北条泰家は、鎌倉幕府滅亡を生き延びただけの時行の叔父ではない。幕府崩壊時には時行を信濃へ逃がし、自身も陸奥へ脱出した後、各地の北条残党を動かして幕府再興を狙い続けた人物だった。第19回で諏訪へ現れた泰家のその後を追うと、中先代の乱へ向かう時行とのつながりだけでなく、史実でも最後まで生死が定まらない「逃げ続けた北条」の姿まで見えてくる。
第1章 北条泰家はこのあとも時行の味方として動く
第19回で生きて現れた泰家は、ただ逃げ込んできた叔父ではない
第19回で、
北条泰家が諏訪へ現れる。
時行にとっては、
突然姿を見せた実の叔父になる。
鎌倉幕府が滅びたあとも生きていた。
それだけでも、
かなり驚きのある登場になる。
しかも泰家は、
ただ命だけ助かったわけではない。
鎌倉陥落のあと、
東北方面を巡っている。
北条方の残党と合流する。
各地で戦う。
そして敗戦を重ねながら、
最後に諏訪へ流れ着いている。
第19回の泰家は、
疲れ切った姿で現れる。
でも、
持っている経験は重い。
鎌倉幕府の中枢を知っている。
北条一族の人脈を知っている。
幕府滅亡後に、
各地の北条方がどう動いたかも見てきている。
時行にとっても、
これは大きい。
これまで諏訪で頼重に守られ、
逃若党の仲間たちと力をつけてきた。
でも、
北条一族の大人が味方として戻ってくる展開は、
それまでとは少し違う。
第1期では、
時行は鎌倉を失った直後、
諏訪頼重に救われて信濃へ入る。
小笠原貞宗や瘴奸たちと戦いながら、
少しずつ「逃げるだけの子供」から変わっていく。
ただし、
北条家そのものはすでに滅びた状態だった。
だから泰家の登場は、
時行一人の生存とは重さが違う。
北条の大人がまだ生きている。
しかも、
各地で戦い続けていた。
時行が知らない場所でも、
幕府再興を諦めていない者がいたことになる。
泰家自身も、
時行を見つけたことで、
北条の血がまだ残っていると確認できる。
兄の高時は死んだ。
鎌倉も失った。
それでも、
甥の時行が諏訪で生きている。
ここで北条再興の線が、
もう一度太くなる。
第18回までの時行は、
諏訪での戦いを通して、
自分の力を蓄えていた。
頼継との鬼ごっこもあり、
諏訪の中での立場も少しずつ変わる。
そこへ第19回で、
泰家という「鎌倉の過去を知る人物」が戻ってくる。
これは、
今後の戦いへ向かう前触れになる。
時行には若さがある。
頼重には神力と策がある。
逃若党には、
弧次郎、亜也子、玄蕃らの力がある。
そこへ、
幕府側の経験を持つ泰家が加わる。
泰家は、
時行に戦い方を一から教える役ではない。
でも、
北条家がどう崩れたかを知っている。
誰が味方になり得るかも知っている。
どこに残党がいるかも知っている。
この情報は、
鎌倉奪還を考える上でかなり大きい。
第19回で泰家が出てきた瞬間、
話は「叔父が生きていた」で終わらない。
むしろ、
ここから北条再興の話が一段進む。
時行の周囲に、
過去を知る大人が戻ってきたことで、
次の戦いが現実に近づいていく。
泰家が現れたことで、時行の「鎌倉へ戻る」が少し現実に近づく
時行は、
最初から鎌倉へ戻りたい気持ちを持っている。
父の高時。
兄たち。
鎌倉で失った家族。
自分が生まれ育った場所。
それらを失ったまま、
諏訪で生き延びてきた。
ただ、
第1期の時点では、
「戻りたい」と思うことと、
実際に戻れることの間には大きな差がある。
新田義貞。
足利尊氏。
建武政権。
時行の周囲には、
簡単には越えられない相手がいる。
諏訪頼重も、
最初から時行をすぐ鎌倉へ戻そうとはしない。
まず逃げる力を身につける。
仲間を得る。
信濃で生き残る。
戦場で経験を積む。
一つずつ、
時行を前へ進ませてきた。
第19回の泰家は、
その流れへ別の材料を持ち込む。
自分も鎌倉から逃げた。
その後、
東北方面へ向かった。
北条残党と動いた。
敗れても、
また別の場所へ逃げた。
つまり泰家は、
幕府滅亡後の「外の北条」を知っている。
時行は諏訪で守られていた。
一方の泰家は、
各地を移動しながら、
北条方がどこまで残っているかを見てきた。
この差が大きい。
時行だけでは、
全国の北条残党へすぐ声をかけられない。
でも泰家なら、
昔の立場と名前がある。
高時の弟。
時行の叔父。
北条家の中心に近い人物として、
大人の武士たちにも通じる。
だから頼重にとっても、
泰家の生還は使える。
時行を旗印にする。
泰家が北条方の大人をつなぐ。
諏訪勢が軍事面で支える。
それぞれ役割が違う。
第19回の時点では、
まだ大軍を率いて鎌倉へ向かう場面ではない。
でも、
その準備に必要な人物が揃い始める。
時行一人の復讐ではなく、
北条家そのものの再起へ話が広がっていく。
ここで泰家が重要になる。
時行は、
北条高時の子としての価値を持つ。
でも年齢はまだ若い。
