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【逃げ上手の若君2期】頼継はなぜ時行に鬼ごっこを挑んだ?逃げ上手すぎる相手に諏訪追放を賭けた勝負

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諏訪頼継が時行へ鬼ごっこを挑んだのは、ただ勝負好きだったからではない。
頼重から特別に可愛がられる北条時行への嫉妬と、「神である自分の方が上だ」と示したい頼継の対抗心が、諏訪追放を賭けた勝負まで膨らんでいく。

  1. 第1章 結論|頼継が欲しかったのは鬼ごっこの勝利より「時行より上」という証明
    1. 頼継は時行を諏訪から追い出すところまで勝負を大きくした
    2. 頼重を慕う孫にとって、時行は突然現れた厄介な存在だった
  2. 第2章 なぜよりによって鬼ごっこ?逃げ続けてきた時行との異色の勝負
    1. 鎌倉から逃げ、敵から逃げ、生き残ってきた時行の異常な身のこなし
    2. 鬼役になった時行にも「逃げ上手」で培った速さと反応が生きてくる
  3. 第3章 頼継はなぜ時行をそこまで嫌う?頼重を取られた孫の嫉妬
    1. 頼重が時行へ向ける特別な期待と愛情を頼継は間近で見ていた
    2. 「神の孫」である自分より北条時行が中心にいることが許せない
  4. 第4章 普通の鬼ごっこではない|頼継が用意した妨害部隊と諏訪追放
    1. 子供の遊びと思った時行を待っていた本気の妨害
    2. 神としての立場まで使って時行を追い込もうとする頼継
  5. 第5章 時行が頼継を捕まえるだけでは終わらなかった
    1. 追いつめられた頼継に起きる危機と時行の行動
    2. 敵意を向けられても見捨てない時行に、鎌倉滅亡後の成長が見える
  6. 第6章 頼継と時行は似ている|大人の都合で大きな立場を背負わされた少年たち
    1. 北条の後継者だった時行と、幼くして神の座を継いだ頼継
    2. 嫉妬する側とされる側が本音をぶつけて初めて近づく
  7. 第7章 小さな鬼ごっこが中先代の乱へ続く二人の関係を変えた
    1. 頼継は単なる嫌な子供では終わらない
    2. 「天下をかけた鬼ごっこ」の前に描かれた、もう一つの鬼ごっこ

第1章 結論|頼継が欲しかったのは鬼ごっこの勝利より「時行より上」という証明

頼継は時行を諏訪から追い出すところまで勝負を大きくした

諏訪頼継が北条時行へ鬼ごっこを挑んだ場面で、まず奇妙なのは勝負の重さだ。
子供同士が遊び半分で走り回る話ではない。
賭けられているのは、諏訪大社での時行の居場所。
負ければ時行は、諏訪から追い出されかねない。
頼継は、そこまで大きな条件を持ち出して時行と勝負しようとする。

しかも頼継は、ただ足の速さだけで時行に挑んでいるわけではない。
時行が簡単には捕まらない相手だと分かったうえで、周囲の人間まで動員して妨害させる。
一対一の鬼ごっこに見えて、実際には「神」である頼継の立場まで使った勝負になっている。
ここまで徹底するところに、頼継が時行へ抱いている感情の強さが表れている。

頼継にとって重要なのは、鬼ごっこという競技そのものではない。
時行を負かす。
自分の方が上だと周囲へ見せつける。
さらには、祖父・頼重の近くにいる時行を諏訪から遠ざける。
そこまで視野に入っている。

だから勝負の条件も、普通の子供同士の意地の張り合いでは済まなくなる。
勝った、負けたで終わらない。
時行が諏訪に残れるかどうかまで賭ける。
頼継にとっては、自分の立場まで懸かった勝負になっていた。

頼継はまだ幼い少年だが、その立場は普通の子供ではない。
祖父の頼重が担っていた「神」の座を継いでいる。
諏訪の人々から特別な存在として扱われる。
周囲から敬われ、自分の言葉で人を動かすこともできる。
そんな頼継の前に、いつの間にか祖父が特別扱いする別の少年が入り込んでいた。

その少年こそ、北条時行だった。
時行は鎌倉幕府滅亡によって、家も家族も立場も失った。
そこから頼重に救われ、諏訪へ逃れてくる。
第1期の早い段階から、頼重は時行の逃げる才能を高く評価する。
鎌倉を取り戻す人物になるとまで期待している。

時行にとって頼重は、命を救ってくれた恩人。
だが頼継から見れば、事情はまったく違う。
自分の祖父が、突然現れた少年へ強い期待を向けている。
しかも、その少年を守り、鍛え、将来まで見据えている。
頼継には、それが面白くない。

頼重を慕う孫にとって、時行は突然現れた厄介な存在だった

頼継の目線から見ると、時行は祖父のもとへ突然やって来た少年だ。
しかも頼重は、時行を匿うだけではない。
逃若党を作らせる。
鍛える。
危険な戦いへ送り出しながら、成長を見守っている。

危険な目に遭えば心配する。
成功すれば大喜びする。
頼重の時行への接し方には、単なる保護対象以上の熱量がある。
視聴者には頼重と時行の強い絆として見える。
しかし孫の頼継から見れば、その熱量そのものが引っかかる。

第1期では、鎌倉から逃れてきた時行が諏訪で仲間を得ていく過程が続いてきた。
雫と出会う。
弧次郎、亜也子とともに動く。
頼重から課題を与えられながら、自分の力で生き残る術を身につけていく。
頼重は、その中心に立ってきた。

