ミュイが料理を作るようになったのは、単に家事を覚えたからではない。
貧民街で「自分が生き残ること」を優先していた少女が、ベリルとの同居を通して、誰かの帰りを待ち、その相手へ食事を作る側へ変わったことが大きい。公式側でも第2期は「ベリルとの信頼が深まったからこそ見られる素の表情」「ちょっと大人になったミュイ」が見どころとして挙げられている。
第11話の料理場面は、ミュイがベリルを保護者として受け入れただけでなく、自分からその家庭へ参加し始めた現在地として見ると意味が変わる。
第1章 ミュイはなぜ料理を作るようになった?第11話で見えた成長
「食べさせてもらう側」から、ベリルへ作る側へ変わった
第11話でミュイが料理を作っている姿は、
単に家事を覚えたというだけの場面ではない。
ベリルと暮らし始めた頃のミュイは、
新しい家で生活すること自体にまだ慣れておらず、
食事も生活も大人から与えられる側だった。
そこから自分の手で料理を作るところまで変わっている。
ミュイにとって、この変化はかなり大きい。
彼女はもともと姉と二人で貧民街を生き抜き、
まず自分たちが今日を越えることを考えなければならなかった。
誰かの帰宅時間を考え、
温かい食事を用意し、
同じ卓を囲むという生活とは遠い場所にいた少女である。
ところがベリルと暮らすようになってから、
ミュイの日常には「家」が生まれた。
帰れば眠る場所があり、
食事を一緒に取る人間がいて、
次の日も同じ場所へ帰ってこられる。
その安心が積み重なった結果、
今度は自分から家庭の中で役割を持とうとし始める。
最初から何でも一人で作れたわけではない。
食事の準備を手伝い、
できることを少しずつ増やし、
やがて自分で料理を作ってベリルへ出せるようになる。
原作ではポトフを作れるところまで成長しており、
ベリルが帰ってくれば、
ミュイの作った食事が待っている生活へ変わっていく。
ここで重要なのは、
料理の腕前そのものではない。
ミュイが「この家で自分も何かをしたい」と思うようになったことだ。
住まわせてもらい、
食べさせてもらい、
守られるだけの立場から、
自分もベリルの生活を支える側へ回り始めている。
食事中のベリルへ、
ミュイの方から行儀を注意するような関係まで生まれていく。
以前なら大人に教えられる側だった少女が、
同じ家で暮らす相手へ口を出せる。
それだけ遠慮が薄れ、
ここを自分の家として受け入れたことも分かる変化である。
だから第11話の料理場面が温かく見えるのは、
美味しそうな料理が出てきたからだけではない。
ミュイがベリルの家へ「置いてもらっている」のではなく、
自分からその暮らしを作る一員になっている。
料理は、その変化を一目で見せる行動なのである。
誰かのために料理できるようになったことが、一番大きな成長
ミュイの成長というと、
第2期第3話の戦闘も分かりやすい。
学舎周辺で魔術が使えなくなり、
狼のような影が生徒たちへ襲いかかった時、
ミュイたちは自分たちが未熟だと理解しながらも、
ただ隠れるのではなく戦う判断をしている。
しかし強敵へ立ち向かえることだけが、
ミュイの成長ではない。
むしろ料理の場面では、
戦闘とは別の方向へ進んだ変化が見える。
誰かを信用し、
その人が帰ってくることを前提に待ち、
その相手のために手を動かせるようになった。
貧民街時代のミュイには、
こうした余裕そのものがほとんどなかった。
明日も同じ家がある保証もなく、
食べ物が手に入る保証もない。
そうした環境では、
食事は「誰かを喜ばせるためのもの」より、
まず生き延びるためのものになる。
現在のミュイは違う。
料理を作っても、
自分だけで全部食べるわけではない。
ベリルが帰ってくることを考え、
一緒に食べることを前提に用意する。
食事という行動の中に、
他人との暮らしが入り込んでいるのである。
ベリルへの恩返しという面もある。
ミュイは住む場所を与えられ、
生活を守られ、
学院へ通える環境まで得た。
しかし本人は、
いつまでも受け取るだけではいたくない。
自分にできることを探した結果、
日常の家事にも自然と関わるようになっていく。
第11話の料理は、
だから派手な成長場面ではない。
新しい魔術を覚えたわけでも、
強敵を倒したわけでもない。
