『ロメリア戦記』では、ロメリアたちを助けたトマス一家だけでなく、王族や将兵、魔王軍にも死亡人物がいる。
誰が、どの出来事で命を落とすのかを一覧で示し、重傷を負っても生き残る人物との違いも確かめる。
アニメで描かれた範囲と原作の先の展開を分け、気になる人物の生死がどうなっているのか。
第1章 死亡キャラ一覧―― 誰が、どの出来事で命を落とす?
| 人物 | 最期に関わる出来事 |
|---|---|
| トマス | 一行の身代わりとなり殺される |
| ミシェル | 夫・娘とともに殺される |
| セーラ | 両親とともに命を奪われる |
| カルス | 戦場で死亡。赤ん坊は生存 |
| ミーチャ | ガリオスを足止めして戦死 |
| ギュネス | 王国の旗を掲げよと命じて戦死 |
| アンリ | 王城で襲撃を受け死亡 |
| エリザベート | 傷を負い、炎の迫る王城に残る |
| ゼルギス | 物語冒頭ですでに討伐済み |
| グエンナ | メリルがとどめを刺す |
| ザリア | 王城の事件でアルに斬られる |
トマス一家だけでは終わらない犠牲
『ロメリア戦記』では、トマス、ミシェル、
セーラの親子に加え、カルス、ミーチャ、
ギュネス将軍、アンリ、エリザベートらが
命を落とす。魔王ゼルギスやグエンナ、
ザリアにも死が訪れる。助けてくれた家族だけが
特別に悲惨な結末を迎える作品ではなく、
味方の兵士にも、国の中心にいる人にも、
次の戦いが容赦なく迫ってくる。
アニメ序盤で家族の最期に引っ掛かったなら、
「この先も誰かを救えない場面が続くのか」
という不安は残る。原作では、その不安を
打ち消すような無傷の連勝は続かない。
ロメリアが軍を育て、戦い方を工夫しても、
全員を連れて帰れるとは限らない。
彼女に力があることと、目の前の命を必ず
救えることは、最初から別々の問題になっている。
ただし、戦場で倒れた人物が全員死亡する
わけでもない。カイルやメリルには深い傷が残り、
レットやシュローも大きな損傷を受ける。
それでも生存が確認される場面がある。
血を流して動かなくなる描写と、亡くなったと
分かる描写を混ぜると、仲間が予想以上に
次々死ぬ作品という印象にもつながってしまう。
表に挙げたのは、原作Web本文で最期を
確認できる主な人物。作品全体の戦死者を
一人残らず数えたものではない。
特に書籍の終盤はWeb版と同じ進み方を
しているとは限らず、ここにある名前だけで
書籍全巻の犠牲者が出そろうことにはならない。
この先では、家族、兵士、王族、敵側に分け、
それぞれ何が起きたのかを追っていく。
死亡の時点も一様ではない。ゼルギスは
物語の冒頭ですでに討伐され、トマス一家は
帰還の道中で亡くなる。その後、ロメリアが
人を集めて戦うようになると、犠牲者の名には、
自分の指揮のもとで戦った兵士が増えていく。
序盤の死と後半の死では、彼女がその人に対して
引き受ける立場も変わる。最初に助けられた記憶が、
後に命令を出す側になった彼女の負担と
重なっていく。
三人家族の名前は、一家としてまとめられる
ことも多い。ただ、死亡人数を知りたい時には、
トマスだけでなくミシェルとセーラも
亡くなったことが重要になる。
父親の身代わりだけで終わらず、
妻と娘も命を奪われるため、ロメリアの記憶にも
家族全員が残る。親子の一件と、
その後の兵士の戦死を分けて読むと、
戦う者以外へ及ぶ被害もはっきりする。
敵を倒しても、すぐに平和は戻らない
最初に命を落としている大物は、魔王ゼルギス。
物語は魔王討伐を成し遂げた後から始まり、
アンリがロメリアとの婚約を破棄する。
普通なら大きな戦いが終わって一息つけそうな
出発点なのに、その直後にトマス一家の死が
待っている。魔王の生死だけを確かめても、
人々の暮らしが安全になったかどうかは分からない。
トマス一家は、王国に戻ってから軍人として
戦う人々とは立場が異なる。魔大陸で
抑圧されながら生活し、逃げようとする一行に
手を貸した家族。戦争に参加すると決めて
剣を取った兵士だけでなく、その周囲で暮らす人まで
巻き込まれている。セーラのような子供が含まれるため、
戦果と引き換えに仕方なく出た損害という言葉では、
とても収まりきらない。
一方、カルスやミーチャの死には、その場で
誰を守ろうとしたかがはっきり残る。
カルスの体の下には赤ん坊が生きており、
ミーチャは仲間を逃がすためにガリオスを足止めする。
亡くなった人だけを数えると見えなくなるものが、
その直後に助かった人の姿として描かれている。
