PR

【リゼロ4期】シャウラは死亡した? 小さなサソリは本人なのに、なぜ別れが必要だった?

記事内に広告が含まれています。

シャウラは死亡したのか。第85話で人間の姿と以前の人格は失われたが、小さなサソリとして生き残った存在がいる。
しかし、小さなサソリがシャウラとつながる存在でも、400年間スバルを待ち続けた少女の記憶まで戻ったわけではない。
『リゼロ4期』が描いたのは、命の一部が残っても、大切な人との関係まで守れるとは限らないという別れだった。

  1. 第1章 シャウラは死亡した?小さなサソリとして残ったもの
    1. 第85話で人間の姿は失われたが、小さな紅蠍は生き残った
    2. 小さなサソリはシャウラ本人なのか?記憶と人格は戻っていない
  2. 第2章 シャウラはなぜ大サソリになり、元の姿へ戻れなかったのか
    1. 第81話で明かされた監視塔の規則と、星番に課された役目
    2. スバルを殺したくないのに襲ってしまうシャウラの悲劇
  3. 第3章 大サソリの身体はなぜ崩れ、小さなサソリだけが残ったのか
    1. 第85話の最後の戦いは、シャウラを倒すための戦いではなかった
    2. 塔の試験が終わっても、人間のシャウラが残れなかった理由
  4. 第4章 400年間待ったシャウラは、なぜスバルをお師様と呼んだのか
    1. 第70話の熱烈な歓迎は、四百年の孤独を知ると違って見える
    2. フリューゲルとの約束を守った少女は、スバルとの再会で何を望んだのか
  5. 第5章 シャウラはなぜ最後までスバルとの別れを望まなかったのか
    1. 第85話で交わした最後の言葉に、400年の孤独が詰まっていた
    2. 「また出会ってほしい」は復活の保証ではなく、スバルへの願いだった
  6. 第6章 小さなサソリは今後どうなる?元のシャウラへ戻る可能性
    1. メィリィの魔操の加護が、小紅蠍に残ったものを示している
    2. 人間の姿と記憶は戻るのか?最終回後に残る可能性
  7. 第7章 シャウラの最後は、死亡よりも残酷な別れだった
    1. スバルは助けようとしたのに、400年待ったシャウラを救えなかった
    2. 小さなサソリが残ったことで、シャウラとの別れは終わらない

第1章 シャウラは死亡した?小さなサソリとして残ったもの

第85話で人間の姿は失われたが、小さな紅蠍は生き残った

『リゼロ4期』第85話「シャウラ/英雄」で、
シャウラは以前の姿のまま生き残ったわけではない。
巨大な紅いサソリの甲殻が崩れ、
「お師様」と笑っていた少女との別れが訪れた。
しかし、崩れた身体のあとには小さな紅いサソリが残る。
だから、シャウラは死亡したのかと聞かれたら、
身体が完全に消滅したわけではないと答えられる。

ただし、小さなサソリが動いていることと、
あのシャウラが以前どおり生きていることは違う。
スバルに抱きつき、騒がしく話し掛け、
四百年待ったお師様に会えたと喜んだ少女の人格は、
そのまま小さな身体へ移ったとは描かれていない。
第85話が残したのは、完全な生還でも完全な消滅でもない、
命の一部だけが残ったような痛ましい結末だった。

思い出したいのは、第70話「白い星空のアステリズム」だ。
監視塔へたどり着いたスバルの前に、
突然現れたシャウラは彼を「お師様」と呼び、
再会を心から喜んで勢いよく抱きついてきた。
スバルにはまったく覚えのない相手だったが、
彼女の側では長く待ち望んだ人が帰ったことになっていた。
最初の出会いから、二人の気持ちにはずれがあった。

そのときのシャウラは、とにかくよく喋った。
お師様のそばへ寄りたがり、軽口を叩かれても離れず、
塔の案内役として一行に付きまとっていた。
外見こそ人間の少女だが、自分は塔の「星番」だと言う。
大砂漠を越えてきたスバルたちには頼もしい存在で、
本人にとっては四百年ぶりの賑やかな時間だった。
第85話の別れがつらいのは、その笑顔を知っているからだ。

最後の戦いでは、もう気軽に抱きついてくる姿はない。
スバルたちの前には、巨大な鋏と尾を持つ紅蠍が立ちはだかる。
仲間を傷つけたくないシャウラの気持ちとは別に、
監視塔の仕組みが彼女を攻撃する側へ追い込んでいた。
メィリィと魔獣たちの力も借り、ようやく迎えた終局で、
紅い甲殻がぼろぼろと砂へ崩れていく。
敵を倒した爽快感とは、まるで違う場面になっていた。

原作第六章89話「シャウラ」では、その崩壊のさなか、
スバルが人間の姿のシャウラと最後の言葉を交わす。
四百年も待ち続けたのだから、もっと怒ってもいい。
助けてほしいと泣き、ここから連れ出せと頼んでもいい。
ところが彼女は、待った時間まで大切だったと笑う。
スバルが守りたかったのは、まさにその少女だった。
だから彼女が笑って別れることが、かえって苦しい。

そして原作第六章90話「英雄」では、
赤い塵の中から小さなサソリが現れる。
スバルが手に乗せると、その小さな身体は腕を登り、
肩から首元へすり寄ってくる。
まるで泣いているスバルを慰めるような仕草だ。
一瞬、シャウラが小さくなって戻ってきたのかと、
期待したくなる描写でもある。
だが、その期待だけで復活と決めることはできない。

小さなサソリは、シャウラの最後と切り離せない存在だ。
大きな紅蠍が崩れた場所から姿を現し、
同じように鮮やかな赤い身体を持っている。
ただ、彼女が生前に語っていた記憶や、
スバルを「お師様」と呼ぶ言葉は戻らない。
見た目のつながりは残っても、二人が築いた関係まで
そのまま続いているとは言えないところが重要になる。