泰家は、
その時行を支える大人として動ける。
しかも、
鎌倉幕府の最後を実際に知っている。
第19回での再会は、
家族が戻ってきた嬉しさだけではない。
時行の戦いへ、
現実的な力が一つ増えた場面でもある。
泰家が持ってきたのは、
自分の命だけではない。
各地で拾った情報と、
北条再興への経験も一緒になる。
だからこのあと、
泰家がどこまで時行と一緒に戦うのか。
鎌倉奪還にどう関わるのか。
史実では、
どこまで北条再興を続けたのか。
第19回を見たあとに、
その先を知りたくなるのは自然になる。
第2章 北条泰家は何者?高時の弟で時行を救った叔父
泰家は北条高時の弟で、幕府末期の中枢にいた人物
北条泰家は、
時行にとって実の叔父になる。
父である北条高時の弟。
つまり、
鎌倉幕府最後の得宗家にかなり近い人物になる。
第19回で急に出てきた新顔ではあるが、
北条家の中では重要な立場にいた。
高時が鎌倉幕府の中心にいた時代、
泰家も北条一族として、
幕府の政治や軍事へ関わっていた。
時行のような子供ではない。
幕府が崩れていく最後の時期を、
大人として見ていた側になる。
1333年。
新田義貞の軍が鎌倉へ迫る。
幕府軍は各地で戦う。
分倍河原でも、
北条方は大きな戦いをする。
泰家も、
幕府側としてこの戦いへ関わっている。
しかし、
新田軍の勢いは止まらない。
鎌倉は追い詰められる。
北条高時をはじめ、
多くの北条一族は最後に自害する。
鎌倉幕府は、
ここで事実上終わる。
でも泰家は、
その場で死ななかった。
ここが、
第19回につながる。
兄の高時と同じ場所に残らず、
自分は逃げる道を選んだ。
その時、
時行も鎌倉から離れる。
時行はまだ幼い。
自力で戦場を抜け、
全国を逃げ回れる年齢ではない。
だから、
大人たちの判断で生かされる側になる。
作品では、
諏訪頼重が時行を救い、
信濃へ連れていく。
そこから第1期の物語が始まる。
でも史実を見ると、
泰家も時行を逃がす側に関わった人物として出てくる。
つまり泰家は、
「あとで生き残っていた叔父」だけではない。
鎌倉幕府が滅びる時、
時行を残すことにも関わった大人になる。
時行が諏訪で生きていることと、
泰家の生存は、
最初から少しつながっている。
第19回で二人が再び顔を合わせると、
その関係が見えてくる。
時行にとって、
泰家は父の兄弟。
滅びた鎌倉を知る家族。
同時に、
自分を生かす側へ回った大人でもある。
高時はもういない。
兄たちもいない。
北条一族の多くも死んでいる。
その中で、
血のつながった叔父が生きて戻ってくる。
時行にとっては、
かなり大きな再会になる。
鎌倉が滅びた時、泰家は「一緒に死ぬ」より北条を残す方へ動いた
鎌倉幕府滅亡の場面では、
北条一族の多くが最後まで鎌倉へ残る。
高時も、
そこで命を落とす。
武士として見れば、
主君や一族と一緒に死ぬ道もあった。
でも泰家は、
そうしなかった。
自分は逃げる。
時行も逃がす。
北条の血を、
全員その場で絶やさない方へ動いた。
『逃げ上手の若君』という作品では、
この選択自体がかなり大きい。
逃げることを、
恥ではなく生き残る力として描いてきた。
時行は何度も、
逃げることで次の勝負へつないでいる。
泰家も、
似た動きをしている。
鎌倉が落ちた時に逃げる。
その後、
陸奥方面へ向かう。
北条残党と合流する。
敗れれば、
また別の場所へ移る。
第19回で諏訪へ来た時点でも、
一度の逃亡だけではない。
何度も戦う。
何度も負ける。
それでも死なずに動く。
最後に、
時行のいる場所へ辿り着く。
ここは、
時行との共通点として面白い。
時行は、
逃げる才能を頼重に見出された。
追い詰められた時ほど、
逃げる力を発揮する。
泰家も史実では、
敗北してもその場で終わらない。
ただし、
二人の逃げ方は少し違う。
時行は、
戦場で相手をかわし、
生き残ること自体が武器になる。
泰家は、
政治と軍事の両方で敗れても、
場所を変えて再起を続ける。
この違いが、
叔父と甥として面白い。
同じ北条。
同じく幕府滅亡を生き延びた。
でも、
それぞれ別の場所で、
別の形の逃げ方を続けている。
第19回で二人が再会したことで、
その別々の道がもう一度つながる。
時行は諏訪で力を蓄えた。
泰家は各地の北条残党を見てきた。
一人は若い旗印。
一人は経験を持つ大人になる。
だから泰家は、
ただの面白い叔父キャラでは終わらない。
鎌倉幕府の最後を知り、
時行の生存にも関わり、
その後も北条再興へ動いた人物になる。
第19回を見たあとに、
「この叔父は何者なのか」と思ったなら、
まず押さえておきたいのはここになる。
高時の弟。
時行の叔父。
鎌倉から逃げた生存者。
そして、
北条をもう一度立て直そうとした大人だった。
第3章 北条泰家はどうやって鎌倉幕府滅亡を生き延びた?