それでも「誰かと暮らす力」を身につけたという点では、
ミュイの人生にとって非常に大きな変化だった。
ベリルとの生活によって、
ミュイは守られる場所を手に入れた。
その次に起きたのが、
自分からその場所を守り、
居心地のいい家へ変えていこうとする変化である。
料理を作る姿は、その現在地を最も分かりやすく見せている。
第2章 ミュイは最初どんな少女だった?料理とは正反対だった貧民街の生活
姉と二人で生き抜くことが最優先で、「家庭」を作る余裕はなかった
現在のミュイが料理をする姿を理解するには、
ベリルと出会う前の生活との差を見る必要がある。
ミュイは幼い頃から安定した家庭で育った少女ではなく、
唯一の肉親である姉と身を寄せ合いながら、
貧民街で厳しい生活を続けていた。
そこでは、
食事を誰と楽しむかより、
まず食べ物を確保できるかが重要になる。
安心して眠れる場所があるのか、
明日も同じ暮らしを続けられるのか、
子供であっても自分で周囲を警戒しなければならない。
ミュイの刺々しさも、そうした環境で身についたものだった。
人へ簡単に心を開かないのも当然だった。
親切そうに近づく大人が、
本当に信用できるとは限らない。
自分と姉を守るには、
相手の言葉を疑い、
必要なら反発し、
簡単に弱みを見せない方が安全だった。
だからベリルと出会った後も、
最初から素直な子供になるわけではない。
保護されたからといって、
すぐに「家族」と受け入れられるほど、
それまでの生活は軽くなかった。
ベリル側も、
どう接すればミュイのためになるのか迷い続けている。
第1期第7話では、
新しい住まいを得たベリルが、
ミュイと一緒に暮らすことについて真剣に悩む。
自分が親代わりとして面倒を見る方がいいのか、
それとも学院の寮へ入れた方が、
同年代の子供と暮らせて彼女のためになるのかを考えていた。
ここが大きい。
ベリルはミュイを、
自分が助けたから所有するようには扱わない。
自分と暮らしたいかどうかではなく、
ミュイにとってどちらの生活が良いのかを考える。
この姿勢が、ミュイの警戒を少しずつ解いていくことになる。
「生き残る場所」だった生活が、「帰ってくる家」に変わっていった
ベリルとの同居が始まってからも、
二人がすぐ本当の親子のようになるわけではない。
ベリルも独身の中年剣士であり、
少女と二人で暮らした経験などない。
ミュイも大人へ甘えることに慣れていない。
互いに手探りの生活から始まっている。
それでも毎日の積み重ねは大きい。
朝になれば同じ家で顔を合わせ、
学院へ行けば帰る場所があり、
夜になれば食事を一緒に取る。
何も起きない普通の日常が続くことで、
ミュイの中に「明日もここへ帰れる」という感覚が作られていく。
この安心がなければ、
料理へ気持ちを向ける余裕も生まれにくい。
食事を手伝うには、
自分が今すぐ食べる分以上のことを考える必要がある。
誰が何を食べるか、
いつ帰ってくるか、
どれだけ用意すればいいか。
すべて「明日も生活が続く」ことを前提にした行動である。
だからミュイが家事へ関わることは、
貧民街時代との大きな対比になる。
以前の生活では、
自分たちが生き延びるために食べる。
現在は、
一緒に暮らすベリルの分まで考えて食事を作る。
同じ「食べる」でも、そこにある感情が変わっている。
ベリルもまた、
ミュイを単なる居候として扱っていない。
学院へ通わせ、
生活に必要なものを用意し、
無理に距離を縮めようとはせず、
彼女が自分から安心できるまで待っている。
この積み重ねが、ミュイに家庭への参加を促した。
だから第11話の料理場面を、
「ミュイが家事のできる女の子になった」で終わらせると薄い。
貧民街で今日を生き延びることに集中していた少女が、
今では誰かの帰宅を考え、
その相手のために料理を作れるようになった。
その変化にこそ、ベリルとの暮らしが与えたものが表れている。
ミュイが手に入れたのは、
安全な家だけではない。
自分もその家を作る側になっていいという感覚である。
第11話の料理は、
それまでの生活では持てなかった「家庭」というものを、
ミュイ自身が作り始めた場面として見ると最も分かりやすい。
第3章 なぜベリルと暮らすことになった?第1期第7話の「家族になる」選択