小さなサソリはシャウラ本人なのか?記憶と人格は戻っていない

小さなサソリをシャウラ本人と呼んでいいのか。
この疑問に答える決定的な手掛かりは、
単に身体の大きさが変わったことではない。
原作第六章90話で、小紅蠍がスバルの耳を鋏で挟み、
思わず痛がらせる場面がある。
先ほどまで優しくすり寄っていたのに、
今度は加減も分からない魔獣のように振る舞う。

ここで助けに入るのがメィリィだ。
彼女は小さなサソリを手に取り、
自分の頭の上へ乗せて落ち着かせる。
第3期までに見せていた「魔操の加護」は、
魔獣を従わせ、行動を抑えることができる力だ。
監視塔でも砂丘の魔獣たちを相手に使っていた。
小紅蠍にもその力が通じたことが、大きな違いになる。

もともとのシャウラは、人の姿で話し、考え、
スバルの言葉に笑ったり、傷ついたりしていた。
メィリィに背中へ乗られて文句を言うこともあり、
言いなりの魔獣として扱える存在ではなかった。
ところが小紅蠍は、メィリィの加護に従って大人しくなる。
原作では、この反応がシャウラとしての自我を
失っている証しとしてはっきり扱われている。

ここを曖昧にすると、結末そのものが変わってしまう。
小さなサソリが残ったのだから、シャウラも無事だ。
そう受け取れば、最後の別れは一時的な変身になる。
しかし、スバルが泣いたのは、身体が小さくなったから
ではなく、あの声と笑顔が失われたからだった。
小紅蠍が生きている事実は消せないが、
以前のシャウラが帰った証拠にもならない。

では、小紅蠍はまったく関係のない魔獣なのか。
それも、あの描写だけで断言するのは難しい。
巨大な紅蠍が崩れたあとに現れたこと、
スバルに近寄り、身体を寄せる仕草を見せたこと。
この二つを見れば、シャウラと何らかのつながりを
感じるのは自然なことだ。
ただ、似た行動と記憶の継承は同じではない。

スバル自身も、小紅蠍の正体をすぐには分からなかった。
彼女そのものなのかもしれないと考えながら、
最後に交わした言葉を思い返して別れを受け止める。
ベアトリスもメィリィも、簡単に励ませない。
もしそこに以前のシャウラが戻っているのなら、
スバルが「さようなら」と告げる場面にはならない。
別れを認めなければならない現実が、目の前に残った。

第85話の結論は、だから二つに分けて受け取りたい。
紅いサソリという命は、小さな姿で生き残った。
一方、「お師様」と呼んで四百年の思いを語った
少女シャウラの人格は、以前のまま残っていない。
小紅蠍が今後変わる可能性まで否定はできないが、
少なくとも最終回時点で「復活した」とは言えない。
小さな姿が残ったからこそ、失ったものが際立つ。

第2章 シャウラはなぜ大サソリになり、元の姿へ戻れなかったのか

第81話で明かされた監視塔の規則と、星番に課された役目

シャウラが大サソリになったのは、
スバルたちを憎んだからではない。
第81話「一途な星」で問題になったのは、
監視塔に入った者が守るべき「試験」の規則だ。
シャウラは塔を守る星番であると同時に、
規則が破られたときに動く役目まで負わされていた。
親しげに振る舞う姿だけでは分からない、
残酷な仕組みが彼女の身体に組み込まれていた。

第70話でシャウラに出迎えられた一行は、
三層「タイゲタ」の試験から塔の攻略を始める。
やがて二層「エレクトラ」ではレイドが待ち受け、
大図書館プレイアデスを巡る難題が続いた。
書庫に入るにも自由に帰るにも条件がある。
外から見れば不思議な迷宮の規則に思えるが、
シャウラにとっては自分の生死に関わる決まりだった。

塔で告げられる規則には、試験を終えずに去らない、
試験の決まりを破らない、書庫を傷つけない、
塔そのものを壊さないという禁止がある。
一見すると侵入者が勝手なことをしないための約束だ。
しかし違反が起これば、星番のシャウラが
意思に反して紅蠍へ変わり、排除に動いてしまう。
守るべき相手が目の前にいても、止まれない。

原作第六章78話「角四つ」では、
外から押し寄せる魔獣を迎え撃つシャウラが、
顔を押さえて苦しむ場面がある。
誰かが規則を破ったと察し、変化を抑えようとしても、
目には複数の赤い光が生まれ始める。
敵を倒すために自分から変身を選んだのではない。
身体に起こる異変を、本人が止められないのだ。

監視塔の危機は、一つの敵だけで起きたのではない。
第80話「五つの障害」では、砂丘から魔獣が押し寄せ、
塔の中には暴食の大罪司教まで現れていた。
エミリアの名前が奪われ、誰が敵で誰が味方なのか、
仲間の間でも情報が通じなくなっていく。
スバル自身は記憶を失った苦しみを越えたばかりで、
次々に起こる異変を止めなければならなかった。

第81話の公式あらすじには、
魔獣の大群、二人の大罪司教、突然の大サソリ、
そして漆黒の影が、同時に迫る障害として並ぶ。
これはシャウラだけが急に敵になった話ではない。
いくつもの危機が重なり、塔の規則が破られ、
一行を助けていた少女まで脅威に変えられてしまう。
スバルが原因を探ったのも、戦って倒すだけでは
シャウラを救えないと分かっていたからだった。

しかも、シャウラが伝えていなかった規則がある。
五つ目は、試験そのものを壊すことは禁じないというもの。
これは塔の決まりに挑むための大きな手掛かりだった。
しかし、シャウラはすぐには教えようとしなかった。
攻略の道が開けば、スバルたちは塔を去ってしまう。
せっかく帰ってきたお師様と、また離れることになる。
その気持ちが、彼女に言葉を飲み込ませていた。

