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【転生したら剣Ⅱ】リッチの正体は何者?人間だったころ何をされたのか(人体実験で廃棄寸前の過去)

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リッチの正体を辿ると、現在の「悪霊の王」からは想像しにくい、人間だったころの姿へ行き着く。
その過去では、レイドス王国の秘密実験施設で両足と右腕を失うほどの人体実験を受け、最後には廃棄対象として大量の怨念を流し込まれていた。
つまりリッチは生まれつきの怪物ではなく、人間として壊された末に予定外の高位アンデッドへ変わった存在なのである。

  1. 第1章 結論|リッチの正体は何者?元はレイドス王国の実験体だった人間
    1. 最初から死霊の王だったわけではない|元人間の死霊術師が実験でリッチへ変わった
    2. 現在の「悪霊の王」と日記の「僕」は同じ存在|人間だった頃の人格はすぐには消えていない
  2. 第2章 リッチは人間だった頃に何をされた?両足と右腕を失った人体実験
    1. 秘密実験施設では人間ではなく実験材料として扱われた
    2. 両足と右腕を失った末に「廃棄」決定|最後は大量の怨念を流し込まれる
  3. 第3章 リッチはどうやって生まれた?大量の怨念を注入された最後の実験
    1. 生きた死霊術師へ怨念を流し込み、そのままアンデッド化する計画だった
    2. 大量の怨念とダンジョンマスター化が重なり、ゾンビ・メイジではなくリッチになった
  4. 第4章 なぜ予定外のリッチになった?ダンジョンマスター化と三日間の空白
    1. コア出現から三日後に覚醒|その間に浮遊島から生きた人間が消えていた
    2. アンデッド化した研究者を破壊しても渇きは消えない|人間だった心はまだ残っていた
  5. 第5章 リッチはどうやってダンジョンマスターになった?迷宮を十階層まで拡張
    1. 年越しのパンとスープを用意する人間らしさと、死霊作成工房を待ち望む現在が同居していた
    2. 死霊喰らい・航空戦力・罠まで整備|浮遊島は「住処」から死者の要塞へ変わった
  6. 第6章 ジャンと一度会っていた?「悪霊の王」という喋り方までジャンの影響だった
    1. 最初の侵入者はジャン・ドゥービー|グリフォン・スケルトンで空から突破してきた
    2. 「吾輩」「くかかか」は生来の人格ではない|ジャンを見て“悪霊の王”を演じ始めた
  7. 第7章 「悪霊の王」という姿は最初からだった?日記に残った元人間の心
    1. 「僕」と書く人格は最後まで消えていない|友達を知らなかった元奴隷の面影
    2. 怨念炉で記憶欠落が拡大|作った「悪霊の王」が本当に人格を侵食していく

第1章 結論|リッチの正体は何者?元はレイドス王国の実験体だった人間

最初から死霊の王だったわけではない|元人間の死霊術師が実験でリッチへ変わった

浮遊島の地下迷宮でフランたちを待ち受けるリッチは、
最初から死霊の王として生まれた存在ではない。
現在は数多の死霊魔獣を従え、
地下迷宮を支配するダンジョンマスターとして立ちはだかるが、
その正体はレイドス王国の秘密実験施設に囚われていた元人間の死霊術師である。

本人が残した日記には、
「僕がこの体になって、そろそろ三年」と書かれている。
つまりリッチになった後も、
過去の自分を完全に失ったわけではない。
自分がどこにいるのか。
何をされたのか。
どうして人間を辞めることになったのか。
かなり長い期間、記憶と言葉を保ったまま書き残している。

しかも人間だった頃から、
自由な冒険者や研究者だったわけではない。
後の日記では、
自分は生まれた時から奴隷で、
友達がいた経験さえないと振り返っている。
そこへさらにレイドス王国の秘密施設へ囚われ、
死霊術研究の実験体として扱われた。

施設は戦争へ利用できる研究なら、
分野を選ばず試していた場所だった。
本人も全容までは知らない。
ただ、自分が死霊術に関する実験へ回され、
研究者から同じ人間を見る目を向けられていなかったことだけは、
日記の冒頭からはっきり書き残している。

表現もかなり重い。
死にたいと思ったのは一度や二度ではない。
五回や十回でも足りないほど。
研究者の視線を、
人間ではなくモルモットを見る目だったと記している。

現在のリッチだけを見ると、
巨大な魔力を持つ強敵。
死霊支配と死霊魔術を操り、
浮遊島をアンデッドの巣へ変えた支配者に見える。
だが過去へ戻ると、
立場は完全に逆だった。

命令する側ではない。
命令される側。
死霊を作る側ではない。
死霊術の実験材料にされる側。
自由に迷宮を拡張する支配者ではなく、
自分の身体すら自分で守れない被験体だった。

その転換点になるのが、
最後に実施された大規模な死霊実験。
実験を重ねた結果、
本人はすでに両足と右腕を失っていた。
戦力にも研究材料にも使いにくくなり、
施設側からは廃棄対象と判断される。

しかし、
ただ処分されるのではない。
どうせ捨てるなら最後に大掛かりな実験へ使う。
その発想で選ばれたのが、
生きた死霊術師へ大量の怨念を流し込み、
そのままアンデッド化したら何が生まれるのかを見る実験だった。

この時点で、
本人に生還する道はない。
日記でも、
どう転んでも自分は死ぬと認識している。
助かる可能性を期待して魔法陣へ入ったのではなく、
廃棄と実験が同じ処刑工程として進められた。

