エリーティアが「死の剣」と呼ばれたのは、緋の帝剣を使うカースブレードとして圧倒的な強さを持つ一方、ベルセルクで正気を失う危険まで背負っていたから。
さらに白夜旅団を離れた後、七番区で組んだ探索者たちから噂が広まり、「危険な剣士」という評判だけが八番区まで追いかけてきた。
しかし実際のエリーティアは仲間を一度も傷つけず、親友ルウリィを救うために戦い続けた少女であり、物語は「死の剣」という怖い呼び名と本当の彼女をひっくり返していく。
第1章 エリーティアはなぜ「死の剣」と呼ばれる?緋の帝剣とベルセルクが大きく関わる
「死の剣」は強さを褒めた異名というより、近づくのをためらわせる怖い呼び名
エリーティアが「死の剣」と呼ばれる一番大きな背景には、
職業がカースブレードであることと、
緋の帝剣という危険な色銘武器を使っていることがある。
公式でもエリーティアは14歳ながら非常に強力な前衛で、
八番区へ来た時点ですでに「死の剣」の異名が広まっている。
ただし、
これは単純に「強すぎて死の剣と呼ばれた」という話ではない。
緋の帝剣を使ったエリーティアは、
同じレベル帯の探索者より明らかに高い戦闘力を出せる一方、
ベルセルクが発動すると自分の意思で動けなくなる危険を抱えていた。
アニメ第3話「暴君の少女」では、
その怖さがかなり分かりやすく出る。
スズナの親友ミサキを助けるため、
アリヒトたちはエリーティア、スズナと合流し、
名前付きの魔物ジャガーノートへ挑むことになる。
この戦いの前、
エリーティアはアリヒトたちへ
「もし私が逃げてと言ったら、私を残して逃げて」と伝えている。
自分が危険になることだけを心配しているのではない。
自分の剣や技能が制御できなくなった時、
周囲まで巻き込むことを恐れている。
実際のジャガーノート戦では、
レベル8のエリーティアでも簡単には通用しない。
ジャガーノートのブルータルボイスを受けて一時麻痺し、
巨大な手で身体を捕まれ、
片腕までまともに使えないほど追い込まれる。
それでもエリーティアは、
捕まったままアリヒトへ逃げるよう叫ぶ。
自分が助かることより、
仲間まで死なせないことを先に考える。
「死の剣」という名前から想像する姿と、
実際の行動はこの時点ですでにかなり違っている。
アリヒトも逃げない。
物理攻撃が通りにくいジャガーノートへ
ブレイズショットを撃ち込み、
炎が通ることを確認して反撃。
エリーティアを巨大な手から解放し、
全員で戦う形へ持ち込んでいく。
ここで分かるのは、
エリーティアが一人なら圧倒的に強いということではない。
むしろ強すぎる力を抱えながら、
一人で使うことに危険がある。
だから後衛として支えてくれる仲間を必要としていた。
公式紹介で八番区へ来た目的が「後衛として戦ってくれる仲間を求めて」とされているのも、この危うさとつながる。
ベルセルクは力を大きく引き上げる代わりに、エリーティア自身が最も恐れていた技能
エリーティアの強さを語る時、
ベルセルクは外せない。
原作では同じレベル帯を超え、
通常なら格上になる名前付きの魔物とも渡り合えるほど
身体能力と攻撃力が跳ね上がる。
ただし、
その代償が非常に重い。
ベルセルク中は、
エリーティア自身の意思で細かく行動を制御しにくくなる。
強くなるほど安全になるのではなく、
強くなるほど本人が自分を怖がるという逆の状態になっている。
アニメ第3話のジャガーノート戦後も、
エリーティアは自分の危険性を隠さない。
アリヒトへ、
暴走した時は近づかず、
戦いが終わるまで距離を取ってほしいと頼んでいる。
ここでアリヒトが返すのが、
自分の支援なら遠距離からでも届くということ。
第3話の戦闘でも、
エリーティアとジャガーノートの戦闘区域から離れた場所から支援攻撃を通している。
近づけば危ない。
でも後ろからなら支えられる。
アリヒトの「後衛」とエリーティアのカースブレードは、かなり相性がいい。
エリーティア自身も、
ジャガーノート戦の後で
レベルが高いだけでは自分はまだ未熟だと落ち込む。
アリヒトがいなければ全滅していた。
強さだけ持っていても、
パーティとして戦えなければ足りない。
そう自分で認めている。
この場面を見ると、
死の剣という呼び名の重さが分かりやすい。
周囲からは、
危険なほど強い剣士に見える。
