アリシアが死んでも復活できるのは、クレバテスの魔血によって一度死んだ身体を“不死の屍”として維持されているからです。
第1期第3幕では吊橋から落下しても生きていますが、大量出血すると動けなくなるため、アリシアの不死身は「傷を受けない身体」ではなく「壊れても魔血によって再び動ける身体」に近い。
第2期第9幕の転落死と骨が戻るような再生描写も、この魔血による身体維持が続いているからこそ起きていると見えるが。
第1章 アリシアはなぜ死んでも復活する?クレバテスの魔血で「不死の屍」になっている
第1幕で一度死亡したアリシアは、クレバテスの魔血によって再び動く身体になった
アリシアが高所から落ちても、
巨大な魔獣に身体を潰されても、
しばらくすると再び起き上がれるのは、
本人が特別な回復魔法を使っているからではない。
第1期第1幕でクレバテスに敗れて一度死亡し、
その後クレバテスの魔血を与えられたことで、
普通の人間とは違う不死の身体になっている。
そもそもの始まりは、
勇者としてクレバテス討伐へ向かった戦い。
アリシアたちは、
人属を脅かす魔獣王を倒すために挑むが、
クレバテスとの力の差はあまりにも大きい。
勇者たちは敗北し、
アリシアもそこで人間として一度死んでいる。
ところがクレバテスは、
人属そのものを滅ぼした後、
赤ん坊のルナを押し付けられる。
自分では人間の赤子を育てられない。
そこで利用する相手として選ばれたのが、
すでに死んでいたアリシアだった。
クレバテスは、
自分の魔血をアリシアへ与える。
すると死亡していた身体が再び動き出す。
心臓が普通の人間と同じ状態へ戻ったというより、
魔獣王の血によって、
死んだ身体を動かせる状態へ変えられたと見る方が近い。
だから今のアリシアは、
「重傷を負っても毎回治療されている人間」ではない。
一度死んだ後、
魔血によって活動を続ける存在。
作品でアリシアが「屍の勇者」と呼ばれるのも、
ここにつながっている。
第1期第3幕では、
この身体の異常さがかなり分かりやすく出る。
アリシアは吊橋から転落し、
普通の人間なら命を落としてもおかしくない衝撃を受ける。
それでも死亡状態で終わらず、
意識を取り戻している。
ただし、
ここで「落ちても完全に無傷」とは描かれない。
身体は傷つく。
血も流れる。
大量出血すれば、
死なないにもかかわらず身体をまともに動かせなくなる。
これがアリシアの不死を理解するうえで重要になる。
つまり魔血は、
攻撃を無効化する鎧ではない。
剣で斬られれば傷が付く。
骨へ衝撃が入れば壊れる。
高所から落ちれば、
身体は落下の衝撃をまともに受ける。
ただし、その損傷が普通の人間のような「死」で終わらない。
第2期第9幕「鏡の迷宮」で、
アリシアがまた奈落へ落下し、
身体を大きく損ないながら戻ってくる場面も同じ。
放送中に「また落ちた」「また転落死から再生」と反応されたのは、
第1期から何度も見てきたこの身体設定があるからになる。
復活時には、
身体の内部が戻っていくような音も入る。
骨が鳴る。
身体が形を取り戻す。
それでもアリシア本人は、
大げさに驚かず行動へ戻る。
すでに本人にとって、
致命傷から戻ることが日常に近くなっている。
だからアリシアの復活は、
第9幕だけのギャグ的な便利能力ではない。
第1幕で死亡した瞬間から続いている、
物語のかなり根本にある設定。
「なぜ死なないのか」を辿れば、
必ずクレバテスがアリシアへ魔血を与えた場面へ戻ることになる。
「不死身」は傷つかないということではなく、壊れた身体が魔血によって戻ってくる
アリシアを見ていると、
何度落ちても戻ってくるため、
完全な無敵キャラのように感じることがある。
しかし第1期から追うと、
不死と無傷はまったく別だと分かる。
第3幕の吊橋落下では、
命そのものは失わない。
それでも血を失い過ぎると、
身体を自由に動かせない。
その場ですぐ立ち上がり、
何事もなかったように戦えるわけではない。