しかも本人の死霊術師としての実力も、
当時は高くない。
施設で覚えさせられたレベル1の術しか使えないと自嘲している。
現在の死霊の王とは、
まるで別人のような立場だった。

だからリッチの正体を一言で言えば、
「人体実験で怪物になった元死霊術師」で終わらない。
生まれた時から自由を持たず、
秘密施設でも被験体として消耗され、
身体を失い、
最後には廃棄対象として大規模実験へ回された人間。

そこへ大量の怨念と、
偶然出現したダンジョンコアが重なり、
本来の計画を外れてリッチへ変わった。
現在の強さは、
本人が望んで手に入れた栄光ではない。
人間を辞めるほど追い込まれた末に、
想定外の形で残ってしまった力なのである。

現在の「悪霊の王」と日記の「僕」は同じ存在|人間だった頃の人格はすぐには消えていない

リッチの過去を重くしているのは、
怪物化した瞬間に人間時代の心まで消えたわけではない点になる。
日記の書き手は、
リッチになって数年後も自分を「僕」と呼び、
自分の変化をかなり冷静に観察している。

死霊術師にとって、
リッチ化は究極の到達点の一つと見られることもある。
寿命の制約から離れ、
強大な魔力と多数の技能を得る。
実際、目覚めた本人も、
使える魔術やスキルが二十以上増えていたことへ驚いている。

それでも本人は、
これを単純な進化とは考えない。
人間を辞めてから、
心が乾いて仕方がないと書く。
アンデッド化した研究者たちを徹底的に破壊しても、
渇きが消えない。

一方で、
本当は静かに暮らしたいという感情も残る。
ようやく実験体という身分から解放された。
誰かへ命令される必要もない。
それなら浮遊島で静かに生きればいい。
そう考える自分も確かに存在する。

ここに、
現在のリッチを見るうえで重要な二重性がある。
表面では人間を敵視し、
死霊の王として迷宮を支配する。
だが日記には、
友達への憧れ、
平穏への願い、
自分が変わっていくことへの恐怖まで残っている。

後にフランたちが侵入した時も、
元の人格が久しぶりに表へ戻り、
映像越しにフランを見つめる。
自分と同年代くらいの少女。
強い剣士。
そしてジャンという仲間と一緒にいる。

その姿を見て、
自分にもあんな友達がいたらと考える。
生まれた時から奴隷だった自分には、
友達がいた経験がない。
だからフランが眩しく見えると日記へ残す。

この場面を知ると、
第2期で登場するリッチの印象は大きく変わる。
目の前にいるのは、
最初から残虐な死霊王として生まれた怪物ではない。
友達というものを持てなかった人間が、
研究施設で身体と自由を奪われ、
その後も人間時代の感情を抱えたまま
死霊の王へ変わっていった姿なのである。

第2章 リッチは人間だった頃に何をされた?両足と右腕を失った人体実験

秘密実験施設では人間ではなく実験材料として扱われた

リッチの過去で最も重いのは、
一度の実験だけではない。
最後の大規模実験へ送られる前から、
すでに長期間にわたって身体を削られていたことになる。

浮遊島に存在したのは、
レイドス王国の秘密実験施設。
本人の日記によれば、
戦争へ役立ちそうな研究なら何でも行っていたらしく、
施設の全容を被験体側へ知らせる必要もなかった。

本人が割り当てられたのは死霊術研究。
実験のために死霊術を覚えさせられ、
しかし習得できたのはレベル1程度。
術者として育成するのではなく、
死霊術を扱える肉体が実験でどう変化するかを見る材料に近い。

だから研究者との関係も、
師匠とフランのような師弟ではない。
ジャンとアンディのような使役関係でもない。
能力を伸ばすために教えるのではなく、
実験条件を満たすため最低限の術を覚えさせる。

日記では、
研究者たちが自分たちを見る目を
同じ人間を見る目ではなかったと振り返る。
モルモットを見る目。
人道的という言葉は施設に存在しなかったとまで書く。

しかも被害は精神面だけではない。
何度も行われた実験によって、
本人は両足と右腕を失っている。
歩くこともできない。
片腕しか残っていない。
この状態でも、
治療して解放されるわけではない。

研究価値が落ちたと判断されると、
次に決まるのは廃棄。
一人の人間が重傷を負ったから救助するのではなく、
実験材料として使いにくくなったから処分する。

ここで施設の異常さが最も具体的に見える。
身体を壊すまで実験する。
壊れたら廃棄する。
そして廃棄する前にも、
最後のデータを取るため大規模実験へ投入する。

本人は、
その日自分が殺されようとしていたと日記へ書く。
すでに未来を選ぶ余地はない。
両足と右腕を失った身体で、
鎖へ縛り付けられ、
巨大な魔法陣の中央へ寝かされる。

そこで始まるのが、
生きた死霊術師へ大量の怨念を注入し、
そのままアンデッド化する実験になる。

両足と右腕を失った末に「廃棄」決定|最後は大量の怨念を流し込まれる

実験の準備は、
本人が逃げられないよう徹底している。
鎖で身体を拘束。
床には巨大な魔法陣。
さらに結界と特殊術式を組み、
外部から流し込まれる怨念を
実験体側が拒絶できない状態へする。