ここに、塔の規則とシャウラの望みの衝突がある。
お師様に会いたかったから、そばにいてほしい。
でも、試験の仕組みに縛られている以上、
一行が進もうとすれば彼女の役目も変わっていく。
守りたい人が脱出しようとするほど、
自分がその人を傷つける危険まで生まれてしまう。
第81話の「一途な星」という題名が重く響くのは、
彼女が最後まで待つことをやめなかったからだ。

スバルを殺したくないのに襲ってしまうシャウラの悲劇

大サソリが危険なのは、巨大な身体や攻撃力だけではない。
その中にいるのが、さっきまで話していたシャウラだと
スバルたちが知っていることだ。
ただの魔獣なら、仲間を守るために倒せば済む。
しかし目の前の紅蠍を倒すことは、
お師様と呼んで慕ってくれた相手を失うことに近い。
敵として戦わなければならないのに、敵だと思えない。

第70話でシャウラは、スバルの顔を見るなり喜び、
四百年待った人に会えたように振る舞った。
彼女にとっては、そこへ戻ってきてくれることだけが
長い時間を耐え抜く支えになっていた。
ところが第81話で身体を奪うのは、
彼女自身が長年守り続けてきた監視塔の役目だ。
望みをかなえてくれた相手を、自分で攻撃する。
これほどひどい食い違いはない。

スバルは死に戻りを使って危機をやり直せるが、
それは何でも簡単に解決できるということではない。
第81話では五つの障害を乗り越えるため、
シャウラから塔の規則を詳しく聞き出そうとする。
強い攻撃を避ける方法だけ探していたなら、
彼女の言葉を聞く必要はなかったはずだ。
どうすれば紅蠍に変わらずに済むのか、
どうすれば彼女を殺さず進めるのかが問題だった。

第六章の原作では、身体が変わろうとするシャウラが
規則違反を察して苦しむ姿まで描かれている。
彼女には何が起こっているか分かっていても、
それを止める権限がない。
だから、紅蠍が襲ってくる場面を見ただけで、
シャウラがスバルを裏切ったとは言えない。
裏切ったのは彼女の心ではなく、自由に動けない仕組みだ。

その姿は、第1期から繰り返されてきた、
スバルが誰かを守りたいのに守れない苦しさにも重なる。
第1期第15話「狂気の外側」で、
ペテルギウスの襲撃後に大切な人たちを失ったときも、
スバルは相手を助けられない自分に打ちのめされた。
しかしシャウラの場合はさらに厄介だ。
助けたい相手自身が、仲間を襲う存在に変えられる。

ベアトリスやユリウス、メィリィがそばにいても、
誰か一人の腕力で塔の仕組みを止められるわけではない。
メィリィは魔獣の大群を相手にし、
エミリアは上層の試験へ挑み、ラムは暴食と戦う。
それぞれが離れた場所で危険に向き合う中、
スバルはシャウラまで救う道を探さなければならない。
単なるサソリ退治では済まない事情が積み重なっていた。

シャウラが元へ戻れなかったことも、
攻撃を受けたから変身解除に失敗したという話ではない。
彼女はもともと、監視塔の試験と一体になった役目を持つ。
規則が破られれば自由を失い、
最後にその役目が終われば、存在まで保てなくなる。
いくらスバルを慕っていても、塔から離れて
普通に暮らせる仕組みではなかったことが分かる。

だから第85話の小さなサソリは、
あの少女が当然のように戻れる証しではない。
規則に縛られ、戦いたくない相手と戦わされ、
最後は自分の言葉も失ってしまった。
それでも生き物としての小紅蠍が残ったことで、
スバルには別れを忘れずにいる相手ができた。
なぜ悲しいのか。その答えは死んだか生きたかだけでなく、
シャウラが自分で選べる時間を奪われたことにある。

第3章 大サソリの身体はなぜ崩れ、小さなサソリだけが残ったのか

第85話の最後の戦いは、シャウラを倒すための戦いではなかった

第85話「シャウラ/英雄」の紅蠍戦には、
普通の強敵との決戦とは違う苦しさがある。
目の前の巨大なサソリを放置すれば仲間が死ぬ。
しかし、力任せに倒せばシャウラも失いかねない。
スバルは第70話で抱きついてきた少女と、
いま鋏を振り回している紅蠍が同じ存在だと知っている。
だから勝つだけでは、どうしても足りなかった。

第80話「五つの障害」から続く監視塔の危機は、
誰か一人を倒せば終わるような状況ではなかった。
砂丘の魔獣は塔へ押し寄せ、暴食の大罪司教も侵入する。
エミリアは上層の試験へ進み、ラムはライと対峙し、
ユリウスはレイドとの戦いを乗り越えなければならない。
シャウラを助けたいスバルにも、
彼女だけを見つめていられる余裕はなかった。

第85話の頃には、ほかの場所でも決着が近づいていた。
一層「マイア」ではエミリアが神龍ボルカニカと向き合い、
四層ではラムがライ・バテンカイトスを追い詰める。
塔の外で押し寄せる魔獣への対応も続いている。
別々の場所で仲間が命を懸けていることは、
塔を攻略する全員が帰るためには欠かせない。
シャウラを救う時間は、その戦いの積み重ねで生まれた。

原作第六章88話「――志を問わん」では、
ユリウスが紅蠍の前に立って時間を稼ぐ。
複眼が見つめているのは、なおもスバルだった。
ユリウスは剣を構えて攻撃を受け止めるが、
スバルの目には相手が敵の魔獣とだけは映らない。
助けたい少女の身体が、自分を殺そうと迫っている。
この食い違いが最後まで戦いを難しくしていた。

同じ場面では、砂を巻き上げる激しい風によって、
紅蠍がひっくり返り足をばたつかせる。
スバルは一瞬、近づいて呼びかけようとする。
しかしユリウスが襟首をつかんで引き戻さなければ、
鋭い尾に貫かれていたかもしれなかった。
シャウラを呼ぶ声が届かないことを、
スバルは目の前の危険で思い知らされる。