時行が逃げるたびに道を示す。
戦うたびに次の一手を与える。
失敗しても、時行の力を見失わない。
視聴者には自然に積み重なってきた関係。
でも頼継から見れば、祖父が時行ばかり見ているようにも映る。

自分は頼重の実の孫。
さらに神の座まで継いでいる。
それなのに祖父の関心は、北条から逃れてきた時行へ強く向けられている。
時行の周囲には逃若党が集まる。
諏訪の大人たちも彼を守る。
鎌倉奪還という大きな目的まで託されている。

幼い頼継が「なぜあいつばかり」と感じても不思議ではない。
自分こそ、頼重に一番近い存在のはず。
自分こそ、諏訪で特別な少年のはず。
その場所へ時行が入ってきたように見える。
頼継の刺々しい態度は、そこから強くなっていく。

だから頼継の態度は、単純に性格が悪いだけでは捉えきれない。
時行が嫌いだから追い出したい。
その感情の奥には、自分の居場所を奪われたような焦りがある。
祖父の孫であり、諏訪の神である自分こそ特別なはず。
それなのに、そのすぐ隣で時行がさらに大きな期待を背負っている。

頼継にとって時行は、存在しているだけで自分の特別さを揺らす相手になっていた。
北条の御曹司だからではない。
強いからでもない。
頼重が時行を見る目。
周囲が時行へ向ける期待。
そのすべてが、頼継には気になる。

そこで頼継は、言葉で不満を訴えるのではなく勝負を選ぶ。
自分が時行より強い。
自分の方が諏訪で上の存在だ。
それを結果で示そうとする。
そして時行を負かすだけでは足りず、諏訪大社から追い出すところまで条件を広げる。

鬼ごっこは、頼継にとって時行の居場所そのものを奪い返す勝負になっていた。
ただ勝ちたいわけではない。
祖父のそばにいる時行を退けたい。
自分の立場を確かめたい。
だから勝負が、子供の遊びでは済まないところまで膨らんでいく。

ただ、この対立が面白いのは、時行自身には頼継から何かを奪っている意識がほとんどないところだ。
時行は鎌倉を失った。
兄を失った。
生き延びるために頼重の手を取った。
諏訪で守られていることも、自分が望んで神の孫より上に立とうとした結果ではない。

一方の頼継だけが、自分の場所へ時行が入り込んできたように感じている。
時行に悪意はない。
頼継には強い不満がある。
この感情のずれが、二人の関係をさらにこじらせる。
同じ場所にいながら、見えている景色がまったく違う。

そのずれが、今回の鬼ごっこを単なる子供同士の喧嘩ではなくしている。
時行にとっては、突然持ちかけられた理不尽な勝負。
頼継にとっては、自分の誇りと居場所を取り戻すための真剣勝負。
同じ鬼ごっこをしていても、二人が背負っているものは最初から大きく違っている。

第2章 なぜよりによって鬼ごっこ?逃げ続けてきた時行との異色の勝負

鎌倉から逃げ、敵から逃げ、生き残ってきた時行の異常な身のこなし

頼継が時行へ挑んだ勝負が「鬼ごっこ」なのは、『逃げ上手の若君』を第1期から見てきたほど奇妙に映る。
なぜなら北条時行は、剣術や腕力より先に「逃げること」で才能を示してきた少年だからだ。
第1回から、武芸の稽古を抜け出す。
大人たちを翻弄する。
捕まえようとしても、するりとかわしてしまう。

逃走は時行にとって、苦し紛れの行動ではない。
最初から身体に染みついた特技だった。
普通の少年なら、追われれば焦る。
時行は逆。
追われるほど、身体が生き生きと動く。

鎌倉幕府が滅びた後、その特技は遊びではなく生死を分ける力に変わった。
追手から身を隠す。
敵の手をかわす。
危険な場所から生還する。
捕まれば命を失う場面で、時行は逃げ続けてきた。

兄・邦時を裏切った五大院宗繁との戦いでもそうだった。
時行は正面から力比べをするのではない。
自分の得意な逃走へ相手を引き込む。
追わせる。
かわす。
相手を苛立たせながら、勝てる形へ持っていく。

作品の早い段階から、鬼ごっこと時行は切り離せない関係にある。
ただ逃げているように見える。
でも、その逃げが相手を崩す。
生き延びる。
そして最後には勝ちへつながる。
逃走そのものが、時行の戦い方になっている。

武士の世界では、敵から逃げることはしばしば恥と見なされる。
ところが時行は、逃げるほど身体が躍動する。
死の危険が迫るほど、異様な集中力を見せる。
追いつめられて怯えるのではない。
追われる状況そのものを、自分の得意な形へ変えてしまう。

頼重が時行の中に見つけたのも、まさにその普通の武士とは逆向きの才能だった。
敵を真正面から倒す豪傑ではない。
捕まらない。
生き延びる。
逃げ続けながら、いつか相手を逆転する。
そこに頼重は、時行だけが持つ可能性を見ている。

諏訪へ来てからも、その性質は変わっていない。
弓を学ぶ。
仲間との戦い方を覚える。
吹雪から軍略を学ぶ。
できることは増えていく。
それでも時行の中心にあるのは、逃げながら勝機を探す戦い方だ。

相手の攻撃を正面で受け止めるのではない。
かわす。
走る。
間合いを外す。
敵が崩れたところを狙う。
時行の成長は、「逃げなくなること」ではなく「逃げる力を戦いへ変えること」として積み重なってきた。

そんな少年へ、頼継は鬼ごっこを申し込む。
ここだけを見れば、時行が最も得意そうな競技を自分から選んでいるように見える。
しかも負ければ時行を諏訪から追放する。
大きな条件まで付けている。
「なぜよりによって鬼ごっこなのか」と感じるのは当然になる。