普通なら、
強烈な怨念を感じれば
精神的にも魔力的にも抵抗する。
だがその抵抗自体を封じられている。
受け入れ先を見つけた怨念が、
次々に身体へ殺到する。

量も尋常ではない。
本人自身が、
あり得ない量と表現するほど。
限界を越えて怨念が流れ込み、
もう死んだと感じる。

視界の端では、
巨大な魔法陣が発光。
怨念注入と並行して、
生きた肉体をそのままアンデッド化する術式が
発動しようとしている。

研究側が期待していた結果は、
ゾンビ・メイジ。
死霊術師だった人間を
そのままアンデッドへ変えれば、
生前より強力な死霊兵器になるのではないか。
その程度の想定だった。

つまり後のリッチは、
最初から作ろうとして作られた存在ではない。
研究者の計画上は、
もっと低位のアンデッドで終わるはずだった。

ところが、
その最中に起きる予定外の出来事が
すべてを変える。

実験室の中へ、
突然ダンジョンコアが出現する。
本人にも、
なぜそこへ現れたのか分からない。
世界のどこへでも法則を無視して生まれるコアが、
よりによって実験中の部屋へ出現した。

そしてコアは、
鎖で拘束され怨念を流し込まれていた本人を
ダンジョンマスターとして認証する。

この認証によって、
能力が大幅に底上げされる。
本来なら身体が耐え切れなかった
膨大な怨念の群れを、
すべて受け入れられるだけの力を得る。

同時に、
アンデッド化術式も完成する。

大量の怨念。
ダンジョンマスター化。
生きたまま行われるアンデッド化。
三つが実験室の中で重なった。

そこで生まれたのが、
研究者側の計画にはなかったリッチ。

本人は、
その瞬間からの記憶を持っていない。
次に意識を取り戻すのは、
ダンジョンコア出現から三日後。
しかも目覚めた時には、
浮遊島から生きた人間の姿が消え、
周囲はアンデッドで溢れている。

自分の身体も、
人間ではない。
最初はスケルトンになったのかと思う。
だが能力を確認すると、
魔術もスキルも二十以上増加。
そこで初めて、
自分がリッチへ変わっていることを知る。

第2期でフランたちの前に現れる死霊の王は、
こうして誕生した。

人間だった頃から強大だったわけではない。
自由を求めて自分から不死を選んだわけでもない。
人体実験で四肢を失い、
廃棄対象となり、
最後の実験で殺されるはずだった人間が、
大量の怨念とダンジョンコアの偶発的な出現によって
予定外の存在として生き残ってしまった。

この過去を知ると、
リッチの「強さ」は成功とは言い切れない。
本人にとっては、
生き延びたことと、
人間でなくなったことが同時に起きた。

研究者から解放された。
しかし人間としての身体も失った。
強大な力を得た。
しかしその力には、
流し込まれた膨大な怨念がまとわり付いている。

その矛盾が、
後の迷宮拡張と人格変化へつながっていくのである。

第3章 リッチはどうやって生まれた?大量の怨念を注入された最後の実験

生きた死霊術師へ怨念を流し込み、そのままアンデッド化する計画だった

リッチ誕生の起点は、
偶然の進化でも自発的な不死化でもない。
レイドス王国の秘密実験施設で行われた、
生きた死霊術師を素材にした死霊実験だった。
その時点で本人は、
それまでの人体実験によって両足と右腕を失い、
研究対象としての価値まで低下したと判断されている。

施設側が下した結論は治療ではなく廃棄。
しかも、そのまま処分するのではなく、
最後に大規模実験へ投入してデータを取る。
人間として救命する発想はなく、
壊れた実験体から最後まで研究成果を回収しようとする扱いだった。

実験内容は、
生きた死霊術師へ大量の怨念を注入し、
その直後にアンデッド化術式を発動したら何が生まれるかを見るもの。
被験体本人は、
この施設で覚えさせられた死霊術もレベル1程度。
現在のリッチからは想像しにくいが、
当時は高位術者でも怪物でもなく、
研究条件を満たすだけの弱い死霊術師だった。

実験当日、
本人は鎖で身体を拘束され、
床へ描かれた巨大な魔法陣の中央に寝かされる。
両足も右腕も失っているため、
物理的にも逃げる余地はない。
さらに結界と特殊術式が重ねられ、
外から流し込まれる怨念を拒絶できない状態へ固定される。

そこへ、
通常では考えられない量の怨念が流れ込む。
怒り。
憎悪。
恨み。
死者の妄執。
受け入れ先を見つけた怨念が、
次々と一人の肉体へ殺到する。

本人は限界を越えて流れ込む怨念を感じ、
この時点で自分は死んだと判断する。
視界の端では、
巨大な魔法陣が発光し、
生きた身体をそのままアンデッド化する術式まで動き始める。

研究者側が予定していた完成形は、
ゾンビ・メイジ。
死霊術を覚えた人間をアンデッド化すれば、
生前より強い魔術兵器になる。
狙いはその程度だった。

つまり、
最初からリッチを作る計画ではない。
高位アンデッドへ進化させる秘術でもない。
廃棄予定の実験体を使い、
大量の怨念とアンデッド化を組み合わせたら
どの程度の個体が生まれるかを見る実験だった。

だから後に現れるリッチは、
研究側にとっても想定外。
現在の「悪霊の王」は、
施設が完成品として設計した兵器ではなく、
実験途中へ別の要素が割り込んだことで生まれた存在になる。