1333年の鎌倉陥落で、高時と同じ場所に残らず脱出した
北条泰家が生き残った最初の分岐は、
1333年の鎌倉幕府滅亡にある。
この年、
新田義貞の軍が鎌倉へ攻め込む。
泰家も幕府軍の一員として、
武蔵国の分倍河原や関戸河原で戦っていた。
分倍河原では、
幕府軍が一度は新田軍を押し返している。
しかし、
三浦氏の援軍を得た新田軍が反撃。
泰家たちは敗れ、
鎌倉まで撤退することになる。
その後、
鎌倉は完全に包囲される。
北条高時をはじめ、
北条一族の多くは最後まで鎌倉へ残った。
そして東勝寺へ入り、
幕府滅亡とともに命を落としている。
一方の泰家は、
兄の高時と同じ場所では死ななかった。
ここで逃げる方を選ぶ。
しかも、
自分一人だけ助かろうとしたわけではない。
高時の子である時行も、
鎌倉から逃がす側へ動いている。
史実では、
泰家が得宗被官の諏訪盛高へ命じ、
時行を信濃へ脱出させたとされる。
時行はまだ幼い。
自分で軍勢をまとめ、
鎌倉から信濃まで逃げられる年齢ではない。
北条家の大人たちが、
生き残らせる道を選んだことになる。
『逃げ上手の若君』では、
第1回から諏訪頼重が時行を助ける流れが強く描かれている。
燃える鎌倉。
父の高時を失う。
兄たちも失う。
時行は何もかも奪われた状態で、
頼重に連れられて信濃へ向かう。
その裏側を見ると、
泰家も「時行を残す」方向へ動いていたことが分かる。
高時と一緒に死ぬのではない。
甥を逃がす。
自分も逃げる。
北条家が全員そこで消えないようにする。
この選択が、
第19回までつながっている。
もし泰家が鎌倉に残っていれば、
時行と諏訪で再会することもなかった。
時行もまた、
信濃へ逃げられなければ、
第1回以降の戦いそのものが始まらない。
『逃げ若』では、
逃げることが何度も勝利へつながってきた。
第1期でも時行は、
小笠原貞宗の眼力から逃げる。
瘴奸たちとの戦いでも、
正面から力だけで押し切らない。
生き残ることで、
次の勝負へ持ち込んできた。
泰家も、
鎌倉幕府滅亡の時点で同じ選択をしている。
負けたなら死ぬ。
一族が滅びるなら一緒に死ぬ。
そうはしなかった。
まず生き延びる。
そして北条再興の機会を待つ。
時行は信濃へ向かう。
泰家は陸奥へ向かう。
叔父と甥は、
同じ方向へ逃げたわけではない。
鎌倉を出たあと、
二人は別々の場所で生き延びることになる。
だから第19回の再会は、
単なる「死んだと思った叔父が生きていた」ではない。
1333年に別々の方向へ逃げた二人が、
1335年になって諏訪で再びつながる場面になる。
二年間、
それぞれ別の場所で生き延びてきた。
泰家は陸奥へ逃げ、北条残党と再起の機会を探していた
鎌倉から脱出した泰家は、
そのまま信濃へ行ったわけではない。
時行とは別れ、
自身は陸奥方面へ逃れている。
ここが、
第19回の泰家の話につながる。
第19回の公式あらすじでも、
泰家は鎌倉陥落後、
東北を巡っていたことが明かされる。
さらに、
各地の北条残党とともに戦い続けた。
ところが勝ち続けたわけではなく、
敗戦を重ねている。
つまり泰家は、
鎌倉から逃げたあと、
どこかへ隠れて二年間過ごしたわけではない。
北条側の武士を探す。
合流する。
戦う。
敗れる。
また場所を変える。
そうした動きを繰り返していた。
ここは、
第19回で諏訪へ現れた姿を見ると分かりやすい。
幕府中枢にいた頃の華やかな姿ではない。
各地を流れ、
戦いに敗れ、
ようやく時行たちのいる諏訪へ辿り着いた人物として出てくる。
でも、
敗れ続けたから価値がないわけではない。
むしろ泰家は、
幕府滅亡後の北条方がどこに残っているかを実際に見ている。
どの地域に仲間がいるか。
どこで戦えるか。
どこで負けたか。
その情報を体で知っている。
時行には、
この経験がない。
第1回以降、
時行は諏訪頼重の保護を受けながら信濃で成長する。
第7回以降では小笠原貞宗らと争い、
第15回から第17回では諏訪神党の戦にも関わる。
でも活動の中心は、
ずっと信濃になる。
一方の泰家は、
