ヴェルデアピス傭兵団が今度は王族を助けたのは、ベリルたちとの戦いを反省して改心したからではなく、グレン王子とサラキア王女を守る新しい仕事を受けたから。
第8話では依頼に従って遠征団を襲い、大聖堂では同じハノイが動く死体を突破して王族の脱出路を作るため、行動だけを見ると敵から味方へ反転したように見える。
しかしハノイの基準は最初から変わっておらず、国家への忠誠や個人的な恨みより契約を優先する傭兵だからこそ、昨日まで剣を向けた相手でも次の仕事では守る側へ回れるのである。
第1章 ヴェルデアピス傭兵団が王族を助けたのは、新しい護衛依頼を受けたから
ハノイは改心して味方になったのではなく、今回は「王子と王女を守る仕事」を受けていた
ヴェルデアピス傭兵団が大聖堂でグレン王子とサラキア王女を助けたのは、
第8話でベリルたちを襲ったことを反省し、
レベリス王国側へ寝返ったからではない。
ハノイ・クレッサたちは、今回あらためて王子と王女を守る仕事を受けていた。
大聖堂では婚姻の儀が襲撃され、
正面から大量の動く死体が押し寄せ、
その群れには生身の暗殺者まで紛れている。
ベリル、アリューシア、ヘンブリッツが迎撃しても、
王族二人を連れて正面突破するには危険が大きすぎる状況だった。
そこへ大聖堂の翼廊側から飛び出してきたのが、
巨大な大剣を持つハノイとヴェルデアピス傭兵団。
少し前まで敵として現れた時と同じ姿で、
突然戦場へ割って入ってきたため、
サラキア王女も「何者ですか」と即座に警戒する。
ハノイはそこで自分の名を名乗り、
王子と王女を守る仕事を受けていると伝える。
つまり傭兵団の今回の目的は、
ベリルやアリューシアを攻撃することではなく、
グレン王子とサラキア王女を襲撃から生還させることだった。
この行動だけ見ると、
第8話とは完全に逆である。
以前は王女の輿入れを巡る一行を襲い、
今度はその婚姻の中心にいる王子と王女を救う。
しかしヴェルデアピス傭兵団側から見ると、
行動原理そのものは変わっていない。
彼らはレベリス王国の騎士ではなく、
スフェンドヤードバニア教皇派の直属部隊でもない。
依頼を受け、
その契約に沿って戦う傭兵集団。
前回と今回で違うのは忠誠心ではなく、
受けている仕事の内容なのである。
「昨日の敵が今日の護衛」でも、傭兵団からすれば矛盾していない
大聖堂の場面で重要なのは、
ハノイが過去の敵対を隠していないこと。
以前ベリルと戦った事実をなかったことにせず、
それでも今回は王族を守る側として普通に現れる。
そこに謝罪や和解を前提とした態度はほとんどない。
ベリルからすれば、
そんな理屈で簡単に割り切れる話ではなかった。
フルームヴェルク領からの帰路では、
実際に騎士団側へ死傷者が出ている。
ヴェスパーは命を落としてもおかしくない重傷を負い、
現在も以前と同じように動けない状態が続いている。
それでもハノイたちからすると、
前回の戦闘は前回の契約。
大聖堂での護衛は今回の契約。
相手が同じ勢力に属しているからといって、
一度敵対した相手を永久に敵と決める考え方ではない。
この性質は、
ヴェルデアピス傭兵団が単なる悪役集団ではないことにもつながる。
金さえ出れば無差別に人を殺すというより、
依頼の内容を受け、
決められた戦場で自分たちの仕事を遂行する。
その結果として敵にも味方にも見える。
だから「なぜ今度は王族を助けた?」への答えは単純。
ハノイたちは王族へ忠誠を誓ったのではなく、
グレン王子とサラキア王女を守る仕事を受けた。
敵から味方へ心変わりしたのではなく、
契約が変わったことで剣を向ける方向が変わったのである。
第2章 第8話ではベリルたちを本気で襲った敵だった
季節外れの濃霧と囮の馬車を使い、帰路の遠征団を完全に待ち伏せしていた
今回の共闘が異様に見えるのは、
第8話での襲撃が軽い小競り合いではなかったから。
ベリルたちがフルームヴェルク領から戻る途中、
街道へ季節外れの濃霧が広がり、
視界を奪われた状態で遠征団が突然攻撃を受けている。