ベリルは最初からミュイを自分の家へ囲い込もうとはしなかった
第1期第7話「片田舎のおっさん、親の苦労を知る」では、
報酬として与えられた持ち家で、
ベリルとミュイの同居生活が始まっている。
ただしベリルは、住む場所ができたからこのままでいいとは考えず、
自分が本当にミュイの親代わりになれるのかまで悩み始める。
その迷いが強く出るのが、
ミュイが入学予定の魔術師学院に、
設備の整った学生寮があると知った場面だ。
同年代の生徒と生活できる寮の方が、
中年男性と二人で暮らすより少女にとって良いのではないかと、
ベリルは本気で考えてしまう。
つまりベリルが優先したのは、
自分がミュイと一緒に暮らしたいかではない。
食事や安全を確保できることだけでもなく、
学校生活や友人関係まで含め、
どの環境ならミュイが普通の少女として暮らせるのかを考えている。
ここに単なる保護とは違う親代わりとしての迷いがある。
貧民街を生きてきたミュイにとっても、
これは大きな変化だった。
以前なら住める場所があるだけで十分だったはずなのに、
ベリルはさらにその先まで考えてくれる。
寝床を与えたから終わりではなく、
どう暮らせば本人が幸せなのかまで悩んでいるのである。
その姿勢がミュイの警戒を解いていく。
ベリルは恩を押し付けず、
「助けてやったのだから従え」という態度も取らない。
ミュイ自身がどうしたいのかを考え、
選択できる余地を残している。
だから二人の同居は、保護者が一方的に決めた生活にはならなかった。
第7話の題名が「親の苦労を知る」なのも、
ベリルが剣では解決できない問題へ直面したからだ。
強敵なら斬ればいい。
しかし少女一人の将来となれば、
自分が正しいと思う選択を押し付けるだけでは済まない。
この迷いそのものが、ベリルが本気でミュイを家族として考え始めた証拠になる。
ミュイが家に残る選択をしたことで「帰る場所」が固定された
同居が続くことになってから、
ミュイの日常には少しずつ一定の形が生まれていく。
学院へ通い、
家へ戻り、
ベリルと食卓を囲む。
毎日の繰り返しが、
貧民街時代には持ちにくかった生活の基準を作っていく。
原作第80話では、
ベリルが家へ帰ると、
ミュイが「おかえり」と迎えている。
さらに家の中には料理の匂いが漂い、
ミュイ自身が鍋からポトフをよそって、
二人で同じ卓へ座る場面まで描かれる。
この時点で家は完全に二人の生活場所になっている。
ベリルも、
家に帰れば誰かがいることへまだ少し戸惑っている。
実家では両親がいたものの、
王都で新しく持った家では事情が違う。
年下の少女が自分の帰宅を待ち、
食事まで用意しているという状況に、
少しずつ慣れていく途中だった。
この「おかえり」と「ただいま」が重要だ。
ミュイは一時的に保護されているのではなく、
ベリルが帰ってくることを前提に家で待っている。
ベリル側も、
ミュイがそこにいることを前提に帰宅する。
二人の間に家庭の時間が出来始めている。
だから料理が生まれたのも、
同居生活が安定した後だった。
明日もここで暮らす。
ベリルも帰ってくる。
自分もまたここへ帰ってくる。
そう思える場所ができたからこそ、
ミュイはその家で自分から何かをする余裕を持てたのである。
第4章 最初は料理を手伝う側だった?家事をするようになった変化
ベリルから頼まれたのではなく、自然に食事番へ回るようになった
ミュイの料理で重要なのは、
ベリルから家事を押し付けられたわけではないことだ。
原作では学院が夏期休暇へ入った後、
家にいる時間がベリルより長くなったことで、
自然とミュイが食事を担当する機会が増えている。
ベリル自身も頼んだ覚えはないと考えている。
つまりミュイは、
「住まわせてもらっているから料理をしろ」と命じられたのではない。
自分の生活時間が増え、
家の中で必要なことを見つけ、
自分から動いた結果として食事番になっている。
ここに第1期序盤とは大きく違う自主性が見える。
原作第80話では、
まだ料理経験が浅いながらも、
腸詰と芋を入れたポトフを自分で作っている。
皮の剥き方も完璧ではなく、
具材の切り方も大きさが揃っていない。
灰汁も十分に取れておらず、
ベリルには少し苦味まで感じられている。
それでもベリルは、