本人からすれば、
その強さこそが一番怖い。
暴走したらどうする。
仲間まで斬ったらどうする。
そう考えながら剣を使い続けている。
さらに原作で過去まで分かると、
エリーティアが緋の帝剣を持った経緯も重い。
白夜旅団にいた頃、
彼女はパーティ平均よりレベルが低く、
自分が足を引っ張っていることを気にしていた。
そこで兄ヨハンから渡されたのが緋の帝剣だった。
ヨハンは、
この剣を使えればレベルに関係なく役に立てるかもしれないと考える。
エリーティアも、
白夜旅団に残りたい。
親友ルウリィと離れたくない。
その思いから、
危険な剣だと分かっていても手放せなくなっていく。
つまり死の剣は、
生まれつき怖い少女についた名前ではない。
仲間のところにいたくて強い剣を握り、
その力へ頼るうちに、
周囲から危険な存在として見られるようになった少女の名前でもある。
だからエリーティアを見る時は、
「死の剣だから怖い」では終わらない。
本人はむしろ、
その呼び名が表すような存在になることを一番恐れている。
それでも仲間を守るために前へ出る。
そこがエリーティアの強さと危うさが同時に見える部分になる。
第2章 「死の剣」の噂はどう広まった?七番区から八番区まで追いかけてきた悪評
八番区ではエリーティア本人より先に「死の剣が来た」という噂が広がっていた
エリーティアがつらいのは、
危険な技能を持っていることだけではない。
本人が何を考えているか知らない人たちの間で、
「死の剣」という呼び名だけが先に広がってしまったこと。
八番区へ降りても、
過去の評判から逃げられなかった。
原作序盤では、
アリヒトが食事をしている時、
周囲の探索者たちがエリーティアについて話している。
八番区に死の剣が来た。
白夜旅団を抜けたらしい。
上の区から落ちてきた危険な探索者。
本人と話したこともない人間が、
噂だけを材料に好き勝手な印象を作っている。
この時点では、
読者もまだエリーティアの過去を知らない。
なぜ白夜旅団を抜けたのか。
緋の帝剣をどう手に入れたのか。
ベルセルクを本人がどれだけ怖がっているのか。
全部見えないまま「死の剣」という言葉だけが先に出てくる。
だから実際に会った時との落差が大きい。
エリーティアは確かに強い。
戦闘になると前へ出る。
敵への踏み込みも速い。
ただ普段から周囲へ刃を向けるような少女ではない。
第3話でミサキを救う時も、
自分を置いて逃げてほしいと仲間へ言う。
ジャガーノートに捕まっても、
助けに来いとは言わない。
逃げてと叫ぶ。
死の剣と恐れられている本人が、
一番仲間を死なせることを怖がっている。
原作後半で本人が過去を話すと、
噂の広がり方も分かる。
白夜旅団を離れたエリーティアは、
まず七番区へ降り、
新しい仲間を探して別のパーティへ参加していた。
その時は、
自分が何のために戦っているのかを詳しく話していない。
親友ルウリィを助けたい。
白夜旅団と決裂した。
緋の帝剣に危険がある。
そうした事情を抱えたまま、
まず生きるために迷宮へ入っていた。
ところが七番区で一緒になった探索者たちは、
そこで上手く適応できず、
後に八番区へ降りてくる。
そして八番区のギルドでエリーティアを見つけ、
以前から知っていた「死の剣」の話を周囲へ広めてしまう。
本当のエリーティアより、危険なカースブレードという印象だけが一人歩きした
エリーティアが八番区へ来た時、
本人は新しい仲間を探したかった。
白夜旅団を離れた以上、
一人で迷宮へ入り続けるには限界がある。
特にカースブレードは、
暴走時に止めたり支えたりできる相手がいなければ危険が大きい。
それなのに、
仲間を探そうとする場所で
「死の剣」という噂が先に待っている。
強い。
危ない。
近づかない方がいい。
白夜旅団まで抜けた。
そんな情報だけが重なると、
パーティへ誘う側も警戒する。
エリーティア自身も、
八番区へ来た頃には
仲間探しを一度諦めかけていた。
七番区で組んだ人間たちまで降りてきて、
自分の異名を広げてしまったから。
どこへ行っても同じことになるのではないか。
そう思っても不思議ではない。
ここでアリヒトとの出会いが効いてくる。
アリヒトは、
噂だけでエリーティアを判断しない。
ジャガーノート戦で実際に戦う姿を見る。
危険な技能も見る。