ただし、頼継側にも勝算がないわけではない。
今回の勝負は、広い場所で純粋な速さを競うものではない。
頼継を捕まえようとする時行へ、次々と邪魔が入る。
頼継一人を追えばいいわけではない。
周囲まで相手にしなければならない。

神として周囲を動かせる頼継は、自分の立場そのものを鬼ごっこの武器に変えている。
時行の得意分野へ、そのまま飛び込んだわけではない。
自分が有利になる条件を重ねている。
一対一に見えて、一対一ではない。
そこに頼継なりの勝算がある。

つまり頼継は、時行の得意分野へ無策で挑んだわけではない。
速さだけなら時行が厄介。
ならば妨害を増やす。
捕まえにくくする。
自分の「神」という立場まで使う。
頼継は、自分に有利な鬼ごっこへ形を変えていた。

鬼役になった時行にも「逃げ上手」で培った速さと反応が生きてくる

ここでもう一つ面白いのが、今回の時行は「逃げる側」だけではないことだ。
鬼ごっこで頼継を捕まえるには、自分から相手を追わなければならない。
いつも追われて輝く時行が、今度は追う側へ回る。
一見すると、これまでとは正反対の立場に置かれている。

ただし時行がこれまで身につけてきた力は、逃走だけにしか使えないものではない。
敵の動きを瞬時に見る目。
攻撃が来る方向を察する反応。
狭い隙間へ身体を滑り込ませる身軽さ。
その全部が、鬼ごっこでも生きてくる。

追手との距離を測りながら走ってきた経験もある。
今度は、逃げる頼継との距離を詰める力として働く。
逃げながら相手の動きを見る。
障害物の位置を見る。
次にどこへ動くかを読む。
逃げることで鍛えられた身体が、追う側になってもそのまま使える。

さらに頼継は、一人で逃げ回るだけではない。
時行の進路には妨害する者たちが現れる。
簡単には頼継へ近づけない。
普通なら鬼ごっこの外側にあるはずの障害まで加わる。
時行は走るだけでは済まない。

攻撃をかわす。
妨害を抜ける。
進路を見つける。
そのうえで頼継との距離を詰める。
この動きは、これまで戦場で敵の攻撃を避けてきた時行の戦い方とよく重なる。
遊びの鬼ごっこなのに、時行の戦闘経験がそのまま表に出る。

第1期で時行が経験してきた「鬼ごっこ」は、最初から命懸けだった。
五大院宗繁との一件では、捕まれば殺される状況の中で逃げた。
相手を翻弄した。
追わせた。
そして、自分が生き残れる形へ戦いを持っていった。

瘴奸たちとの戦いでも同じ。
強敵の攻撃を避ける。
まともに受けない。
生き残る。
その積み重ねが、最後には勝機へつながる。
時行にとって、走ること、かわすこと、捕まらないことは、生存術になっている。

だから頼継との鬼ごっこは、急に挟まった軽い遊びではない。
諏訪での居場所を賭けられている。
妨害も入る。
その中で相手を捕まえなければならない。
時行がこれまで積み上げてきたものが、そのまま持ち込まれている。

鎌倉で稽古から逃げ回っていた少年の動き。
大人たちに捕まらず、楽しそうに逃げていた身軽さ。
あの頃は遊びに見えた。
それが幕府滅亡を経て、生き残るための力へ変わった。
今回の勝負では、その変化も改めて見えてくる。

そして頼継にとって誤算になっていくのも、そこにある。
頼継は自分の立場と周囲の力を使えば、時行を屈服させられると考える。
人数を使う。
障害を作る。
逃げ道を狭める。
普通の相手なら、それだけで苦しくなる。

だが時行は、そもそも不利な状況ほど逃げ道を探し、生き残ってきた少年だ。
敵が多い。
道が塞がれる。
正面から勝てない。
そういう場面を何度も経験している。
人数や障害物で追いつめるほど、むしろ時行がこれまで切り抜けてきた状況に近づいていく。

「逃げ上手の時行になぜ鬼ごっこを挑むのか」という疑問は、勝負を見るほど逆に面白くなる。
頼継は時行の得意分野へ無策で挑んだのではない。
自分が神である強みまで使って、条件を変えた。
それでも時行には、鎌倉滅亡から何度も追われ、逃げ、生き残ってきた経験がある。

子供同士の鬼ごっこ。
それなのに、二人がここまでに身につけたものがぶつかる。
頼継は神としての立場を使う。
時行は逃げ上手として積み重ねた身体能力を使う。
だから、この勝負はただ走って捕まえるだけでは終わらない。

第3章 頼継はなぜ時行をそこまで嫌う?頼重を取られた孫の嫉妬

頼重が時行へ向ける特別な期待と愛情を頼継は間近で見ていた

頼継が時行へ刺々しい態度を取る背景には、祖父・諏訪頼重の存在がある。
頼継にとって頼重は、ただの諏訪の指導者ではない。
自分の祖父。
そして、自分へ神の座をつないだ人物でもある。
その頼重が、時行へ強い関心を向けている。

時行が諏訪へ来たのは、鎌倉幕府が滅んだ直後。
北条の御曹司だった少年は、一夜にして追われる側へ変わった。
そんな時行を救ったのが頼重だった。
諏訪へ連れて来る。
仲間を与える。
さらに鎌倉奪還という未来まで示していく。

頼重は、時行の「逃げる才能」を最初から高く買っていた。
武士なら恥とされてもおかしくない逃走を、時行だけの武器として見る。
敵から逃げても笑う。
捕まらずに戻れば喜ぶ。
普通なら欠点とされる部分まで、頼重は時行の長所として認めていた。