出来栄えの粗さより先に「美味しい」と伝える。
料理を作った相手へ感謝することは大切だと考え、
ミュイ本人にも言葉で伝える。
するとミュイは大袈裟に喜ぶわけではないものの、
わずかに口角を上げるような反応を見せる。
この小さな反応も、
ミュイの変化をよく示している。
以前なら他人から評価されることより、
自分が生きることの方が重要だった。
ところが今では、
自分が作ったものをベリルが食べ、
美味しいと言ってくれることが嬉しい。
料理が二人をつなぐ行動へ変わっている。
ポトフが上達していく過程そのものが、二人の生活の積み重ね
ミュイの料理は、
一度作っただけの小ネタで終わらない。
原作第137話では、
夏期休暇に入ってからミュイが食事番を務めることが増え、
料理の腕も少しずつ上がっていると、
ベリル自身が感じている。
この時も食卓に並ぶのは、
パンとポトフという比較的素朴な料理だ。
しかし以前と違い、
スープは澄み、
腸詰や野菜から出る旨味がしっかり残り、
ベリルも一口食べてすぐに上達へ気付いている。
前に残っていた臭みまで減っている。
その変化には、
鍋の前で灰汁を取り続けた手間がある。
第80話ではまだ処理し切れていなかった部分を、
何度も作るうちに覚え、
少しずつ改善している。
派手な料理を突然作れるようになったのではなく、
同じ料理を繰り返して生活の中で上達しているのである。
ベリルもその成長を見逃さない。
味が良くなったことを具体的に褒め、
ミュイは照れたように俯く。
しかもこの頃になると、
ベリルが何か言いたそうにしていることまで察し、
ミュイの方から問い掛ける場面も出てくる。
食卓での距離そのものが初期とは違っている。
つまりミュイの料理は、
家庭的な属性を後付けしたものではない。
同居を続け、
食卓を何度も囲み、
失敗しながら作り、
褒められてまた作る。
そうした時間が積み重なった結果として、
自然に料理を担当できる少女へ変わっていった。
第11話で料理をするミュイが自然に見えるのは、
その背景にこの積み重ねがあるからだ。
守られるだけだった少女が、
自分から家事を引き受け、
今度はベリルの生活まで支える。
料理の上達は、そのまま二人の暮らしが本物になっていった時間なのである。
第5章 料理だけではない?食卓で見えるミュイとベリルの距離
ミュイが遠慮なく物を言えるようになったことも大きな変化
ミュイの成長は、
料理を作れるようになったことだけではない。
第2期に入るとベリルへの話し方そのものが柔らかくなり、
必要な時には遠慮なく注意し、
家の中で気を張らずに振る舞える場面が増えている。
ここにも二人の生活が長く続いたことが表れている。
第1期前半のミュイは、
親切にされてもその意図を簡単には信用できなかった。
第6話ではベリルやルーシーから優しくされても、
なぜ自分へそこまでしてくれるのか理解できず、
素直に受け取るより戸惑う反応を見せていた。
善意そのものに慣れていなかったのである。
それが第2期になると、
ベリルへ必要以上にかしこまる姿は薄れていく。
片付けを頼まれるような日常のやり取りでも、
保護してくれた大人へ恐る恐る返事をするのではなく、
同じ家で暮らす相手として自然に受け答えする。
ミュイ役の仲田ありさも、この変化を「信頼しているからこそのラフさ」と語っている。
これは一見すると小さな違いだが、
ミュイの過去を考えればかなり大きい。
相手の機嫌を損ねたら居場所を失うかもしれないと思っていれば、
子供でも簡単には遠慮を捨てられない。
それでもベリルには多少ぶっきらぼうに話せる。
多少生意気でも、この人は自分を追い出さないと分かっているからだ。
食卓も同じである。
食べさせてもらうだけなら、
保護されている子供という関係のままでも成立する。
しかし自分で料理を作り、
味について話し、
ベリルへ生活上のことまで言えるようになると、
二人は一方的な保護関係ではなくなっていく。
ベリル側も、
ミュイを腫れ物のようには扱わなくなる。
第1期では年頃の少女とどう接すればいいのか戸惑っていたが、
第2期では日常の頼み事を普通に口へ出し、
家族へ話すような距離で接している。
これはミュイだけでなく、
ベリル側にも変化が起きた証拠である。