第7幕でも、
武器を十分に使えない状態で巨大ムカデと対峙し、
攻撃をまともに受ける。
身体が不死だからといって、
魔獣の牙や衝撃が消えるわけではない。
攻撃を避けなければ、
普通に吹き飛ばされる。
ここがアリシアの戦闘を面白くしている。
「どうせ死なないから全部受ければいい」では済まない。
身体を壊され過ぎれば、
戦う能力そのものを失う。
守るべきルナがいる場面なら、
動けなくなるだけでも致命的になる。
だからアリシアは、
不死になった後も剣技を使う。
避ける。
受け流す。
相手の攻撃を読む。
勇者だった頃の技術が不要になったわけではない。
むしろ、
普通なら一度の失敗で終わる攻撃を受けても、
そこから立ち直れることが最大の利点になる。
失敗しても戦場へ戻れる。
致命傷を受けても、
完全な死で旅が終わらない。
第2期第9幕の落下も同じ。
奈落へ落ちる。
身体が壊れる。
それでも魔血を持つ身体は、
再び活動できる状態へ戻る。
「落下に耐えた」のではなく、
「落下で壊れても終わらなかった」と見る方が近い。
つまりアリシアの不死身は、
防御力が無限なのではない。
再生側が異常に強い。
ここを分けて考えると、
第1期から第2期までの復活描写がかなり分かりやすくなる。
第2章 第3幕の吊橋落下で分かった、アリシアの不死にも「動けない時間」がある
高所から落ちても死なないが、大量出血すると身体は止まる
アリシアの身体が、
普通の人間ではなくなっていることを、
第1期で最も分かりやすく見せた一つが第3幕になる。
ここでは吊橋から転落し、
普通なら生存そのものが難しい状況へ落ちる。
落下したアリシアは、
すぐ元気に立ち上がるわけではない。
身体には損傷がある。
出血も多い。
意識が戻っても、
自由に行動できる状態ではない。
ここで初めて、
不死になった身体にも不便があることがはっきりする。
死なない。
しかし血を失えば、
筋肉を動かすための身体機能まで正常に働かなくなる。
意識が残っていても、
立ち上がれないという状態になる。
この場面は、
「魔血さえあれば何でも平気」という見方をかなり崩す。
アリシアはクレバテスと同じ魔獣王になったわけではない。
圧倒的な耐久力を手に入れたわけでもない。
人間だった身体を基礎にしたまま、
死だけが終着点ではなくなっている。
同じ第3幕では、
クレバテス側の魔血の使い方も見える。
巨大な魔獣王の姿では、
人間社会の中を自由に歩けない。
そこでクレバテスは自分の魔血を使い、
小さな子犬のような姿を作って行動する。
ここが、
アリシアの再生を考える時にも重要になる。
魔血は単に、
傷口を塞ぐ薬のようなものではない。
クレバテス自身が、
血から別の身体を形作れるほど、
肉体の形へ強く関わる力を持っている。
アリシアの身体も、
この魔血によって維持されている。
だから落下で身体が崩れても、
魔血が残っていれば、
再び人間として動ける形へ戻っていく。
第9幕で骨が戻るように見える再生描写も、
第3幕で示された魔血の性質とつながる。
ただし、
再生には身体そのものが必要になる。
今のアリシアは、
クレバテスが新しい人間を一から作った存在ではない。
元のアリシアの屍を、
魔血によって動かしている。
だから傷は残る。
痛みもある。
血も失う。
その状態から、
少しずつ元へ戻っていく。
「死んだら新品の身体に交換される」ような復活ではない。
第9幕で実況が盛り上がった、
骨が鳴るような音もここに合う。
身体が無傷になる瞬間だけを描くのではなく、
壊れた部位が元の位置へ戻り、
再び人間の形へ組み直される感じを強く出している。
第9幕の「また落下して再生」は、第1期第3幕から続いている身体ネタ
第2期第9幕では、
鏡の迷宮へ入ったアリシアが、
何度も高低差のある場所へ落とされる。
一度は幼児の姿へ変化し、
さらに深い場所へ落ちた後、
元の成人した身体へ戻る。
その後も、
ミレアや双子と合流して安心したところで、