大量の怨念とダンジョンマスター化が重なり、ゾンビ・メイジではなくリッチになった

本人が死を覚悟した直後、
実験室で予定外の出来事が起こる。
巨大な魔法陣の中央へ拘束され、
怨念を流し込まれている最中、
部屋へ突然ダンジョンコアが出現した。

本人にも、
なぜその場所へ現れたのか分からない。
ダンジョンコアは世界の各地へ、
既存の法則を無視するように出現する存在。
その一つが、
よりによって死霊実験の最中に現れた。

さらにコアは、
研究者ではなく被験体だった本人を
ダンジョンマスターとして認証する。
ここで状況が一変する。

ダンジョンマスターになったことで、
本人の能力が大幅に底上げされる。
普通なら身体も精神も耐えられないほどの怨念を、
全て受け入れられるだけの器を得る。
同時に、
生きたままアンデッドへ変える術式も完成する。

大量の怨念。
ダンジョンマスター化。
生体アンデッド化。
本来は別々の要素だった三つが、
同じ瞬間に一人へ重なる。

事前計画ならゾンビ・メイジ。
ところが実際には、
膨大な怨念とダンジョンマスター化が
想定外の相乗作用を起こし、
目覚めた個体はリッチになっていた。

本人も最初から理解していたわけではない。
覚醒直後は、
自分がスケルトンになったのだと思う。
ところが能力を確認すると、
以前にはなかった魔術や技能が二十以上増えている。
そこで初めて、
自分が下級アンデッドではなく
高位死霊であるリッチへ変化したと知る。

この流れを見ると、
現在の強さが本人の努力だけで作られたものではないことも分かる。
人間時代はレベル1程度の死霊術しか使えない。
身体は実験で壊される。
廃棄対象になる。
最後の実験でも、
本人は生き残ることを選べない。

それが、
コア出現という偶発事象によって
一気に強大な存在へ変わる。

しかも、
その変化は救済とは言い切れない。
人間として死ぬはずだったところを生き延びた。
一方で、
人間の身体を完全に失い、
大量の怨念を自分の内部へ抱え込む。

だからリッチ化は、
成功でも単純な進化でもない。
被験体として殺されるはずだった人間が、
別の形で壊れたまま残された出来事なのである。

第4章 なぜ予定外のリッチになった?ダンジョンマスター化と三日間の空白

コア出現から三日後に覚醒|その間に浮遊島から生きた人間が消えていた

リッチ化した本人が次に意識を取り戻すのは、
ダンジョンコア出現から三日後。
問題は、
その三日間の記憶が本人に一切ないことになる。

実験室で怨念を流し込まれ、
コアに認証され、
アンデッド化術式が動く。
そこまでは自分で覚えている。
しかし、
リッチとして目覚めるまでの三日間だけが完全に抜け落ちている。

そして覚醒した時、
浮遊島の状況は実験前と別物になっていた。
島内に生きた人間の姿がない。
研究者。
施設関係者。
他の実験体。
少なくとも本人が認識できる範囲では、
生存者が消えている。

代わりに、
浮遊島はアンデッドで溢れ返っている。
本人自身も人間ではない。
周囲も死者だらけ。
自分が何をしたのか、
誰が何をしたのか、
空白の三日間に何が起きたのか分からない。

ここは重要で、
「リッチが目覚めて研究者を全員殺した」と
単純に断定できる場面ではない。
本人の日記にも、
三日間の経緯は記録できない。
分かっているのは、
覚醒前には生きた人間がいた。
覚醒後にはいなくなっていた。
その間だけ本人の記憶がないという事実になる。

だからリッチの過去には、
誕生そのものに未解明部分が残る。
大量の怨念を受け入れた瞬間、
新たな人格や衝動が表へ出たのか。
ダンジョン機能が何かをしたのか。
施設側で別の事故が起きたのか。
本人にも答えがない。

ただし、
覚醒後の本人は自分の状態を確認し、
人間時代とは比較にならない能力を得ていることへ驚く。
死霊術師の究極形の一つとして
リッチ化を羨む者がいることも知っている。

それでも、
本人は自分の変化を喜ばない。
人間を辞めてから、
心が乾いて仕方がないと日記へ残す。

力は増えた。
寿命の制約も外れた。
ダンジョンマスターにもなった。
しかし内側では、
以前にはなかったほど強い憎悪が
次々と湧き上がる。

ここで、
強さと幸福が完全に分離する。
外から見れば進化。
本人から見れば、
人間性まで削られ始めた状態になる。

さらに見落とせないのが、
本人がリッチ化を「奇跡」と言い切っていないこと。
死霊術師にとってリッチは、
究極の到達点の一つとして語られる存在。
普通なら強大な魔力と不死性を得た成功例にも見える。

ところが本人は、
日記の中でそれを明確に肯定していない。
実験体として死ぬ運命からは逃れた。
一方で、
人間だった身体と日常へ戻る道も同時に失った。
救われた部分と壊された部分が、
同じ出来事の中へ重なっている。

この感覚があるため、
後にダンジョンを拡張して力を増した時も、
単純な「力を求めた怪物」とは読み切れない。
最初の出発点には、
まず生き延びてしまった自分が何者なのかを確かめる時間があったのである。