死の場面を、戦いの決着だけで区切らない
書き方が続く。
王城でのアンリとエリザベートの最期も、
魔王軍との正面衝突とは事情が異なる。
王国内の企てによって二人は追い詰められ、
互いをかばいながら倒れる。外の敵を退けるだけでは
取り除けない危険が、王のいる場所にまで
入り込んでいる。魔王討伐の仲間という肩書きも、
王位も、致命傷から二人を守ってはくれない。
そして、敵の死にも別々の事情がある。
ゼルギスの討伐、グエンナへのとどめ、
ザリアが斬られる場面は、同じ戦いの連続ではない。
誰が倒したのか、どこで決着したのかを分けると、
ロメリアの周囲で起こる死が、単純に味方と敵の
人数を減らす出来事ではないことが見えてくる。
家族を失った痛みと、敵の指揮官を倒した戦果は、
同じ数でも並べにくい。
また、死後に名前が出たり、回想や不思議な光景の中で
姿が現れたりする人もいる。そのため、
後の話で再び登場することだけでは、
生きていたとは言い切れない。
ミーチャやアンリたちは、生前の姿で
ロメリアの前に現れても、現実の軍へ戻って
指揮を執ることにはならない。
登場しなくなるかどうかと、
命が続いているかどうかにも違いがある。
第2章 トマス・ミシェル・セーラ―― 一行を逃がした家族の最期
盗まれた鎧の先に、三人の遺体があった
トマスは、アンリ一行の剣と鎧を奪って
逃げた人物として現れる。盗まれたという部分だけなら、
協力者に裏切られたようにも見える。
けれど、奪われたのはアンリの装備であり、
その後に見つかる遺体は、その鎧を身に着けている。
ここで盗難の受け止め方がひっくり返る。
自分だけ助かろうとした逃亡と、
目立つ鎧を着て追手の前へ出る行動は、
向かう先が正反対になっている。
魔王を倒した一行は、すでに安全な場所へ
帰り着いているわけではない。まだ魔族のいる土地を抜け、
海を渡る必要がある。追う側が侵入者を討ったと
考えれば、捜索や警戒が緩み、残る一行が
逃げられる可能性が生まれる。
ロメリアは、鎧を着たトマスの姿と
その後の状況から、彼が自分たちの
身代わりになったことを知る。
ただ、トマス一人の遺体が見つかるだけでは終わらない。
そばには妻のミシェルと娘のセーラもいる。
大人が危険を引き受けたために、
その大人だけが帰ってこなくなる場面とも異なる。
家族ぐるみで命を奪われ、家に帰って誰かと
再会する余地まで閉じられてしまう。
鎧を見た衝撃の後に、もう一度大きな痛みが
重なってくる。
トマスの行動が一行の脱出を助けたことと、
ミシェルやセーラまで殺されてよいことは、
まったくつながらない。彼の選択を勇敢と呼ぶだけでは、
妻と子供が失った生活の大きさが残る。
本人がどこまで先を覚悟していたのか、
家族の間でどんな会話があったのかも、
描かれていない部分まで埋めることはできない。
三人の死は、計画の成功だけで片付かない。
一行は三人を助け直すことも、そこで十分に弔って
立ち止まることもできず、脱出を続ける。
生き延びるためにその場を離れる選択が、
ロメリアの中では後まで消えない。
誰かに助けられて帰れたことを素直に喜ぶ前に、
帰れなかった家族の顔が浮かぶ。
序盤の短い出会いが、帰国後の物語から
切り離されないのは、この別れ方によるところが大きい。
トマスの持ち去った鎧は、身分を隠す道具ではなく、
逆に誰かと見間違わせるための目印として働く。
追手に見つからないよう服装を変える逃げ方とは逆なので、
装備を奪われたと分かった時点と、
遺体が現れた時点では、同じ品物の見え方が変わる。
アンリのものと分かる鎧があるから、
一行はそこに倒れている人物の
身代わりとしての役割を知ることになる。
セーラとの小さなやり取りが後まで残る
ミシェルは食べ物や水を用意し、セーラは空腹を抱える
小さな子供として描かれる。ロメリアはパンを分け、
少女とのささやかなやり取りを重ねる。
ここにあるのは、軍の指揮や国の将来を語る前の、
ごく身近な助け合い。相手の素性を詳しく
知り尽くしていなくても、お腹をすかせた子供に
食べ物を渡すことはできる。
だから遺体が現れる時、トマス一家は脱出作戦に
協力した三人という説明だけの存在になっていない。
さっきまで食べ物を運んでくれた人、
少しでも何かを食べさせたかった子供として、
名前と日常の動きが残っている。
大きな戦いに勝った直後ほど、
この小さな生活が戻ってこない落差はきつい。
魔王に勝てる一行でも、この家族には間に合わない。
ロメリアの後悔には、自分たちが生き延びたことそのものが