再び足場を失い奈落へ転落する。
普通なら、
一回の落下だけでも生死が問題になる。
アリシアの場合、
視聴者側も「また戻るだろう」と分かり始めている。
だから放送中には、
「落ちてばっかだな」
「また転落死から再生」
といった反応が出る。
重い設定なのに、
あまりにも何度も落ちるため、
アリシア自身の定番ネタのようにも見えてくる。
ただ、
第3幕と比べると重要な共通点がある。
どちらも、
落下そのものを無効化しているわけではない。
アリシアはきちんと落ちる。
身体へ衝撃も入る。
壊れる。
その後で戻る。
この順番が変わっていない。
だから第9幕の再生は、
新しい能力が突然追加されたのではない。
第1期から持っていた魔血の不死性を、
鏡の迷宮という極端な場所で再び見せている。
そしてアリシア本人も、
その身体をかなり割り切って使い始めている。
普通の人間なら、
高所の縁へ近づくだけでも慎重になる。
アリシアは、
死なないことを知っているから、
危険な場所へ踏み込める。
ただし、
それは痛くないということではない。
身体を失っても平気ということでもない。
復活まで動けなければ、
仲間を助けられない。
ルナを守れない。
敵に拘束されれば、
不死でも自由にはならない。
だからアリシアの身体は、
便利なチート能力というより、
「死なない代わりに壊れる」身体になる。
第1期第3幕の吊橋落下と、
第2期第9幕の奈落への転落。
この二つを並べると、
アリシアの不死がどんなものなのかがかなりはっきり見えてくる。
第3章 魔血とは何?アリシアの身体を動かしているクレバテスの血
第1期第3幕では、クレバテス自身も魔血から小さな身体を作っている
アリシアの復活を考える時、
魔血をただの回復薬として見ると分かりにくい。
第1期第3幕では、
クレバテス自身が自分の魔血を使い、
巨大な魔獣王の本体とは別に、
小さな子犬のような身体を作って動いている。
人の街へ巨大な姿のまま入れば、
それだけで大騒ぎになる。
そこでクレバテスは、
魔血を使って小型の身体を形作り、
アリシアやルナの近くで行動する。
血が単に傷を治すだけなら、
こうした別の肉体を作ることまではできない。
つまり魔血には、
肉体の形を保つ力。
動かす力。
元の姿を基準に、
身体を再構成するような性質まであると見ていい。
アリシアが致命傷から戻る時も、
この性質がかなり深く関わっている。
第1幕で死亡したアリシアへ、
クレバテスが魔血を与える。
その瞬間から、
彼女の身体は普通の人間の生命活動だけではなく、
魔獣王の血によって維持される状態へ変わった。
だから心臓が止まるような傷でも、
それだけで終わらない。
第3幕の吊橋落下でも、
身体は壊れる。
血も失う。
それでも完全な死へ戻らない。
魔血が残っている限り、
アリシアの身体は再び動ける状態へ戻ろうとする。
ここが普通の治癒魔法との大きな違いになる。
治癒魔法なら、
生きている身体を治す。
傷を塞ぐ。
骨を戻す。
血を止める。
基本は生命を維持するための回復になる。
アリシアの場合は、
そもそも一度死んでいる。
それでも活動している。
つまり魔血は、
「生きている人間を治す力」だけではなく、
死んだ身体を動かし続ける土台になっている。
この性質は、
第2期でクレンとの魔血通信にもつながる。
アリシアの身体には、
クレバテス由来の魔血が残っている。
だから離れた場所でも、
クレンと意思を通わせられる。
身体の中にある魔血そのものが、
クレバテス側とつながる経路になっている。
第9幕「鏡の迷宮」で、
その通信が突然切れる場面も重要になる。
アリシアは、
いつものようにクレンへ呼び掛けようとする。
しかし鏡世界の奥では、
返事がない。
魔血を持っていても、
迷宮の特殊な環境では通信まで遮断される。
ここで分かるのは、
魔血が何でも無条件に通す万能な力ではないこと。
身体を維持する。
通信する。
再生する。
複数の働きを持つ一方で、