それでも仲間を守ろうとする姿まで一緒に見る。
戦いの後、
エリーティアは
自分のベルセルクが危険だと説明する。
普通なら、
それを聞けば距離を取る理由になる。
しかしアリヒトは、
危険だから追い出す方向ではなく、
どうすれば安全に支援できるかを考える。
自分なら遠くから支援できる。
近づかなくても援護できる。
呪いそのものはいずれ解いた方がいい。
そうやって、
エリーティアを危険人物として切り離すのではなく、
一緒に戦える形を探す。
この違いが、
エリーティアには大きい。
七番区でも八番区でも、
周囲は「死の剣」という名前から本人を見る。
アリヒトは逆。
実際の行動を見てから、
この少女とどう戦えばいいかを考える。
しかもエリーティアは、
ベルセルクを恐れているのに、
実際には仲間を一度も斬っていない。
後の原作でも、
アリヒトはそこをはっきり見ている。
正気を失いそうになっても、
エリーティアの剣は仲間ではなく魔物へ向いてきた。
だから死の剣という噂は、
完全な作り話ではない。
緋の帝剣は危険。
ベルセルクも危険。
エリーティアが高い戦闘力を持つのも事実。
ただし、
そこから「仲間まで斬る危険人物」と見ると本人とはずれていく。
エリーティアのつらさは、
自分が危険な力を持っていることを一番よく分かっているのに、
外からはその力だけを見られてしまうところにある。
仲間を守りたいことも、
自分を怖がっていることも、
ルウリィを救いたいことも噂には入らない。
アニメ第3話までを見るだけでも、
そのずれはかなり見えている。
「死の剣」と呼ばれる少女が、
捕まった自分を助けるより仲間へ逃げろと言う。
そしてアリヒトは逃げず、
その少女を後ろから支える。
死の剣という名前が先に広まり、
本当のエリーティアが後から見えてくる。
この順番だからこそ、
異名を知った後に第3話のジャガーノート戦を見ると、
エリーティアへの印象が大きく変わるのである。
第3章 エリーティアの能力はどれくらい強い?カースブレードの高速連撃
第3話のジャガーノート戦でも分かるように、前衛火力は最初からパーティ最高峰
エリーティアの強さは、
単純にレベルが高いというだけではない。
敵との距離を一気に詰め、
短い時間に何度も斬撃を入れる攻撃型。
アリヒトたちの中でも、
前衛として敵を削る力は最初からかなり高い。
それがはっきり出るのが、
アニメ第3話のジャガーノート戦。
ミサキを助けるために罠の先へ進んだ一行は、
そこで通常の魔物とは別格の「名前付き」と遭遇する。
巨大な身体と高い耐久力を持つ相手に、
エリーティアが真正面から剣を振るう。
ただし、
ここでは彼女の強さと危うさが同時に出る。
ジャガーノートの咆哮を受けて身体が止まり、
そのまま巨大な手に捕まれる。
高レベルのエリーティアでも、
一人で全部を押し切れる相手ではなかった。
それでも剣を手放さず、
解放された後は再び前衛へ戻る。
アリヒトが遠距離から支援攻撃を入れ、
キョウカたちも動くことで、
エリーティアの斬撃が通る状況を作る。
彼女の火力は、
後ろから支えられた時にさらに生きる。
ここがエリーティアの能力を見るうえで大きい。
一人で敵を全部倒す万能型ではない。
接近して斬る。
連続攻撃で敵の体力を削る。
危険な位置へ入る代わりに、
後衛から支援を受けることで最大の力を出す。
カースブレードになってから覚えた
「ブロッサムブレード」も、
そんな戦い方を象徴する技能。
本人が自分の意思で取得した攻撃技能で、
呪いに操られて得た技ではない。
エリーティア自身が、
剣士として強くなるために選んだ力でもある。
原作では、
エリーティアの技能を確認したアリヒトが、
カースブレードになる前に取得できた剣士系技能と、
転職後に得た技能の違いまで見ている。
そこで分かるのが、
ベルセルクだけが彼女の強さではないこと。
剣技そのものが高い。
敵へ飛び込む判断も早い。
前衛として攻撃へ参加する回数も多い。
緋の帝剣の力を抜きにしても、
エリーティアは元々かなり攻撃向きの剣士だった。
だから「死の剣」と聞いて、
呪いの力だけで強くなった少女と思うと少し違う。
本人の剣技があり、
そこへ緋の帝剣が加わり、
さらにベルセルクによる身体能力上昇まで重なる。
複数の要素が重なって、
あの高い火力になっている。