アンデッド化した研究者を破壊しても渇きは消えない|人間だった心はまだ残っていた

覚醒後、
リッチは施設内でアンデッド化していた研究者たちを見つける。
自分を実験材料として扱い、
両足と右腕を奪い、
最後には廃棄まで決めた相手。

人間時代の記憶が残っている以上、
彼らへ向かう感情が穏やかなはずはない。
リッチは研究者たちを徹底的に破壊する。

ここだけ見れば、
復讐を果たして終わるように見える。
長年自分を苦しめた加害者を倒した。
実験体という身分からも解放された。
これでようやく自由になれる。

だが、
本人が期待したような解放感は来ない。
研究者を破壊しても、
心の渇きが収まらない。

むしろ、
憎悪が次々と湧く。
人間が憎い。
壊したい。
殺したい。
世界へ復讐したい。
本人自身が止められないほど、
怨念が内側から衝動を押し上げる。

それでも同時に、
「本当はそんなことをしたくない」という感情まで残っている。
実験体から解放されたのだから、
このまま静かに暮らしたい。
誰にも命令されず、
浮遊島で平穏に過ごしたい。

この相反する感情が、
リッチの過去を単純な復讐譚にしない。

人間を憎む自分。
静かに暮らしたい自分。
両方が同時に存在する。
そして本人は、
殺せ、壊せ、世界へ復讐しろと
自分を突き動かしているものが
内部へ流し込まれた怨念だと理解している。

だから現在のリッチを、
「人間に酷い目に遭ったから人間嫌いになった」とだけ見ると浅い。
実際に人間から虐待された過去はある。
研究者へ復讐したい感情も本人の中にある。

しかしそれ以上に、
大量の怨念を強制的に抱え込まされたことが、
感情を異常な強度へ押し上げている。

しかもこの時点では、
まだ人間時代の人格がかなり残っている。
誰かに自分の記録を読んでほしい。
浮遊島で何が行われていたのか知ってほしい。
レイドス王国の悪行を世間へ伝えてほしい。
自分たちの無念を晴らしてほしい。

日記の最初で本人が残した願いは、
世界中の人間を殺したいという宣言だけではない。
自分たちに何が起きたかを、
誰かに知ってもらいたいという訴えでもある。

この段階のリッチは、
現在の「悪霊の王」と完全には一致しない。
自分をまだ「僕」と呼ぶ。
日記を書く。
過去を振り返る。
静かに暮らしたいと願う。
自分の中の怨念を恐れている。

つまりリッチ誕生直後に残っていたのは、
怪物になった身体と、
まだ人間だった頃の心。

その二つが同居した状態から、
長い年月をかけて現在のダンジョンマスターへ変わっていく。

だから正体と過去を追う記事では、
「リッチになった瞬間」で終わらせてはいけない。
本当に怖いのは、
リッチへ変わった後も人間の人格が残り、
自分が少しずつ別の存在へ変わっていく過程を
本人自身が日記へ記録していること。

その記録が、
後の十階層迷宮、
ジャンとの最初の遭遇、
「吾輩は悪霊の王」という喋り方、
さらに人格そのものが飲み込まれていく未来へ
つながっていくのである。

第5章 リッチはどうやってダンジョンマスターになった?迷宮を十階層まで拡張

年越しのパンとスープを用意する人間らしさと、死霊作成工房を待ち望む現在が同居していた

リッチへ変わった後も、
本人の中から人間時代の感覚がすぐ消えたわけではない。
日記には戦闘や復讐計画だけでなく、
かなり生活感のある記録まで残っている。
その代表が3619年12月31日の年越しになる。

リッチになって迎える四回目の年越し。
本人はパンとスープを用意する。
アンデッドなので食べられない。
それでも「気分だけは味わえる」と考え、
人間だった頃の年越しを自分なりに再現する。

この一場面は、
後の「悪霊の王」との落差が大きい。
現在のリッチは、
骸骨の姿で高位死霊を率い、
ダンジョン深部から侵入者を迎え撃つ。
だが日記の中には、
食べられないと分かっていながら
パンとスープを並べる「僕」がまだいる。

しかも同じ年越しの日記で、
本人はGPの蓄積状況まで気にしている。
目標は死霊作成工房。
これを手に入れれば、
さらに多くのアンデッドを作れると期待している。

ここが人間性とダンジョンマスター性の分岐点になる。
年越しを祝いたい感覚は残る。
一方で、
日々の生活そのものは
ダンジョン拡張と死霊作成へ置き換わっている。

翌3620年2月27日、
念願の死霊作成工房を取得。
設定した場所へ、
ダンジョン機能によって一瞬で工房が完成する。
本人はその機能へ驚き、
作成可能なアンデッドの種類が一気に増えたことを喜ぶ。

さらに面白いのが、
ここで死霊の作り方を比較していること。
ダンジョン機能で生み出したアンデッドは、
体内に魔石があり、
倒された時の魔力還元率が高い。
ただし個体性能はそれほど高くない。

一方、
リッチ自身が死霊魔術で作る眷属は
疑似魂魄が魔石の代わりになる。
そのため魔石を持たず、
ダンジョンへの還元率も低い。
しかし能力は高く、
リッチ製だけあって実戦性能が優秀になる。

ただし欠点もある。
怨念を核へ使うため、
好戦的になりやすい。
本人はダンジョン産と自作のどちらを増やすか迷い、
最終的には半々にしようかと考える。

この記録を見ると、
リッチがただ怨念に任せて死者を増やしていたわけではないと分かる。
還元率。
個体性能。
作成効率。
制御負担。
用途。
それぞれを比較しながら、
迷宮運営者として戦力を作っている。