ここでユリウスが頼もしいのは、
攻撃する相手の正体を分かったうえで剣を抜くことだ。
第71話「棒振り」から続く二層の試験では、
剣聖レイドに力の差を見せつけられてきた。
それでも最後には自分の剣を取り戻し、
シャウラを殺したくないというスバルの願いを支える。
騎士として強くなったことが、守るための戦いにつながる。

原作第六章89話「シャウラ」では、
ユリウスが六体の精霊の力を借りて前へ出る。
虹色の光をまとった剣で紅蠍の甲殻を削り、
命取りとなる尾の一撃にも耐えてみせる。
だが紅蠍は、大鋏から強烈な熱を放って反撃する。
スバルが正面から飛び込める戦いではない。
だからベアトリスも魔法で援護し、
仲間の力を重ねながら隙を作っていた。

この流れで重要になるのがメィリィだ。
彼女は魔獣を従わせる加護を持つものの、
人間の姿で話していたシャウラを
単純に操れる魔獣として扱ってきたわけではない。
最後の場面でメィリィは、紅蠍に向かって
ただ従えと命じるのではなく、何者なのかと問い掛ける。
恐ろしいサソリなのか、それとも別の誰かなのか。
その問いが、残っていたシャウラへ向けられた。

紅蠍はそこで、すぐ攻撃を続けるわけではない。
メィリィへ向いた複眼が、ゆっくりスバルへ移る。
激しく赤く光っていた目の色が変わり、
甲殻の色も落ち着きを取り戻していく。
スバルが呼ぶシャウラという名前に、
ようやく少女の姿が重なり始める。
倒したから元へ戻ったという場面ではなく、
攻撃する身体の奥へ声が届いたように見える瞬間だ。

だからこそ、その直後の崩壊は残酷だった。
紅蠍の身体は静かになり始めたのに、
今度は甲殻そのものがぼろぼろと剥がれ落ちる。
激しい戦闘に勝利して歓声を上げる場面とは違う。
スバルが最後まで守ろうとした相手は、
敵意が消えたからといって救われるわけではなかった。
命を奪う攻撃が止んでも、別の別れが始まってしまう。

塔の試験が終わっても、人間のシャウラが残れなかった理由

紅蠍が崩れた原因を、ユリウスの剣で
強い一撃を受けたからだと考えると、結末を見誤る。
戦いで身体が傷ついたのは確かだが、
シャウラは普通の魔獣のように倒されただけではない。
監視塔の星番という役目と、その存在そのものが、
塔に仕掛けられた試験に結び付いていた。
攻撃を止めても人間の姿で残れなかったのは、
彼女を縛っていた仕組みが終わりを迎えたからだ。

原作第六章89話の冒頭では、
監視塔を襲った難題が次々に突破されたことが描かれる。
砂丘の魔獣、二層のレイド、四層のライ、
そして一層でエミリアが挑んだ最後の試験。
別々に見えた戦いが、塔全体の攻略へつながっていた。
試験を突破することは皆を救うために必要だったが、
塔と切り離せないシャウラには別の結末を招いた。

これまでスバルは、死に戻りを重ねて
仲間を救う道を探してきた。
第1期の屋敷ではレムを助けるために行動し、
第2期の聖域ではベアトリスへ手を伸ばした。
一度の周回で誰かが死んでも、
別の選択をすれば救えることがあった。
しかし監視塔の結末は、敵を退けて試験を越えれば、
全員が元どおりになるというものではなかった。

シャウラは塔の外で自由に暮らしていた少女ではない。
スバルたちが来る以前から、長い年月を星番として過ごし、
定められた相手を待ち、塔の規則を守っていた。
第81話「一途な星」で明らかになったのは、
その役目が本人の希望と衝突しても止められないこと。
つまり塔からの解放が、そのまま身体の解放になるとは
約束されていなかったのである。

原作第六章90話「英雄」でスバルは、
小さなサソリを見つけて一瞬の希望を抱く。
しかし、すぐにあのシャウラが戻ったわけではないと悟る。
人の姿で喜び、怒り、寂しがりながら話した彼女は、
監視塔の役目が終わるとともに失われた。
紅蠍の身体が消えたあとに小さな命が残ったとしても、
同じ人物との会話を再開できるわけではない。

その違いを見せるのが、小紅蠍の行動だ。
スバルの腕を登ってすり寄る姿は、
何となく以前のシャウラを思わせる。
ところが鋏で耳を挟んで痛がらせたり、
メィリィの加護に従ったりもする。
あの少女がわざとふざけているようにも見えるが、
原作では以前の自我が残っている証拠にはならない。
残った命と失われた人格は、分けて受け取る必要がある。

スバルにとって苦しいのは、
救いたいと願った相手を見捨てなかったのに、
同じ姿で連れ帰ることができなかったことだ。
ただ、小さなサソリが残ったことまで無駄ではない。
全てが砂に消えたのではなく、
シャウラにつながる命を目の前にできた。
その希望がわずかだからこそ、
別れを受け入れる難しさも深く残った。

第4章 400年間待ったシャウラは、なぜスバルをお師様と呼んだのか

第70話の熱烈な歓迎は、四百年の孤独を知ると違って見える

第70話「白い星空のアステリズム」で、
シャウラはスバルを見るなり飛びついた。
名前を確かめて慎重に話しかけたのではない。
最初から帰ってきた人へ接するように、
お師様と呼んで身体ごと喜びをぶつける。
スバルは事情を知らず戸惑うばかりだったが、
シャウラにとっては長く待った人との再会だった。

なぜ、そこまで親しげだったのか。
塔を訪れた客を歓迎する係だからではない。
彼女は四百年もの間、監視塔から離れず、
約束した相手が戻る日を待ち続けていた。
人間なら何代も生まれ変わるほどの時間だ。
あの抱擁は、単に人懐っこい少女の癖ではなく、
やっと寂しさが終わると思えた瞬間の行動だった。

