『たんもし2期』のノーチェスは、シエスタを参考に作られた生体アンドロイドとして登場する。
そっくりな姿や記憶の一部を持つことと、シエスタ本人が生き返ったことは同じではない。
君塚たちへ真実と「間違い探し」を伝える役割から、似ている二人の違いを確かめていく。
原作小説3巻の導入部分のネタバレあり。
第1章 ノーチェスは本当にロボット? 正体はシエスタを参考に作られた生体アンドロイド
| 確かめる点 | ノーチェスの設定 |
|---|---|
| 成り立ち | シエスタを参考に作られた存在 |
| 容姿 | シエスタと瓜二つ |
| 記憶・能力 | 一部が作られる際の参考になる |
| 役割 | 真実と間違い探しを伝える |
戻ってきたシエスタではなく、 彼女を参考に作られた少女
シエスタが、そこにいる。
亡くなったはずの彼女と同じ顔をした少女が現れたら、
正体を聞くより先に、
戻ってきてくれたのかと思ってしまう。
しかも君塚たちは、その直前まで
シエスタの残した映像を見ている。
画面の中にしかいないはずの相手が
目の前へ出てきたような登場には、期待する隙がある。
けれど、ノーチェスはシエスタ本人が
生き返った姿として紹介されていない。
彼女の正体は、生前のシエスタの肉体、
記憶、能力の一部を参考に作られた
生体アンドロイド。
人に似た姿を持つ人工の存在として、
シエスタとは異なる成り立ちを持っている。
ここで本人と区別する根拠になるのは、
メイド服を着ていることでも、
呼び名が変わったことでもない。
シエスタを参考にして作られた存在、
という設定そのものになる。
服や名前は同じ人でも変えられるが、
誰かをもとに別の存在が作られたという説明は、
単なる着替えや変装とは異なる。
だから、ノーチェスは本当にロボットなのか、
という問いには、
生体アンドロイドとして登場している、
と答えられる。一方で、その答えを聞いた瞬間、
金属の骨組みや電池で動く体まで
想像してよいわけではない。
作中で示される呼び方と、
一般的なロボットの姿には、少し距離がある。
そして、シエスタ本人ではないことと、
シエスタに似た部分が何もないことは別になる。
外見だけを似せた人形ではなく、
記憶や能力の一部も成り立ちへ関わっている。
顔が似ているから勘違いしただけ、
と片付けられないところに、
この少女を前にした落ち着かなさがある。
似ていることまで、 否定する必要はない
相手が見知らぬ顔なら、
まず初対面の人として接することができる。
ノーチェスには、すでに君塚たちが
知っている相手の面影がある。
どこかにシエスタを探してしまう気持ちと、
目の前にいるのは別の存在という説明が重なるため、
知識だけで気持ちが切り替わるような
登場にはならない。
もう一つ、ノーチェスには、
君塚たちへ真実を伝える使命がある。
懐かしい姿を見せて終わるのではなく、
一年前の出来事とシエスタの残した間違いへ
話を進める。会えたかもしれないと思う相手から、
まだ知らない過去を差し出されることになる。
ここが少し切ない。
本人が戻ってきたなら聞きたかったことが
あるはずなのに、目の前の少女は、
まず残された人たちへ問いを渡す立場にいる。
姿の懐かしさへ浸るより先に、
あの日に何があったのかという話が始まる。
再会の期待と、真相を知る怖さが
近いところに置かれている。
ただし、シエスタ本人ではないという結論から、
ノーチェスの言葉まで全て偽物とすることはできない。
彼女が何をもとに作られ、
どんな情報を伝える役目を持つかは、
別々に考えられる。本人の復活ではなくても、
残された情報へ近づく手掛かりにはなっている。
また、ノーチェスの正体が分かったからといって、
シエスタに関わる謎が全て解けるわけでもない。
なぜ真実を伝える必要があるのか、
シエスタの見落としとは何か。
その疑問は、彼女が別の存在と分かった後にも残る。
正体の説明が終点ではなく、
そこから過去へ向かう入口になっている。
『たんもし2期』のノーチェスは、
戻ってきたシエスタと同じ存在ではない。
それでも、彼女を見てシエスタを思い出すことには、
外見だけではない手掛かりがある。
違う存在と分かっているのに、