その直前まで一行は、
領地での任務を終えた帰り道だった。
ヴェスパーは村へ戻ったらフラーウへ想いを伝えるつもりで、
用意した指輪までベリルに見せている。
その穏やかな会話の直後、
周囲が霧に包まれ「敵襲」の声が響く。
ベリルの前へ現れたのが、
大剣を構えたハノイ・クレッサ。
一方でアリューシアにも別の手練れがぶつかり、
敵は魔術による霧と、
防護効果を持つ黒い外套まで組み合わせていた。
偶然遭遇した盗賊とは明らかに違う準備だった。
さらに彼らは、
囮の馬車まで使って一行の進路を塞いでいる。
逃走経路を制限した上で霧を発生させ、
騎士団の戦力を分断し、
ベリルとアリューシアのような強者へ個別に戦力をぶつける。
最初から待ち伏せを前提とした襲撃だった。
ベリルはハノイの大剣を受けながら応戦し、
ついには相手の防具を貫いて傷を負わせる。
するとプリムが魔術で援護し、
傭兵団は目的を果たし切る前に撤退。
霧が晴れた後、
現場には騎士たちの死傷者が残されることになる。
ヴェスパーの重傷があるから、ベリルには「仕事だった」で済ませられない
第8話の襲撃後、
被害は数字でも重かった。
騎士団側には複数の死者と負傷者が出て、
敵側にも死者が出る。
その中でもベリルに最も強く残ったのが、
血を流して倒れていたヴェスパーだった。
少し前まで、
フラーウへ渡す指輪を見せていた男が、
帰路では刺されて地面へ倒れている。
フラーウは傷口を押さえながら、
何度もヴェスパーの名を呼ぶ。
ベリルも、その光景を間近で見ている。
襲撃後にルーシーが調べると、
敵の衣服には魔術的な防護が施され、
濃霧も魔術によるものだと分かる。
さらに魔術師と前衛が連携する戦い方から、
襲撃者はヴェルデアピス傭兵団だと絞られていく。
ルーシーが名前を挙げた頭領がハノイ・クレッサ。
戦争で敗れたエーデルディア王国の戦闘集団を源流に持ち、
戦場を生き残った実戦経験豊富な傭兵たちだった。
単純な盗賊より遥かに危険な相手であることも、この時点で判明する。
しかも襲撃の狙いは、
ベリル個人への恨みではなかった。
サラキア王女の輿入れを阻止するうえで、
レベリオ騎士団最大戦力であるアリューシアが邪魔になる。
その排除を狙った仕事だった可能性が高い。
つまり第8話の時点から、
ハノイは個人的感情でベリルへ襲い掛かったわけではない。
依頼を受け、
必要な標的を排除するために戦った。
そして大聖堂では別の仕事を受け、
今度は同じ王族を守る側へ立つ。
ハノイ本人にとっては一貫していても、
ベリルには簡単に切り替えられない。
目の前には大聖堂から王族を助けようとするハノイがいる。
しかし記憶には、
血まみれで倒れたヴェスパーと、
その傍らで必死に呼び掛けるフラーウの姿が残っている。
この温度差こそ、
後にベリルとハノイが衝突する根になる。
ヴェルデアピス傭兵団が王族を助けた理由は契約で説明できても、
「それなら昨日までの戦いは終わった話なのか」という部分だけは、
ベリルにとって到底割り切れるものではなかったのである。
第3章 大聖堂でハノイが現れた時、ベリルは当然「罠」を疑った
動く死体との膠着を破ったのは、以前と同じ大剣を持ったハノイだった
大聖堂では正面から動く死体が押し寄せ、
ベリル、アリューシア、ヘンブリッツ、
ホワイト・メイデンが迎撃していた。
そこへ突然、翼廊側から数人の男たちが飛び出してくる。
先頭にいたのが、大剣を担いだハノイ・クレッサだった。
ベリルは姿を見た瞬間に気付く。
フルームヴェルク領からの帰路で、
囮の馬車と濃霧を使って遠征団を襲った男。
しかも大聖堂には、
あの時と同じように周囲の視界を奪う霧まで広がっていた。
サラキア王女も当然警戒する。
身を低くして王子の近くにいながら、
突然現れた武装集団へ「何者ですか」と問い掛ける。
王女から見れば、
動く死体の次に現れた新たな襲撃者と考えてもおかしくない状況だった。
そこでハノイは名乗り、
今回は王子と王女を守る仕事を受けていると告げる。