「一緒に食べる」が、二人にとって普通の生活になった
二人の関係で繰り返し描かれるのが、
戦闘ではなく食卓である。
剣の稽古でも、
大きな事件でもなく、
家へ帰って同じ物を食べる時間。
この何気ない場面が、
ミュイとベリルの現在地を最も分かりやすく映している。
第1期では、
ミュイにとってベリルは命を助けてくれた大人だった。
そこから同居が始まり、
食事を共にするようになり、
第2期では会話の空気まで完全に日常へ変わっていく。
事件がなくても二人の関係が成立するところまで来ているのである。
ミュイが料理をするようになったことで、
食卓の意味もさらに変わった。
以前はベリルが生活を用意する側だったが、
現在はミュイの方から食事を用意できる。
誰か一人だけが家庭を維持するのではなく、
二人とも家の中で役割を持つようになっている。
だから第11話の料理場面は、
単なる息抜きとして見るより、
二人の日常がここまで定着した証拠として見る方が分かりやすい。
ベリルが外で戦い、
家へ戻ればミュイがいる。
ミュイも学院や自分の生活を持ちながら、
帰宅後はベリルと同じ卓を囲む。
ミュイ役の仲田ありさも、
二人が食卓を囲む場面に家族らしさを感じると話している。
派手な言葉で「家族になった」と宣言しなくても、
料理を作る、
帰宅を迎える、
片付けについて話す、
そんな行動そのものが家族関係を形にしているのである。
第6章 ベリルはミュイを娘のように見ている?二人はもう親子なのか
第1期第7話の時点で、ベリルはすでに「親代わり」を意識していた
ベリルとミュイは血のつながった親子ではない。
しかし第1期第7話の時点で、
ベリル自身がミュイの「親代わり」になろうとしていることは、
公式あらすじでも明確に示されている。
同居そのものが、最初から疑似親子を意識した出発点だった。
ただしベリルは、
父親らしく振る舞えばそれでいいとは考えていない。
学院の寮を知った時には、
自分と暮らすことより寮生活の方が良いのではないかと悩む。
自分がそばに置きたいかではなく、
ミュイにとってどちらが良いかを優先している。
この迷いは、
実際の親が子供の将来を考える姿にかなり近い。
安全な場所へ置くだけなら簡単だが、
友人関係、
学校生活、
本人の気持ちまで考え始めると答えは一つではなくなる。
ベリルが「親の苦労を知る」のはまさにこの部分だった。
一方のミュイも、
最初からベリルを父親として受け入れていたわけではない。
自分を助けてくれた大人ではあっても、
家族と呼べるほどの信頼はまだない。
それが毎日の同居を続ける中で、
家へ帰ればいる人、
何かあれば相談できる人へと変わっていく。
第2期では、
その距離がさらに縮まっている。
仲田ありさも、
第一期の出会ったばかりの頃にあったぎこちなさが薄れ、
ベリルがミュイを「本当の家族のような存在」として扱っているように感じると語っている。
演技の段階でも二人の関係変化が意識されているのである。
第2期では「守る父親」と「守られる娘」だけではなくなった
ただし現在の二人を、
単純な父親と娘だけで見ると足りない。
第2期のミュイは、
ベリルに守られるだけの少女ではなくなっている。
魔術師学院へ通い、
剣魔法科で自分の力を伸ばし、
第3話では仲間とともに危険へ立ち向かう判断までしている。
ベリルが外で守ってくれるから、
家で待っていればいいという関係ではない。
ミュイ自身にも学校があり、
友人がいて、
自分の成長する場所がある。
家庭の外で自立し始めながら、
それでも帰る場所としてベリルの家を選び続けている。
家の中でも同じだ。
以前は食事も住居も与えられる側だったが、
現在は料理を作り、
家事へ参加し、
ベリルの生活を支えることができる。
親から子へ一方向に与える関係から、
小さいながらも互いに生活を支える形へ変わっている。
第2期の制作側も、
第一期終盤でベリルとミュイが「お互いを受け入れる選択」をした後、
さらに一歩進んだ関係を描こうとしたと語っている。
つまり第二期の二人は、
家族になるかどうかを迷う段階ではなく、
家族になった後にどう暮らすかという段階へ入っている。
だから「ベリルはミュイを娘のように見ているのか」という問いには、
かなり父親に近い立場へ進んでいると考えてよい。