鎌倉を離れたあとに東北まで動いている。
北条家が滅びたあと、
各地の残党がどうなっているのかを知っている。
その泰家が第19回で諏訪へ来たことで、
頼重が次の策を考え始める。
ここが重要になる。
泰家は、
ただ守ってもらうために諏訪へ来たわけではない。
敗戦を重ねたとはいえ、
北条残党と動いた経験がある。
高時の弟という名前もある。
時行だけでは接触しにくい大人の武士たちとも、
泰家ならつながれる。
だから、
鎌倉からの脱出は終わりではない。
泰家にとっては、
そこから二年間の逃亡と再起が始まった。
逃げる。
仲間を探す。
戦う。
負けてもまた逃げる。
そして第19回で、
時行のいる諏訪まで戻ってきた。
第4章 東北を巡った泰家が第19回で諏訪へ辿り着くまで
泰家は北条残党と戦い続けたが、敗戦を重ねて諏訪へ流れ着いた
第19回の泰家には、
鎌倉幕府の重臣らしい余裕はあまりない。
1333年に鎌倉を離れてから、
ずっと安全な場所にいたわけではない。
東北を巡る。
北条残党と合流する。
軍を動かす。
そして何度も敗れる。
ここで分かるのは、
泰家が幕府滅亡後も諦めていなかったことになる。
兄の高時は死んだ。
鎌倉幕府も消えた。
足利高氏は建武政権側で大きな力を持つ。
普通なら、
北条の時代は終わったと考えてもおかしくない。
それでも泰家は、
北条方の人間を探して動く。
幕府再興を狙う者たちと合流する。
戦える場所があれば戦う。
負けたら別の場所へ移る。
第19回で諏訪へ来るまで、
その動きを繰り返している。
時行とは、
かなり違う二年間になる。
時行は諏訪頼重のもとで、
弧次郎や亜也子たちと逃若党を作る。
玄蕃も加わる。
小笠原貞宗との駆け引きや、
瘴奸との戦いを経験する。
信濃で仲間と力を蓄えてきた。
泰家には、
その安定した場所がない。
鎌倉から逃げたあと、
東北へ向かう。
残党と合流する。
戦う。
敗れる。
また次の場所を探す。
同じ北条の生存者でも、
歩いてきた道はかなり違う。
だから第19回で、
泰家が諏訪へ辿り着いたこと自体が大きい。
諏訪は、
時行を匿ってきた場所。
頼重が力を持つ場所。
北条再興を目指すなら、
もう一度立て直せる拠点になる。
頼重も、
泰家が来たことで動き始める。
ただ叔父と甥を再会させて終わらない。
新しい味方を得たとして、
さらに策を練る。
第19回の公式あらすじでも、
次の大戦が近づいていることが明確に示されている。
玄蕃も、
その空気を感じ取る。
頼重たちの動きを見て、
大きな戦が近いと察する。
そして、
自分には時行のような仇もいない。
救うべき一族もいない。
このまま逃若党に残るのか、
身の振り方を考え始める。
つまり泰家の到着は、
玄蕃の迷いまで動かしている。
新しい叔父が来た。
それだけではない。
北条再興が、
いよいよ本格的な戦へ近づく。
逃若党の仲間にも、
覚悟を迫る段階へ進む。
第18回では、
諏訪神党が戦に敗れている。
人的損害は抑えたものの、
失った物は多い。
頼重たちは、
次の大戦へ向けて覚悟を強める。
その翌第19回で、
泰家が諏訪へ現れる。
この順番が効いている。
第18回で、
小さな戦いだけでは済まなくなる空気が出る。
第19回で、
鎌倉幕府中枢を知る泰家が合流する。
頼重が策を練る。
玄蕃が大戦の接近を察する。
泰家は、
その流れを押し進める人物として現れている。
敗戦続きで諏訪へ来たとしても、
持っている情報と名前は大きい。
北条高時の弟。
時行の叔父。
そして、
幕府滅亡後も各地で戦ってきた生存者になる。
疲れ切った泰家でも、頼重にとっては北条再興を進める大きな戦力だった
第19回で頼重が注目するのは、
泰家が強そうだからだけではない。
泰家の立場そのものが重要になる。
北条高時の弟。
鎌倉幕府の中枢にいた人物。
そして、
各地の北条残党と接触してきた人物になる。
時行は、
北条家の正統な後継者として大きな価値を持つ。
でも、
まだ少年になる。
鎌倉幕府に仕えていた大人たちを、
時行一人ですぐにまとめられるわけではない。
そこで泰家がいる。