場所や状態によって使えない機能もある。
だからアリシアの身体を、
「クレバテスの力を少しもらった人間」とだけ見ると薄い。
実際には、
身体の中へ魔獣王の血が入り、
その血に生命活動そのものを支えられている。
第1期から第2期まで、
その影響がずっと続いている。
再生だけでなく、通信や身体維持まで魔血が一本につないでいる
アリシアの魔血設定が面白いのは、
能力が一つではないこと。
死なない。
傷が戻る。
クレンと話せる。
その全部が、
別々の便利能力として付いているわけではない。
元を辿れば、
全部クレバテスの血。
同じ魔獣王の力が、
身体の中で複数の形へ出ている。
だから再生能力だけを見るより、
魔血そのものを理解した方が、
アリシアの状態が分かりやすくなる。
第1期では、
クレバテスが魔血から子犬姿を作る。
第3幕では、
アリシアが吊橋から落ちても死なない。
第2期では、
離れた場所にいるクレンと魔血を通して会話する。
さらに第9幕では、
その通信だけが迷宮内で切れる。
一つ一つは別の場面。
でも全部、
魔血が身体や存在をつないでいる証拠になる。
アリシアの中にある魔血は、
単なる回復用の予備タンクではない。
それだけに、
魔血がどうなるかはアリシアの生死へ直結する。
血を失い過ぎる。
魔血の働きを止められる。
クレバテスとのつながりを断たれる。
そうした状況になれば、
「不死だから大丈夫」とは言えなくなる。
第9幕で通信が切れた時も、
アリシアは少し不安になる。
普段ならクレンへ状況を伝えられる。
でも迷宮では、
その安全網が一つ外れる。
身体は復活できても、
情報も助けも来ない。
この違いが、
アリシアの不死をただの無敵能力にしない。
身体は戻る。
でも孤立はする。
傷は治る。
でも痛みはある。
死なない。
でも戦えない状態にはなる。
魔血は強力。
それでも万能ではない。
ここを押さえておくと、
第2期でアリシアが何度落ちても戻る場面も、
単なるギャグではなく、
同じ身体設定の延長として見えてくる。
第4章 第7幕の巨大ムカデ戦でも、アリシアは普通に傷つき、吹き飛ばされる
不死になっても、攻撃を受ければ身体はそのまま壊れる
アリシアが完全無敵ではないことは、
第1期第7幕の巨大ムカデ戦でもよく分かる。
この時のアリシアは、
十分な武器を持たない状態で、
巨大な魔獣と正面から向き合うことになる。
相手は、
人間よりはるかに大きな身体を持つ巨大ムカデ。
牙。
脚。
突進。
一撃でもまともに受ければ、
普通の人間なら即死しかねない。
アリシアは勇者としての経験を使い、
相手の動きを読む。
避ける。
間合いへ入る。
それでも、
武器がない状態では決定打を出しにくい。
相手の巨体を止め切れず、
攻撃をまともに受ける場面が出てくる。
ここで、
魔血があるから攻撃が無効になるわけではない。
身体は吹き飛ぶ。
地面へ叩き付けられる。
骨や筋肉へ衝撃が入る。
痛みもある。
見た目のダメージは、
普通の人間と大きく変わらない。
違うのは、
そこで戦いが終わらないこと。
普通なら致命傷になる攻撃を受けても、
アリシアは再び動く。
魔血によって身体が戻り、
もう一度立ち上がる。
だから敵から見ると厄介になる。
確実に当てた。
倒した。
動かなくなった。
そう思った後で、
また立ってくる。
ただしアリシア本人には、
毎回大きな負担がある。
痛い。
動けない時間もある。
再生するまで攻撃できない。
守りたい相手がいれば、
その時間だけでも致命的になる。
第7幕の戦いを見ると、
アリシアが不死を盾に無茶をしているだけではないことも分かる。
できるだけ避ける。
相手の攻撃を読む。
隙を探す。
勇者時代の技術を使い続けている。
もし本当に完全無敵なら、
全部の攻撃を受けながら進めばいい。
でも実際には、
身体を壊されれば戦闘能力が落ちる。
だから剣士としての技術が今も必要になる。
この点が、
第2期第9幕の落下描写にもつながる。
奈落から戻れる。