しかしベリルの中では、
その言葉だけで警戒が解けるはずもない。
少し前まで自分とアリューシアを本気で殺しに来た集団だからである。
第8話の襲撃では、
ヴェルデアピス傭兵団は街道を馬車で塞ぎ、
プリムの魔術による濃霧で視界を奪い、
ベリルとアリューシアを分断する形で攻撃してきた。
偶然の遭遇ではなく、標的を待ち構えた強襲だった。
さらにベリルたちは、
その背後にスフェンドヤードバニア教皇派の意向があると疑っていた。
王権派と教皇派が対立する中、
サラキア王女の婚姻を支えるレベリオ騎士団は邪魔になる。
その遠征団を狙った集団が、
今度は王権派の中心であるグレン王子を守ると言っている。
ベリルが最初に考えたのは、
「敵から味方へ変わった」ではなく罠だった。
大聖堂の混乱へ乗じて王族へ近づき、
そのまま誘拐する可能性すら考える。
ただしハノイが王子と王女へ大声で呼び掛けているため、
隠密で連れ去るには不自然でもあった。
王族救出を優先したくても、ベリルは最後までハノイ本人を信用していなかった
この時のベリルが苦しかったのは、
疑っている時間そのものが危険だったこと。
正面では動く死体が増え続け、
生身の暗殺者まで紛れ込んでいる。
王子と王女をその場へ残すほど、
次の刺客が届く可能性も高くなる。
一方でハノイたちを敵として相手にすれば、
さらに戦力を割かなければならない。
ベリルは大聖堂の死体を止めながら、
王族を守り、
以前自分と互角近く戦ったハノイまで警戒することになる。
それでは護衛側が完全に手詰まりになる。
しかもハノイ本人は、
以前戦ったベリルとアリューシアを見ても態度を変えない。
間近で顔を合わせた時も、
「あの時の銀髪の女とオッサンか」という程度の反応。
再戦を挑むでもなく、
過去の戦いを詫びるでもない。
この反応が、
逆にヴェルデアピス傭兵団らしさを表していた。
彼らにとって第8話のベリルたちは、
あくまで当時の依頼で排除すべき対象。
今回の仕事が王族護衛なら、
以前の標的へ私怨を持ち込む必要がない。
しかしベリル側には、
血まみれで倒れたヴェスパーの姿が残っている。
だから同じように割り切ることはできない。
大聖堂でハノイと共闘する判断は、
彼への信頼から始まったのではなかったのである。
第4章 それでもベリルがハノイと動いた決め手はイブロイとホワイト・メイデン
イブロイが「彼らは大丈夫だ」と叫び、膠着したベリルの判断を動かした
ベリルが迷っている最中、
意外な人物がハノイ側を保証する。
大聖堂にいたイブロイ司教が、
ベリルへ向かって彼らは大丈夫だと叫び、
王子たちを連れて共に動くよう促した。
ここでベリルはさらに混乱する。
以前自分たちを襲った傭兵団を、
なぜイブロイが信用しているのか。
両者が以前から知り合いだったとしても、
それだけでは今回の王族救出につながる説明にならない。
それでも現実には、
ハノイたちの戦力が必要だった。
正面の大扉側は動く死体で塞がれ、
王族を連れて突破するには危険が大きい。
一方ハノイたちは、
大聖堂の翼廊側から入り込んできている。
つまり彼らが通ってきた経路なら、
少なくとも正面より安全な可能性が高い。
ハノイ自身も、
自分たちが通ってきた場所は基本的に安全だと説明し、
王子と王女をそこから脱出させようとする。
ただしベリルが腹を括った最大の決め手は、
イブロイの言葉だけではない。
その直後、
イブロイがホワイト・メイデンへも「行きなさい」と促す。
すると彼女は前線から一気に退き、
側廊を走って王族の待つ後方へ向かった。
ベリルは、
ここでようやく決断する。
ハノイとイブロイの関係は分からない。
何が裏でつながっているのかも見えない。
それでもホワイト・メイデンが迷わず応じたなら、
少なくとも王族を危険へ誘導する動きではないと判断した。
ヘンブリッツを大聖堂へ残し、王族だけを翼廊側から逃がす役割分担へ切り替えた
ベリルが動くと決めた後は早い。
アリューシアへ声を掛け、
王族の移動を開始する。
