった。
この件は、
現地だけで済まなかった。
バトゥから報告を受けたオゴタイは、
自分の息子グユクの態度へ激怒する。
父が大カアンだからといって、
息子が遠征軍の秩序を無視してよいわけではない。
グユクは父から厳しく叱責され、
バトゥとの関係も修復されないまま残った。
ここが後のグユクを見るうえで、
非常に大きな分岐点になる。
グユクとバトゥは、
皇位を争う段階になって突然敵対したのではない。
まだオゴタイが存命で、
二人とも若い皇子として西方遠征へ出ていた時点から、
すでに強い不信と対立を抱えていた。
第11幕のグユクだけを見ていると、
ドレゲネの息子として登場した青年。
父オゴタイの皇子。
シタラが母を救う過程で出会った人物。
現状ではそこまでになる。
しかし史実へ目を向けると、
その後のグユクは戦場へ出て、
帝国各家の皇子と行動し、
ジョチ家のバトゥと深刻な亀裂を作る。
そしてこのバトゥとの対立は、
一度の口論では終わらない。
父オゴタイが亡くなり、
次の大カアンを決める時になると、
過去の西方遠征で生まれた因縁が再び表面へ出てくる。
グユクがどのように皇帝へ近づくのかを見るには、
まずこの「バトゥとは若い頃から仲が悪かった」という事実が、
次の大きな土台になる。
第5章 グユクはなぜ第3代皇帝になる?
※ここから先は、アニメで今後描かれる可能性がある史実上のグユクについて触れます。
オゴタイ死後すぐに即位したのではなく、母ドレゲネが約5年間政権を預かっている
グユクが第3代大カアンになる流れは、
父オゴタイが亡くれた瞬間に、
その息子が皇位を受け継ぐような単純なものではない。
史実でオゴタイが死去したのは1241年。
しかしグユクが正式に即位するのは、
そこから約5年後の1246年になる。
この空白期間に帝国を動かしたのが、
母ドレゲネだった。
オゴタイ死後、
次の大カアンが決まるまでの監国として政権を握り、
各地の有力者や皇族を相手にしながら、
自分の息子グユクを後継者へ押し上げていく。
第6幕で描かれたメルキト出身の少女が、
ここでは帝国全体の後継問題へ関与する立場まで進む。
アニメのドレゲネを思い返すと、
この史実は突然の変身でもない。
第5幕では、
シタラが持つジャダ石を見逃さず、
その出所を厳しく問い詰めた。
第7幕では、
オゴタイの妃という立場を利用してクリルタイへ入り、
内部で得た情報をシタラへ流している。
宮廷の仕組みと人間関係を読む力は、
すでにかなり早い段階から描かれていた。
さらに第9幕では、
ボラクチンの動きを警戒して、
シタラを自分の天幕から遠ざける。
表面だけ見れば突然の拒絶だったが、
ドレゲネ自身が危険へ巻き込まれていると分かると、
シタラまで巻き込まないための行動にも見えてくる。
自分の感情だけで動かず、
危険がどこへ及ぶかを考えて人を動かす女性として、
物語の中でも積み重ねがある。
そのドレゲネが、
オゴタイ死後はさらに大きな権限を握る。
ただし彼女がグユクを推せば、
誰も反対できないわけではない。
第3章で触れたように、
オゴタイは生前、
グユクだけを唯一の後継者として定めていたわけではなかった。
クチュ。
その息子シレムン。
オゴタイ家の中だけでも、
別の後継候補が存在していた。
さらに帝国全体を見ると、
チンギス・カンの子孫はオゴタイ家だけではない。
ジョチ家。
チャガタイ家。
トルイ家。
それぞれが広大な領地と軍事力を持つ。
誰を大カアンへ選ぶかは、
一つの家族だけで決められる問題ではなく、
各家の利害が直接ぶつかる政治問題になる。
そこで大きな障害になったのが、
第4章でも触れたバトゥ。
西方遠征でグユクと激しく衝突した、
ジョチ家の有力者である。
父オゴタイが生きていた頃から、
グユクとバトゥの関係は悪化しており、
オゴタイ死後にはその対立が、
次の大カアンを誰にするかという問題へ持ち込まれる。
バトゥは、
グユクが大カアンになることを警戒していた。
そのため新しい皇帝を選ぶクリルタイへ容易には参加せず、
開催そのものが長く遅れる。
ドレゲネが政権を預かる期間が約5年にも及んだ背景には、
こうした帝国各家の対立があった。
グユク即位は、
母が望んだから即座に実現したわけではない。
アニメ第10幕では、
オゴタイが病に倒れたことで、
軍事力・権威・知識がオゴタイ家へ集中していく様子が描かれた。
その時点では、
父オゴタイを中心に家がまとまっている。