時行も、そんな頼重を少しずつ信頼していく。
鎌倉を失った直後は、何を信じればいいかも分からない。
それでも頼重の言葉を受け入れる。
雫、弧次郎、亜也子と動く。
戦いを経験するたび、諏訪が時行の新しい居場所になっていく。

頼継は、その関係をすぐ近くで見ている。
自分の祖父が時行の才能を褒める。
時行の将来を語る。
危険な戦いへ送り出しながら、帰還を待つ。
そこには明らかに、頼重の大きな期待がある。

しかも時行は、ただ守られているだけではない。
仲間から慕われる。
諏訪の武士たちからも支えられる。
戦いを重ねるほど、少しずつ存在感が大きくなる。
鎌倉を失った少年なのに、諏訪で新しい中心になり始めている。

頼継からすれば、これは面白くない。
自分は頼重の実の孫。
神の座まで受け継いだ。
本来なら、自分こそ頼重に最も近い少年であってもおかしくない。
ところが祖父の視線の先には、時行がいる。

だから頼継は、時行を見るだけで落ち着かない。
時行が何か悪いことをしたからではない。
祖父が時行を評価している。
周囲も時行を支えている。
その状況そのものが、頼継の心を刺激している。

頼継の嫉妬は、かなり子供らしい。
祖父を取られたように感じる。
自分より時行が可愛がられているように見える。
ならば時行を負かしたい。
さらに諏訪からいなくなればいいとまで考えてしまう。

まだ幼い頼継だからこそ、その感情をうまく隠せない。
大人なら、表面だけは取り繕うかもしれない。
頼継は違う。
不満が態度に出る。
敵意が、そのまま言葉と勝負に変わる。

鬼ごっこは、その感情が一気に噴き出した場面になる。
時行へ勝ちたい。
祖父に自分を見てほしい。
自分の方が上だと認めさせたい。
その全部が重なって、ただの遊びでは済まなくなっていく。

「神の孫」である自分より北条時行が中心にいることが許せない

頼継の立場を考えると、時行への対抗心はさらに見えやすくなる。
頼継は、頼重の孫というだけではない。
幼くして神の座を継いだ少年。
諏訪の人々から、特別な存在として扱われる立場にいる。
普通なら、それだけで十分に中心人物になれる。

ところが諏訪には、もう一人の特別な少年がいる。
北条時行。
鎌倉幕府の後継者につながる血を持つ。
しかも頼重は、その時行を再起させようとしている。
将来には、鎌倉を奪い返す大きな戦いまで待っている。

頼継が背負う「神」と、時行が背負う「北条」。
どちらも子供には重すぎる立場。
ただ、周囲から向けられる期待の形は違う。
頼継は神として敬われる。
時行は未来を変える若君として育てられていく。

頼継から見ると、時行は自分の領域へ入ってきたように感じられる。
諏訪は自分の家。
頼重は自分の祖父。
神の座も、自分へ渡された。
なのに、その中心で時行がどんどん存在感を増していく。

しかも時行は、頼継と張り合おうとしていない。
そこが余計に厄介。
時行が「自分の方が上だ」と挑発してくるなら、正面から喧嘩できる。
でも時行は、頼継の立場を奪おうとしているわけではない。
ただ諏訪で生き、仲間と動いているだけ。

頼継だけが、強く時行を意識している。
時行は、そこまで頼継を敵として見ていない。
この温度差がある。
だから頼継の苛立ちは、簡単には収まらない。
相手が自分と同じ土俵に立ってくれないからだ。

それなら、勝負へ引きずり込む。
鬼ごっこなら、勝ち負けがはっきりする。
頼継が勝てば、自分の方が上だと示せる。
さらに時行を諏訪から追い出せる。
頼継にとっては、一気に不満を消せる勝負に見える。

ただ、この二人には似ている部分もある。
時行もまた、幼い頃から大きな家の後継者として扱われてきた。
鎌倉では北条の若君。
幕府滅亡後は、再起を期待される存在。
本人の年齢とは関係なく、大人たちの期待を背負わされている。

頼継も同じ。
まだ幼いのに神。
周囲から特別扱いされる。
普通の少年のように、何も背負わず遊ぶだけではいられない。
二人とも、大人の世界の重い名前を背負っている。

だから頼継の嫉妬は、ただのわがままだけでは終わらない。
自分を見てほしいという子供の感情。
神として負けられないという立場。
頼重の孫である自分こそ特別だという誇り。
その三つが混ざっている。

時行に勝つことは、頼継にとって自分の価値を確かめることでもあった。
だから鬼ごっこの条件が重くなる。
だから妨害まで使う。
だから諏訪追放まで口にする。
頼継は、それほど時行を強く意識していた。

第4章 普通の鬼ごっこではない|頼継が用意した妨害部隊と諏訪追放

子供の遊びと思った時行を待っていた本気の妨害

頼継との鬼ごっこが厄介なのは、単純な一対一ではないところ。
時行が頼継を追う。
頼継が逃げる。
それだけなら、時行にとってかなり相性のいい勝負に見える。
だが実際の条件は、もっと頼継側へ傾いている。

頼継は、自分を守るための妨害部隊を用意する。
時行が近づこうとすれば、邪魔が入る。
進路を塞がれる。
簡単には頼継へ手を伸ばせない。
鬼ごっこというより、小さな集団戦に近くなっていく。

ここで使われているのが、頼継の「神」としての立場。
頼継自身が圧倒的に強いわけではない。
だから周囲を使う。
人を動かす。
自分へ有利な場所を作る。
頼継は、立場まで勝負へ持ち込んでいる。