でも落下中に何が起きても平気ということではない。
身体が壊れる。
再生する。
その時間を経て、
ようやく行動へ戻れる。
「死なない」と「戦い続けられる」は別物だから、アリシアは今も剣技を磨く
アリシアの不死を見ていると、
一番誤解しやすいのがここになる。
死なないなら、
戦闘でも圧倒的に有利。
確かにそれは間違っていない。
ただし、
死なないことと勝てることは同じではない。
巨大ムカデの攻撃で、
身体を完全に動かせなくなれば、
敵へ剣を振れない。
手足を壊されれば、
ルナを抱えて逃げることもできない。
再生するまで拘束されれば、
その間に仲間が襲われる。
だからアリシアは、
不死になった後も戦い方を変えていない。
避ける。
相手の癖を見る。
距離を取る。
必要なら危険へ踏み込む。
「死なないから雑に戦う」方向へは進まない。
第1期第7幕の巨大ムカデ戦は、
この性格をよく見せる。
魔血がある。
それでも、
敵の攻撃を受けないために動く。
受ければ痛い。
壊れれば戻るまで時間がかかる。
だから勇者としての判断が必要になる。
第2期でも同じ。
鏡の迷宮へ落ちる。
復活する。
また動く。
視聴者からすると、
何度も戻るため軽く見える瞬間もある。
でもアリシア側からすれば、
毎回身体が壊れている。
そのたびに、
魔血で形を戻している。
死を怖がらなくていい代わりに、
損傷そのものからは逃げられない。
この身体だからこそ、
アリシアの戦い方には独特の粘りが出る。
普通なら一回で終わる失敗を、
何度でもやり直せる。
敵の動きを一度受けて覚える。
次は避ける。
次は反撃する。
つまり不死は、
何もしなくても勝てる力ではない。
経験を積み重ねる時間を、
通常の人間より長く与える力に近い。
アリシアの強さは、
魔血だけではなく、
その身体を使って何度でも戦いへ戻る意志と剣技に支えられている。
第5章 第2期第9幕で「また落下して復活」したのは、第1期から続く魔血再生の延長
幼児化した身体で奈落へ落ち、成人姿へ戻るまでが一つの再生描写になっている
第2期第9幕「鏡の迷宮」で、
アリシアの不死性が改めて強く見えるのは、
単に高所から転落したからではない。
鏡世界へ入った直後、
身体そのものが幼児化し、
その状態で亀裂からさらに最下層へ転落する。
普通の人間なら、
落下衝撃だけで致命傷になる高さ。
しかもアリシアは、
転落前から身体変化まで受けている。
それでも最下層へ到達すると、
幼児姿から元の成人姿へ再構成され、
再び自力行動を始める。
ここで重要なのは、
落下を無効化したわけではないこと。
空中で魔力障壁を張る。
着地直前に減速する。
そうした防御ではなく、
身体損傷を受けた後に、
骨格や肉体が元の形へ戻っていく。
復活時には、
骨が鳴るような音まで強調される。
視聴者からも、
「復活するときの骨の音」
「また転落死から再生」
と反応された部分になる。
無傷で着地する不死身ではなく、
一度壊れた身体を修復する不死だと分かりやすい。
この描写は、
第1期第3幕の吊橋転落とつながっている。
あの時もアリシアは高所から落下し、
普通なら死亡している状況でも意識を取り戻した。
ただし大量出血によって、
生命活動は続いていても行動不能になっている。
つまり第1期から一貫しているのは、
「落下しても平気」ではない。
落下衝撃は受ける。
身体も損傷する。
出血もする。
そのうえで、
魔血が死亡を最終状態にしない。
第9幕ではさらに、
成人姿へ戻った直後にクレンとの魔血通信を試す。
しかし鏡の迷宮内部では、
クレンから応答が返らない。
身体再生は機能しているのに、
通信だけは遮断されるという、
魔血の働きの違いまで同時に描かれている。
地上側では、
ガルトからザフティエへアリシアの状況が伝わり、
クレンも救援へ動こうとしている。
しかしアリシア本人には、
その情報が届かない。
身体だけは復活できるのに、
完全孤立状態は解消できない。