懐かしさは消えてくれない。
その二つが並ぶところから、
君塚たちと彼女の関係が始まっている。
第2章 シエスタが戻ったと思ってしまう、 メイド姿での登場
墓参りへ向かう日に、 亡き相棒の映像を見せられる
ノーチェスの登場が紛らわしく感じられるのは、
容姿だけの問題ではない。
君塚たちは、シエスタの墓参りへ向かう途中で
連れ去られている。亡くなった人へ会いに行くはずの日に、
別の場所へ閉じ込められ、
その人の死に関する映像を見せられる。
静かに思い出へ向き合う時間とは、
随分違う始まりになる。
第1話で監禁先へ集められるのは、
君塚、夏凪、斎川、シャーロットの四人。
それぞれにシエスタや君塚とのつながりがある相手が、
一緒に映像を見ることになる。
一人だけへ届いた秘密の知らせではなく、
複数の人が同じ過去へ向き合う場が作られている。
その映像には、シエスタが自らの死の真相を
記録している。もう話せない相手の姿が動き、
情報を伝えてくるため、
故人でありながら目の前の出来事へ
関わっているように感じられる。
しかも、その内容は懐かしい旅の記録ではなく、
残された人たちが知りたい死の真相へ
触れるものになる。
映像を見せられている以上、
その場で問い返しても録画の中の相手が
自由に答えるわけではない。
そこには、一方から言葉を受け取る隔たりがある。
姿は見えるのに、同じ場所にはいない。
その隔たりを意識する場面の後に、
シエスタと瓜二つの少女が現れる。
だから、メイド姿という違いがあっても、
先に顔へ気持ちを引かれてしまう。
服装が変わっているのなら何か事情が
あるのかもしれない、と期待する余地まで生まれる。
衣装だけで別人と割り切るには、
相手の姿があまりに近い。
生きていたのかと考えたくなる
登場の順番になっている。
声の近さも、その印象へ重なる。
シエスタとノーチェスは、
どちらも宮下早紀が演じている。
これは物語の中で同一人物と証明するものではないが、
視聴する側には、姿だけでなく声からも
懐かしい相手へ結び付きやすくなる。
違う存在と聞いても、耳から伝わる近さまでは消えない。
顔も声も近い相手へ、
初対面の少女として向き合う難しさも残っている。
説明を聞く前に、 姿が期待を呼んでしまう
ここで、期待した側の早とちりという言葉だけでは
収まらない。君塚たちはすでに、
シエスタの死と、その後に続く出来事へ関わってきた。
普通なら起きないことがある世界なので、
そっくりな少女を見て復活の可能性を考えることにも、
物語の中での足場がある。
加えて、君塚にとってシエスタは、
ただ知っている有名人ではない。
助手として共に行動し、
世界の敵へ向き合ってきた相棒になる。
顔を見間違えたかどうかだけでなく、
一緒に過ごしてきた相手が目の前へ戻ったのか
という問題になる。そのため、
正体の話には人間関係の重さがある。
一方、四人が同じ映像を見ても、
その人へ抱える思いまで同じとは限らない。
君塚の相棒としての記憶、
夏凪の胸にある心臓、
シャーロットのシエスタへの思いは、
それぞれ違う場所からつながっている。
ノーチェスの顔は一つでも、
そこへ重なる過去は一人ずつ異なる。
そう考えると、ノーチェスを前にした場面は、
単に正体当ての驚きとしては終わらない。
本人かどうかを確かめたい気持ちの下に、
自分が知っているシエスタとの関係を
もう一度続けられるのか、
という期待があると考えられる。
少女の説明は、
その期待へ答える言葉にもなる。
生体アンドロイドと分かった後にも、
映像を見た記憶や、目の前の顔は残る。
説明を聞いて納得できることと、
懐かしい姿へ反応しなくなることは同じではない。
正体を隠していた謎が一つ解けても、
気持ちのほうには、
もう少し時間のかかる部分がある。
ノーチェスの登場には、
会いたかった人を思い出させる近さと、
その人そのものではない隔たりがある。
墓参りへ向かう日から続く流れを考えると、
その隔たりは軽くない。
目の前に立つ少女へ、
懐かしさと新しい戸惑いを
同時に抱えてしまう場面になっている。
第3章 生体アンドロイドとは? 普通の機械と同じように考えてよいのか