ただし護衛側全員が大聖堂を離れれば、
残された参列者と教会騎士が動く死体へ押し切られてしまう。
そこでヘンブリッツが、
自分は大聖堂へ残ると申し出る。
正面から流れ込む死体を食い止め、
ベリルとアリューシアは王族護衛へ回る。
戦力を明確に二つへ分ける判断だった。
アリューシアはグレン王子とサラキア王女へ、
すぐこの場を離れるよう進言する。
許可が出ると、
ハノイが先頭に立って翼廊側へ走り出す。
ホワイト・メイデンも王族の近くへ付き、
ベリルたちがその周囲を固める。
ここで面白いのは、
ベリルが最後まで「ハノイを完全に信じた」わけではないこと。
大聖堂を抜けるまで、
以前の襲撃者という認識は消えていない。
ただ王族を守るためには、
今この瞬間だけでも彼らの経路と戦力を利用する方が合理的だった。
大聖堂の裏手を駆け抜け、
一行が広い通りへ出る頃には、
周辺からも悲鳴や怒号が聞こえてくる。
動く死体の被害は建物内部だけではなく、
すでにディルマハカ市街へ広がっていた。
そこでプリムが、
動く死体は魔力を纏わせて動かす魔術だと説明する。
さらにハノイは、
この先には合成獣まで投入されると告げる。
つまり彼らは単に脱出路を偶然知っていただけではなく、
襲撃の次の段階についても情報を持っていた。
その情報源を問われると、
ハノイが示したのはホワイト・メイデンだった。
大聖堂でイブロイが彼女へ退避を促し、
彼女が迷わず王族側へ走ったことと、
傭兵団が次の攻撃情報を握っていたことがここでつながる。
ベリルはハノイを信じたから動いたのではない。
イブロイが保証し、
ホワイト・メイデンがそれに応じ、
実際にハノイたちが安全な経路を確保していた。
複数の行動が一致したからこそ、
王族救出を優先して共闘へ踏み切ったのである。
第5章 敵から味方へ変わったように見えるのは、傭兵団が国家ではなく契約で動くから
ヴェルデアピス傭兵団はレベリス王国にも教皇派にも忠誠を誓っていない
ヴェルデアピス傭兵団の行動が分かりにくいのは、
「敵だった相手が、なぜ次は味方になるのか」という見方をすると、
立場が何度も反転しているように見えるから。
しかしハノイたちは、そもそもレベリス王国の騎士でも、
スフェンドヤードバニア教皇派の直属兵でもない。
第8話で遠征団を襲った時も、
ベリルやアリューシア個人へ恨みがあったわけではない。
依頼を受け、その仕事を遂行するために、
囮の馬車で進路を塞ぎ、
プリムの霧で視界を奪い、護衛戦力を分断して強襲した。
あの街道戦では、
ハノイ自身が巨大な大剣を使ってベリルを正面から押さえ、
別の傭兵がアリューシア側へ回っている。
単に人数で囲んだのではなく、
レベリオ騎士団でも特に危険な二人を別々に止め、
残る部隊を崩す戦い方だった。
しかもヴェルデアピス傭兵団は、
自分たちが不利になれば無意味に全滅まで戦わない。
ベリルがハノイへ傷を負わせ、
アリューシア側でも戦況が崩れ始めると、
プリムの魔術を使いながら撤退へ移る。
依頼達成と生存を天秤に掛ける判断も速い。
一方、大聖堂では状況が逆になる。
今度はグレン王子とサラキア王女を守る仕事を受け、
動く死体に塞がれた正面ではなく、
翼廊側へ突破口を作って二人を逃がす。
前回と今回で、戦い方の本質はほとんど変わっていない。
大聖堂へ入る時にも、
ハノイたちは真正面から死体の群れへ突っ込んだわけではない。
別方向から侵入できる経路を使い、
王族を最短で逃がせる場所へ接近している。
正面突破ではなく、目的達成へ必要な道を選ぶところも第8話と共通する。
違うのは、
誰を守り、誰を排除する仕事なのかという部分。
国家への忠誠で動く騎士なら、
敵国や反対勢力へ簡単に剣の向きを変えることはできない。
しかし傭兵団は、契約そのものが立場を決める。
だからハノイからすれば、
第8話でベリルたちへ剣を向けたことと、
今回そのベリルたちと並んで王族を守ることは矛盾しない。
前の依頼が終わり、
新しい依頼を受けた時点で、戦場での役割も切り替わる。