ただしベリルが一方的に父親役を演じているのではなく、
ミュイ自身もこの家を自分の居場所として選び、
生活へ参加していることが大きい。
第11話の料理が温かく見えるのも、
この関係があるからである。
ベリルが助けた少女が料理を覚えたのではない。
一緒に暮らすうちに、
少女が自分から家庭の一員となり、
今度は保護者へ食事を作れるところまで来た。
血縁はなくても、
帰る場所を共有し、
互いの生活を気に掛け、
同じ食卓へ戻ってくる。
現在のベリルとミュイは、
「親子なのか」と名前を付ける以前に、
すでに日常の行動そのものが家族へ近づいているのである。
第7章 第11話の料理場面が示した、ミュイとベリルの現在地
戦って強くなるだけが、ミュイの成長ではない
第11話のミュイが印象に残るのは、
大きな魔術を使ったからでも、
強敵を倒したからでもない。
自分のいる家で料理を作り、
ベリルの帰宅や食事を自然に意識している。
その何気ない姿に、
これまで積み重ねてきた生活の変化が詰まっている。
第2期第3話では、
魔術師学院で魔術が使えなくなる異常事態の中、
ミュイも仲間とともに狼のような影へ立ち向かっている。
自分たちが未熟だと理解しながらも、
ただ守られるだけではなく、
自分で判断して戦う側へ進んだ場面だった。
しかし第11話の料理は、
それとは別方向の成長を見せている。
戦えるようになっただけではなく、
誰かと暮らし、
その人のために食事を作り、
自分から家庭の中で役割を持てるようになった。
日常を作る力まで身につけたのである。
これはミュイの過去を考えるほど大きい。
以前は姉と二人で、
今日を生き延びることを優先しなければならなかった。
今では明日も同じ家へ帰れることを前提に、
ベリルの分まで食事を用意できる。
食べることの意味そのものが変わっている。
第11話で料理するミュイが自然に見えるのは、
第1期第7話から続く同居生活があるからだ。
家へ帰る。
ベリルがいる。
同じ卓を囲む。
その繰り返しが、
ミュイにとって「普通の暮らし」へ変わったのである。
「家族になった」と言わなくても、もう行動が家族になっている
ベリルとミュイは、
血のつながった父娘ではない。
それでも現在の二人を見ると、
家族かどうかを言葉だけで決める必要は薄くなっている。
生活の中で、
すでに家族に近い行動を何度も重ねているからだ。
ベリルはミュイの学校生活を気に掛け、
危険があれば守ろうとし、
将来まで考えて生活環境を選んできた。
ミュイも一方的に守られるだけではなく、
家事へ参加し、
料理を覚え、
今ではベリルの生活を支える側へ回っている。
つまり二人の関係は、
「保護した大人と助けられた少女」から、
同じ家を維持する二人へ変わった。
親代わりと娘のような関係は残っているが、
そこへ互いの生活を支え合う要素まで加わっている。
第11話の料理場面が強いのは、
その変化を説明台詞なしで見せているからだ。
ミュイが鍋の前に立つ。
食事を用意する。
ベリルと同じ家で暮らす。
それだけで、
二人の関係が第1期序盤とはまったく違うと分かる。
ネットでこの場面へ反応が集まりやすかったのも、
激しい教都編の中で、
ベリルとミュイの日常がきちんと続いていることを確認できたからだろう。
戦闘や陰謀が続く中でも、
家へ戻ればミュイがいて、
食卓がある。
その安心感が強く残る。
だから「ミュイが料理を作る」という場面の核心は、
家庭的になったことだけではない。
生き延びることに必死だった少女が、
誰かのために日常を作れるようになったこと。
第11話は、その変化がもう特別ではなく、
二人にとって普通の暮らしになっているところまで見せたのである。
片田舎のおっさん、剣聖になるIIまとめ
『片田舎のおっさん、剣聖になるII』の記事を、大聖堂襲撃・モーリス教皇とスフェン教・ロゼとホワイト・メイデン・ハノイとヴェルデアピス傭兵団・アリューシア・スレナ・ミュイなどに分けてまとめています。
ベリル、アリューシア、ロゼ、ハノイ、モーリス、ガトガ、ヴェスパー、スレナなど、気になる人物や物語の謎はこちらから探せます。


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