ベルセルクが入ると格上まで斬れるが、強くなるほど本人への負担も大きくなる
エリーティアの能力を
さらに一段上へ押し上げるのがベルセルク。
戦闘中に発動すると、
通常時より身体能力が高まり、
同じレベル帯では出しにくい攻撃力まで引き出される。
原作では後に、
多数の魔物との戦闘を終えた時、
エリーティアがレベル10へ上昇。
同時に緋の帝剣による斬獲数が
1000体へ到達したことまで表示される。
それだけ長く前衛として斬り続けてきたことが分かる。
千体という数字は、
一度の大技で達成したものではない。
迷宮へ入り、
魔物を倒し、
また次の戦いへ出る。
白夜旅団を離れた後も、
ルウリィを救うために力を伸ばし続けた積み重ねになる。
ただしベルセルクには、
明確な危険がある。
これはエリーティアが
自分で好き好んで習得した技能ではない。
緋の帝剣の力を解放したことで、
強制的に取得させられたものだった。
原作で技能を確認した場面では、
ベルセルクに危険を示す印が付いている。
エリーティア本人も、
白夜旅団の人間が
「成長すれば制御できるかもしれない」と考え、
危険を承知で使わせ続けていたことを話す。
つまり白夜旅団から見れば、
大きな力を出せるなら試す価値がある。
エリーティアから見れば、
いつ自分でなくなるか分からない。
同じ能力を、
周囲と本人ではまったく違う目で見ていた。
この違いがあるから、
エリーティアは第3話でも
自分が暴走した場合を先に仲間へ伝える。
強い技を持っていることを自慢するのではなく、
危険になったら逃げてほしいと言う。
本人が一番、
その能力を信用し切れていない。
それでも戦闘では使わなければならない。
自分より強い魔物がいる。
仲間を守らなければならない。
ルウリィも助けたい。
怖いから封印して終わり、
という選択ができないところが苦しい。
エリーティアの強さは、
この危険を抱えたまま前へ出続けるところにもある。
ただ剣が強いのではない。
暴走するかもしれない力を知りながら、
それでも仲間へ刃を向けないよう戦ってきた。
だから能力を見る時は、
攻撃力だけでは足りない。
高速接近。
連続斬撃。
緋の帝剣。
ベルセルク。
そして後衛からの支援。
全部そろった時、
エリーティアは名前付きの魔物にも食らいつける前衛になる。
一方で、
一人にさせるほど危険も増す。
アリヒトという後衛が必要になるのも、
まさにそこ。
強い剣士へさらに火力を足すだけではなく、
危険な状態でも後ろから支え続ける。
エリーティアの能力は、
アリヒトと組んで初めて安定した強さへ変わっていく。
第4章 緋の帝剣とは何?エリーティアを強くした「呪われた剣」
緋の帝剣は強い装備ではあるが、ベルセルクまで強制的に与える危険な色銘武器
エリーティアと「死の剣」を結び付ける最大の武器が、
緋の帝剣。
赤い刀身を持つ色銘武器で、
普通の剣より強い力を引き出せる一方、
装備者へ大きな負担を返す危険な剣でもある。
エリーティアは、
最初からカースブレードだったわけではない。
元々は剣士。
ところが緋の帝剣の力を解放したことで、
職業そのものがカースブレードへ変化していく。
強い剣を手にした代わりに、
戦い方まで変えられてしまった。
原作でアリヒトが
エリーティアの技能を確認した時、
その仕組みがかなり具体的に分かる。
剣の秘めた性能を解放したことで、
ベルセルクが自動的に取得され、
装備者は簡単にその呪縛から逃れられなくなる。
ここが普通の強武器との違い。
使いたくないなら
技を覚えなければいい、では済まない。
剣そのものが、
危険な技能まで持ち主へ背負わせる。
だからエリーティアは、
自分の力なのに自分で全部を選べていない。
一方でブロッサムブレードは、
エリーティア自身が
スキルポイントを使って取得した技能。
つまり緋の帝剣を持った後も、
全部を剣任せにしていたわけではない。
自分の意思で剣技を伸ばそうとしていた。
それでも白夜旅団では、
緋の帝剣の強さが先に評価される。
呪われた武器でも、
危険なしに扱えるようになれば
迷宮国の頂点へ近づける。
そんな考えから、
ベルセルクの危険にも目をつぶっていた。
エリーティアは、
その中では「研究過程」のように扱われていたと振り返っている。
暴走するなら精神が弱い。