ここが第3幕との大きな差になる。
第3幕では、
動けなくなったアリシアの前へ、
クレバテスが魔血で作った小型姿で現れた。
第9幕では、
再生後もクレンへ連絡できず、
鏡世界を単独で進まなければならない。
その後アリシアは、
何度退出しても同じ拷問部屋へ戻され、
拘束されたミレアと遭遇する。
つまり身体損傷を克服しても、
迷宮構造そのものは突破できない。
不死能力と脱出能力は、
完全に別物だと見せられる。
さらに双子と合流した直後、
アリシアは再び奈落へ転落する。
一度復活した直後でも、
迷宮側は容赦なくもう一度落とす。
視聴者が「また落ちた」と感じたのは、
第9幕だけでも転落と再生が繰り返されるからになる。
アリシア自身も、
転落するたび大騒ぎしない。
致命傷から戻れることを理解しているため、
復活後は即座に周辺確認へ移る。
それだけ、
魔血再生が本人にとって常態化していることも分かる。
第3幕の吊橋、第7幕の巨大ムカデ、第9幕の奈落転落はすべて「壊れてから戻る」で共通する
アリシアの再生描写は、
第9幕だけ切り取ると便利な能力に見える。
しかし第1期から並べると、
身体損傷の受け方にはかなり一貫性がある。
第3幕では吊橋転落。
第7幕では巨大ムカデからの直撃。
第9幕では鏡世界の最下層への落下。
攻撃方法は違っても、
アリシアの身体は毎回きちんと損傷している。
第7幕の巨大ムカデ戦でも、
不死だから攻撃を無視しているわけではない。
武器不足の状態で正面から圧力を受け、
吹き飛ばされ、
身体へ直接衝撃を受ける。
それでも完全死亡せず、
再び戦闘へ復帰する。
だからアリシアの不死は、
防御力が異常なのではない。
致命傷を致命傷のまま終わらせない、
再生力が異常に高い。
この違いを押さえると、
第9幕の骨音まで一気につながる。
骨折する。
筋肉が損傷する。
大量出血する。
身体が止まる。
そこから魔血によって、
再び戦闘可能な形へ戻っていく。
第9幕の「また復活した」は、
新能力の追加ではない。
第1期第1幕で魔血を与えられて以来、
ずっと続いてきた不死設定を、
鏡の迷宮という極端な環境で再確認した場面になる。
第6章 アリシアは完全な不死身ではない|大量出血・行動不能・拘束・通信遮断は防げない
第3幕では生存していても大量出血で立てず、「死なない」と「戦える」が別だと分かる
アリシアの不死で最も重要なのは、
死亡しないことと、
戦闘継続できることを分ける点になる。
その証拠は、
第1期第3幕の吊橋転落ですでに出ている。
転落後のアリシアは、
完全死亡していない。
意識も残っている。
クレバテスと会話もできる。
それでも大量出血によって、
自力移動できない状態まで追い込まれる。
ここが決定的になる。
魔血が無限に血液まで補充し、
瞬時に全身機能を完全回復させるなら、
行動不能にはならない。
しかし実際には、
血量減少や身体損傷の影響を受けている。
第7幕の巨大ムカデ戦でも、
同じ弱点が別の形で出る。
攻撃を受ければ吹き飛ばされる。
姿勢を崩す。
攻撃機会も失う。
不死でも、
戦闘中の失点そのものは消えない。
つまり敵側から見れば、
「殺せない=止められない」ではない。
手足を損傷させる。
大量出血させる。
拘束する。
奈落へ落とす。
行動不能へ持ち込めば、
一定時間はアリシアを戦線から外せる。
第9幕の鏡の迷宮では、
そこへ通信遮断まで加わる。
魔血による身体維持は続いている。
それでもクレンとの連絡は切れる。
つまり魔血の全機能が、
常時同じ条件で使えるわけではない。
再生可能。
通信不能。
この状態が同時に成立する。
だから「魔血があるから何でも解決」にはならない。
身体は戻せても、
外部情報までは取り戻せない。
さらに拷問部屋では、
何度出ようとしても同じ場所へ戻される。
この状態も、
不死では突破できない。
死亡して復活する能力と、
空間拘束を解除する能力は別だからになる。
鏡の迷宮は、
アリシアの不死を無効化してはいない。