三人の犠牲と結び付いている苦しさがある。
直接手を下した側と彼女を同じにすることはできない。
それでも、恩人を置いて逃げたという自分の記憶は残る。
相手が自発的に手を貸してくれたことを知っても、
その後悔がきれいに消えるわけではない。
原作Web版では、ずっと後にロメリアが生死の境で
三人と再会するような場面もある。
セーラは幼い姿のまま彼女に駆け寄り、
両親もそばに立っている。これは一家が戦場へ
生き返って戻る展開ではなく、危篤のロメリアが
出会う光景として描かれる。
三人の死亡が取り消されるのではなく、
長い時間が過ぎても彼女の内側に残っていることが
伝わってくる。
その場でロメリアは、自分が三人の犠牲に見合うことを
できたのかと自問する。一家の死が、すぐに使命感へ
置き換わって解決したわけではないと分かる場面。
軍を作り、人を救い、何度も戦いを切り抜けた後でも、
セーラを前にすると答えが出ない。
助けられた側だけが年を重ねていくという隔たりまで含め、
三人の最期は物語の先へ付いてくる。
三人には、帰還した一行のように、
その後の功績を知られる機会も残らない。
魔王討伐の中心にいた人々が故郷へ戻っても、
彼らを逃がした家族は海の向こうに置かれる。
王国で何が評価されるかという話から、
一家の最期がこぼれてしまう隔たりもある。
ロメリアだけが知っている細かな親切と、
周囲に伝わる勇者たちの帰還の話は、
同じ大きさで残るとは限らない。
死後の再会でセーラが手を振る姿には、
責める言葉がない。ロメリアが自分へ向けている
厳しい問いと、家族の穏やかな反応の間に距離がある。
亡くなった側が許したから今後は苦しまなくてよい、
と一度に片付く場面でもない。
実際にはもう交わせない言葉が、
危篤の彼女の前に姿を取って現れるため、
序盤の別れとは違う静けさがある。
第3章 カルス・ミーチャ・ギュネス―― 守る側にも訪れる戦死
カルスの下で生きていたソネット
カルスの死亡が分かる場面では、
戦いが終わった後の捜索が続いている。
メリルは自分も深い傷を負いながら、
倒れている人々を確かめていく。
その途中で見つけるカルスの体には、
すでに小さな敵が寄り集まっている。
まだ治療すれば助かるかもしれない人を探す時間の中に、
もう助からない人の姿が混ざっている。
そこで見つかるのが、カルスの胸元に守られた
赤ん坊のソネット。カルスは亡くなっていても、
ソネットには命がある。メリルは赤ん坊を抱き上げ、
救い出す。戦場全体を眺めた時には分からないほど
小さな生存が、鎧の内側に残されている。
助かったと分かってほっとする気持ちと、
守った本人は戻ってこない苦さが、
一つの場面に重なる。
カルスは、それまでの振る舞いも含めて、
無条件に慕われる人物として描かれてきたわけではない。
無謀な争いで人を傷付け、
ミアやソネアに対しても暴力を振るっている。
そのため、最期に赤ん坊を守った一件だけで、
過去の被害までなくなることはない。
亡くなったからすべてを美しく語れる、
という人物ではないところが、
この場面を複雑にしている。
それでも、ソネットが生きていた事実は動かない。
嫌なことをした人物だから助けた命を無視できるわけでも、
誰かを守ったから過去に傷付いた人が
許さなければならないわけでもない。
メリルは目の前の赤ん坊を救い出す。
その行動のそばに、カルスの生前の問題と
最後の行動が、どちらも消えずに残っている。
同じ捜索の中では、ミアの呼吸も確かめられる。
倒れている姿を見つけることが、
そのまま死亡確認につながるわけではない。
カルスの死、ソネットの無事、ミアの生存が
近い距離で描かれ、戦場の後片付けという
一言には収まらない違いが生まれる。
戦いが止まった後も、探す人にとっては
一人ずつ結果が変わる時間が続いている。
ソネットが無事と分かることを知るのも、
激戦の最中ではなく、敵味方の体が残った場所を歩くメリル。
その場へ誰も近づかなければ、守られた命があることさえ
気付けなかったかもしれない。
カルスが赤ん坊を守ったことに加え、
それを見つけて抱き上げる人がいて、
生存が次の時間へつながる。
一人の最後の行動だけで救出が完結していないところも、
印象に残る。
ミーチャの足止めと、ギュネスの最後の命令
ミーチャは、ガリオスの前から仲間を逃がすために
命を落とす。アルとレイでさえ押し切られる相手を前に、
彼は二人を生かす必要があると判断する。
ロメリアは逃げるよう命じるが、ミーチャは従わず、