ロボットという呼び方だけでは、 体の作りまで分からない
ロボットと聞くと、
体の中に機械が詰まり、
決められた命令へ従って動く姿を想像しやすい。
ところが、ノーチェスとして目の前に立つのは、
シエスタと瓜二つの少女になる。
見た目と呼び方がすぐ結び付かないため、
本当に機械なのかと引っ掛かる。
ノーチェスへ使われる呼び方は、
生体アンドロイドになる。
アンドロイドは人の姿に似せた人工の存在を指す言葉。
ただし、『たんもし』の中でどんな技術や素材が
使われているかは、その一般的な説明だけでは決まらない。
人に見えることと、普通の人と同じ成り立ちであることを
分ける必要がある。
特に、生体という言葉が入っているからといって、
シエスタの亡骸をそのまま機械へ改造した、
とまで受け取ることはできない。
公式の説明は、肉体や記憶、能力の一部を
参考に作られた存在というもの。
参考にすることと、その体を直接使うことは、
同じ説明にはなっていない。
この差は小さくない。
シエスタの体そのものが戻ってきたのなら、
死の後に何が起きたかという話へつながる。
別の存在を作る際にシエスタが参考にされているのなら、
似た姿を持つ相手が新しく存在していることになる。
見た目だけでは分からなくても、
そこまでの経緯は異なる。
また、体が生き物に近そうに見えるから人間、
機械的に受け答えするからロボット、
と外から決められるわけでもない。
ノーチェスには人工の存在としての説明が先にある。
肌の見た目や表情の印象だけを手掛かりに、
その設定をひっくり返すことは難しい。
作られたという説明を聞くと、
誰が、何のために、
どのように作ったのかも知りたくなる。
ただ、真実を伝える使命があることと、
製造の全工程が明かされていることは別になる。
役割から細かな製造方法を逆算してしまうと、
見えていない部分へ余計な設定を足すことになる。
シエスタを参考にしたことと、 同じ肉体であることは異なる
ただ、この設定を聞いても、
機械らしく見えないという感覚は残る。
君塚たちの前に立ち、使命を言葉にして、
過去へ関わる問いを渡してくる。
何かを映すだけの装置とは、接する距離が違う。
人の姿で話す相手だからこそ、
説明以上のものを感じたくなる。
ここで確かめられるのは、
ノーチェスがシエスタのあらゆる部分を
そのまま再現した、と紹介されているわけではないこと。
能力についても、記憶についても、
同じものを全て備えると広げてしまうと、
説明の範囲を越える。
似た姿を持つことが、
そのまま全て同じという保証にはならない。
たとえば、シエスタが得意にしていたことを
何でも同じようにできる、と期待するなら、
能力の具体的な描写が必要になる。
同じ顔の人物へ、
過去の相棒と同じ働きを求めたくなる気持ちはあっても、
それが可能かどうかは別の問題になる。
この区別は、ノーチェスを
頼りない存在へ下げる話ではない。
彼女には真実を伝える役割があり、
君塚たちが知りたいことへ関わっている。
シエスタの完全な代役でなくても、
目の前の状況で働く力がある。
全てを同じにしなくても、
関わる道は残っている。
第3話では、斎川を警戒の必要な状況から守るため、
君塚たちがノーチェスの隠れ家で
一時的に暮らすことになる。
彼女に関わる場所が、
一行の行動を支える場所へ変わっている。
正体の説明に出てきた存在が、
その後の生活や事件から
切り離されているわけではない。
生体アンドロイドという呼び方は、
ノーチェスの成り立ちを伝えている。
一方で、その短い言葉だけで、
できることもできないことも、
心の働きまで全部決めることはできない。
人に似た少女として向き合う場面と、
シエスタとは別の存在という説明が、
同じ物語の中で続いている。
第4章 シエスタの記憶があるなら、 本人と何が違うのか
知っていることが重なっても、 同じ人生を生きたとは限らない
姿が似ているだけなら、
別人と分かる余地はある。
けれど、記憶まで関わっていると聞くと、
話は少し難しくなる。
自分たちしか知らないことを知る相手がいたら、
そこに本人の続きを探したくなるから。
ノーチェスがシエスタの記憶の一部を参考にしていることは、