成長すれば克服できるかもしれない。
そんな見方をされながら、
危険な剣を使い続けていた。
ここを知ると、
死の剣という呼び名がさらに重くなる。
周囲は強い剣士を見る。
白夜旅団は強力な武器の可能性を見る。
でもエリーティア本人は、
自分が自分でなくなる恐怖をずっと抱えている。
第3話から続く「自分を失う怖さ」は、後に緋の帝剣そのものと向き合う戦いへつながる
アニメ第3話の時点でも、
エリーティアはすでに
自分の剣を完全には信用していない。
暴走したら近づかないでほしい。
危険になったら逃げてほしい。
そう仲間へ伝えている。
これだけでも、
緋の帝剣が単なる便利な装備ではないことは分かる。
剣を抜けば強くなる。
だから使う。
でも使うたびに、
次は制御できるのかという不安が残る。
しかもエリーティアには、
強くなりたい事情がある。
白夜旅団にいた頃は、
自分のレベルが周囲より低いことを気にしていた。
ルウリィたちと一緒にいたい。
足を引っ張りたくない。
その気持ちが、
危険な剣を手放せない方向へ働く。
つまり緋の帝剣は、
誰かに無理やり握らされただけの武器でもない。
エリーティア自身も、
強くなりたいと願っていた。
そこへ白夜旅団の
「危険でも強い武器を使う」という考えが重なってしまった。
この部分は、
エリーティアを責めにくい。
まだ14歳。
仲間の中で役に立ちたい。
置いていかれたくない。
親友も守りたい。
そんな状況なら、
強くなれる剣を手放せないのも分かる。
ところが、
剣を使えば使うほど
カースブレードとしての力が増し、
死の剣という噂まで広がる。
仲間のために強くなろうとした結果、
今度は仲間を作りにくい存在として見られる。
かなり皮肉な流れになっている。
この先の原作では、
エリーティアが緋の帝剣と正面から向き合う場面も出てくる。
ただ第4章の時点で重要なのは、
その後の覚醒そのものではなく、
そこへ至るまで何度も剣を恐れてきたこと。
強いから使う。
怖いからやめる。
その二択ではなく、
怖くても仲間を守るために使う。
そして仲間から支えられながら、
少しずつ自分の力として受け止めていく。
アリヒトがいることで、
この関係も変わっていく。
以前なら、
ベルセルクになった後は
周囲から距離を取られるだけだった。
今はアリヒトが離れた位置からでも支援できる。
つまり緋の帝剣の危険が消えたわけではない。
危険なままでも、
一人で背負わなくていい形ができた。
これがエリーティアにとってかなり大きい。
「死の剣」という異名だけを見ると、
緋の帝剣は怖い武器。
でもエリーティアの物語として見ると、
仲間のために欲しがった強さが、
本人を苦しめる呪いへ変わった剣でもある。
そしてその剣を、
最後まで恐れるだけで終わらず、
自分の力として向き合っていく。
緋の帝剣を知ると、
エリーティアの強さが単なる戦闘力ではなく、
怖い力を抱えながら仲間の前へ立ち続ける強さでもあることが見えてくる。
第5章 死の剣と呼ばれても、エリーティアが仲間を一度も斬らなかったのは大きい
ベルセルクで正気を失いかけても、剣が向いた先はずっと魔物だった
エリーティアが「死の剣」と呼ばれる一方で、
実際の戦闘を追うと、
仲間へ刃を向けた場面はほとんど出てこない。
ベルセルクが危険な技能なのは事実だが、
危険だから即座に仲間を傷つけるという話ではない。
第3話のジャガーノート戦でも、
エリーティアは自分が危険になる可能性を先に伝えている。
暴走したら近づかないでほしい。
危険になったら逃げてほしい。
自分の力を誇るより、
仲間を巻き込まないことを優先している。
実際にジャガーノートへ捕まった時も、
アリヒトたちへ助けに来いとは言わない。
自分を置いて逃げるように叫ぶ。
巨大な腕に締め上げられ、
片腕もまともに動かせない状況で、
それでも仲間を逃がそうとする。
ここだけ見ても、
死の剣という噂と本人の行動はかなり違う。
危険な剣を持っている。
強い。
ベルセルクもある。
ただし、
本人はその力を誰より怖がっている。
原作でアリヒトが
エリーティアのベルセルクについて話す場面では、
その差がもっとはっきりする。
エリーティア自身は、
自分がいつ仲間を傷つけるか分からないと思っている。
だから必要以上に自分を危険視している。