彼女の腰のベルトを切って爆裂魔石の入った袋を持ち去る。
最初から上官に見捨てられて残るのではなく、
止めようとする声を振り切って進んでしまう。
この時のロメリアは、戦力として誰を残すかだけを
考えているわけではない。傷付いたミアを残していくのかと
ミーチャに問い、彼自身がそばにいるよう引き留める。
先の戦いに必要という言葉を並べるミーチャと、
その先の暮らしを彼に戻そうとするロメリアの会話が
食い違う。人を助けるための判断なのに、
二人が願う結末は揃わない。
ミーチャはガリオスにしがみついて穴へ落ち、
深い傷を負った後も足止めをやめない。
爆裂魔石で相手を直接倒すのではなく、
崩れかけた地盤を利用する。
敵の強さを力で上回れなくても、
その足場を崩せば追撃を遅らせられる。
自分が生還する道を残せないまま実行した策が、
ロメリアたちに逃げる時間を作る。
ただし、ガリオスまでここで死亡するわけではない。
ミーチャの犠牲は強敵の完全な討伐という結末では報われず、
それでも仲間がその場を離れる助けになる。
後の原作では、ミーチャは何年も前に戦死した人物として
振り返られる。穴へ落ちて姿が見えなくなったため
安否不明という扱いではなく、
物語の中でも帰らぬ仲間になっている。
ギュネス将軍の死も、残った人々の行動へつながる。
原作ではロメリアが将軍の戦死と、
王国の旗を掲げよという最後の命令を兵士たちに伝える。
指揮する人を失っても、旗が残れば味方のいる場所を示せる。
目の前の隊列が崩れそうな場面で、その命令は
死者を悼む言葉だけに留まらず、
生きている兵士を集め直す手掛かりになる。
ここで亡くなる人々は、全員が同じ形で
誰かを守ったわけではない。カルスには赤ん坊、
ミーチャにはその場を離れる仲間、
ギュネスには命令を受け継ぐ軍が残る。
守られた側が生き延びるほど、
亡くなった側が戻らないこともはっきりしてくる。
勝ち負けの発表より先に、抱き上げられる子供や
掲げられる旗が目に入る場面になっている。
ミーチャが手を伸ばす先にあるのは、
自分を助ける治療でも逃げる馬でもなく、
足元を崩すための魔石になる。
ロメリアが彼に残してほしいと願った未来と、
彼が今ここで残そうとした仲間の命が、
同じ場面でぶつかっている。
彼の行動が役立ったと説明できても、
ロメリアが望んだ結果ではないことは変わらない。
役に立った犠牲だから納得できる、
という順番にはならない。
将軍本人の声がもう届かなくなっても、
その言葉を別の人が兵へ伝える。
指揮官を失った軍が、その場で何を頼りに立つのか
という場面にもなっている。
第4章 アンリとエリザベート―― 王城の炎の中で迎える別れ
エリザベートをかばったアンリが倒れる
アンリとエリザベートは、原作Web版の王城で起きる事件で
命を落とす。魔王討伐の旅ではロメリアを遠ざけた二人なので、
その後を気にしていると、失脚や別離を想像するかもしれない。
実際の最期は、相手を見捨てて逃げる場面ではなく、
互いを守ろうとして傷を重ねる場面になる。
きっかけとなるのは、王国の記念行事の裏で進む企て。
ザリアやファーマインの動きが絡み、
王の周囲に危険が迫る。エリザベートはアンリの前に飛び出し、
胸に深い傷を負う。その後も混乱は収まらず、
アンリは傷付いた彼女を抱えて攻撃から守る。
かつて大きな敵と戦った二人が、
今度は安全と思われる王城で追い詰められていく。
アンリ自身もただ逃げ惑うだけではない。
魔法を使って抵抗し、エリザベートを抱えたまま
彼女の盾になる。けれど、その背には矢が突き立ち、
体力は失われていく。誰かをかばう場面は頼もしく見える一方で、
ここでは傷を代わりに引き受けるたびに、
逃げ延びる余地が狭まってしまう。
エリザベートには治癒の力があるため、
重傷でも最後に治せるのでは、と期待が残る。
彼女は実際にアンリを救おうとする。
しかし、自身も深い傷を負い、出血したままの状態。
力を使おうとする動きがあっても、
それで必ず命がつながることにはならない。
アンリは彼女のもとで息絶え、
回復を待つ時間そのものが失われる。
治せなかったことを、エリザベートの愛情が
足りなかった証拠のように読む根拠はない。
彼女はかばって傷を受け、
アンリもその彼女を守るために傷付いている。
すでに体が限界に近い中で、
なお助けようとしている場面。
特別な力を持つ人物でも、
深い傷と失った時間を自由に取り戻せるわけではないことが、
二人の最期に重なっている。
エリザベートが先にアンリをかばい、
その後にアンリが彼女を守る流れなので、