単に顔が似ている以上の戸惑いへつながる。
ただし、公式に示されているのは、
記憶の一部が作られる際の参考になっていること。
シエスタの全ての記憶が、
本人の意識とともに移された、という説明ではない。
この二つを同じにすると、
ノーチェスの正体の話が、
そのままシエスタ復活の話へ変わってしまう。
誰かの過去について知っていることと、
その過去をその人として経験したことには違いがある。
ノーチェスの記憶が具体的に
どんな仕組みで働くかを決めなくても、
情報を備えているという一点だけでは、
同じ人物が生き続けている証明には届かない。
君塚にとってシエスタとの時間は、
出来事の一覧だけでは収まらない。
助手として巻き込まれ、行動し、
一緒に事件へ向き合ってきた時間がある。
そこで何を言ったかを知る存在が現れても、
その相手と同じ旅をしてきたかは別になる。
記録として重なるものと、
二人で積み重ねた関係には隔たりが残る。
もし懐かしい相手に似た言葉を返されたら、
その隔たりが一瞬小さく感じられることは
あると思う。声を聞いたときの懐かしさは、
知識の正確さだけで起きるものではない。
だから、ノーチェスを本人とは異なる存在と認めることは、
似ていると感じた気持ちを取り消すことではない。
一方で、シエスタらしい反応があるから、
そのまま本人の意識が中にいると
決めることもできない。
参考にされた記憶や能力がある以上、
似たところが表れること自体は、
ノーチェスの成り立ちとも矛盾しない。
似ている反応が全て復活の証拠になるわけではなく、
その近さを説明する設定がある。
心臓を受け継ぐ夏凪とも、 異なるつながりを持っている
| 人物 | シエスタとの関係 |
|---|---|
| 夏凪渚 | 胸にシエスタの心臓を宿す |
| ノーチェス | 肉体・記憶・能力の一部を参考に作られる |
この作品で混ざりやすいのが、
夏凪との関係になる。
夏凪は胸にシエスタの心臓を宿している。
ノーチェスは、シエスタの肉体や記憶、
能力の一部を参考に作られている。
どちらもシエスタへつながるが、
つながり方は同じではない。
そのため、シエスタの何かを持つ相手が
増えたからといって、
夏凪とノーチェスを同じ種類の存在へ
まとめることはできない。
心臓があることと、
シエスタに似た存在として作られたことは異なる。
片方で起きたことを、
もう片方でも起きているはずと移すと、
二人の話が混ざってしまう。
夏凪の過去には、
ヘルという別人格も関わっている。
第2話では、そのヘルと向き合い、
六年前の研究施設での記憶へ話が進む。
ここで扱われる記憶は、
ノーチェスがシエスタを参考に作られたという設定とは
別の場所にある。記憶という同じ言葉が出ても、
誰の過去を辿っているかは変わる。
この違いがあるから、
ノーチェス一人が現れたことで、
全員の過去を代わりに語り切れるわけではない。
夏凪が自分の記憶へ向き合う必要があり、
君塚たちにも知るべきことが残る。
シエスタに近い存在がいても、
ほかの人が経験した時間まで
一人の中へ収まることにはならない。
同じ顔の相手が知っていることを話すと、
つい確かな答えのように感じてしまう。
けれど、ノーチェスが持つ情報と、
君塚たちが自分で辿る過去は、
補い合う位置にあると考えられる。
彼女の知識だけで、シエスタも夏凪も
全て説明できるという流れにはなっていない。
記憶をもとに作られた存在だから、
シエスタとは無関係ではない。
それでも、同じ存在として
人生を続けているとは言えない。
ノーチェスの近さは、
そのどちらかを消すと捉えにくくなる。
懐かしい手掛かりを持つ相手と、
新しく出会っている。
その少し不思議な距離に、
君塚たちは置かれている。
第5章 ノーチェスは何を伝えに来た? シエスタが残した「間違い探し」
死の真相を知っても、 まだ終わらない問いがある
ノーチェスが現れたとき、
知りたいのは正体だけではない。
なぜこの場所へ来たのか、
なぜ自分たちへ話しかけるのかも気になる。
彼女へ与えられているのは、
君塚たちへ真実を伝える使命になる。
似た姿でそばにいるためだけの存在として、
物語へ入ってくるわけではない。