時行からすれば、かなり理不尽。
鬼一人が逃げるだけなら、その一人を追えばいい。
だが周囲から次々と妨害される。
足を止められる。
進む方向を変えさせられる。
それでも頼継を捕まえなければならない。

ただし、時行はこういう不利な状況に慣れている。
これまでの戦いでも、敵は一人ではなかった。
真正面から勝てない相手も多かった。
人数でも力でも劣る。
それでも攻撃をかわし、道を探し、相手の隙へ入っていく。

だから妨害が増えるほど、時行の持ち味も出てくる。
正面から押し返さない。
まともに付き合わない。
当たりそうな攻撃を外す。
空いた場所へ身体を滑らせる。
捕まらない少年らしい動きが続いていく。

頼継としては、時行を困らせるための妨害。
でも時行にとっては、戦場で何度も経験してきた状況に近い。
どこから敵が来るかを見る。
どこが空いているかを見る。
止まれば囲まれる。
だから走り続ける。

こうなると、子供の遊びだったはずの鬼ごっこに、時行のこれまでが全部入ってくる。
鎌倉で大人から逃げ回った身軽さ。
幕府滅亡後に追手から逃れた経験。
五大院宗繁を翻弄した逃走。
諏訪での戦いで身につけた判断。

頼継は、自分が有利になるよう人数を増やした。
でも人数が増えたことで、時行にとっては逆にいつもの景色へ近づく。
敵がいる。
追い込まれる。
それでも抜け道を見つける。
時行の逃げ上手は、鬼役になっても消えていない。

そして、この勝負では頼継自身の性格もはっきり出る。
正々堂々と一対一で勝つことには、そこまでこだわっていない。
勝てばいい。
時行を困らせればいい。
追い出せればいい。
頼継の目的は、最初から競技としての美しさではない。

だから妨害部隊の存在は、単なる笑える仕掛けではない。
頼継がどこまで時行を嫌っているのか。
どこまで勝ちたがっているのか。
そして神という立場を、どれだけ当然のように使っているのか。
その全部が見える場面になる。

神としての立場まで使って時行を追い込もうとする頼継

さらに重いのが、勝負に「諏訪大社での居場所」が懸かっていること。
時行にとって諏訪は、ただ滞在している土地ではない。
鎌倉を失った後、初めて手に入れた新しい居場所。
頼重と出会った。
逃若党と出会った。
再び生きる方向を見つけた場所でもある。

鎌倉では、時行は北条の若君だった。
だが幕府が滅び、その立場は一度すべて消える。
命を狙われる。
家族も失う。
故郷へ堂々と戻ることもできない。
そこから時行を受け入れたのが諏訪だった。

雫がいる。
弧次郎がいる。
亜也子がいる。
頼重がいる。
後には吹雪も加わる。
時行の周囲には、新しい仲間が増えていく。

諏訪は、逃げ延びた時行が再び立ち上がるための場所になった。
ただ身を隠すだけの土地ではない。
仲間と出会った場所。
戦う力を身につけた場所。
もう一度、鎌倉へ向かうための出発点でもある。

だから「負ければ諏訪から追い出される」は軽くない。
時行にとっては、再び居場所を失うことにつながる。
鎌倉を追われた少年が、今度は諏訪まで失うかもしれない。
子供同士の鬼ごっこなのに、その条件だけは異様に重い。

頼継は、その重さを勝負へ使う。
自分は神。
諏訪大社の中で強い立場を持つ。
その立場から、時行の居場所まで賭ける。
ここには頼継の幼さと危うさが同時に出ている。

頼継にとっては、「時行を追い出したい」という感情が先にある。
その先で時行がどうなるかまでは、深く考えていない。
諏訪を出れば安全なのか。
北条の生き残りである時行が、どれだけ危険になるのか。
そこまで想像しているようには見えない。

自分が嫌だからいなくなってほしい。
祖父を取られたようで面白くない。
ならば勝負で追い出す。
幼い感情と、神として使える立場の大きさが釣り合っていない。
そこが頼継の危ういところになる。

一方で時行は、そんな頼継へ激しい怒りだけを返すわけではない。
理不尽な条件を押しつけられる。
妨害までされる。
それでも勝負から逃げず、頼継を追う。
いつもは逃げる少年が、この時ばかりは相手との関係から逃げない。

この鬼ごっこで懸かっているのは、時行の居場所。
同時に、頼継と時行の関係そのものでもある。
頼継が勝てば、時行を排除できる。
時行が勝てば、力で黙らせるだけでは終わらない。
二人が直接ぶつかったからこそ、隠れていた感情も表へ出てくる。

頼継は、時行が憎い。
でも本当に欲しいのは、時行の破滅ではない。
祖父に見てもらいたい。
自分も大切にされたい。
自分が特別だと確かめたい。
鬼ごっこの奥にあるのは、かなり幼い願いになる。

だからこの勝負は、妨害部隊を突破して頼継を捕まえれば終わりではない。
勝ったあと、二人がどう向き合うのか。
頼継の嫉妬がどこへ向かうのか。
時行がその感情をどう受け止めるのか。
そこまで含めて、鬼ごっこの先が重要になっていく。

第5章 時行が頼継を捕まえるだけでは終わらなかった

追いつめられた頼継に起きる危機と時行の行動

鬼ごっこは、頼継を捕まえれば終わる勝負だった。
時行にとっては、そこまでたどり着けば勝ちになる。
妨害をかわす。
距離を詰める。
頼継へ手を伸ばす。
本来なら、それで決着していい。