片方だけが一方的に相手へ尽くして死ぬ場面とも異なる。
助けようとする向きが何度も行き来する。
それでも、二人分の願いがあれば治るわけではない。
互いへの思いが伝わるほど、
体に残った傷はその気持ちを待ってくれないという冷たさが、
かえって際立つ。
ロメリアは助けようとしても間に合わない
ロメリアは事件を遠くから眺めるだけではなく、
王城へ救援に向かう。かつての仕打ちを持ち出して
二人の死を望むのではなく、今そこにいる人を助けようとする。
ただ、到着できたことと、
すべてが間に合ったことは同じにならない。
外から兵を率いて駆け付けても、
アンリが受けた傷をなかったことにはできない。
エリザベートはアンリを失った後、
炎の迫る場所に残る。ロメリアがそこから連れ出そうとしても、
彼女は離れようとしない。
体を治療する手段だけでは解けない別れが、
ここで起こっている。生きてほしいと願う側と、
亡くなった人のそばを離れられない側の気持ちが、
その場で重ならないまま時間が進んでいく。
ロメリアには同行する兵士たちの命もある。
もう少し粘れば助けられるかもしれないという気持ちだけで、
全員を燃える城に留め続けることはできない。
レイが彼女を止め、撤退へ向かう。
指揮官として引く判断を迫られることが、
目の前の一人を諦める苦しさと直結してしまう。
トマス一家の時とは状況が違っても、
置いて去る痛みが再び生まれる。
この事件で王城にいた人々が全滅するわけではない。
セルゲイ、ファーマイン、侍女のマリーは救出される。
アンリとエリザベートの死を大きく語るあまり、
同じ場所にいた人物までまとめて死亡扱いにすると、
救援がつないだ命まで消えてしまう。
助けられなかった二人と、運び出された人々が、
同じ事件の中に残っている。
アンリとエリザベートの最期を、
婚約破棄への罰と決め付けるのも収まりが悪い。
ロメリアは彼らが倒れることを望んで戦ってきたわけではなく、
最後まで救おうとしている。
二人の過去の言動への引っ掛かりが消えなくても、
その死を気持ちよく喜べる作りにはなっていない。
相手を傷付けた過去と、
相手を愛して守ろうとした最後の姿が、
どちらも残る。
後にロメリアが危篤の中で見る光景には、この二人も現れる。
アンリは頭を下げ、
エリザベートはロメリアに手を差し伸べる。
そこには生前の関係のまま怒りを返す会話はなく、
彼女を送り返すような動きがある。
王城の炎で終わったはずの関係が、
ロメリアの心の中では、
もう一度向き合う相手として続いている。
ザリアが倒れた後にも救命が間に合わないため、
この事件は敵を排除した時点で気持ちよく閉じない。
駆け付けた側は戦っている最中にはまだ何かを変えられるが、
着いた時にはすでに失われている時間もある。
ロメリアが以前より多くの味方を動かせる立場になっていても、
城内で起きたすべてをさかのぼって防げるわけではない。
また、エリザベートが城に残ることを選んだとしても、
最初に傷を負わせた襲撃まで本人の選択に変わるわけではない。
逃げられる健康な状態から穏やかに別れ方を選んでいる
場面ではなく、血を失い、愛する人を失った極限の中にいる。
最終的に残ったという一点だけで、
助けを必要としない人として片付けるのも難しい。
第5章 ゼルギス・グエンナ・ザリア―― 敵側の死亡と決着
魔王ゼルギスとグエンナを倒したのは誰か
魔王ゼルギスは、物語が本格的に動き出す前に倒されている。
討伐後にはアンリがその首を持ち帰るために扱う描写もあり、
実は逃げ延びていたという形ではない。
最初に目指していた魔王討伐は達成されている。
そのうえで、ロメリアたちが逃げる途中にも殺される人がおり、
帰国後にも魔王軍との戦いが続く。
ここで起こるのは、倒したはずの魔王を
延々追い直す展開とは少し違う。
中心にいた一人が死んでも、各地にいる軍や、
支配されている土地が同時に消えるわけではない。
魔王の首という分かりやすい勝利の証拠があるのに、
トマス一家の命は守られない。
冒頭に置かれたその落差が、
ロメリアが帰国後も動く背景につながっている。
ゼルギスを倒した功績をめぐっては、
旅の一行の力と、ロメリアの支えを切り離せない。
彼女の『恩寵』は周囲に働く力で、
自分一人が何でもできる形ではない。
魔王討伐が成功したからロメリアには
無限に人を救える力がある、と考えると、
その後の死が不可解になる。
周囲を支える力があっても、
傷を受けた人の命を必ずつなぐ保証にはならない。