ここで重要なのは、
第8話の襲撃そのものが嘘だったわけでも、
今回の護衛が演技だったわけでもないこと。
どちらの場面でも、
ハノイたちは依頼された側として本気で戦っている。
立場が軽いのではなく、契約ごとの責任が重い。
この感覚がベリルには理解しにくい。
ベリルは剣を振るう相手へ、
その人物が何をしたか、
誰を傷つけたかまで含めて感情を残す。
ハノイは、戦場の出来事を契約の結果として切り分ける。
二人の違いは、
強さや剣技ではなく、
戦う相手との距離感にある。
同じ戦闘を経験しても、
ベリルには因縁が残り、
ハノイには「終わった仕事」が残る。
しかもヴェルデアピス傭兵団は、
国境や王家を軸に敵味方を固定していない。
依頼内容が変われば、
前回とは反対側の人間を守ることもある。
ここが正規騎士団との最も大きな違いになる。
レベリオ騎士団のアリューシアなら、
王家を守るという立場そのものが変わらない。
だがハノイは、
王族だから守るのではなく、
今回の護衛対象として指定されたから守る。
結果は同じでも、出発点がまったく違うのである。
王族を助けた後も、ハノイは家臣のような態度へ変わらなかった
ハノイが本当に王権派へ寝返ったのなら、
グレン王子を主君のように扱い、
王家へ忠誠を示してもおかしくない。
しかし実際の態度はそうではない。
護衛を成功させても、
あくまで依頼を遂行する傭兵として振る舞う。
大聖堂を抜けた後も、
王子から依頼主について問われると、
契約上明かせない部分は明かさない。
相手が王族だからといって、
依頼者との取り決めを破ることもしない。
ここには、
ハノイなりの線引きがある。
守る対象には命を張る。
しかし守っている相手へ、
自分たちの契約内容まで全部差し出すわけではない。
護衛と服従を別物として扱っている。
王族護衛という大仕事をしていても、
ハノイたちはレベリオ騎士団へ編入されたわけではない。
アリューシアの指揮下に入ったわけでもない。
必要な場面では共闘するが、
組織そのものは独立したまま。
大聖堂でベリルたちが動く時も、
ハノイが上官のように命令しているわけではない。
逆にアリューシアが傭兵団全体を指揮するわけでもない。
王族を逃がすという一点だけ目的を共有し、
それぞれが自分の役割を果たしている。
だから「味方になった」と言うより、
「今回だけ目的が一致している」と考える方が正確である。
動く死体や暗殺者から王族を守るという一点では、
ベリルたちとヴェルデアピス傭兵団の目的が重なった。
この距離感を見ておくと、
ハノイが急に善人化したようには見えなくなる。
以前の襲撃も本気。
今回の護衛も本気。
その両方を同じ人物が行えるのは、
傭兵という立場が最初から変わっていないからなのである。
第6章 ベリルがハノイを許せない一方、ハノイは過去の戦いを引きずっていない
ベリルには重傷を負ったヴェスパーの姿が、まだ「過去の戦い」になっていない
王族救出後、
ベリルとハノイの間に残る最大の温度差は、
第8話の襲撃をどう受け止めているかにある。
ハノイにとっては、
すでに終わった契約の戦闘。
しかしベリルにとっては、まだ現実の被害が残り続けている。
特に大きいのがヴェスパー。
襲撃前、
彼はフラーウへ想いを伝えるつもりで、
用意した指輪をベリルに見せていた。
その直後に遠征団が襲われ、
戦闘後には血まみれで地面へ倒れている。
その場面が重いのは、
ヴェスパーが名もない兵士ではなく、
直前まで将来の話をしていた人物だから。
数刻前まで、
帰還後の生活を考えていた男が、
次の場面では生死の境へ追い込まれている。
フラーウは、
ヴェスパーのそばから離れず、
傷口を押さえながら必死に名前を呼び続ける。
ベリルもその場面を見ているため、
ハノイたちとの戦闘を単なる一仕事として切り離せない。
しかもヴェスパーは、
その後すぐ元の任務へ復帰できたわけではない。
重い後遺症が残り、
以前と同じように剣を振れるかも分からない。