そこでアリヒトが見ているのは、
これまで実際に何が起きたか。
ベルセルクが発動した。
正気を失いかけた。
それでも剣は魔物へ向いていた。
仲間を斬ったことはない。
この一言は、
エリーティアにとってかなり大きい。
本人は「危険かもしれない自分」を見ている。
周囲は「死の剣」という噂を見る。
アリヒトだけは、
これまでの戦闘で実際に何をしたかを見る。
つまり、
怖い可能性だけで判断しない。
危険は危険として受け止める。
そのうえで、
仲間を守ってきた事実まで一緒に見る。
エリーティアがアリヒトを信頼していくのも、
この見方が大きい。
アリヒトは危険を否定せず、それでも「仲間として一緒に戦う」方を選んだ
アリヒトの対応が大きいのは、
エリーティアの危険を
「そんなことはない」と軽く否定しないところ。
ベルセルクは危険。
緋の帝剣も危険。
そこはちゃんと認める。
そのうえで、
どうすれば一緒に戦えるかを考える。
自分なら後衛から支援できる。
近づかなくても援護できる。
暴走時に距離が必要なら、
その条件の中で戦う形を作ればいい。
第3話の戦闘でも、
アリヒトは実際に
エリーティアから離れた位置から支援攻撃を通している。
近づかなくても助けられる。
この戦い方が、
エリーティアの弱点をそのまま補っている。
死の剣と呼ばれた少女に対して、
周囲の反応は
「危ないから離れる」が中心だった。
アリヒトは違う。
「危ないなら、危なくない距離から支える」と考える。
この差はかなり大きい。
エリーティア自身も、
最初から簡単に安心できたわけではない。
七番区でも噂が広がった。
八番区でも死の剣と呼ばれた。
白夜旅団では危険な力を成長させればいいと見られていた。
だから自分の力を説明すれば、
また人が離れると思っていても不思議ではない。
それでもアリヒトは残る。
戦闘で役に立つからだけではない。
危険な部分まで知ったうえで、
仲間として扱い続ける。
この積み重ねが、
エリーティアの中にあった
「自分はいつか誰かを傷つける」という恐怖を少しずつ弱くしていく。
原作では後に、
エリーティアが自分の技能や緋の帝剣と向き合う場面でも、
アリヒトの支援が大きく関わる。
力を封じて逃げるのではなく、
制御しながら使う方向へ進めるようになる。
この変化を見ると、
死の剣という呼び名がどれだけ一面的だったかが分かる。
確かに危険な剣士。
確かにベルセルクもある。
でも実際のエリーティアは、
誰かを斬りたい少女ではない。
むしろ逆。
仲間を傷つけることを怖がり、
自分が危険になるなら置いて逃げてほしいと言う。
それでも誰かが危険になれば、
自分から前へ出る。
怖い力を持っているのに、
使う先だけはずっと仲間の外へ向けている。
だから死の剣という異名で一番大きいのは、
名前と本人の差。
周囲には危険な少女に見える。
でも一緒に戦った仲間から見れば、
最後まで自分たちを守ろうとした前衛。
この差が分かるほど、
エリーティアへの見え方は大きく変わっていく。
第6章以降では、エリーティアと親友ルウリィのその後や、緋の帝剣・ベルセルクを巡る展開にも触れています。アニメで先の展開を知りたくない方はご注意ください。
第6章 親友ルウリィの存在が「死の剣」へ自分を追い込ませていた
エリーティアが強さを求め続けた根には、ルウリィを助けられなかった後悔がある
エリーティアが
緋の帝剣を手放せず、
危険なベルセルクまで使い続けた背景には、
親友ルウリィの存在がかなり大きい。
白夜旅団にいた頃、
エリーティアは第三パーティで前衛を務め、
ルウリィは後ろから回復を担当していた。
「神秘の湖畔」でも、
エリーティアが敵を受け、
ルウリィがヒールウィンドで傷を癒す。
二人は実際に何度も一緒に戦っている。
ところが赫灼たる猿侯との戦いで、
状況が崩れる。
ルウリィは仲間を逃がすため、
自分の体力を使う「救いの手」を発動。
その結果、
エリーティアたちは逃げられたが、
ルウリィ本人はその場へ残される。
エリーティアは、
当然戻ろうとする。
一人でもいい。
まだ助けられる。
そう考える。
しかし兄ヨハンに止められ、
次に目を覚ました時には白夜旅団の屋敷まで戻されていた。
この時から、
エリーティアの中では
「もっと強かったら」が消えなくなる。
もっと前衛として戦えていたら。