もともと、世界には賢者シャウラという伝説があった。
第3期の後、暴食の被害を救う手掛かりを求めた一行が
プレアデス監視塔を目指したのも、
そこに賢者の知識があると考えたからだった。
四百年前の魔女の時代に関わる賢者は、
王国に伝わる大きな名前である。
しかし塔で出会ったシャウラは、
落ち着いた老賢者ではなく、騒がしい少女だった。

原作第六章20話「シャウラ≠賢者=フリューゲル」では、
世間がシャウラと呼ぶ賢者と、
本人が師として慕うフリューゲルとの食い違いが語られる。
シャウラ本人は、偉大な賢者として見られたいわけではない。
彼女がずっと気にしているのは、
自分を塔に残したお師様が帰ってくるかどうかだ。
周囲が探してきた伝説の人物像と、
本人が守っていた約束は大きく違っていた。

この名前の食い違いは、
スバルが抱いた違和感にもつながる。
なぜ自分をフリューゲルと重ねるのか。
なぜ初対面なのに迷わずお師様と呼ぶのか。
スバルには四百年前の記憶などなく、
少女へ帰ると約束した覚えもない。
それでもシャウラは、目の前の彼を
待ち続けた相手だと信じて疑わなかった。

第70話の時点では、彼女の振る舞いは
少し困った再会騒ぎとしても見られる。
いきなり抱きつかれ、会話のたびに距離が近い。
塔の試験を知りたいスバルたちにとって、
彼女の一途さは情報を聞き出しにくい原因にもなる。
しかし最後まで見ると印象が変わる。
あれほど近くにいたがったのは、
次に離れたら再び四百年待つかもしれないからだ。

さらにシャウラは、待つことだけをしていたのではない。
砂丘から近づく外敵を見張り、
塔の規則を守り、勝手に外へ出られない。
誰かと笑い合う日常も、
自分の希望で旅に出る自由もほとんどない。
第70話で仲間が増えて急に賑やかになったことは、
星番としての仕事から見れば小さな出来事でも、
彼女個人には代え難い時間だった。

原作第六章89話で別れを迎えるとき、
シャウラは待っていた時間を恨み言だけで語らない。
辛かったはずの年月さえ、
お師様を思う時間として抱き締めている。
その姿を知ってから第70話の笑顔を思い返すと、
あの歓迎は一層切なくなる。
戻ってきたと信じた瞬間の喜びが大きいほど、
再び離れるときの痛みも大きかったはずだからだ。

フリューゲルとの約束を守った少女は、スバルとの再会で何を望んだのか

シャウラがスバルをお師様と呼ぶのは、
スバル自身が賢者フリューゲルだと
第85話までに確定したからではない。
本人には覚えがなく、シャウラだけが強く信じている。
この違いは最後まで大切だ。
スバルとフリューゲルの関係には謎が残っていても、
シャウラが待ち続けてきた気持ちは本物だった。

待ち続けた時間を知ると、
シャウラが試験の攻略を複雑な気持ちで見ていたことも分かる。
お師様が塔を攻略すれば、
一緒に外へ出られるかもしれない。
けれど目的を果たした一行は、
そのまま去ってしまうかもしれない。
第81話で最後の規則を話すのをためらった背景には、
もう置いていかれたくないという願いもあった。

原作第六章78話「角四つ」では、
変身を抑えられなくなったシャウラが、
自分を殺してほしいと望むところまで追い込まれる。
自分が大切なお師様を傷つけるくらいなら、
いっそ死んだ方がよいという願いだった。
だがスバルは、死を許して解決にしようとはしない。
四百年をそこで終わらせないと告げ、
泣いたままにしない道を探そうとした。

このやり取りは、第85話の結末を考えるうえでも重い。
シャウラは自分の身体を自由にできない。
お師様に会えたのに、
自分自身が相手を傷つける危険になってしまう。
それでもスバルは、
助けられるかどうか分からない相手を見捨てなかった。
帰ってきたはずのお師様が自分を救おうとすることは、
シャウラにとって何よりうれしかったはずだ。

彼女が最後に望んだのは、
賢者と呼ばれる名声でも、監視塔を守り抜いた褒美でもない。
もう一度会いたい、愛してほしい、忘れないでほしい。
四百年という途方もない時間を過ごしても、
願っていたことは驚くほど身近だった。
第70話で何度もそばへ寄ってきた姿と、
第85話で別れを告げる姿は、そこできちんとつながる。

スバルはフリューゲルの代わりに、
四百年前の約束を思い出してやることはできない。
しかし、目の前で苦しむシャウラへ
自分自身の言葉を返すことはできた。
彼女が待った人とスバルが同一人物なのかは、
すぐに結論を出せる疑問ではない。
それでも彼は、四百年を無駄にしないために
今の自分ができることを選んだ。

だからシャウラの物語は、
忠実な番人が使命を果たして死んだ話だけではない。
会いたい人を信じて待ち続けた少女が、
ようやく誰かと笑い、誰かを頼れるようになった話でもある。
塔を守る役目は終わっても、
彼女がスバルへ向けた思いは、
残された小さなサソリを見るたびに思い出される。

第5章 シャウラはなぜ最後までスバルとの別れを望まなかったのか

第85話で交わした最後の言葉に、400年の孤独が詰まっていた

第85話「シャウラ/英雄」の最後で、
シャウラは自分が消えていくことを知りながら、
スバルへ恨み言をぶつけようとはしなかった。
本当なら、四百年も待たせた相手に怒っていい。
再会したばかりなのに、また一人にするのかと
泣いて訴えても、誰も彼女を責められないだろう。
それなのにシャウラは、別れ際まで笑おうとした。

原作第六章89話「シャウラ」では、
大サソリの甲殻が剥がれる中、スバルの前に
人間の姿のシャウラが重なるように描かれる。
スバルは彼女を助けると約束していた。
監視塔から連れ出し、外の世界を見せたかった。
だから身体が崩れる光景を見ても、
簡単に別れを受け入れることなどできなかった。