その役割と結び付くのが、
シエスタの残した間違い探しになる。
一年前の真実を伝えると同時に、
シエスタが見落としたものへ
君塚たちを向かわせる。
亡くなった人の言葉を
そのまま正解として渡すのではなく、
その中へ問いを置いているところが気になる。
第1話では、シエスタが自らの死について
残した映像を見ている最中、
夏凪がある事実に気付く。
映像の情報を受け取るだけでなく、
見ている側の気付きも関わっている。
その後に現れるノーチェスは、
すでに終わった話へ
答えを付け足すだけの相手にはならない。
完全な探偵として見てきたシエスタに、
間違いがある。
その問いは、彼女を信じてきた側には
落ち着かないものになる。
何もかも先へ手を打っていたような相手でも、
人の心まで取りこぼさずに扱えたとは限らない。
強さや知識と、
身近な人の思いに届くことが分かれてくる。
原作小説3巻の紹介では、
シエスタそっくりの少女が、
過去映像に含まれる間違いを伝える導入が
示されている。そこで焦点になるのは、
人の感情へ届かなかったシエスタの過ち。
謎解きの対象が、事件の仕掛けだけでなく、
誰かの胸の内へ向かうことになる。
この問いを、シエスタに似た顔の少女が差し出す。
外見だけなら、答えを全て知っている探偵へ
頼りたくなるのに、その相手は君塚たちへ
考えるべき過去を返してくる。
シエスタがいるなら任せたい、
という期待だけでは進めないところに、
ノーチェスの立場がある。
シエスタの判断からこぼれたものを、 残された人が探す
第2話で君塚たちが向き合うのは、
夏凪の中に封じられたヘルになる。
そこから夏凪は、
六年前に治験の研究施設で過ごした記憶を辿る。
シエスタの顔をした少女へ答えを尋ねて終わるのではなく、
夏凪自身の過去へ入っていく流れになる。
その記憶の中には、
シエスタとアリシアの姿もある。
つらい治験を受ける中で、
夏凪は二人との仲を深めている。
現在の君塚たちが知る関係だけでは
見えなかった時間があり、
そこにいた人の立場から辿らなければ、
分からないことが残っている。
ここでの過去は、
単に新しい秘密を追加するための場所ではないと
考えられる。シエスタについて知っていたつもりでも、
彼女とほかの誰かが過ごした時間までは知らない。
君塚が持つ記憶と、
夏凪が辿る記憶には違いがある。
その違いが、探偵を一人の人として
捉え直す手掛かりになる。
また、過去に誤りがあると伝えられても、
シエスタが残した全てを疑う話へはならない。
君塚たちへ届いた情報には、
次の行動へつながる働きもある。
頼ってきた相手に見落としがあると知ることと、
それまで受け取った助けまで
消してしまうことには違いがある。
ノーチェスは、
その過去へ向かう問いを渡す側にいる。
彼女がシエスタ本人なら、
本人へ説明や弁明を求めたくなる場面でもある。
けれど、別の存在だからこそ、
残された人たちが自分の中にあるものと
向き合う余地が残る。
これは役割からの考察であって、
彼女が何も答えられないという設定ではない。
また、間違い探しは、
亡くなったシエスタを責めるだけの行為とも異なる。
誰かの思いを見落としていたのなら、
その思いを知った後に、
残された人が何を選ぶかへつながる。
過去を訂正すれば死がなくなるわけではなくても、
現在の関係はそこで変わり得る。
懐かしい姿を見せる少女が、
懐かしい思い出だけでは済まない話を持ってくる。
その役割には、少し厳しさもある。
けれど、シエスタがいなくなった後にも、
彼女を知り直す道が残っている。
ノーチェスは、本人に代わって人生をやり直すのではなく、
その道へ君塚たちをつなぐ存在として現れている。
第6章 ロボットなら、 感情もないと言い切れるのか
人工の存在という説明だけで、 心の有無までは決まらない
ノーチェスはシエスタ本人ではない。
そこまで分かると、次に引っ掛かるのが、
彼女の受け答えをどう受け止めればよいのか
ということ。人に似た相手と会話しているのに、
ロボットなら気持ちは伴わないのかと考え始めると、
目の前の言葉が急に遠く感じられる。
ただ、生体アンドロイドという正体は、
まず作られた存在という成り立ちを伝えている。