グエンナの最期は、カイルやメリルが
深い傷を負う戦いと結び付いている。
最後に頭部へ刃を突き立て、とどめを刺すのはメリル。
グエンナとの戦いでカイルが強く印象に残っていても、
最後の一撃までカイルが担うわけではない。
誰が激しく戦ったかと、
誰がとどめを刺したかには違いがある。
メリル自身も、その時すでに無事ではない。
大きな傷を負った人が、なお目の前の敵へとどめを刺し、
その後に味方を探す側へ回る。
グエンナが死んだ瞬間に、
周囲の負傷まで治るわけではない。
相手を倒せたという結果の後に、
カイルやレットたちを生かすための手当てが続くため、
戦いの終わりがそのまま安心にはつながらない。
グエンナにとどめを刺したメリルと、
カルスの体の下からソネットを救い出すメリルは、
同じ戦場を歩いている。
敵を倒す側の行動と、まだ助けられる人を探す行動が、
別々の人物へ都合よく分担されていない。
自分も傷付きながら両方を引き受けているため、
敵将の死を語る部分にも、
味方の犠牲と救出の場面が入り込んでくる。
ザリアの最期と、ガリオスの取り違え
ザリアは、アンリとエリザベートを襲う
王城の事件で敵として立ちはだかる人物。
ここでは魔王軍の大物を倒す戦場とは違い、
人間側の内側で刃が向けられる。
王のそばまで危険が入り込んでいるため、
敵を城外に押し返せば済む状況ではなくなる。
身近な場所にいる人物が敵へ回る怖さが、
事件の進み方に重なる。
ザリアを斬るのはアル。
アンリが最後に立ち上がって討ち取る展開でも、
エリザベートが治癒の力を攻撃へ転用する展開でもない。
駆け付けたロメリア側の兵が、王城の敵を排除する。
けれど、そこでザリアを倒せても、
すでに深い傷を負った二人の命までは戻らない。
襲った側への決着と、
襲われた側の救命がずれる事件になっている。
同じ場面では、レイが相手の武器を奪い、
すぐには命を奪わずに押さえる動きもある。
戦える状態を失った相手が、
その時点で死んだとは限らない。
一方で、その後に爆発へ巻き込まれる者もいる。
敵側の人数を一括して死亡数へ置き換えると、
斬られたのか、制圧されたのか、
その後に別の事態が起きたのかが混ざってしまう。
そして、特に取り違えやすいのがガリオス。
ミーチャが巻き込んだ崩落でも、
後にアルとレイが大きな傷を負わせた戦いでも、
その場の倒れ方は激しい。
それでも、激しい決着の印象だけで、
そこを死亡場面にはできない。
セメド荒野では倒れたガリオスを翼竜がつかんで
運び去ろうとし、攻撃を受けて
谷へ落ちるところまで描かれる。
読んでいる途中では、さすがに今度こそ倒せたのでは、
と感じる余地がある。けれど、その場で勝利が決まることと、
敵将の最期が確定することは別に残る。
少なくとも、ミーチャの戦死とガリオスの死亡を、
同じ崩落の結果として並べることはできない。
ミーチャの犠牲の大きさを語るために、
ガリオスの死まで足してしまうと、
その後の戦いと食い違う。
敵側の一覧で確実に挙げられるゼルギス、
グエンナ、ザリアにも、それぞれ違う役割がある。
物語の出発点を作る死、負傷者の山を残す死、
王城の襲撃に決着を付ける死。
相手が亡くなったと分かっても、
残された側の苦しさはその場では終わらない。
勝利の瞬間に救援や捜索が続いているところが、
『ロメリア戦記』の戦いを簡単な祝勝だけにしない。
ガリオスについては、追い詰められた姿が
何度も強く描かれること自体が、
討伐と死亡を取り違えやすくしている。
穴へ落ちれば地盤が崩れ、
剣で斬られれば救いの翼竜が現れる。
戦っている側にとって、
その場から敵が消えることは大きな勝利になる。
それでも読者の側には、
運ばれた先でどうなったのかという問いが残る。
ザリアを討ったアルと、ガリオスへ斬り込むアルは、
どちらもロメリアを守る側にいる。
それでも、一方ではその場で相手の死に至り、
もう一方では救出する敵が割って入る。
腕前だけで結果が揃わず、
敵側に残る仲間や退路によっても、
決着の先が変わっている。
第6章 重傷でも死亡とは限らない―― 生還する人物たち
| 人物 | 確認できるその後 |
|---|---|
| カイル | 全身に火傷を負うが生存 |
| メリル | 左腕を失うが生存 |
| レット | 両手を失うが生存 |
| シュロー | 脚を失うが生存 |
| ミア | 捜索で呼吸を確認 |
| セルゲイ | 王城から救出される |
| ロメリア | 第五章の危篤から生還 |
カイル、メリル、レット、シュローはどうなる?