シャウラの言動は、第70話での初登場とつながる。
スバルを見るなり「お師様」と飛びつき、
遠慮なくそばへ寄っては騒いでいた少女だ。
スバルが困った顔をしても、彼女は気にしない。
あれほど言葉が多かったのは、待っていた間に
伝えられなかった気持ちがあふれていたからだ。
最後の場面でも、彼女が伝えたい相手は同じだった。

第89話には、スバルが涙をこぼす場面がある。
シャウラはその顔へ近づき、涙を舐め取る。
ふざけた言い方でスバルを困らせながら、
何度も愛情を口にするところも昔と変わらない。
ただ、いつもの軽口だと思って聞くことはできない。
彼女の言葉には、会えなかった四百年と、
もう会話できなくなるかもしれない時間が重なっていた。

ここでスバルは、彼女を残した本当のお師様に
怒りを向けるような気持ちにもなっている。
自分には四百年も誰かを待つ自信がない。
だからシャウラの我慢を美しい話だけにはできない。
待たせる側がどれほど残酷なことをしたか、
目の前の少女が笑えば笑うほど分かってしまう。
彼が泣いたのは、単に戦いで疲れたからではない。

原作では、シャウラが以前の周回で
待ち続けた寂しさを泣きながら訴えたことにも触れる。
けれど、今の彼女はその周回を覚えていない。
同じ苦しみを抱えながら、目の前では笑っている。
スバルだけが聞いた悲鳴を、当人と共有できない。
死に戻りを経験してきた彼に特有の苦しさが、
この最後の会話にも入り込んでいる。

シャウラは、四百年を短かったと笑ってみせる。
待っている間も相手を思い続けていたから、
自分にとっては捨てた時間ではなかったという。
しかし、この言葉を聞いたからといって、
四百年間ずっと幸せだったと決めてはいけない。
寂しさを知ってなお、その時間を否定しない。
彼女が選んだのは、そういう別れ方だった。

その直後、紅い身体は砂の上で崩れていく。
スバルは失われるものを抱き留めようとするが、
腕の中の重みまで少しずつ消えてしまう。
ベアトリスは、星番としての役目が終わったと察する。
ユリウスもその場で、後悔だけを続けるなと促す。
守ろうとした仲間が目の前から消えるのを、
誰も止められないまま見届ける場面になった。

シャウラが守ってきた監視塔は、
外から来た者に試験を課す冷たい場所だった。
その一方で、彼女自身は人の温かさを求めていた。
第70話で見せた無遠慮な抱擁と、
第85話で最後まで見せようとした笑顔。
両方を見てきたスバルには、
単なる番人だったと割り切ることはできない。
本来なら皆と塔を出て、旅の途中で口喧嘩をし、
くだらない話で笑ってほしかったはずだ。

「また出会ってほしい」は復活の保証ではなく、スバルへの願いだった

シャウラが最後にスバルへ残したのは、
自分を忘れず、いつかまた出会ってほしいという願いだ。
今度は待つ側ではなく、待ってもらう側になりたい。
そんな発想まで彼女らしく、少しおどけている。
しかし今のスバルには、再会する手段が分からない。
確実に復活できると教えられたわけでもない。
願いを受け取ることと、実現を保証することは別だ。

原作第六章90話「英雄」で、
スバルは小さなサソリを手に乗せながら泣いている。
すぐそばにはベアトリスやユリウス、メィリィもいる。
それでも誰も、安易に元気を出せとは言えない。
紅蠍が残した小さな命を見ているからこそ、
戻ってこない少女の姿がはっきりしてしまう。
戦いが終わったのに、勝利を喜べない時間だった。

もしシャウラが、消えたくないと泣いていたなら。
スバルは何度死んでも救う道を探しただろう。
けれど本人は、最後まで別の願いを口にした。
もう一度会ってほしい、そして忘れないでほしい。
スバルがその言葉を受け止めたあとに選んだのは、
小紅蠍へ昔の名前で話しかけ続けることではない。
今は別れを告げ、いつかの再会を自分の約束にすることだ。

だから「また会おう」は、その場でかなった約束ではない。
あの少女が元の姿に戻り、記憶を取り戻すのか。
そもそも同じ相手として再会できるのか。
第85話の時点では、その方法は示されていない。
スバルが守ると決めたのは、結果の分からない願いだ。
その不確かさを残したまま別れたからこそ、
最後の場面は単純な復活劇にはならなかった。

スバルが別れを告げる場面では、
やり直せば何とかなると軽く考えることもできない。
ユリウスが伝えたのは、塔へ来たことまで後悔して
シャウラの待った歳月を否定するなという思いだ。
彼女は長い時間をただ無駄に過ごしたのではない。
帰ってきたと信じた相手に会い、
最後は自分の願いを直接伝えることができた。
そこまで失敗だったことにはしたくなかった。

第6章 小さなサソリは今後どうなる?元のシャウラへ戻る可能性

メィリィの魔操の加護が、小紅蠍に残ったものを示している

小さなサソリは、最後に現れた別の魔獣ではないのか。
あるいはシャウラが小型化しただけなのか。
その違いを見分ける場面が、原作第六章90話にある。
小紅蠍はスバルの手から腕へ登り、
肩を通って首元へ身体を寄せてくる。
先ほどまでのシャウラの親しさが残ったようで、
スバルも簡単には手放せなくなってしまう。

ところが小紅蠍は、スバルの耳を鋏で挟む。
慰めてくれたのかと思った直後に、痛みが走る。
やめてくれと声を上げても、なかなか離してくれない。
可愛らしい小さな身体でも、危険な魔獣なのだ。
この場面はただの笑い話ではなく、
人間のシャウラと同じ判断ができていないことを
スバルへ突き付ける出来事にもなっている。

助けに入ったメィリィは、小紅蠍をつまみ上げる。
そして自分の頭に乗せると、相手は大人しくなる。
メィリィには魔獣を操る「魔操の加護」があり、
監視塔でも砂丘の魔獣に働き掛けてきた。
小紅蠍にもその力が通じたことが重要だ。
原作では、シャウラとしての自我がないことを
示す反応として、この場面が描かれている。