もっと猿侯を止められていたら。
ルウリィに救いの手を使わせずに済んだかもしれない。
だから強さへの執着は、
名声が欲しいからではない。
死の剣と呼ばれたいからでもない。
一度助けられなかった相手を、
次こそ自分の力で助けたい。
その思いが強い。
原作では、
エリーティアがこれまで倒してきた魔物の数が
千体を超えるところまで進む。
緋の帝剣で斬り続け、
レベルも上げる。
その全部が、
ルウリィ救出へ向けた準備でもあった。
この積み重ねを見ると、
死の剣という呼び名も別の見え方になる。
周囲からすれば、
千体以上の魔物を斬った危険な剣士。
本人からすれば、
まだ足りない。
ルウリィを助けられる強さへ届くまでは、
もっと斬らなければならない。
泥巨人戦では自分の血まで使おうとし、ルウリィを救うためなら自分を壊してもいい状態になる
エリーティアの危うさが強く出るのが、
原作の泥巨人との戦い。
強敵を前にして仲間が危険へ追い込まれると、
エリーティアは緋の帝剣の力を
さらに引き出そうとする。
その時、
自分の指を剣へ当て、
血を浴びせようとする。
普通の強化では足りない。
もっと危険な力まで使う。
仲間を救えるなら、
自分に何が起きても構わないというところまで踏み込む。
これは単なる勇敢さではない。
ルウリィを助けられなかった経験があるから、
「また誰かを失う」ことへの恐怖が強すぎる。
自分が壊れる危険より、
仲間を守れないことの方が怖い。
猿侯との再戦が近づいた時も、
同じ危うさが残っている。
ルウリィを助けられるなら、
自分はどうなってもいい。
そう考えるエリーティアを、
イヴリルが止める場面がある。
ここで大事なのは、
エリーティアが自分を大切にできていないこと。
ルウリィを救いたい。
その気持ちは本物。
でもそのためなら、
自分の命や未来まで代償にしていいと思ってしまう。
白夜旅団を離れた後、
長く一人で抱え込んできたことも影響している。
兄に頼れない。
旅団にも戻れない。
七番区でも仲間が定着しない。
八番区では死の剣と噂される。
助けるなら自分でやるしかないと思いやすくなる。
だからアリヒトたちと出会った後も、
最初は一人で全部背負おうとする。
自分が前へ出る。
自分が斬る。
自分が危険を引き受ける。
その癖がなかなか抜けない。
でも今は、
一人ではない。
アリヒトが後ろから支える。
スズナもいる。
ほかの仲間も動く。
ルウリィを助けること自体を、
エリーティア一人の問題にしない。
ここでようやく、
死の剣という生き方から少しずつ離れていく。
自分一人が強ければいい。
自分一人が傷つけばいい。
そうやって剣だけで解決しようとしてきた少女が、
仲間の力を借りるようになる。
親友ルウリィの存在は、
エリーティアを強くした。
同時に、
自分を追い込みすぎる原因にもなった。
助けられなかった後悔が、
緋の帝剣を握らせ続け、
危険なベルセルクまで使わせる。
だから「死の剣」という異名の奥には、
怖い剣士という話だけではなく、
一人の親友をどうしても取り戻したい少女がいる。
そこまで分かると、
エリーティアの強さは少し違って見えてくる。
斬ることが好きだから強いのではない。
もう二度と、
目の前の仲間を置いていきたくないから強くなろうとしていたのである。
第7章 「死の剣」は消える?後にエリーティアへの評判そのものが変わっていく
緋の帝剣を恐れる少女から、仲間と一緒に力を使いこなす剣士へ変わっていく
エリーティアの物語で大きいのは、
最後まで「死の剣」として恐れられ続けるわけではないこと。
第3話の頃は、
ベルセルクが発動したら近づかないでほしいと自分から頼み、
緋の帝剣そのものを完全には信用できていなかった。
強いのに、その強さを本人が一番怖がっている状態だった。
しかも八番区では、
本人より先に異名だけが歩いていた。
白夜旅団を抜けた。
危険なカースブレードが来た。
死の剣と呼ばれている。
そんな噂だけを聞けば、
普通の探索者が距離を取りたくなるのも分かる。
しかしアリヒトたちは、
噂ではなく実際の戦闘を見る。
ジャガーノートに捕まっても仲間を逃がそうとしたこと。
ベルセルクを恐れていても前衛から逃げなかったこと。
正気を失いかけても、
剣を仲間へ向けなかったこと。
そこを一つずつ見ていく。