さらに時間が進むと、
ダンジョン規模そのものが拡大。
GPを使って取得できる設備も増え、
大規模結界や怨念を魔力へ変換する施設まで候補に入る。

3621年7月11日。
本人はダンジョン拡張終了を記録する。
内部は全十階層。
外部についても、
浮遊島表面から上空約50メートルまで
ダンジョンの影響範囲へ取り込まれた。

ここで第2期の浮遊島攻略場面と直接つながる。
フランたちが島へ着く前、
ジャンが「もうダンジョンへ入っている」と説明したのは、
この拡張によって空域まで支配圏になっていたから。

リッチの日記では、
航空戦力を充実させれば
簡単には上陸されないと考えている。
後に実際、
ボーン・バードやワイバーン・スケルトンが
空から侵入者を迎撃する。

つまり第2期で見る空中戦は、
単にアンデッドが偶然飛んでいた場面ではない。
数年前の日記で、
リッチ自身が計画した防空体制の完成形になる。

死霊喰らい・航空戦力・罠まで整備|浮遊島は「住処」から死者の要塞へ変わった

ダンジョンを十階層まで拡張した後、
リッチは侵入者対策へさらに力を入れる。
アンデッド作成。
罠設置。
航空戦力。
地表の森。
地下階層。
浮遊島全体を、
多層防衛型の死霊要塞へ変えていく。

3622年5月20日には、
GPを1万投入して特別個体を作成する。
名前は死霊喰らい。
アンデッドでありながら、
別のアンデッドを食べて成長する特殊個体だった。

作った直後は、
ただのゾンビのように見える。
それでもリッチは、
どう育つのかを面白がり、
迷宮内を自由に歩かせる。

この死霊喰らいは、
後に巨大化。
さらに不要な部分を削ぎ落とすように姿を変え、
十メートル近い巨体から子供ほどの体格へ縮む。
しかし魔力は逆に倍以上まで高まる。

しかも、
その顔立ちはリッチが人間だった頃の姿へ近づく。
本人は自分の魔力を与えた影響か、
自分が作ったからなのかと興味を示す。

ここにも、
単なる兵器製造では終わらない不気味さがある。
人間だった身体を失ったリッチが、
自分の昔の姿に似た死霊を配下として育てている。
本人は研究対象のように眺めているが、
結果として迷宮の中へ
過去の自分を思わせる存在が残る。

一方、
外部防衛も強化される。
上空には鳥系アンデッド。
蝙蝠系アンデッド。
強力な飛行死霊。
地上の森には幻影罠。
進路を惑わせ、
消耗した侵入者を
さらにアンデッドで削る構成にする。

だから浮遊島の攻略は、
地下入口へ到達したところから始まるのではない。
空域。
物理障壁。
地表。
森。
幻影。
アンデッド。
地下迷宮。
全部がリッチの防衛網としてつながっている。

しかも本人は、
浮遊島の航路まで意識している。
航路操作は可能だが魔力消費が大きい。
複数国家をまたいで移動しながらも、
レイドス王国から離れすぎないよう考える。

ここは現在の戦闘能力だけ見ていると見落としやすい。
リッチは地下で待つ固定ボスではない。
浮遊島そのものを動く拠点として利用し、
十階層の迷宮と空中戦力を抱えたまま
レイドス周辺を回遊するダンジョンマスターだった。

現在の浮遊島がアンデッドだらけなのも、
偶然ではない。
目覚めた直後に死霊が多かっただけでもない。
年月をかけて、
本人が設備を取り、
配下を増やし、
罠を置き、
飛行戦力を整え、
地表から地下まで防衛線を構築した。

人間時代は、
研究者に拘束される実験体。
現在は、
自分の支配する十階層迷宮を持つダンジョンマスター。

立場は完全に逆転した。
だが、その力を何へ使うのかという部分には、
レイドスへの復讐という過去が残り続けている。

この「被験体から支配者へ」という変化こそ、
リッチの正体と過去をつなぐ中盤の大きな転換点になる。

第6章 ジャンと一度会っていた?「悪霊の王」という喋り方までジャンの影響だった

最初の侵入者はジャン・ドゥービー|グリフォン・スケルトンで空から突破してきた

現在の浮遊島編で、
ジャンとリッチが初対面のように見えると
一つ重要な過去を見落とす。
実はリッチは、
フランたちが来る数年前に
ジャン・ドゥービーと一度遭遇している。

日記の日付は3622年10月10日。
ダンジョンマスターになってから
初めて本格的な侵入者が現れた日になる。

リッチは最初、
レイドス王国の刺客を疑う。
だが侵入者は一人。
しかも高位の死霊術師。
自分でさえ召喚に苦労する
グリフォン・スケルトンを従えていた。

その人物がジャン。
後にフランと師匠を浮遊島へ案内する
「皆殺」の冥導師だった。

この最初の侵入でも、
リッチが用意した防衛設備が実際に機能する。
空には鳥系アンデッドと蝙蝠系アンデッド。
ジャンはグリフォン・スケルトンの力で
そこを強引に突破する。

次に待つ地上の森では、
幻影罠が効く。
道を迷わせ、
進行先ごとにアンデッドと遭遇させ、
少しずつ消耗させていく。

リッチの日記でも、
地上の森はちゃんと機能したと満足している。
つまり第2期でフランたちが攻略する防衛網は、
以前ジャン一人を相手に
すでに実戦試験を終えていた。