でも、この勝負は単純な勝敗だけでは終わらない。
頼継自身が危険にさらされる場面が出てくる。
そこで時行は、相手が自分を追い出そうとしていたことを忘れるように動く。
勝つことより先に、頼継を助ける側へ回る。
ここで二人の関係が大きく変わる。

頼継は、ずっと時行を敵として見ていた。
祖父を取られたように感じる。
自分より目立つ。
周囲から期待されている。
だから追い出したい。
その感情のまま鬼ごっこを始めた。

時行からすれば、かなり理不尽な相手。
自分は何も奪っていない。
勝手に敵視される。
諏訪から出て行けとまで言われる。
さらに妨害まで受ける。
怒ってもおかしくない。

それでも時行は、頼継が危険になった時に見捨てない。
ここが大きい。
勝負相手。
自分を嫌っている相手。
それでも、目の前で危険に陥れば助ける。
時行の人柄が、そのまま行動に出る。

第1期から、時行は仲間を見捨てる人物ではなかった。
弧次郎や亜也子と一緒に動く。
雫を信頼する。
吹雪とも戦いの中で関係を作る。
一人で逃げる力を持ちながら、最後には仲間と戻ってくる。
逃げ上手なのに、人とのつながりからは逃げない。

頼継との場面でも、その性質が出る。
自分だけ勝てばいいとは考えない。
頼継がどうなっても構わないとはならない。
勝負の途中でも、相手の危険を見れば身体が動く。
これまで戦場で磨いてきた反応が、今度は人を救う方へ使われる。

頼継にとっても、この行動は重い。
自分は時行を追い出そうとしていた。
妨害まで使った。
それなのに時行は、自分が危険になった時に助ける。
そこまでされると、ただ「嫌い」で押し通すのが難しくなる。

遠くから見ていた時行と、目の前で動く時行は違う。
頼重に可愛がられている少年。
それだけなら嫉妬できる。
でも実際の時行は、自分を嫌う相手まで見捨てない。
頼継はそこで、時行の別の顔を見ることになる。

鬼ごっこの勝敗より、この瞬間の方が大きい。
捕まえたか。
逃げ切ったか。
それより、危険な時に誰がどう動いたか。
その行動が、二人の関係へ残る。

時行は、頼継を言葉で説得したわけではない。
「自分は悪くない」と説明するわけでもない。
行動で見せる。
助ける。
守る。
その方が、幼い頼継には強く伝わる。

敵意を向けられても見捨てない時行に、鎌倉滅亡後の成長が見える

時行は、最初から人を受け止められる少年だったわけではない。
鎌倉が滅びた直後は、何もかも一気に失った。
家族。
地位。
日常。
信じていた世界そのものが崩れた。

しかも、身近な人間の裏切りまで経験している。
五大院宗繁の一件では、人を信じることの怖さを突きつけられた。
兄を失う。
敵に追われる。
生き残るだけでも精一杯。
普通なら、人を疑う方向へ進んでもおかしくない。

それでも時行は、諏訪で新しい人間関係を作ってきた。
頼重を信じる。
雫と動く。
弧次郎、亜也子と戦う。
吹雪の力も受け入れる。
失ったあとに、もう一度人を信じる道へ進んできた。

その積み重ねが、頼継への接し方にも出ている。
敵意を向けられたから敵。
嫌われたから嫌い返す。
時行は、そこまで単純に人を切らない。
相手の行動と、その奥にある感情を分けて見る。

頼継は、確かにわがまま。
時行を追い出そうとする。
神の立場まで使う。
でも同時に、祖父を大切に思う子供でもある。
自分の居場所を守ろうとしている。
時行は、そこまで含めて頼継を見ることになる。

この姿は、鎌倉にいた頃の時行とは少し違う。
あの頃は、北条の若君として守られる側だった。
自分が誰かを支える場面は、まだ少ない。
諏訪へ来てから戦いを経験し、仲間を持ち、少しずつ役割が変わっていく。

今の時行は、自分以外の人間を守ろうとする。
仲間だけではない。
自分を嫌っている相手まで助ける。
そこに、逃げ続けてきた少年の成長が見える。
逃げる力が、生き残るためだけのものではなくなっている。

頼継との鬼ごっこは、小さな勝負。
でも時行の成長を見るには分かりやすい。
第1期では、自分が逃げて生き残る。
今回は、走る力を使って別の誰かまで助ける。
同じ「逃げ上手」でも、中身が少し変わっている。

だからこの場面は、頼継だけの話ではない。
時行自身が、諏訪でどう変わったかも見える。
鎌倉を失った少年が、新しい仲間と生きる中で少しずつ強くなった。
その強さは、剣や弓だけではない。

人に敵意を向けられても、すぐ切り捨てない。
危険なら助ける。
相手が幼ければ、その幼さも見る。
こうした部分が、これから人を率いる立場になる時行には必要になっていく。

北条の名を掲げて戦うなら、味方だけを相手にするわけではない。
不満を持つ者もいる。
嫉妬する者もいる。
最初は敵だった者とも関係を作る必要がある。
頼継との一件は、その小さな始まりにも見える。

時行は、鬼ごっこで頼継を追った。
でも本当に縮まったのは、二人の距離。
勝負を通して、頼継は時行を見る。
時行も頼継を見る。
敵意だけで始まった関係が、少しずつ別の形へ変わっていく。

第6章 頼継と時行は似ている|大人の都合で大きな立場を背負わされた少年たち

北条の後継者だった時行と、幼くして神の座を継いだ頼継

頼継と時行は、表面だけを見ると正反対に見える。
頼継は時行を嫌う。
時行は頼継へ強い敵意を返さない。
頼継は神として諏訪にいる。
時行は鎌倉を追われ、諏訪へ逃げてきた。