むしろ不死を残したまま、
別の方法で行動を制限している。
ここが第9幕の試練としてかなり厄介になる。
アリシアにとって本当に危険なのは、自分が死ぬことより「守る瞬間に動けない」こと
アリシア本人は、
普通の人間ほど死亡を恐れる必要がない。
一度すでに死んでいる。
致命傷からも戻れる。
転落しても、
時間があれば再生できる。
それでも戦闘では、
攻撃回避を続ける。
剣を使う。
相手の動きを読む。
身体を不用意に破壊させない。
そこには、
自分以外の人間は復活できないという事情がある。
第1期から、
アリシアの近くにはルナがいる。
赤ん坊のルナは、
アリシアのような不死ではない。
アリシアが大量出血で倒れれば、
その間にルナへ危険が及ぶ可能性がある。
ネルルやトアラも同じ。
仲間は、
致命傷を受ければ死亡する。
だからアリシア一人が不死でも、
護衛役として行動不能になれば意味がない。
第3幕で動けなくなった場面は、
そこを早い段階から見せていた。
アリシア自身の生命は残っている。
しかし立てない。
走れない。
戦えない。
守れない。
第9幕でも構造は同じ。
奈落から復活しても、
仲間の位置が分からない。
クレンへ連絡できない。
迷宮から出られない。
自分だけ生存していても、
状況全体は改善しない。
だからアリシアの不死は、
「絶対に負けない能力」ではない。
死亡という敗北条件を一つ消した代わりに、
行動不能。
拘束。
孤立。
通信遮断。
仲間の死亡。
別の危険がそのまま残っている。
この制限があるから、
アリシアは不死になっても勇者としての剣技を捨てない。
攻撃を避ける。
一撃を受け流す。
間合いを読む。
必要な時だけ、
不死を利用して危険へ踏み込む。
第9幕の転落復活が面白く見える一方で、
設定としてはかなり重い。
身体は何度でも再生する。
しかし痛みも損傷も消えない。
状況判断を誤れば、
自分だけ戻って仲間を失う可能性もある。
アリシアは完全無敵ではない。
死なない。
だが止めることはできる。
傷付けることもできる。
戦闘不能にもできる。
だからこそ、
魔血による不死と、
アリシア自身の戦闘技術は別々に必要になる。
復活できる身体があるだけでは足りない。
その身体を、
いつ壊さず、
いつ危険へ投げ込むのか。
そこまで判断して戦うから、
アリシアは今も「屍の勇者」として前線へ立ち続けている。
第7章 アリシアが「屍の勇者」になったのは、死なない身体より死後も自分で戦う道を選んだから
第1幕で勇者として一度敗れたアリシアは、復活後もクレバテスの命令だけで動く人形にはならなかった
アリシアの不死を最後まで追うと、
重要なのは何度復活できるかだけではない。
第1期第1幕でアリシアは勇者としてクレバテスへ挑み、
仲間たちと共に完全敗北する。
ここで一度、
彼女の「勇者としての人生」は終わっている。
その後クレバテスの魔血によって身体を動かされ、
赤ん坊ルナの世話を任される。
普通なら、
魔獣王に殺された直後に、
その魔獣王から「この赤子を育てろ」と命じられる異常な状況。
アリシアにとっては、
到底すぐ受け入れられる話ではない。
それでも旅が始まると、
アリシアは単なるクレバテスの従者にはならない。
クレンの判断へ反発する。
人属を守ろうとする。
ルナへ危険が迫れば、
命令される前に身体を動かす。
死体として蘇った後も、
判断そのものはアリシアのまま残っている。
ここが、
クグツのような「操られる存在」とも大きく違う。
身体を動かす力の源はクレバテスの魔血。
しかし、
誰を助けるか。
どこで剣を抜くか。
何を許さないか。
そこまでクレバテスに決められているわけではない。
第1期では、
旅の途中で人属側の醜さも何度も見る。
勇者だった頃なら、
魔獣は討つべき敵、
人属は守る側と考えやすかった。
しかし復活後のアリシアは、
人間だから信用できるとは限らず、
魔獣だから必ず悪とも限らない現実へ直面する。
それでも、