昔の幕府を知る。
北条一族の人間関係を知る。
武士たちとのつながりも持つ。
高時の弟という名前も、
北条方を集める時には使える。
第14回では、
足利側も全国の北条残党を探している。
小笠原貞宗も、
諏訪にいる「長寿丸」の正体を疑う。
時行が北条一族だと知られれば危険になるほど、
足利側は北条の再起を警戒していた。
つまり、
北条残党はまだ全国にいる。
でも、
散らばっている。
誰かがまとめなければ、
大きな軍にはならない。
泰家は、
そこをつなぐ側へ回れる人物になる。
頼重は、
時行を守りながら、
鎌倉奪還の機会を待ってきた。
第1回で時行を諏訪へ連れてきてから、
すぐ挙兵させることはしなかった。
仲間を集める。
戦を覚えさせる。
敵を見る。
時期を待つ。
そこへ泰家が来る。
各地の北条方を知る人間が加わる。
第18回で、
諏訪側にも次の大戦への覚悟が出来ている。
条件が少しずつ揃ってくる。
だから頼重は、
泰家を見てすぐ次へ進む。
叔父が生きていて良かった。
それだけで終わらない。
この人物を使えば、
時行の鎌倉奪還へ何が出来るかを考える。
泰家自身も、
ただ諏訪で休むつもりではない。
1333年から戦い続けてきた。
東北でも北条残党と動いた。
負けても逃げた。
その先で、
時行が生きている場所へ来た。
叔父と甥が再会したことで、
別々に残っていた北条の線がつながる。
時行は、
諏訪で育った若い旗印。
泰家は、
幕府時代を知る大人の生存者。
頼重は、
その二人を使って次の戦へ向かう。
第19回の泰家登場が大きいのは、
ここになる。
突然出てきた親族ではない。
鎌倉幕府滅亡後も動き続けた人物が、
ようやく時行の場所へ合流した。
その瞬間から、
物語は鎌倉奪還へ一段近づいていく。
第5章 泰家は中先代の乱で時行とどう関わる?
第19回で泰家が諏訪へ来たことで、時行の戦いは「一人の復讐」から北条再興へ広がっていく
第19回で北条泰家が諏訪へ辿り着くと、
時行の周囲にいる人物の顔ぶれが大きく変わる。
それまでの時行には諏訪頼重がいて、
弧次郎、亜也子、玄蕃ら逃若党がいて、
信濃で少しずつ戦う力を増やしてきた。
でも泰家は、その誰とも違う。
鎌倉幕府の中枢を知り、
北条高時の弟として生き残った大人が、
ここで初めて時行の側へ戻ってくる。
第1回で時行が鎌倉を失った時、
まだ自分で軍を集めることなど出来なかった。
頼重に救われ、
信濃へ逃げ、
まずは生き残ることが最優先だった。
第7回以降では小笠原貞宗との争いを通して、
逃げるだけではなく、
相手の動きを読みながら勝つ経験を積んでいく。
第15回から第17回では、
諏訪神党側の戦にも関わり、
時行は少しずつ「北条の生き残り」から「戦う旗印」へ近づいていた。
そこへ第19回で泰家が入る。
泰家は時行と同じ北条一族でも、
歩いてきた道が全く違う。
時行は諏訪で仲間を集めた。
泰家は鎌倉から脱出したあと、
東北を巡り、
北条残党と合流し、
敗戦を重ねながら諏訪まで来た。
つまり二人は、
別々の場所で同じ北条再興をつないできたことになる。
頼重にとって、
この合流はかなり大きい。
時行は北条高時の子であり、
北条再興の中心に置ける。
でもまだ少年で、
全国の旧幕府勢力へ直接声をかけられる立場ではない。
泰家なら、
高時の弟として名前が通る。
幕府時代の人脈も知っている。
各地に残った北条方の動きも、
自分の足で見ている。
だから第19回の泰家は、
時行の隣で戦うだけの武将ではない。
人をつなぐ役目が大きい。
鎌倉で滅んだと思われた北条一族の中に、
まだ動ける大人が残っている。
その人物が時行の存在を確認し、
諏訪頼重と同じ場所に立った。
ここから「時行が鎌倉へ戻りたい」という願いが、
軍を動かす話へ変わっていく。
史実でも、
1335年になると北条方の動きは一地域だけでは終わらない。
泰家は京都方面で西園寺公宗らと関わり、
建武政権を倒す計画へ動く。
一方、
信濃では時行と諏訪勢が挙兵し、
後の中先代の乱へ進んでいく。
同じ北条側の人間が、
別々の場所から一斉に動き始める時期になる。