しかし史実では、
その父がいなくなった後、
今度は「オゴタイ家の誰が帝国を継ぐのか」が問題になる。
第11幕で登場したグユクは、
やがてこの巨大な後継争いの中心へ入る人物になる。
1246年のクリルタイで正式に選ばれ、グユクはモンゴル帝国第3代大カアンになる
長く続いた空位期間の後、
1246年にようやくクリルタイが開かれる。
ここでグユクが大カアンとして選ばれ、
8月24日に正式な即位を迎える。
チンギス・カン。
オゴタイ。
その次にモンゴル帝国を率いる、
第3代大カアンになった。
即位式には、
モンゴルの皇族や有力者だけではなく、
帝国各地と周辺地域から多数の使節が集まった。
その中には、
ローマ教皇インノケンティウス4世から派遣された、
フランシスコ会修道士プラノ・カルピニもいた。
ヨーロッパからモンゴル宮廷まで旅をした彼は、
グユク即位を実際に目撃している。
これはグユクの立場を考えるうえで分かりやすい。
第11幕では、
シタラがドレゲネ救出の途中で出会う一人の青年。
しかし即位後は、
ヨーロッパから来た教皇使節まで、
自分の前へ現れる立場になる。
繊細で見知らぬ人を怖がる青年と、
世界帝国の大カアンという肩書きの落差はかなり大きい。
グユクは教皇側から届いた書簡に対して、
ヨーロッパ側へ服従を求める内容の返書を出している。
これは、
彼が単に母ドレゲネの支援で皇帝になっただけではなく、
即位後はモンゴル帝国の大カアンとして、
世界各地の支配者へ命令を出す立場へ移ったことを示している。
ただし母ドレゲネとの関係も、
即位後まで同じではない。
史料では、
グユクは母と対立するようになり、
ドレゲネ死後には、
彼女の側近や任命した人物を排除している。
母が息子を皇帝へ押し上げたからといって、
その後も母子が一枚岩だったわけではなかった。
第2章で見た、
ドレゲネとグユクの親子関係は、
ここでさらに複雑になる。
メルキトから連れてこられ、
オゴタイの妃となったドレゲネ。
その息子として生まれ、
母の政治力によって皇帝へ近づいたグユク。
しかし最後まで、
母の意志をそのまま受け継ぐ息子ではない。
だからグユク即位を見る時も、
「ドレゲネの息子が皇帝になった」
だけで終わらせると薄くなる。
父オゴタイが想定した後継候補とは別の流れから、
母ドレゲネが長い空位期間を支え、
各家の反対を受けながら、
ようやく大カアンへ押し上げた。
その過程まで含めて、
グユクが第3代皇帝になった背景になる。
第6章 グユクとバトゥはなぜ対立する?
若い頃の西方遠征で生まれた亀裂が、皇帝になっても消えなかった
グユクが大カアンへ即位した後、
最も大きな問題として残ったのが、
ジョチ家のバトゥとの対立だった。
二人の関係は、
皇位継承をめぐって突然悪くなったのではない。
第4章で触れた西方遠征の段階から、
すでに深刻な亀裂ができていた。
1236年頃から始まった西方遠征では、
グユク。
バトゥ。
モンケ。
ブリ。
チンギス家の若い皇子たちが、
同じ巨大遠征軍へ参加している。
その中で中心的な指揮を執ったのが、
ジョチ家のバトゥだった。
ところが宴席をめぐって、
グユクとブリがバトゥを侮辱する事件が起きる。
バトゥは、
単なる同年代の皇子ではない。
西方遠征をまとめる立場にいた。
その人物へ公然と反発したことで、
グユクの行動は父オゴタイの耳まで届く。
オゴタイは、
自分の息子だからと庇わなかった。
遠征軍の秩序を乱したグユクを厳しく叱責し、
バトゥとの関係を重視する。
この時点で、
父オゴタイは帝国全体の大カアン。
息子同士の喧嘩ではなく、
チンギス家の軍事秩序を壊す問題として扱ったことになる。
第7幕で描かれた、
オゴタイとトルイの関係とも重なる。
兄弟であっても、
大帝国の中心に立てば、
家族だけの感情では済まない。
軍を何万人動かすか。
誰が前線を率いるか。
誰の命令へ従うか。
血縁関係と政治的な序列が、
常に同時に存在している。
グユクとバトゥも同じだった。
従兄弟という血縁はある。
しかし一方はオゴタイ家。
もう一方はジョチ家。
それぞれがチンギス・カンの別の息子から続く家系を背負っている。
個人的な不仲が、
そのまま家同士の政治問題へ広がりやすい関係だった。
そして1241年にオゴタイが死ぬと、
二人を抑える大カアンがいなくなる。
バトゥは西方に広大な勢力を持ち、
グユクは母ドレゲネに推されて皇位へ近づく。