でも二人には、かなり大きな共通点がある。
どちらも幼い。
どちらも大人の世界で重い名前を背負っている。
そして、自分の意思だけでは決められない立場に置かれている。

時行は、北条の若君として生まれた。
自分で北条家を選んだわけではない。
鎌倉幕府の後継につながる血筋。
それだけで、幼い頃から周囲に特別扱いされる。
幕府が滅びると、その血筋が今度は命を狙われる原因になる。

生まれた時は守ってくれた名前。
それが一夜で危険な名前へ変わる。
時行は、その重さから逃げられない。
北条だから追われる。
北条だから頼重に期待される。
そして北条だから、いつか鎌倉へ戻る道を求められる。

頼継も似ている。
頼重の孫として生まれる。
さらに神の座を継ぐ。
周囲から敬われる。
まだ子供なのに、普通の子供ではいられない立場へ置かれている。

神という言葉だけを見ると華やか。
偉い。
特別。
人を動かせる。
でも幼い頼継にとって、その立場を完全に理解して使いこなすのは難しい。
感情と権限の大きさが合っていない。

時行は、北条という名前に振り回された。
頼継は、神という立場に振り回される。
二人とも、自分が選んだわけではないものを背負う。
その重さが、少年らしい感情とぶつかっている。

時行の場合は、恐怖や喪失として出た。
頼継の場合は、嫉妬や意地として出る。
表に出る形は違う。
でも根にあるのは、年齢より大きな立場を背負っている苦しさ。
そこはよく似ている。

頼継は、神だから強く見せたい。
時行は、北条だから簡単には倒れられない。
二人とも、自分一人の感情だけで動けない。
周囲が期待する姿がある。
それに応えようとするほど、子供らしい部分が苦しくなる。

だから鬼ごっこの中で、二人がぶつかるのは自然でもある。
似ているからこそ、相手が気になる。
自分と違う形で特別扱いされている。
その姿を見ると、自分の立場まで揺らぐように感じる。
頼継の嫉妬には、そういう部分もある。

嫉妬する側とされる側が本音をぶつけて初めて近づく

頼継は、時行を遠くから見ている間は嫉妬を膨らませる。
頼重が褒める。
仲間が集まる。
大人たちが守る。
その部分だけを見る。
だから時行が、何でも持っているように見える。

でも時行は、実際には多くを失っている。
鎌倉を失った。
家族を失った。
安心して暮らせる場所を失った。
命を狙われる。
その上で、ようやく諏訪へたどり着いている。

頼継からは、その痛みまでは見えにくい。
目の前にいるのは、頼重から大切にされる少年。
だから腹が立つ。
自分より得をしているように感じる。
そこに二人の認識の差がある。

鬼ごっこは、その差を縮める。
遠くから見るだけでは分からない。
直接追う。
追われる。
危険な場面を一緒に越える。
その中で、相手がどう動く人間なのかが見えてくる。

頼継は、時行がただ守られているだけではないと知る。
妨害されても進む。
危険でも動く。
自分が窮地に陥れば助ける。
頼重が時行を大切にするのも、少し違って見えてくる。

一方の時行も、頼継のことを知る。
ただ偉そうな神ではない。
祖父を慕う子供。
自分の居場所を守ろうとする少年。
嫉妬をうまく言葉にできず、勝負へ持ち込んでしまう。
その幼さが見えてくる。

人は、相手を知らないほど敵にしやすい。
頼継も最初はそう。
「祖父を取った時行」だけを見る。
でも直接ぶつかると、その一言では収まらなくなる。
時行にも事情がある。
感情がある。
自分とは違う苦しさがある。

時行も、頼継をただ追い払えば簡単だったかもしれない。
でもそれでは関係は変わらない。
勝負を受ける。
相手を見る。
危険なら助ける。
その積み重ねで、頼継の見方を変えていく。

この二人の関係は、言葉だけでは動きにくい。
頼継は意地を張る。
素直になれない。
だから身体を動かす勝負が必要になる。
鬼ごっこだからこそ、本音が行動に出る。

誰を助けるのか。
どこまで本気で追うのか。
危険な時に見捨てるのか。
そうした行動は、言葉より分かりやすい。
頼継も、その中で時行を知っていく。

最初は、時行を諏訪から追い出すための勝負だった。
でも進むほど、二人は互いを知る。
嫉妬だけだった頼継の感情も、少しずつ変わる。
時行にとっても、頼継は諏訪で無視できない存在になる。

似た立場を背負った少年同士。
一人は北条。
一人は神。
その二人が、子供らしい鬼ごっこで初めて正面からぶつかる。
だからこの勝負は、後の関係につながる大事な一歩になっている。

第7章 小さな鬼ごっこが中先代の乱へ続く二人の関係を変えた

頼継は単なる嫌な子供では終わらない

頼継は、登場した直後だけを見るとかなり厄介な少年に見える。
時行を一方的に敵視する。
祖父を取られたように感じる。
鬼ごっこを持ちかける。
さらに諏訪から追い出すところまで条件に入れる。

しかも頼継は、神としての立場まで使う。
周囲の人間を動かす。
妨害まで用意する。
正々堂々と一対一で勝つことより、時行を負かすことを優先する。
最初の印象だけなら、わがままな少年に見えてしまう。

ただ、鬼ごっこの中で頼継を見ると印象は少しずつ変わっていく。
時行を嫌っているのは本当。
追い出したいと思っているのも本当。
でも、その感情の奥には祖父・頼重への強い思いがある。
頼重にもっと自分を見てもらいたい。