ここが、
泰家の存在を知ると分かりやすくなる。
中先代の乱は、
時行が急に「鎌倉へ攻め込もう」と決めた単独の反乱ではない。
鎌倉幕府が滅びてから二年の間に、
各地へ逃げた北条方が、
それぞれ再起の機会を探していた。
泰家もその一人になる。
第19回までの時行は、
諏訪の中で戦うことが多かった。
小笠原貞宗。
市河助房。
瘴奸。
信濃で出会った敵と戦い、
逃若党の連携を強めてきた。
でも泰家が来ると、
視線が一気に鎌倉まで伸びる。
時行が本当に帰る場所が、
再び物語の前へ出てくる。
そして玄蕃が、
第19回で「自分には討つ仇も救う一族もいない」と考え始めるのも、
この大きな動きが見え始めたからになる。
これまでは、
時行たちと一緒に戦うこと自体が日常だった。
でも泰家が来て、
頼重がさらに大きな策を考え始める。
次は小さな争いではない。
命を懸けた北条再興の戦になる。
泰家の登場は、
時行だけを動かすのではない。
逃若党の仲間にも、
「この先も本当に時行と一緒に行くのか」と問いかける。
玄蕃が迷う。
頼重が策を練る。
時行は叔父と再会する。
第19回では、
その全部が同時に動き始める。
だから泰家は、
中先代の乱そのものを一人で起こした人物ではない。
でも、
時行の戦いを北条一族全体へつなぐ位置にいる。
第1回から生き残ってきた少年と、
1333年から各地を逃げ続けた叔父が、
第19回で同じ場所へ立つ。
その合流が、
次の大戦へ向かう大きな準備になる。
泰家は京都でも動き、時行とは別の場所から建武政権を揺さぶろうとする
泰家のその後で重要なのは、
ずっと時行の隣にいるわけではないことになる。
第19回で諏訪へ来たあとも、
泰家は自分の立場を使って別の場所へ動いていく。
史実では1335年、
京都で西園寺公宗らと接触し、
後醍醐天皇の建武政権を倒す計画へ関わる。
ここを見ると、
泰家の役目がさらに分かりやすい。
時行は信濃で兵を集め、
諏訪頼重らと軍事的に鎌倉へ向かう。
一方の泰家は、
京都側で政権を崩そうとする。
叔父と甥が、
全く同じ場所で同じことをするわけではない。
泰家には、
幕府時代からの人脈がある。
高時の弟という肩書もある。
だから、
「北条の残党が生きています」と伝えるだけではなく、
公家や旧幕府側の人物と結びつき、
建武政権へ打撃を与える動きまで出来る。
時行にはまだ出来ない戦い方になる。
ただし、
この京都での計画は成功しない。
西園寺公宗らの動きが発覚し、
計画は潰れる。
関係者が捕らえられる中で、
泰家自身はまた逃げる。
ここでも、
泰家は敗北と同時に姿を消す。
泰家の行動は、
この繰り返しが多い。
鎌倉で負ける。
逃げる。
東北で北条残党と戦う。
負ける。
また逃げる。
京都で建武政権打倒を狙う。
計画が発覚する。
それでも捕まらず逃げる。
時行の「逃げる」とは、
少し形が違う。
時行は戦場で相手の攻撃をかわす。
追われるほど動きが冴える。
泰家は、
政治的な計画や挙兵が失敗しても、
捕まらず次の土地へ移る。
生き残り方そのものが違う。
でも共通しているのは、
一回負けて終わらないこと。
幕府が滅びても終わらない。
東北で負けても終わらない。
京都で失敗しても終わらない。
泰家は、
何度も次の場所へ移っている。
だから時行の叔父として見ると面白い。
時行は「逃げ上手」として戦場を生き残る。
泰家は、
もっと泥臭く、
敗戦と逃亡を重ねながら北条再興を諦めない。
第19回で再会した二人は、
実はかなり似た生き残り方をしている。
そして中先代の乱では、
時行がいよいよ表舞台へ出る。
諏訪勢とともに挙兵し、
鎌倉奪還へ向かう。
泰家が京都で動く時期と重なり、
北条方の再起が一気に各地で表面化する。
第19回で疲れ切って諏訪へ来た泰家だけを見ると、
「この叔父はもう戦えないのでは」とも見える。
でも史実では、
そこからまだ動く。
京都へ行く。
政変を狙う。
失敗しても逃げる。
泰家のその後は、
第19回が終点ではない。
第6章 史実の北条泰家は中先代の乱のあとも生きていた?