若い頃の口論で終わるはずだった因縁が、
今度は帝国最高権力を巡る対立へ変わっていく。
だからバトゥが、
グユク即位のクリルタイへ積極的に参加しなかったことも、
単なる予定の問題ではない。
グユクが皇帝になれば、
かつて激しく衝突した相手が、
自分より上の大カアンになる。
バトゥにとって、
警戒するだけの背景がすでに積み上がっていた。
皇帝になったグユクは西へ軍を動かし、バトゥとの衝突寸前まで進んでいく
1246年に即位したグユクは、
皇帝になった後も、
バトゥとの対立を放置しなかった。
在位期間は非常に短いが、
その間にルームやグルジアなど、
帝国支配下にある地域の統治へ介入。
中国方面で戦うモンゴル軍にも、
増援を送っている。
ルーム方面では、
誰をスルタンとして認めるかという問題にまで関与する。
これは単なる遠方の人事ではない。
ジョチ家のバトゥも、
西方地域へ強い影響力を持っていた。
グユクがその地域へ直接命令を出すことは、
バトゥの勢力圏へ皇帝権力を入れていくことにもつながる。
さらにグユクは、
将軍エルジギデイをペルシア方面へ派遣する。
目的の一つとして、
バトゥ配下の勢力を抑え、
西方における大カアン側の支配を強めようとしたと見られている。
そして1247年、
グユク自身も軍を伴って西方へ向かい始める。
この移動が、
歴史上かなり危険な局面になる。
表向きには西方へ移動しているだけでも、
グユクとバトゥの過去を知る側から見れば、
次に何が起こるかは簡単に想像できない。
バトゥ側も警戒し、
軍事衝突へ備え始めたと伝えられている。
ここまで来ると、
第4章の宴席での衝突とは規模が違う。
一方はモンゴル帝国の大カアン。
もう一方は、
西方に巨大な軍事力と領地を持つジョチ家のバトゥ。
二人が本格的に戦えば、
チンギス・カンの孫同士による、
帝国内部の大戦争になりかねない。
第9幕でトルイが金国の大軍と戦った時、
モンゴル帝国はまだ、
外側の敵へ巨大な軍事力を向けていた。
第10幕では、
オゴタイを中心に軍事力・権威・知識が集まり、
一つの家がさらに強くなる様子が描かれる。
ところがその次の世代になると、
今度は帝国自身の内部で、
同じチンギス家の勢力同士が向き合うことになる。
グユクの史実を追う面白さは、
第11幕の繊細な青年像から、
いきなり別人になることではない。
母ドレゲネに救われる立場。
父オゴタイの息子という血筋。
西方遠征でバトゥと衝突した経験。
母の支援による即位。
その一つ一つが積み重なり、
最後には帝国規模の対立へつながっていく。
そして1248年、
グユクとバトゥの軍が本格的に衝突する直前、
事態は思わぬ形で止まる。
グユク自身が、
西方へ向かう途中で急死するから。
二人の対立が実際の大戦争へ発展することはなかったが、
その死によって、
今度は「次の大カアンを誰にするのか」という新たな争いが始まることになる。
第7章 グユクの最後はどうなる?死後に帝国の流れまで変わっていく
※この章では、史実上のグユクの最期と、その後のモンゴル帝国について触れます。
1248年、バトゥとの衝突寸前にグユクは急死する
グユクの治世は、
第3代大カアンという肩書きから想像するほど長くない。
1246年に即位し、
1248年にはすでに死去している。
皇帝として過ごした期間は、
わずか2年ほどしかなかった。
しかもその最期は、
帝国が大きく揺れる直前に訪れる。
第6章で触れたように、
グユクは軍を伴って西方へ移動し、
ジョチ家のバトゥも警戒を強めていた。
西方遠征以来の因縁を持つ二人が、
今度は大カアンと巨大勢力の長として、
正面から向き合いかねない状況だった。
グユクが西へ向かった本当の目的については、
史料によって見方が分かれている。
バトゥを討つためだったとする見方もあれば、
自らの領地方面へ移動していた可能性もある。
少なくとも、
バトゥ側がグユクの動きを警戒し、
両者の関係が極めて緊張していたことは確かになる。
ところが1248年春、
グユクはサマルカンド方面から西へ進む途中、
現在の新疆周辺にあたる地域で急死する。
まだ四十代前半。
父オゴタイほど長く帝国を統治することもなく、
バトゥとの対立へ最終的な決着をつける前に、
突然その生涯を終えることになった。
死因についても、
一つに確定しているわけではない。
病気による急死と見る史料がある一方で、
毒殺されたという伝承。