ベリルからすれば、被害は現在進行形で続いている。
だから大聖堂でハノイが、
何事もなかったように王族を護衛している姿を見るほど、
ベリルの中では第8話の記憶が強く戻る。
自分の目の前にいる男と、
ヴェスパーを倒した襲撃者が同一人物であることを、
簡単に切り離せない。
さらにベリル自身も、
第8話ではハノイと直接剣を交えている。
大剣の重い一撃を受け、
相手の防護された装備へ攻撃を通し、
危険な間合いで戦った経験が残っている。
その相手が今度は隣で護衛をしている。
理屈では、
今のハノイが王族を守ろうとしていることは分かる。
大聖堂からの脱出路も作り、
次の危険である合成獣の情報まで伝えている。
それでも第8話の死傷者まで消えるわけではない。
そんな相手が大聖堂では、
何事もなかったように自分たちと並んで戦う。
王族を救っていること自体は理解できても、
感情まで簡単に追いつくはずがない。
だからベリルは、ハノイの割り切り方そのものへ苛立ちを抱く。
ハノイ側も仲間を失っていたが、それでも「戦場の結果」として受け入れていた
一方、
第8話の戦闘で傷を負ったのはレベリオ騎士団側だけではない。
ヴェルデアピス傭兵団にも損害が出ており、
ハノイは仲間を失っている。
それでも彼は、その死を理由にベリルへ復讐しようとはしない。
ここでハノイ側にも、
「仲間を失っていないから冷静」という逃げ道はない。
自分の側にも犠牲が出た。
同じ戦闘で仲間が戻らなくなった。
その事実を知った上で、
次の仕事ではベリルと同じ側へ立っている。
ハノイの考え方では、
傭兵として戦場へ出た以上、
死ぬ可能性まで含めて仕事を受けている。
実力が足りなければ倒され、
運が悪ければ帰れない。
仲間の死も、戦場へ立った結果として受け入れる。
だからベリルを見ても、
「仲間の仇だから今ここで殺す」とはならない。
第8話では互いに敵として剣を振るった。
相手も自分たちを殺すつもりで応戦した。
その結果に個人的復讐を持ち込まない。
ここがベリルと決定的に違う。
ベリルは、
自分の周囲にいる人間が傷つけば、
相手との関係へその事実を残す。
ハノイは、
敵味方双方の損害を戦闘結果として処理する。
ベリルにとってヴェスパーは、
「戦場で負傷した一兵士」ではない。
普段から顔を合わせ、
フラーウへの想いまで聞いていた相手。
誰が傷ついたかによって、
戦いの重さそのものが変わる。
対してハノイは、
個人的な近さより傭兵としての規則を優先する。
仲間を失った悲しみがないという話ではない。
悲しみや怒りがあっても、
それを次の契約へ持ち込まないという考え方である。
だからハノイからすると、
ベリルと再び顔を合わせても、
前回の続きを始める必要がない。
今回は同じ目的があるなら並んで戦う。
その次に別の依頼が来れば、
また違う立場へ回る可能性すらある。
ベリルには、
その価値観が冷酷に見える。
だがハノイ側からすれば、
恨みで契約を曲げる方が傭兵として不自然。
個人的感情より、
受けた仕事を最後まで遂行する方を優先している。
この二人の違いがあるから、
ヴェルデアピス傭兵団の再登場は単なる共闘では終わらない。
ベリルにとっては、
王族を助けてくれたから過去を帳消しにする話ではなく、
助けられた事実と許せない感情が同時に残る。
一方のハノイも、
ベリルに許してもらうために王族を守っているわけではない。
謝罪して関係を修復しようとしているわけでもない。
今回の契約を完遂するために必要だから、
同じ戦場で同じ敵へ剣を向けているだけである。
ヴェルデアピス傭兵団が王族を助けた場面は、
単なる敵味方の逆転ではない。
ベリルのように「誰が何をしたか」を背負う剣士と、
ハノイのように「今の契約は何か」で戦う傭兵。
二つの価値観が、同じ護衛戦の中で並んだ場面なのである。
第7章 ハノイは敵でも味方でもなく、「契約した相手を守る傭兵」
王族を助けても家臣にはならず、最後までヴェルデアピス傭兵団のままだった
大聖堂でグレン王子とサラキア王女を助けた後も、