カイルは全身に火傷を負い、
意識を失うほど追い詰められる。
それでも、戦いの後の場面では命がある。
あの状態から助かるのか、と不安になる傷付き方ではあっても、
遺体として扱われる人物ではない。
グエンナの死亡と、カイルの重傷は
同じ戦いの近くで起こるため、
決着の激しさだけを覚えていると、
双方が亡くなったようにも混ざりやすい。
メリルは左腕を失う。
自身が治療を必要とする大きな負傷を抱えながら、
周囲の人を探していく。
そのため、生きていると分かって一安心しても、
何事もなかったような生還とは呼べない。
助かったかどうかを答えることと、
戦う前と同じ暮らしに戻れるかどうかを答えることには、
かなりの隔たりがある。
レットは両手を失い、シュローも脚を切断される。
それでも、戦いの後には生きている場面がある。
欠損という見た目の衝撃が大きいぶん、
命も失ったと受け止めそうになるが、
原作では言葉を交わす人として残っている。
死亡一覧へ名前を加えるより、
その時点で助かった人として区別した方が、
その後に続く本人たちの時間にもつながる。
この戦いの負傷者を気にする時、
誰が死んだかという質問の中には、
好きになった人物がもう出てこないのかという心配も混ざる。
カイルやメリルたちについては、
少なくともこの場面で命を落として退場する結末ではない。
ただし、生存の一言で傷の重さが軽くなることもなく、
手当てを受けて命をつなぐ描写が必要になっている。
負傷後の場面で本人が話せることには、大きな重みがある。
命が残っていると分かるだけでなく、
傷を受けた人が、周囲から一方的に語られる存在だけでは
なくなる。死亡した人については、
仲間がその最期を伝えるしかない。
それに対して生き残った人は、
自分の痛みや目の前の状況に、本人の反応を返せる。
戦場の捜索で、その差が一人ずつ確かめられていく。
ロメリア自身にも、生死の境をさまよう場面がある
王城の事件では、セルゲイも戦いと爆発によって
危険にさらされる。倒れる姿だけを切り取ると最期に見えるが、
その後に救出される。
ファーマインとマリーも運び出される側にいる。
城が炎に包まれたことと、
そこにいた全員が亡くなったことは同じではない。
救援が遅すぎた人物のそばに、
まだ助け出せる人物も残っている。
ロメリア本人も、原作Web版の第五章で矢を受け、
極めて危険な状態になる。
彼女の視点では、霧の中に亡くなった兵士たちが
並ぶ光景が現れる。
ミーチャやトマス一家、アンリとエリザベートがそこにいるため、
自分も死んだと考える。
主人公自身がそう受け止めるほどの場面でも、
それが最終的な死亡の確定にはならない。
光景の中では、エリザベートが手を差し伸べ、
ロメリアの体に光が満ちていく。
彼女はその場から送り出され、
やがて見慣れた天幕の中へ戻る。
次の話でも、治療によって容体が峠を越したことが語られる。
死者たちと会ったという不思議な体験と、
現実で彼女が生還したことが、続けて描かれている。
この体験を、亡くなった仲間が全員復活した証拠にはできない。
ミーチャもトマス一家も、
そこでロメリアと一緒に天幕へ戻るわけではない。
むしろ、彼女だけが向こう側から送り出される。
死んだ人と再会する場面があるのに、
死亡一覧からその人々の名前が消えないのは、
この別れ方による。
ロメリアはその光景で、
自分が死者たちと同じ場所へ行けないと考え、
暗い穴を恐ろしい行き先のように捉える。
しかし、それは彼女自身の受け止め方。
自分の指揮によって多くの兵が亡くなったという後悔が、
その判断に重なっている。
本人が地獄へ向かうと考えたことを、
作品の世界で彼女に下された確定の裁きとして
扱うこともできない。
一時は心臓が止まったと伝えられるほどの重体でも、
物語はそこで彼女の一生を閉じない。
現実には治療する人がいて、
天幕の前には彼女を待つ兵士たちがいる。
死者と会う幻想だけでなく、
戻った先にいる人の存在も描かれるため、
主人公の死亡を確かめたい場合には、
この続きが欠かせなくなる。
生還する人物の場面をたどると、
『ロメリア戦記』の助かるという言葉には幅がある。
意識を失って治療される人も、手足を失って残る人も、
死を覚悟するほど追い詰められて戻る人もいる。
亡くなった人を悼むことと、
助かった人が受けた傷を軽く扱わないことは、
同時に成り立つ。
死亡か生存かの二択の後にも、その人の戦いは続いている。
危篤の光景の中で、
ロメリアは死者たちへ頭を下げようとする。
生きている間に返せなかったものや、
自分の命令で奪ったと感じる未来が、
その場に集まっているようにも読める。
これは彼女の後悔に沿った受け止め方であり、
亡くなった人々が彼女を責めて並んでいると
決まったわけではない。
実際の彼らは、彼女を引き留めず送り出すように動く。
第7章 原作の結末までに誰が亡くなる? 書籍終盤とアニメの範囲
書籍第6巻は、Web版の途中と同じではない
書籍小説の第6巻では、戦いはいよいよ終盤へ向かう。
出版社の紹介では、ギレ山砦での戦略的な敗北、
ゲラシャの動き、ローバーンへ向かうガリオス軍、