第70話で出会ったシャウラは、人間の言葉で話し、
スバルの態度を見て喜んだり拗ねたりしていた。
塔の規則をすべて自由に変える力こそなかったが、
自分の願いを伝える心は持っていた。
それに対して小紅蠍は、言葉で名乗ることも、
四百年の記憶を語ることもできない。
赤い身体が同じでも、そこに大きな違いがある。

それでも小紅蠍とシャウラが無関係とは言えない。
大サソリの甲殻が崩れた場所から現れ、
スバルへ近づいて身体を寄せたのは確かなことだ。
別の場所から偶然迷い込んだと片付けるには、
出現した状況があまりにも深く結び付いている。
ただし、懐いたように見える仕草だけで、
以前の記憶が残っている証拠にはならない。

第90話ではエミリアも、失われたシャウラを悼む。
事情を聞いたあと、小紅蠍へそっと触れ、
彼女がずっと頑張っていたことを思う。
メィリィに大人しくさせられた小紅蠍は、
その指を受け入れているように見える。
人間のシャウラがいなくなった悲しさと、
残った命を大切にしたい気持ちが同時にある。
どちらか一方だけを選ぶ場面ではなかった。

小紅蠍を見守るメィリィの存在も見逃せない。
彼女はかつて屋敷を襲った魔獣使いで、
スバルたちにとって最初から安全な仲間ではなかった。
しかし監視塔では、その魔獣を扱う力が
一行を守るために使われるようになっている。
シャウラの名残を引き受ける相手がメィリィなのは、
過去の敵が今は命を守る仲間になったことも示す。

人間の姿と記憶は戻るのか?最終回後に残る可能性

小紅蠍が生き残った以上、元へ戻る可能性を
考えたくなるのは自然なことだ。
しかし第85話は、変身を解けば戻るとは描いていない。
監視塔の試験が終わるとともに、
星番だったシャウラの存在が失われている。
単に大サソリから小サソリへ縮んだのなら、
あの別れとメィリィの加護の描写が説明できない。

原作第六章90話でスバルも、
小紅蠍がシャウラそのものかもしれないと考える。
だが、最後に交わした会話を思い返し、
以前の彼女が戻ったわけではないと受け止める。
ここはスバル自身がはっきり区別しているところだ。
彼女の名残を感じることはできても、
目の前に昔のシャウラがいるとは言えなかった。

将来の復活まで完全に否定されたわけでもない。
シャウラがどのような存在として作られたのか、
フリューゲルが塔へ何を残したのかという謎もある。
ただ、謎が残ることを復活の確約と結び付けるのは早い。
現在分かっていることは、小紅蠍が生きており、
以前の人格と記憶を取り戻した描写はないということ。
この線引きが、生死を考える際の大切な基準になる。

ここには、第1期から続くスバルの苦しさも重なる。
第2期では眠るレムを救う道を探し続け、
第4期の監視塔でも仲間と力を合わせた。
それでも、願った人を全員同じ形で救えるわけではない。
レムには目覚めという変化が訪れた一方、
シャウラには人間の姿との別れが訪れた。
同じ塔で迎えた結末が、同じ救いにはならなかった。

何より、最後までシャウラを気に掛けていたのは
スバル一人ではなかった。
ベアトリスは彼女の役目が終わることを察し、
ユリウスはスバルが後悔に沈まないよう声を掛ける。
メィリィは残った小さな魔獣を危険から遠ざける。
人里から離れて一人で塔を守った少女が、
最後には複数の仲間に見送られた。
その変化も結末から消してはいけない。

だから最後の小紅蠍を、復活したシャウラだと
急いで呼ばなくてもいいはずだ。
スバルの手に乗った小さな命は確かに残っている。
その一方、笑って「お師様」と呼んだ少女は戻らない。
スバルがいつかまた出会うと願うのは、
今そこにいる小紅蠍だけでは埋められないものが
確かに残っているからなのだ。

第7章 シャウラの最後は、死亡よりも残酷な別れだった

スバルは助けようとしたのに、400年待ったシャウラを救えなかった

第85話「シャウラ/英雄」で、
スバルは最後までシャウラを救おうとした。
目の前で紅い甲殻が崩れ始めても、
勝ったと喜べるような状況ではなかった。
第70話で勢いよく抱きついてきた少女が、
自分の手の届く場所から消えようとしている。
敵の攻撃を止めることと、彼女を救うことは違った。

スバルにとって、これは初めての後悔ではない。
第1期の屋敷編ではレムを救うため、
死に戻りを重ねて魔獣の襲撃に立ち向かった。
第2期の聖域編ではベアトリスへ手を伸ばし、
閉じこもっていた禁書庫から連れ出している。
諦めなければ別の道を探せることを、
スバル自身が何度も経験してきた。

だが、シャウラの置かれた状況は違った。
彼女を襲ったのは単なる強敵ではなく、
四百年間守り続けた監視塔の仕組みだった。
規則を破れば意志に反して紅蠍へ変わり、
試験の役目が終われば本人もそこに残れない。
守ってきた約束そのものが、
ようやく帰ってきたお師様との時間を奪ってしまった。

原作第六章89話「シャウラ」では、
崩れる身体の中で少女との最後の会話が描かれる。
スバルは塔から連れ出したかったし、
もっと一緒に過ごす時間を作りたかった。
ところがシャウラは、四百年待ったことを
責めるよりも、会えた喜びを伝えようとする。
笑ってくれるほど、何も返せないスバルは苦しい。

最初の頃は、シャウラの騒がしさに困っていた。
「お師様」と呼ばれても心当たりはなく、
抱きつかれれば驚き、話を聞けば戸惑った。
それでも一緒に塔の危機を越えるうちに、
彼女がただの案内役ではなくなっていた。
最後に泣いたのは、伝説の賢者を失うからではない。
自分を信じてくれた一人の少女を失うからだった。