ハノイはレベリス王国へ忠誠を誓ったわけではない。
アリューシアの部下になったわけでも、
ベリルたちと正式に和解したわけでもない。
あくまで今回の依頼を遂行する傭兵として、その場に立ち続けている。
この距離感は、
王族へ接する場面にもはっきり出ている。
グレン王子から依頼主について尋ねられても、
契約上明かせない情報は簡単に話さない。
相手が王子だからと態度を急に変えず、
自分たちの仕事の範囲を崩さない。
しかも大聖堂脱出の時点で、
ハノイたちはすでに十分な働きをしている。
動く死体で塞がれた正面とは別に、
翼廊側から侵入して退路を確保し、
プリムの霧で周囲の視界を操作しながら、
王族を外へ逃がすための道を作った。
外へ出てからも、
ヴェルデアピス傭兵団はそのまま護衛を続ける。
周辺には動く死体が残り、
さらに合成獣が投入される情報まで入っている。
王子と王女を大聖堂から出しただけで、
依頼終了とは考えていなかった。
ここを見ると、
ハノイが「助ける側へ回った」という表現だけでは少し足りない。
彼らは善悪で陣営を選んだのではなく、
今回受けた契約の内容に沿って、
王族を守る側へ立っている。
第8話では同じ徹底ぶりで、
ベリルたちの遠征団を襲った。
季節外れの濃霧を作り、
囮の馬車で進路を塞ぎ、
前衛と魔術師を組み合わせて標的を分断する。
あの時も今回も、仕事への本気度は変わっていない。
違うのは、
排除対象だったか、
護衛対象だったかという一点。
だからハノイ自身の中では、
第8話と大聖堂の行動は正反対ではない。
どちらも「依頼された仕事をやり切る」という一本の線でつながっている。
敵味方が反転したのではなく、依頼先が変わったから剣の向きも変わった
ベリルから見ると、
この考え方は最後まで簡単には受け入れられない。
ヴェスパーは今も重傷の影響を残し、
フラーウとの未来まで大きく変わっている。
その原因となった相手が、
今度は同じ王族を守る側で平然と戦っている。
しかしハノイ側にも、
第8話の戦闘で失った仲間がいる。
それでも彼はベリルを仇として追い続けない。
自分たちが戦場へ出て、
相手も本気で応戦し、
その結果として仲間を失ったと受け止めている。
だからこそ、
次の契約で利害が一致すれば共闘できる。
昨日まで剣を交えていた相手でも、
今日の仕事で守るべき対象が同じなら横に並ぶ。
普通の騎士や家臣とは、
敵味方を決める基準そのものが違う。
ここでヴェルデアピス傭兵団を、
単なる「金で動く集団」とだけ見ると少し浅くなる。
彼らは報酬で契約するが、
一度受けた仕事は危険でも遂行する。
大聖堂のように動く死体と暗殺者が溢れ、
合成獣まで控えている状況でも、
王族護衛を途中で放棄していない。
ハノイ自身も、
ベリルと再会したからといって私怨を優先しなかった。
逆にベリルから強い敵意を向けられても、
その場で再戦へ切り替えることもしない。
今回守るべき相手が王子と王女なら、
そちらを優先する。
第8話では敵。
大聖堂では護衛側。
この変化だけを見ると、
ハノイが都合よく立場を変えたように見える。
だが実際には、
彼の中で変わったのは人格でも信念でもなく契約内容だった。
だから、
「ヴェルデアピス傭兵団はなぜ今度は王族を助けたのか」という疑問への答えは、
最後まで一貫している。
王族へ忠誠を誓ったからでも、
ベリルと和解したからでも、
過去の襲撃を後悔したからでもない。
今回の依頼が、
グレン王子とサラキア王女を守る仕事だったから。
それだけでハノイたちには、
以前の敵と並んで戦うだけの十分な根拠になる。
敵か味方かではなく、
今どの契約を背負っているのか。
ヴェルデアピス傭兵団を見る時は、
その基準で追った方が行動の一貫性が見えやすい。
第8話の襲撃と大聖堂の救援は、
正反対に見えて、実は同じ傭兵の論理で動いていたのである。


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