それを追うロメリアが示されている。
魔王を倒した後に始まった戦いが、
そのまま小さな後始末では終わらず、
大きな軍同士の決着へ進んでいる。
ここで気になるのは、ガリオスやギャミにも
最後が訪れるのかという点。
二人は終盤の大きな相手として登場する。
ただ、書籍第6巻の紹介に名前があること自体は、
その人物が死亡する証拠にはならない。
ガリオスのように、Web版で激しく倒されながら
先へ続く人物もいるため、別の戦いの負傷を
最終巻の死亡へそのまま結び付けることはできない。
書籍第6巻の公開レビューでは、
ガリオスやギャミの最期まで紹介されている。
一方、ここで本文を確かめられた死亡一覧は
原作Web版の描写を軸にしているため、
書籍だけの終盤の犠牲者を、
同じ確度で出そろった一覧とはしていない。
ガリオスがミーチャと一緒に亡くなった、
といった混同を避けるためにも、
どの戦いの話なのかは残している。
小説の巻数と漫画の巻数も一致しない。
同じ第6巻という表示でも、
漫画なら別の進行地点を指すことがある。
書籍小説の結末に触れる記事を探しているのに、
漫画の途中の戦いを最終決戦と考えると、
人物の生死も食い違う。
作品名と巻数が同じでも、
そこに載っている戦場まで同じになるわけではない。
また、原作Web版は連載が続いており、
書籍が区切りを迎えていることと、
Web版の登場人物全員の生涯が確定していることは別になる。
途中で生きている姿がある人物について、
その先のあらゆる戦いでも生存するとまでは言い切れない。
逆に、書籍の結末を読んだ記憶だけで、
Web版でも同じ場面がすでに起きたと
考えることもできない。
最終巻という言葉からは、登場人物全員の生死に
一つずつ答えが出る印象も生まれる。
けれど、最後の戦いで誰が倒れるかと、
戦いを生き延びた人がその後どんな人生を送るかは
別の問いになる。戦死を探している時に、
長い年月を生きた後の死まで同じ一覧に並ぶと、
途中で退場する人物が実際より多く見えることもある。
命を落とす時期まで分からなければ、
結末の受け止め方は大きく変わる。
亡くなった人と、生き残った人のその後
アニメから先の展開が気になった場合、
トマス一家の最期は、
作品がどんな犠牲を描くのかに触れる早い場面になる。
魔王を倒す冒険が終わっても、
助けてくれた人に安全を返せない。
そこから軍を作る物語へ進むため、
後の戦死者にも、最初の家族の記憶が重なっていく。
一方で、原作の王城で起こる事件や
第五章の生死の境の光景を、
アニメですでに描かれた出来事として語ることはできない。
原作でアンリたちの最期が分かっていても、
映像でどこまで扱われるか、
どのように見せるかは別に残る。
今後の放送話数を、
Web小説の掲載番号から割り当てることもできない。
死亡する人物を横断すると、
ロメリアが助けてもらう立場から、
人を戦場へ送り出す立場へ移っていくことも見えてくる。
トマス一家に対しては、
自分たちが救われた側として後悔が残る。
ミーチャには、その場で命令しても止められない別れがある。
ギュネスの後には命令をつなぎ、
王城では救援を退かせる判断を迫られる。
そのどれも、ロメリアが経験を積めば
同じ失敗を繰り返さなくなる、
という簡単な成長には収まらない。
前より多くの兵を動かせても、
一人を必ず助けられるとは限らない。
自分を犠牲にしてでも守ろうとする仲間が現れれば、
逃げるように命じる声さえ届かなくなる。
強くなったことが、そのまま別れの少なさを保証しない。
それでも、救援や治療は空回りだけで終わらない。
ソネットはカルスの下から助け出され、
ミアには呼吸があり、重傷の兵士たちも命をつなぐ。
王城から運び出される人もいる。
誰も死なない物語ではないからこそ、
死亡一覧に名前が載らずに済んだ人の存在が、
単なる人数以上に大きく感じられる。
この先、命を落とす主な人物としてまず挙がるのは、
トマス、ミシェル、セーラ、カルス、ミーチャ、
ギュネス、アンリ、エリザベート。
敵側ではゼルギス、グエンナ、ザリアの最期が描かれる。
そこに、重傷から戻るカイルやメリル、
命を取り留めるロメリアの姿も並ぶ。
帰ってこない人がいる一方で、
傷を抱えて帰ってくる人の時間も、
物語は置き去りにしない。
後にロメリアが亡くなった人々と会う場面があるため、
序盤の人物も、名前だけで読み流される過去にはなっていない。
三人の家族に加え、戦場で失った兵士や王城の二人までが、
彼女の進んできた時間を背負って現れる。
一つの死を別の救出で埋め合わせるような答えはなく、
それぞれ違う相手として残っている。
トマス一家の死が気になって見始めた先には、
その家族とは違う事情で別れる人が増えていく。
けれど、すべてが同じ悲劇の繰り返しになるわけではない。
止める声を振り切る仲間も、守り合う夫婦も、
赤ん坊を残した人物もいる。
誰を失ったのかを確かめるほど、
その人が最後までつないでいた相手の顔も浮かんでくる。


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