頼継は、時行そのものを憎み抜いているわけではない。
時行が頼重の隣にいる。
頼重が時行を褒める。
時行には仲間が集まる。
その光景を見るたび、自分の居場所が小さくなったように感じている。

まだ幼い頼継には、その感情を言葉でうまく伝えられない。
「自分も祖父に見てほしい」と素直に言えない。
だから時行へ敵意を向ける。
勝負する。
追い出そうとする。
行動だけがどんどん大きくなっていく。

一方の時行も、頼継をただの敵として扱わない。
理不尽な勝負を持ちかけられる。
妨害も受ける。
諏訪での居場所まで賭けられる。
それでも、頼継を憎むだけでは終わらない。

ここには、時行がこれまで経験してきたものも出ている。
鎌倉では一夜で立場を失った。
信じていた大人に裏切られた。
家族も失った。
それでも諏訪で人とのつながりを作り直してきた。

だから時行は、自分へ敵意を向けてくる少年にもすぐ剣を向けない。
何を考えているのか。
何に怒っているのか。
その奥にあるものを見る。
戦場では敵から逃げる時行が、人との関係では簡単に逃げない。

頼継にとっても、この鬼ごっこは大きい。
それまでの時行は、「祖父に可愛がられている嫌な相手」だった。
でも直接ぶつかることで、時行がどんな少年なのかを見ることになる。
逃げる。
追う。
危険な場面でも身体を動かす。

遠くから見ているだけなら、嫉妬は膨らみやすい。
「あいつだけ得をしている」と思える。
でも一緒に動けば、見えるものが変わる。
時行がただ守られているだけではないこと。
何度も危険を越えてきたことも分かってくる。

頼継もまた、時行にとってただの面倒な神ではなくなっていく。
幼い。
意地を張る。
祖父が大好き。
そして自分の立場を守ろうと必死になっている。
その姿が見えれば、単純な敵では済まなくなる。

鬼ごっこは、勝敗を決めるために始まった。
でも終わる頃には、二人が互いを見る位置が少し変わっている。
頼継は時行を直接知る。
時行も頼継の幼さを知る。
それまで離れていた二人の距離が、強引な勝負によって近づいていく。

「天下をかけた鬼ごっこ」の前に描かれた、もう一つの鬼ごっこ

『逃げ上手の若君』で鬼ごっこは、ただの遊びではない。
時行の人生そのものが、追われることから始まっている。
鎌倉幕府が滅びる。
足利方から狙われる。
北条の生き残りとして逃げ続ける。
捕まれば、その場で終わる。

第1期の時行は、何度も追われてきた。
五大院宗繁に追われる。
敵兵に囲まれる。
強い武士と向き合う。
そのたび、正面から力で押し切るのではなく、逃げることで生き残ってきた。

普通の武士なら、逃げることは負けに近い。
時行の場合は逆。
逃げれば逃げるほど、相手を見る時間が生まれる。
距離を取れる。
相手を苛立たせる。
最後には、自分が勝てる形へ引き込める。

頼継との鬼ごっこでは、その構図が小さく縮められている。
相手は軍勢ではない。
戦場でもない。
追っているのは幼い頼継。
それでも時行は、逃げと追跡の中で自分の強さを見せていく。

ここで面白いのは、時行が鬼役になっているところ。
いつもなら追われる。
今回は追う。
それでも、時行らしさは消えない。
妨害をかわし、相手の動きを読み、身体を滑らせる。

逃げる技術は、逃げる時だけ使うものではなかった。
相手の動きを読む力。
危険を察する力。
わずかな隙間を抜ける力。
それらは追う側になっても使える。
時行が積み重ねてきたものが、別の形で表に出る。

そしてこの小さな鬼ごっこの先には、もっと大きな戦いが待っている。
時行は、いつまでも諏訪の中だけにいるわけではない。
鎌倉を奪い返すために動く。
多くの武士を巻き込む。
北条の名を再び掲げる時が来る。

その時、頼継も無関係ではいられない。
諏訪と北条時行は、すでに深く結びついている。
頼重が時行へ託しているもの。
諏訪の武士たちが時行へ向ける期待。
その流れの中に、頼継も立っている。

最初は、時行を追い出したかった。
祖父を取られたと思っていた。
自分より目立つ少年が気に入らなかった。
そんな頼継が、時行と直接ぶつかる。
この経験が、後の二人の距離へつながっていく。

だから鬼ごっこは、単なる寄り道ではない。
頼継という少年を時行側へ近づける。
時行にも、諏訪の次代を担う頼継を知る機会を与える。
小さな衝突が、その先の大きな戦いへつながっていく。

時行の人生は、大きな鬼ごっこの連続でもある。
鎌倉から逃げる。
敵から逃げる。
追われながら仲間を増やす。
そして最後には、自分を追う側へ反撃していく。

頼継との鬼ごっこは、その大きな流れを少年同士の勝負へ縮めたようにも見える。
追われるだけでは終わらない。
逃げるだけでも終わらない。
時行は走りながら、人との関係まで変えていく。
そこが、この勝負の面白さになる。

「なぜ逃げ上手の時行へ鬼ごっこを挑むのか」。
最初は頼継の無謀さが目につく。
でも最後まで見ると、それだけではない。
頼継の嫉妬。
時行の逃げる力。
二人が背負う立場。
その全部が一つの勝負に入っている。

だからこの鬼ごっこは、時行が頼継を捕まえられるかだけを見る場面ではない。
頼継が時行をどう見るようになるのか。
時行が頼継をどう受け止めるのか。
諏訪の中で二人の位置がどう変わるのか。
そこまで見ると、軽い遊びに見えた勝負の重さが大きく変わってくる。

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