「だったら全部どうでもいい」とはならない。
目の前で危険へ巻き込まれた者がいれば動く。
ルナを守る。
ネルルたちと関わる。
必要ならクレンにも意見する。
昔の勇者という肩書を失っても、
人を守ろうとする判断だけは残り続ける。
だから「屍の勇者」という言葉は、
かなり皮肉でありながら、
同時にアリシアそのものを表している。
身体はすでに普通の生者ではない。
それでも、
勇者だった時の意志まで死んだわけではない。
第2期へ入ってからも、
この部分は変わらない。
神学校。
鏡の迷宮。
ミレアを巡る異変。
次々に理解しにくい状況へ放り込まれても、
アリシアは「死なないから進む」のではなく、
自分で確かめるために進む。
第9幕では、
クレンとの連絡すら断たれる。
つまり、
魔獣王の指示を聞きながら進むこともできない。
それでもアリシアは、
その場で見たものを自分で判断し、
拘束されたミレアへ手を伸ばす。
ここに復活後のアリシアらしさがよく出ている。
身体を維持しているのは魔血。
でも、
身体をどこへ向けるかを決めているのはアリシア。
この違いがあるから、
彼女はクレバテスの眷属ではなく、
今も「勇者」と呼べる人物でいられる。
不死になったことで勇者の価値が消えたのではなく、「何度倒されても選び直せる人物」へ変わった
アリシアが普通の勇者だった頃は、
一度の敗北が死へ直結した。
実際、
クレバテスとの最初の戦いでは、
その一度で命を失っている。
どれだけ修練しても、
人間の身体には終わりがある。
しかし魔血を得た後は、
その前提だけが変わった。
戦闘で失敗する。
転落する。
致命傷を負う。
それでも、
次の判断をする機会が残る。
ここは、
単なる戦闘上の利点より大きい。
普通なら死によって終わる人物が、
敗北後の世界まで見ることができる。
自分を殺したクレバテスが、
本当に想像していた通りの存在なのか。
人属は本当に守る価値のある者ばかりなのか。
旅を続けながら、
何度も考え直せる。
第1幕で持っていた価値観を、
そのまま最後まで守っているだけではない。
クレンと行動する。
ルナを育てる。
人属の残酷さを見る。
別の魔獣王とも関わる。
それでも最後には、
その時の自分で何をするかを選び直す。
だから第9幕の転落再生も、
見方を変えるとアリシアらしい。
奈落へ落ちる。
一度身体が終わる。
また戻る。
そして、
落ちる前と同じ場所へ戻るのではなく、
次の状況へ進んでいく。
死なないこと自体が重要なのではない。
戻った後、
何をするかが毎回残されている。
もしアリシアが、
復活するたびクレバテスの命令だけを聞く存在なら、
「屍」という部分だけで終わる。
でも実際には、
復活するたび自分で判断し直す。
だから「勇者」の部分まで消えない。
この点は、
第2期の鏡の迷宮とも相性がいい。
そこでは、
本物と偽物。
操る者と操られる者。
見えている姿と実際の中身。
その境界が次々に揺さぶられる。
そんな場所へ、
身体だけならクレバテスの魔血で動いているアリシアが入る。
それでも彼女は、
誰かに操られる人形ではない。
自分で相手を見て、
信じるか疑うかを決め、
最後には自分の剣を向ける先まで選ぶ。
ここまで見ると、
アリシアが死んでも復活する設定は、
便利な再生能力だけでは終わらない。
一度死んだ勇者が、
死後も旅を続け、
何度でも判断を更新していくための身体になっている。
第1期第1幕で、
勇者アリシアは一度死んだ。
しかしそこで人物として終わらなかった。
クレバテスの魔血で屍となり、
ルナと旅を始め、
以前なら知ることのできなかった世界まで見ることになる。
だからアリシアは、
「不死身だから屍の勇者」なのではない。
一度死んでも、
まだ守る。
まだ考える。
まだ剣を取る。
その選択を続けているから、
屍になった後も勇者のままなのである。


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