消耗したジャンが撤退へ入ると、
リッチは上位アンデッドを追撃へ回す。
死霊喰らいも成長しており、
戦力として投入。
戦闘自体はリッチ側が優位に進めるが、
最後にはジャンへ逃げられる。

ここでリッチが残念がるのが面白い。
殺せなかったことだけを惜しむのではない。
捕まえて話を聞きたかった。
場合によっては配下にしてもよかった。
そう日記へ記している。

当時のリッチには、
侵入者へ対する好奇心がまだ強く残っている。
特にジャンは、
自分と同じ死霊術師。
しかも人間時代の自分とは比較にならない高位術者。

その姿は、
リッチに強烈な印象を残す。
髑髏の装飾。
ぼろぼろのローブ。
大仰な立ち振る舞い。
そして、
浮遊島へ侵入した瞬間から
自分の名を高らかに名乗る芝居がかった言動。

リッチはその姿を見て、
久しぶりに笑う。
本人の日記では、
これほど笑ったのは
生まれて初めてかもしれないとまで書いている。

敵として侵入してきたジャンが、
皮肉にもリッチへ
人間らしい笑いを取り戻させたのである。

「吾輩」「くかかか」は生来の人格ではない|ジャンを見て“悪霊の王”を演じ始めた

ジャンとの最初の遭遇で、
リッチが最も強く刺激されたのは
戦闘能力だけではない。
「死霊術師とはこうあるべき」という外見と振る舞いだった。

ジャンは髑髏のアクセサリーを身に着け、
ぼろぼろのローブをまとい、
自分を大物の死霊術師らしく演出する。
言動も大仰。
侵入先がアンデッドの巣窟だと知れば、
むしろ自分に相応しい場所だと笑う。

リッチは、
その姿を馬鹿にしない。
むしろ本気で格好いいと思う。
髑髏。
ローブ。
言葉遣い。
その全てを見て、
「あれこそ真の死霊術師」と感じる。

そして、
自分自身を振り返る。
高位アンデッドのリッチなのに、
自分のことを「僕」と呼んでいる。
これでは格好悪いのではないか。
そう考える。

ここから、
現在のリッチ像へ直結する変化が始まる。
心機一転、
喋り方を変えてみようと決める。

自分を「吾輩」と呼ぶ。
自らを「悪霊の王、リッチ」と名乗る。
笑い方も「くかかか」と意識する。

現在の戦闘で見れば、
いかにも邪悪な高位アンデッドらしい口調。
フランたちを挑発し、
余裕たっぷりに笑い、
悪霊の王として振る舞う。

しかし出発点は、
ジャンを見て格好いいと思ったから。
最初は明確に「演技」だった。

この事実が、
リッチという人物をかなり複雑にする。
「吾輩」と喋るから、
人間性を失った怪物なのではない。
むしろ人間性が残っていた時期に、
自分から悪霊の王らしいキャラクターを作っている。

最初は遊びに近い。
ジャンの大仰な振る舞いを見て笑い、
自分もそれらしくしてみようと考える。
慣れるまで時間がかかりそうだと、
かなり軽い調子で日記へ残している。

だから後年、
同じ「吾輩」「くかかか」が
本当に残忍な人格の言葉になることが重い。

3623年10月28日。
リッチは30万GPを貯め、
怨念炉を設置する。
周囲の怨念を吸収し、
魔力へ変換する大規模施設。
自分自身と接続すれば、
膨大な魔力と怨念を取り込める。

当初は復讐に必要な力を得るための強化設備。
だが翌年には、
本人自身が異変へ気付く。
力は増している。
同時に、
憎しみと恨みまで増えている。

やがて、
記憶がない瞬間が出始める。
さらに時間が進むと、
週のうち二日も記憶が抜ける。
ダンジョンの映像記録を確認すると、
そこに映っていた自分は
暴虐、冷酷、残忍という言葉が似合う
本物の悪霊の王になっている。

つまり最初は、
ジャンを真似て作った「悪霊の王」という仮面だった。
ところが怨念炉による人格侵食が進み、
やがてその仮面に近い別人格が
本人を飲み込んでいく。

この過程は、
リッチの正体・過去の記事で非常に重要になる。
現在の口調だけ見れば、
生まれつき邪悪な怪物に見える。

だが実際には、
最初はパンとスープで年越しをし、
友達というものを知らず、
ジャンを見て初めて大笑いし、
格好いいから自分も真似してみようと考えた元人間。

その人間らしい遊びが、
後に本当の人格崩壊へ重なってしまう。

だから「悪霊の王」は、
最初からの正体ではない。
元人間のリッチが作った演技であり、
後になって怨念がその演技を本物へ変えていった。

第2期でフランたちが対峙するリッチには、
この長い時間が全部積み重なっている。

被験体。
リッチ。
ダンジョンマスター。
迷宮支配者。
ジャンを真似た悪霊の王。

一つずつ役割が増え、
最後には本人自身が
どこまで「僕」で、
どこから「悪霊の王」なのか分からなくなっていく。

その境界が崩れる直前まで、
日記には元人間の声が残っているのである。

第7章 「悪霊の王」という姿は最初からだった?日記に残った元人間の心

「僕」と書く人格は最後まで消えていない|友達を知らなかった元奴隷の面影

リッチの正体と過去を最後まで追うと、
現在の「悪霊の王」という姿だけでは見えない部分が残る。
日記を書いている人格は、
長いあいだ自分を「僕」と呼び続ける。
大仰に笑い、侵入者を見下す現在の口調とは、
かなり距離がある。