しかもスバルには、死に戻りで見た時間がある。
シャウラが苦しさを訴えた場面を覚えていても、
その周回を今の彼女と分かち合うことはできない。
助けられなかった悔しさだけでなく、
誰にも伝えられない彼女の涙まで抱えている。
だから最後の笑顔を見て、
四百年間は幸せだったと片付けることもできない。

第85話で守れなかったのは、身体だけではなかった。
明日も「お師様」と呼ばれる当たり前の時間、
旅の途中で軽口を交わすはずだった未来、
約束を果たしたあとに選べるはずだった暮らし。
その全部が、始まる前に失われてしまった。
スバルの涙には、そんな未来への未練も重なる。
だからこの別れは、強敵を倒した結末では終わらない。

小さなサソリが残ったことで、シャウラとの別れは終わらない

原作第六章90話「英雄」で、
赤い塵の中から小さなサソリが現れる。
スバルの手に乗り、腕を登って首へ寄ってくる姿は、
第70話で無遠慮に抱きついたシャウラを思わせる。
あの少女が小さくなっただけなら、
これほど安心できる結末はないだろう。
しかしスバルは、同じ彼女が戻ったとは受け取らない。

小紅蠍は耳を鋏で挟み、スバルを痛がらせる。
その後、メィリィの魔操の加護に従って落ち着く。
以前のシャウラなら、からかう言葉を返したり、
自分の気持ちを大声で伝えたりしたはずだ。
ところが小紅蠍には、その会話ができない。
命が残っていることは確かでも、
四百年を語った人格まで戻った証拠にはならない。

ここで大切なのは、残った命を否定しないことだ。
小さな身体で動き、スバルへ寄ってきた存在は、
シャウラの最後と深くつながっている。
ただし、すり寄ったから記憶があると決めたり、
加護が通じたから無関係だと切り捨てたりもできない。
あの少女が戻ったわけではないという悲しさと、
小さな命が残った喜びは同時にあっていい。

原作では、スバルはシャウラとの最後の言葉を思い、
小紅蠍を手にしながら別れを受け入れる。
「また会いたい」という願いを忘れず、
今はさようならと告げるしかなかった。
いつ、どんな形で再会できるのかは分からない。
だからこそ、その言葉は復活の予告ではなく、
果たせるか分からない願いを引き受ける約束になる。

思い返せば、第70話のシャウラは
お師様に再会できたと信じて笑っていた。
スバルは彼女の待ち人と同じ記憶を持たず、
四百年前の約束を覚えているわけでもない。
それでも目の前の少女の願いを聞き、
最後には自分の言葉で別れを告げた。
待ち続けた相手かどうかという謎とは別に、
二人が塔で過ごした時間は確かに残っている。

第85話には、レムが目を覚ますという喜びもある。
失った人を取り戻すために塔へ来たスバルは、
一つの願いをかなえながら、別の少女を失った。
誰もが望んだ形で救われる結末ではない。
それでもシャウラを思い出す人がいて、
小紅蠍を見守る仲間がいる。
四百年一人で塔を守った頃とは、そこが違う。

シャウラは死亡したのか。
人の姿で笑い、話したシャウラとは別れた。
一方で、小さな紅蠍という命は残されている。
その二つを無理に一つの答えへ押し込めると、
第85話が描いた別れを見失ってしまう。
スバルが忘れないのは、サソリの姿だけではない。
四百年間待ち、ようやく会えたと笑った少女そのものだ。

Re:ゼロまとめ

『Re:ゼロ』の考察・キャラ解説・王選・魔女教・大罪司教関連記事をまとめています。
スバル、エミリア、レム、ラインハルト、アル、魔女教、暴食、プレアデス監視塔の記事はこちら。

▶【Re:ゼロ】記事一覧ページはこちら

▶ Re:ゼロの記事一覧ページを見る

あなたは映画やドラマを思いっきり楽しみたいですか?

 

  • 「観たい映画があっても、配信サービスごとに探すのが面倒…」
  • 「ドラマやアニメを楽しみたいけれど、作品数が少なくてすぐ見終わってしまう…」
  • 「マンガや雑誌まで楽しみたいのに、別々に契約するのは大変…」
  • 「せっかく登録しても、観たい作品が見つからないことがある…」
  • 「休日に何を観るか迷って時間が終わってしまう…」

など、動画配信サービスを利用したいけれど、
自分に合ったサービス選びで悩んでいる方は多くいらっしゃいます。

家族や友人に相談しても、
自分に合った作品が見つからず困ってしまうこともありますよね。

そんな方に注目されている動画配信サービスが♪

⇒ U-NEXT(ユーネクスト)

 

●U-NEXT(ユーネクスト)の魅力

映画・ドラマ・アニメはもちろん、
マンガや雑誌などの電子書籍まで楽しめる
総合エンタメサービスです。

幅広いジャンルの作品がそろっており、
話題作から定番作品まで楽しめるため、
さまざまなエンタメをまとめて楽しみたい方に人気があります。

さらに、
ライブ配信やスポーツ中継、
韓流ドラマや独占配信作品なども充実しているのが特徴です♪

作品数やジャンルの幅広さが魅力のサービスとして、
多くのユーザーに利用されています。

31日間無料トライアルを実施しています♪

まずは実際に使ってみて、
自分に合った作品を探してみるのも楽しいと思います。

幅広い作品を楽しみたい人には、
使いやすい動画配信サービスですよ♪

⇒ U-NEXT(ユーネクスト)

 

●さらに便利なポイントも!

スマホ・タブレット・テレビなど、
さまざまな端末で視聴できるため、
外出先や自宅など、好きな場所で楽しめます♪

さらに、
独占配信作品やライブ配信も多数あるため、
いろいろなジャンルを楽しみたい方にも向いています。

エンタメ好きの方は、
ぜひチェックしてみてください♪

⇒ U-NEXT(ユーネクスト)

コメント

タイトルとURLをコピーしました