その積み重ねによって、
エリーティア自身の考え方も変わっていく。
以前は、
危険な力なら自分一人で背負えばいいと思っていた。
ルウリィを救う時も、
自分が壊れてでも助ければいいというところまで追い込まれていた。
でもアリヒトたちは、
その戦い方をそのまま許さない。
前衛が危険なら後衛が支える。
一人で足りないなら全員で補う。
ベルセルクが危ないなら、
発動後まで含めて戦い方を考える。
エリーティアだけに代償を払わせない。
原作では後に、
緋の帝剣とベルセルクそのものへ向き合う場面も出てくる。
逃げる。
封印する。
それだけではなく、
どうすれば自分の意思で使えるのかを考えるようになる。
アリヒトの支援があることで、
危険な力を「仲間を守るための力」として扱えるようになっていく。
その変化は、
戦闘技能にも表れる。
高速で敵へ踏み込み、
ブロッサムブレードや連続斬撃を重ねるだけでなく、
支援攻撃と合わせて一気に敵を削る。
一人で暴走する剣士ではなく、
パーティの前衛として完成度が上がっていく。
ここが「死の剣」から一番離れるところ。
危険な力自体が消えたわけではない。
緋の帝剣もある。
ベルセルクもある。
それでも、
危険な力を持っていることと、
危険な人間であることは同じではないと証明していく。
五番区では「死の剣」は昔の呼び名になり、実際の活躍の方が知られるようになる
さらに原作後半では、
周囲からの見られ方そのものも変化していく。
八番区へ来た頃は、
「死の剣」という噂が先に広がっていた。
しかし五番区まで進むと、
エリーティアの実際の戦いを見た人間が増えていく。
迷宮で戦う。
街を守る。
仲間と一緒に強敵へ挑む。
白夜旅団の元団員という過去だけではなく、
今のパーティで何をしているのかが知られるようになる。
その結果、
昔の異名だけで怖がられる状態から離れていく。
原作では、
五番区で「死の剣」と呼ばれていたのは昔のことだと分かる場面まで出てくる。
これはエリーティア自身が
突然別人になったからではない。
周囲がやっと、
噂ではなく本人を見るようになった結果でもある。
第1話から振り返ると、
この変化はかなり大きい。
最初は、
強い。
怖い。
白夜旅団を抜けた。
死の剣。
そんな断片的な情報ばかりが先にあった。
第3話では、
ジャガーノートに捕まりながらも仲間を逃がそうとする。
その後は、
自分のベルセルクが危険だと正直に話す。
第9話まで進むと、
白夜旅団やルウリィとの過去まで語れるようになる。
少しずつ、
異名の後ろにいる本人が見えてくる。
だから「死の剣」という呼び名が消えていく流れは、
単なる評判回復ではない。
エリーティア自身が、
剣の力だけで自分の価値を決めなくなっていく流れでもある。
強くなければ仲間でいられない。
役に立てなければ捨てられる。
そんな白夜旅団時代の感覚から離れていく。
今の仲間は、
剣が使えなくても離れない。
失敗しても残る。
過去を話しても変わらない。
ルウリィを助けたいという願いまで、
自分たちの問題として受け止める。
その経験があるから、
エリーティアも
「自分は危険な剣だから一人でいた方がいい」と考え続けなくなる。
強さを捨てるのではなく、
一人で背負う考え方を捨てていく。
そして最後に残るのは、
死の剣という怖い名前より、
仲間を守るために前へ出るエリーティア本人の姿。
緋の帝剣もベルセルクも、
彼女を説明する一部ではある。
でも全部ではない。
「死の剣」とは、
エリーティアの本当の姿を言い当てた異名ではなかった。
危険な剣。
強すぎる前衛。
白夜旅団を離れた少女。
外から見えた部分だけをつないで付けられた名前だった。
物語が進むほど、
その名前より本人の行動の方が強くなる。
仲間を斬らない。
一人を見捨てない。
怖くても前へ出る。
そして最後には、
自分一人ではなく仲間と一緒に戦う。
だからエリーティアの記事で一番伝えたいのは、
「死の剣」は終着点ではないということ。
むしろそこから、
本当のエリーティアが見えてくる。
怖い異名の奥にいたのは、
誰かを傷つけたい剣士ではなく、
もう二度と大切な仲間を置いていきたくなかった少女なのである。


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