そこから、感情を全く持たないとする結論まで、
自動的につながるわけではない。
逆に、人らしく話すから人間と同じ心があると
断定することもできない。
別々の問いへ、同じ答えを当てはめないほうが無理がない。
たとえば、真実を伝える使命があることは、
その行動に目的があることを示す。
一方、その目的だけで
彼女の反応の全てが決まるかどうかは、
別に確かめる必要がある。
役割がある存在だから、
その役割以外へは何も感じない、
とまで広げることはできない。
シエスタの記憶や能力の一部が
参考になっていることも、
心の有無へ単純な答えを出しにくくしている。
似た言い方や振る舞いがあったとき、
シエスタの影響と考えられる余地がある。
けれど、その影響があることと、
ノーチェス自身の反応が一切ないことは同じではない。
ここで、気持ちがありそうに見えるから
正体の説明は嘘、という方向へ急ぐ必要もない。
人らしい振る舞いと、
人工の存在という設定は、一緒に成り立ち得る。
ノーチェスを見てシエスタを感じることも、
ノーチェスが別の存在とされていることも、
どちらか一方を消さなければならない
関係にはなっていない。
君塚たちにとっても、
彼女へ何かを尋ね、
返ってきた言葉へ反応する時間は現実に増えていく。
生前のシエスタと交わしたやり取りを、
同じまま繰り返しているわけではない。
いまの事件や仲間に関わる話が、
ノーチェスとの間で新しく起きている。
シエスタらしさの先に、 ノーチェスとの関わりが続く
その変化を具体的に感じられるのが、
彼女の隠れ家へ一行が身を寄せる第3話になる。
斎川の両親を巡る疑惑に加え、
コウモリの脱獄も伝わり、
君塚は警戒を強める。
そこで使われる場所が、ノーチェスの隠れ家になる。
正体を教えるだけの一度きりの登場から、
現在の行動へ関わる場面へ進んでいる。
斎川と君塚の一時的な暮らしへ、
夏凪とシャーロットも加わる。
ここでの賑やかさは、
シエスタと君塚だけの過去を再現するものではない。
今いる顔ぶれが、
今の事情を抱えて集まっている。
シエスタに似た存在へ関わる場所で、
シエスタのいない時間も進んでいる。
もちろん、この共同生活の設定だけで、
ノーチェスの内心が全部分かるわけではない。
隠れ家を使っているから家族のように感じている、
などと決めることはできない。
それでも、君塚たちが彼女と関わる目的は、
正体を尋ねることだけではなくなっている。
この違いは、目の前の少女をいつまでも
シエスタかどうかだけで測らなくてもよい
余地になる。現在の一行へ何を伝え、
どんな場に関わるかが増えれば、
過去の誰かとの比較とは別に、
ノーチェスと接した時間が残る。
本人の代役として完全かどうかだけでは、
その時間を説明し切れない。
ロボットと分かったなら安心して距離を置ける、
という話にもならない。
知りたいことを伝える相手がいて、
その相手の場所へ身を寄せる事情もできる。
誰かに似ているから始まった関心が、
その後の関わりによって変わる可能性はある。
そこには、正体の名称だけでは
片付かない部分がある。
感情があると証明するために、
未確認の涙や笑顔を足す必要はない。
ノーチェスが人工の存在でも、
君塚たちの現在へ関わっていることは確かになる。
何を感じているかを決めつける前にも、
伝えたことや、
彼女に関わる場所で起きたことは残っている。
シエスタの姿をしている相手を、
本人ではないと知る。
それでも言葉を交わし、同じ事件へ向かう。
その積み重ねの中には、
懐かしさだけで始まり、
懐かしさだけでは終わらない関係が
生まれる余地がある。
ノーチェスを気にかけることは、
シエスタとの時間を忘れることとも違う。
第7章 ノーチェスが現れたことは、 シエスタとの再会になるのか
同じ姿が現れても、 失った時間まで戻るわけではない
シエスタにもう一度会えたら、
と期待する気持ちへ、
ノーチェスはとても近い姿で現れる。
けれど、その正体を知ると、
再会したとそのまま言い切ることはできなくなる。
顔が見られる嬉しさと、
知っている相手そのものではない寂しさが、
同じ場面へ入り込む。
亡くなった相手が戻ることと、