1335年の京都で失敗しても泰家は捕まらず、その後も再起している
泰家のその後を追うと、
1335年だけでもかなり動いている。
第19回で諏訪へ現れる。
そこから北条再興の動きへ関わる。
京都では西園寺公宗らと結び、
建武政権打倒を狙う。
でも計画は発覚し、
成功には届かない。
普通なら、
ここで泰家の話が終わってもおかしくない。
北条幕府はすでにない。
京都での計画も失敗した。
時行側の中先代の乱も、
最終的には鎌倉を維持出来ない。
北条再興の動きは、
何度も潰されていく。
それでも泰家は、
1335年で消えない。
捕まらず逃げ延びる。
そして翌1336年になると、
信濃で再び挙兵した記録が残る。
一度大きな計画に失敗したあとも、
まだ北条再興を諦めていない。
この行動を見ると、
第19回の「東北を巡って敗戦を重ねた」という話と完全につながる。
泰家は、
負けること自体には慣れている。
鎌倉で負けた。
東北でも負けた。
京都でも失敗した。
それでも、
次へ動く。
第18回までの時行も、
似た経験を積んでいる。
毎回勝てるわけではない。
諏訪神党も損害を受ける。
味方が追い詰められる場面もある。
それでも頼重は、
時行を生かして次の機会を待つ。
泰家も同じように、
負けたあとに生き残る。
1336年の泰家は、
信濃で再び北条方の勢力を動かす。
この頃の日本は、
建武政権そのものも大きく揺れている。
足利尊氏と後醍醐天皇の関係も崩れ、
各地で武士が動く。
泰家にとっては、
再び北条を立て直す余地がある時期に見えた。
だから、
泰家は隠居して静かに暮らしていたわけではない。
幕府滅亡から数年たっても、
まだ挙兵する。
人を集める。
北条の名で動く。
自分が生き残ったことを、
そのまま再起のために使い続けている。
ここは、
時行との違いも出る。
時行は若い。
諏訪頼重や逃若党と一緒に戦う。
泰家は大人として、
旧幕府勢力や各地の武士と接触する。
年齢も立場も違う。
でも、
北条を終わらせないという方向では重なる。
第19回で時行が叔父と再会した時、
単に親族が戻ってきたわけではない。
その後も何度も挙兵する人物が、
諏訪へ現れたことになる。
高時の弟という肩書だけではなく、
実際に行動を続ける人間だった。
しかも、
泰家は一度の失敗で折れない。
ここが一番目立つ。
鎌倉幕府が滅んだ時点で終わらない。
東北で敗れても終わらない。
京都で計画が潰れても終わらない。
翌年には、
また信濃で動いている。
第19回を見たあとに、
「泰家はこのあとどうなる?」と検索すると、
このしぶとさが見えてくる。
時行の叔父として一度登場して終わる人物ではない。
幕府滅亡後の北条再興を、
かなり長く追い続けた一人になる。
泰家も時行と同じように「負けたら逃げて、また動く」を何度も繰り返した
北条泰家の生涯を追うと、
派手な一度の大勝より、
敗北のあとに何をしたかが目立つ。
1333年。
新田義貞軍に敗れ、
鎌倉が落ちる。
高時たちは命を落とす。
泰家は逃げる。
そのあと陸奥へ向かう。
北条残党と合流する。
各地で戦う。
でも勝ち続けることは出来ない。
敗戦を重ねる。
それでも、
諏訪まで生きて辿り着く。
1335年には、
京都で西園寺公宗らと動く。
建武政権を倒そうとする。
計画が漏れる。
関係者が捕らえられる。
でも泰家は、
また捕まらずに逃げる。
そして1336年。
信濃で再び挙兵する。
ここまで来ると、
泰家の行動には一つの型が見える。
戦う。
負ける。
逃げる。
次の仲間を探す。
また戦う。
『逃げ上手の若君』を見ていると、
これは時行の物語とも重なりやすい。
第1回で頼重が時行へ示したのは、
死ぬより逃げろという道だった。
時行はその後も、
真正面から敵と力比べをするより、
逃げながら勝つことを覚えていく。
泰家は、
時行ほど華麗に逃げる人物ではない。
でも、
史実の動きだけを見るとかなりしぶとい。
一族がほとんど滅びても残る。
計画が失敗しても残る。
敵に捕まる前に姿を消し、
別の場所でまた現れる。
このしぶとさは、
第19回の疲れ切った姿とも合っている。
勝利を重ねた英雄として諏訪へ来たのではない。
何度も敗れた。
逃げた。
それでも生きている。
時行の叔父として、
その生存力そのものが印象に残る。
そして泰家が生き残っていることで、
時行にも選択肢が増える。
北条の大人が完全にいなくなったわけではない。
鎌倉幕府時代を知る人間がいる。
各地の残党と接触した人間がいる。
時行一人で全部を背負わなくてもいい。
第19回で泰家が現れた時、
時行の家族が一人戻ってきた。
でもその先まで見ると、
戻ってきたのは、
何度負けても北条再興を諦めなかった人物だったことが分かる。
ただし、
ここまで逃げ続けた泰家が、
最後にどこで命を落としたのか。
そこは別の話になる。
1336年以降になると、
史料の中から泰家の姿は急に薄くなる。
何度も逃げ延びた人物だからこそ、