本人は生まれた時から奴隷だった。
秘密実験施設へ入る以前から、
自由な生活や普通の交友関係を知らない。
だから後年、
浮遊島へフランたちが侵入してきた時の反応が重い。

監視映像越しに見るのは、
自分と同年代ほどに見える黒猫族の少女。
剣を握り、
ジャンや仲間と一緒に迷宮を進んでいる。
その姿を見た元の人格は、
自分にもあんな友達がいたらと思う。

ここは、
現在のリッチからは想像しにくい。
人間を敵として迎え撃ち、
「吾輩は悪霊の王」と振る舞う存在の内側に、
友達を持ったことがないまま大人になれなかった感覚が残っている。

日記を書き始めたこと自体も同じ。
誰かがいつか読むかもしれない。
その誰かへ、
自分が何者だったのか、
この浮遊島で何が行われていたのかを残したい。
最初から世界を呪うためだけに書かれた記録ではない。

年越しには、
食べられないと分かっていながらパンとスープを用意する。
ジャンと初めて遭遇した時には、
髑髏飾りや大仰な口調を見て大笑いする。
そのうえで、
自分もリッチらしい喋り方をしようと考える。

「吾輩」も、
「くかかか」という笑い方も、
最初は本性ではない。
ジャンを見て面白がり、
悪霊の王らしく見えるよう自分で作った演技だった。

だから恐ろしいのは、
後にその演技へ本人自身が飲み込まれていくことになる。

怨念炉で記憶欠落が拡大|作った「悪霊の王」が本当に人格を侵食していく

転換点になるのが怨念炉。
リッチは30万GPを貯め、
アンデッドが放つ怨念を集めて
魔力へ変換する大規模施設を設置する。

目的は明確。
もっと強くなるため。
レイドス王国へ復讐するため。
迷宮を守るため。

実際、
怨念炉へ接続した後は力が増す。
ダンジョンから供給される魔力も膨らみ、
後の戦闘ではジャンたちが
まず怨念炉を破壊しなければならないほど
リッチの力の中枢になる。

だが、
増えたのは魔力だけではない。
本人は日記へ、
憎しみや恨みまで強くなったと残す。
さらに異常は感情だけで終わらず、
記憶そのものへ及ぶ。

最初は一瞬の空白。
次第に、
自分が何をしていたのか分からない時間が増える。
週のうち数日。
一日の大半。
そして最後には、
元の人格が半年近く表へ出ないほど
占有時間が逆転していく。

本人は監視映像で、
記憶のない時間の自分を確認する。
そこに映っているのは、
残虐で、
冷酷で、
侵入者を弄び、
まさに自分が昔ふざけて作った
「悪霊の王」そのもの。

ここがリッチの過去で最も皮肉な部分になる。
ジャンを見て格好いいと思い、
軽い気持ちで作った口調。
それが怨念炉による人格侵食の後、
本当に自分を支配する人格へ近づいていく。

第2期でフランたちが対峙するリッチも、
「吾輩」と名乗り、
「くかかか」と笑う。
最初だけ見れば、
邪悪な高位アンデッドの典型に見える。

しかし日記を読んだ後では、
同じ言葉が別に聞こえる。
その口調は、
元人間の人格が最初から持っていたものではない。
途中から作った仮面。
そして後になって、
怨念がその仮面を本物へ変えていった。

それでも元の人格は完全には消えていない。
フランを見て友達へ憧れる。
自分の記録を残す。
人間だった頃の感覚を思い出す。
だから本人自身も、
どこまでが「僕」で、
どこからが「悪霊の王」なのか分からなくなっていく。

最終的にフランたちが戦った時も、
師匠は後から疑問を残す。
最後に戦ったリッチは、
日記を書いていた人格のままだったのか。
怨念炉を破壊された後、
元の人格が戻る余地はなかったのか。

明確に断定されないからこそ、
リッチの正体は単なるボス紹介で終わらない。

しかも戦闘時の能力にも、
過去の積み重ねがそのまま残っている。
鑑定偽装で能力を隠し、
本来はレベル71、
死霊支配と死霊魔術は最大級。
時空魔術、生命吸収、魔力吸収、
さらに怨念吸収、怨念変換、大怨霊、不浄の理まで持つ。

現在の圧倒的な強さは、
人間時代の素質だけで生まれたものではない。
ダンジョンマスターとして迷宮を育て、
怨念炉へ接続し、
長年死霊属性の中心に居続けた結果として形成されている。

だから戦闘中に見せる残虐さと、
日記に残る弱さを別人として切り離しすぎるのも違う。
どちらも同じ個体の中で積み重なった時間の一部。
その境界が壊れていく過程まで含めて、
現在のリッチが成立している。

元奴隷。
死霊術の実験体。
両足と右腕を失った被験者。
廃棄対象。
大量の怨念を注入された人間。
予定外に生まれたリッチ。
ダンジョンマスター。
そして自分で作った「悪霊の王」に
少しずつ飲み込まれていった存在。

現在のリッチは、
その全てが重なった姿になる。

だから「リッチの正体は何者?」への答えは、
元人間だった、だけでは足りない。
人間だった記憶と感情を残したまま、
長い時間をかけて怨念へ侵食され、
最後には自分で作った怪物像との境界まで失っていった。

その過去を知って初めて、
浮遊島の奥で笑う「悪霊の王」が、
最初から怪物だったわけではないことが見えてくるのである。

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