その相手の面影を持つ存在へ出会うことは違う。
ノーチェスは、生前のシエスタを参考に作られている。
その設定がある以上、登場しただけで
シエスタの死が取り消された、
とすることはできない。
君塚が相棒を失った時間も、
そこでなかったことにはならない。
これは、似ている姿を喜んではいけない
という話ではない。
目の前に懐かしい顔があれば、思い出すものがある。
本人の復活ではないと分かっても、
その反応まで間違いにはならない。
作品の中でシエスタがいなくなったことと、
彼女を感じる手掛かりが残ることは、
両方続いている。
ただ、ノーチェスへシエスタと同じ返事を求め続けたら、
返ってこないところへ何度もぶつかる可能性がある。
参考にされているのは全てではなく、
そもそも同じ人生を歩いてきた相手として
説明されていないから。
懐かしさを感じる近さと、
何でも同じに期待できる近さには差がある。
一方で、彼女の言葉へ全て
シエスタの代用品という札を付けると、
現在の働きまで小さくなってしまう。
君塚たちへ真実を伝え、
過去の問いを渡す存在として、
ノーチェスは目の前の話へ関わっている。
似た顔であること以外にも、
彼女が登場して動き始めるものがある。
第1話で彼女へ向く疑問は、
誰なのか、本人なのかというものになる。
第2話では、残された間違いを探るため、
夏凪の過去へ話が進む。
第3話では、ノーチェスの隠れ家が
現在の一行を支える場所になる。
正体を聞いた後も、
役割が一つの説明文の中だけで終わっていない。
この進み方には、
シエスタそっくりの少女を見せた驚きとは
別の重みがある。
生前の相棒を取り戻せるかという期待から始まっても、
君塚たちが直面しているのは、
いま生きている仲間に関わる事件になる。
過去へ引かれる気持ちの隣で、
現在に応じる必要が続いている。
目の前の少女と、 新しく交わす言葉がある
夏凪の過去を辿ることも、
斎川が抱えた事情へ対応することも、
君塚一人とシエスタだけの話には収まらない。
相棒を失った後に出会い、
関わってきた人たちがいる。
ノーチェスが現れたから、
その関係を止めて過去だけへ戻る
という流れにはなっていない。
だから、彼女の登場を、
シエスタの代わりが用意されたから寂しくない、
と受け止めるのは難しい。
失った相手には、
ほかの誰かでは埋まらない時間がある。
その一方、新しく出会った存在とのやり取りまで、
無価値になるわけではない。
埋め合わせにならないことと、
関わる価値がないことは異なる。
ここで残るのは、
本人かどうかの答えだけでは足りない戸惑いになる。
ノーチェスはシエスタではない。
それでも、彼女の姿でシエスタを思い出し、
彼女の言葉からシエスタの過去を知る。
この距離の近さと遠さは、
正体が明かされた後にも続いている。
本当に復活したのなら、
あのとき何を考えていたのか、
なぜ自分を残したのかと、
直接問いかけたくなる。
ノーチェスの場合は、本人との再会として
その全てを返してもらえると
約束されているわけではない。
間違い探しが差し出されることには、
残された側が知らなかったことへ辿り着く道がある。
その道を進む中で、
シエスタを完全な名探偵としてだけではなく、
人の思いを取りこぼすこともあった相手として
知り直す余地が生まれる。
ノーチェスが瓜二つであるほど、
その問いは少し複雑になる。
本人と見間違えたくなる顔を前に、
本人が見落としたものへ向き合うことになるから。
ノーチェスの正体は、生体アンドロイド。
シエスタの復活そのものとは異なる。
それでも、君塚たちへ真実を届ける彼女がいることで、
失った相手について、
まだ知らないことへ近づける。
戻らない時間を戻ったことにせず、
その先に新しい会話がある。
メイド姿の少女が現れたときの、
もしかしたらという期待は、
簡単には消えないと思う。
けれど、その少女にはノーチェスという名前がある。
シエスタへ会いたい気持ちを残したまま、
目の前の彼女から言葉を聞く。
その二つを抱えて始まる関わりが、
この登場には残っている。


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