最後だけがはっきりしなくなる。
その答えが、
次の第7章につながっていく。
第7章 北条泰家の最期は?史実でも死亡時期ははっきりしていない
1336年の信濃挙兵以降、泰家の動きは急に追いにくくなる
北条泰家の最後を追うと、
ここで少し意外な答えになる。
1333年の鎌倉幕府滅亡を生き延び、
東北を巡り、
1335年には京都でも動き、
1336年には信濃で再び挙兵した。
それだけ何度も記録へ現れるのに、
その後の最期ははっきりしていない。
泰家は、
高時のように東勝寺で自害したわけではない。
西園寺公宗の計画が発覚した時にも、
その場で捕らえられて処刑されたわけではない。
さらに翌1336年まで生きて動いている。
だから、
「この戦で死亡した」と一か所へ絞れる人物ではない。
ここまでの流れを見ると、
むしろ泰家らしい。
鎌倉で敗れる。
逃げる。
東北で戦う。
また敗れる。
京都で建武政権打倒を狙う。
計画が潰れる。
それでも逃げ延び、
信濃でもう一度動く。
第19回で、
敗戦を重ねた末に諏訪へ現れた姿も、
その生涯の途中になる。
あの時点で、
すでに何度も死んでもおかしくない局面を越えている。
それでも、
時行の前へ生きて戻ってきた。
泰家は最初から最後まで、
一度の敗北で消える人物ではない。
史実では、
1336年の信濃での挙兵以降、
泰家の消息はかなり不明になる。
どこへ逃れたのか。
その後も北条再興へ動いたのか。
いつ亡くなったのか。
確実に断定出来る材料は少ない。
そのため、
北条泰家の死亡時期や最期には諸説が残る。
少なくとも、
高時と同じ1333年に死んだ人物ではない。
第19回で「生きていた」と驚いた視聴者にとっては、
そのあともかなり長く動いていたこと自体が大きい。
時行の叔父だから、
中先代の乱で一緒に戦って、
そこで最期を迎える。
そう想像しやすい。
でも史実の泰家は、
もっと広い場所を動いている。
時行とは別行動も多く、
北条再興そのものを追って各地を転々としている。
だから、
「北条泰家は最後どうなる?」への答えは、
一言で「ここで死亡する」とは言えない。
むしろ、
何度も敗れて、
何度も逃げ、
最後は記録の中から姿が薄くなっていく人物になる。
高時の弟でありながら最後まで生き残り続けたことが、泰家の一番大きな特徴になる
北条一族の最後は、
かなり悲惨だった。
1333年。
新田義貞軍が鎌倉へ入り、
北条高時をはじめ、
多くの一族が東勝寺で命を落とす。
鎌倉幕府はそこで終わる。
第1回の時行も、
その滅亡から始まっている。
父を失う。
兄を失う。
家を失う。
鎌倉そのものを失う。
時行は、
諏訪頼重に連れられて信濃へ逃げる。
泰家も、
同じ滅亡を経験した。
ただし、
大人として生き残る方へ動く。
時行を逃がす。
自分も鎌倉から脱出する。
そこから先は、
各地で北条残党を探す。
第19回では、
その泰家が時行の前へ現れる。
兄の高時は死んだ。
幕府もない。
でも弟の泰家は残った。
甥の時行も残った。
ここで、
一度切れた北条家の線がつながる。
その後も泰家は、
北条再興へ動く。
京都で計画を立てる。
失敗する。
逃げる。
信濃でまた挙兵する。
同じ一族の中でも、
かなり長く抵抗を続けた側になる。
しかも、
最後ははっきりしない。
これは、
時行とはまた違った形で、
「逃げて生き残った北条」として印象に残る。
時行は作品の主人公として、
逃げること自体を武器にする。
泰家は史実の中で、
敗戦後の逃亡を何度も重ねている。
第19回で泰家を見て、
「この叔父はギャグ寄りの人物なのか」と感じた人もいるかもしれない。
でも、
史実まで追うと印象はかなり変わる。
鎌倉幕府滅亡を生き延びる。
東北へ行く。
京都で政変を狙う。
信濃で再挙兵する。
それでも最後まで簡単には捕まらない。
時行の叔父という立場だけではなく、
自分自身もかなり強い生存者だった。
高時の弟として、
一族の滅亡を見届けるだけでは終わらない。
北条の名を残すために、
何度も次の場所へ向かった。
だから、
北条泰家のその後を追うと、
「最後は死亡するのか」という疑問より、
「どうしてここまで何度も生き残れたのか」の方が大きく見えてくる。
戦で勝ち続けた人物ではない。
むしろ敗北の方が多い。
それでも、
そのたびに逃げて次へつないだ。
第19回で生きて現れたのは、
偶然ではない。
泰家は、
最初からそういう生き方をしてきた人物になる。
負けても残る。
残ったらまた動く。
北条再興の機会がある限り、
何度でも立ち上がる。
そして最後は、
明確な死亡記録より先に、
史料の中から姿が薄くなっていく。
高時のようなはっきりした最期ではない。
だからこそ、
北条泰家という人物には、
最後まで「逃げ延びたかもしれない」という余白が残っている。


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