長年の飲酒が身体を弱らせたという見方。
バトゥ側との対立から、
暗殺を疑う後世の説まで残っている。
ただし、
「バトゥがグユクを殺した」と断定できる史料はない。
グユクの死があまりにも政治的に大きな時期だったため、
後から様々な推測が生まれた面もある。
確実に言えるのは、
バトゥとの軍事衝突が起こる前に、
グユク本人が突然いなくなったことになる。
アニメ第11幕で見たグユクから考えると、
この結末まではかなり遠い。
最初は、
母ドレゲネを案じる息子として登場する。
父オゴタイという巨大な存在がいて、
まだ帝国全体を自分で背負う立場ではない。
その青年が後に皇帝となり、
最後は帝国内部の巨大勢力と衝突寸前まで進む。
だからグユクの史実は、
「気弱そうな少年が実は強かった」
という単純な変化ではない。
母ドレゲネ。
父オゴタイ。
西方遠征。
バトゥとの確執。
皇位継承。
それぞれの出来事が重なった末に、
帝国最高権力者へ押し上げられていく。
そして最も大きいのは、
グユクが死んだことで、
問題が終わったわけではないこと。
むしろここから、
次の大カアンを誰にするのかという争いが再び始まり、
オゴタイ家そのものの立場まで大きく変わっていく。
グユク死後は妻オグルガイミシュが政権を預かり、最終的にモンケが第4代皇帝になる
グユクの死後、
すぐに次の大カアンが決まったわけではない。
今度はグユクの妃オグルガイミシュが、
一定期間政権を預かる立場へ入る。
父オゴタイ死後にドレゲネが監国となった流れと、
よく似た状態が再び起こる。
しかし状況は、
ドレゲネの時とは違っていた。
オゴタイ家内部には、
グユクの息子たちもいる。
それでも、
誰を次の皇帝へするかについて、
帝国全体の支持をまとめることはできなかった。
その隙を突くように動いたのがバトゥになる。
バトゥは、
グユク死後の皇位問題で、
トルイ家のモンケを支持する。
モンケは、
アニメ第9幕で大きく扱われたトルイと、
ソルコクタニの息子。
つまりここで、
物語前半から描かれてきたトルイ家が、
再び帝国の中心へ浮上してくる。
第7幕「兄弟」では、
オゴタイとトルイの間へ、
シタラが不信を作ろうとしていた。
第9幕では、
トルイが金国との戦いで圧倒的な軍功を挙げる。
第10幕では、
オゴタイの病と重なるように、
トルイにも大きな異変が起こる。
この段階では、
オゴタイ家が優位へ進んだように見えた。
ところが次の世代になると、
流れが再び変わる。
オゴタイの息子グユクは皇帝になる。
しかし在位は短い。
その死後、
バトゥが支持したのは、
オゴタイ家の皇子ではなく、
トルイの息子モンケだった。
1251年、
モンケは第4代大カアンへ即位する。
これによって、
帝国の中心はオゴタイ家からトルイ家へ移っていく。
その後は、
モンケだけでなく、
弟クビライやフレグまで、
世界史で大きな存在になる人物が続いていく。
ここまで見ると、
グユクという人物は、
単独で完結する皇帝ではない。
オゴタイ家が帝国の中心を握った時代と、
トルイ家が再び主導権を取る時代の間に立つ人物になる。
わずか2年ほどの治世でも、
彼の即位と死は、
次の皇帝選びへ直接影響している。
第11幕でグユクを見た時、
まず気になるのは、
「この青年は誰なのか」
「なぜドレゲネの息子が今ここで出てきたのか」
という部分になる。
史実まで追うと、
その答えはかなり大きい。
グユクは、
オゴタイとドレゲネの息子。
母の政治力に支えられて、
モンゴル帝国第3代大カアンへ即位する。
西方遠征時代から対立していたバトゥとは、
皇帝になった後も緊張が続く。
そして決着直前に急死し、
その死後はトルイ家のモンケが帝国を継ぐ。
だからグユク登場は、
一人の新キャラクターが追加された場面ではない。
シタラが見てきた、
オゴタイ。
トルイ。
ドレゲネ。
ソルコクタニ。
その次の世代へ物語がつながり始めた場面になる。
『天幕のジャードゥーガル』では、
一人の人物の行動が、
数話後だけではなく、
十年、二十年後の帝国へ影響していく。
第11幕で見えたグユクの姿と、
史実で第3代皇帝となったグユク。
その間を知ることで、
ドレゲネの息子という立場が、
後のモンゴル帝国でどれほど大きな重さを持つのかが見えてくる。


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