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【これ描いて死ね】「漫画で描きたい100のコト」とは?安海相が伊豆王島で見つけた次の漫画

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「漫画で描きたい100のコト」は、ネタ切れした安海相に新しい題材を与えただけのノートではない。コミティアまで“漫画を描くこと”そのものに夢中だった安海が、伊豆王島の日常や友人との時間を見つめ直し、「自分は何を漫画にしたいのか」を探し始める転換点だった。第1話から続く安海の漫画への憧れが、第8話で初めて“自分の中にある描きたいもの”へ変わっていく。

  1. 第1章 「漫画で描きたい100のコト」は安海が自分の漫画を探し始めるきっかけ
    1. 次の漫画が浮かばない安海に必要だったのは、新しい題材を見つけることだった
    2. 第1話では漫画を追いかけていた安海が、第8話では現実から漫画を探し始める
  2. 第2章 コミティアを終えた安海はなぜ次の漫画が思いつかなかったのか
    1. 初参加のコミティアまで走り切ったことで、次に目指す場所が一度なくなった
    2. 「漫画を描きたい」と「何を漫画にしたいか」は同じではなかった
  3. 第3章 手島先生は安海に「島を見てこい」と背中を押した
    1. 答えを教えず、伊豆王島を歩かせた
    2. いつもの伊豆王島が、漫画を探す場所へ変わった
  4. 第4章 漫研で島を巡ったことで「身近な物もネタになる」と気づいていく
    1. 一人で考えていた時には出なかった物が、外へ出ると見えてくる
    2. 「知らない世界」より「自分しか知らない日常」が漫画になる
  5. 第5章 「漫画で描きたい100のコト」は何を書けばいいノートなのか
    1. 百本の漫画案を書くのではなく、描いてみたい物を拾っていく
    2. 「描ける物」ではなく「描きたい物」を残すことが大事になる
  6. 第6章 第1話から積み上げてきた安海の漫画との距離が第8話で変わる
    1. 最初は漫画に連れていってもらう側だった
    2. 第8話では漫画の中ではなく、自分の生活から描く物を探し始める
  7. 第7章 「100のコト」は安海がこれからも漫画を描き続けるための種になる
    1. 一つの答えを見つけたのではなく、描きたい物を増やす方法を手に入れた
    2. 安海にしか描けない漫画は、伊豆王島と仲間との時間から生まれていく

第1章 「漫画で描きたい100のコト」は安海が自分の漫画を探し始めるきっかけ

次の漫画が浮かばない安海に必要だったのは、新しい題材を見つけることだった

第8話の安海相は、
漫画を描きたくないわけではない。
コミティアを終えたあとも、
次の作品へ進みたい気持ちは残っている。
ところが机に向かっても、
肝心の漫画の案が浮かばない。

第2話で初めて漫画を描いた時とは、
少し困り方が違っている。
あの時は、
まず一本完成させることが目標だった。
でも第8話では、
「次に何を描きたいのか」を自分で決めなければならない。

そこで手島先生が安海へ勧めたのが、
身近な伊豆王島を改めて見て回ることだった。
遠くへ旅行するわけではない。
安海が毎日暮らし、
学校へ通い、
赤福たちと過ごしてきた島を歩いてみる。

さらに手島先生は、
安海へ一冊のノートを渡す。
ネタ帳として使える物だった。
そのノートに残っていたのが、
一度消された、
「漫画で描きたい100のコト!!!」という文字になる。

安海にとって、
この言葉はかなり分かりやすい。
いきなり一本分の大作を考える必要はない。
面白そうな場所。
気になった出来事。
誰かとの会話。
描いてみたい物を一つずつ拾えばいい。

第8話で島を巡るのも、
そのためになる。
歩く。
見る。
立ち止まる。
友達の反応を見る。
普段なら通り過ぎる物へ、
少しだけ意識を向ける。

安海は、
何も思いつかない状態で机に座っていた。
そこから外へ出る。
そして「描く物を考える」のではなく、
「描きたい物を探す」方へ動く。
この違いが、
第8話ではかなり大きい。

しかも伊豆王島は、
安海にとって見知らぬ場所ではない。
第1話からずっと、
生活の背景としてそこにある。
学校へ行く道。
波浮港。
友達と過ごす場所。
全部見慣れた風景だった。

第1話の安海は、
登校途中にも『ロボ太とポコ太』を読んでいる。
歩いている間まで、
意識は漫画の中へ向いている。
授業中にも漫画を開き、
手島先生に没収されるほど夢中だった。

あの頃の安海にとって、
面白い物は漫画の中にあった。
大好きな『ロボ太とポコ太』を読む。
頭の中にはポコ太まで現れる。
☆野0の新作を知れば、
それを読むために自分から動き始める。

でも第8話では、
その向きが変わる。
漫画から一度顔を上げる。
そして自分が暮らしている島を見る。
今まで背景だった場所を、
「ここから何か描けないか」と見直していく。

これは、
漫画が嫌になったからではない。
むしろ逆になる。
もっと漫画を描きたいから、
今まで見ていなかった現実を見る。
自分の周囲を、
漫画へ持ち帰れる物として見始める。

第1話では、
安海を動かしていたのは、
「漫画を読みたい」という気持ちだった。
第8話では、
「自分は何を漫画にしたいのか」を探している。
読む側から描く側へ進んだことが、
ここではっきり出てくる。

第1話では漫画を追いかけていた安海が、第8話では現実から漫画を探し始める

第1話の安海は、
とにかく漫画を読む側の人間だった。
☆野0の『ロボ太とポコ太』が大好き。
ポコ太は、
心の中で会話するほど身近な存在になっている。
漫画が安海の日常の中心にあった。

手島先生に漫画を否定されれば、
本気で落ち込む。
それでも、
☆野0の新作がコミティアに出ると知ると、
島の外へ行くことまで考える。
漫画が好きという気持ちが、
そのまま行動へつながっていた。

第2話になると、
その安海が初めて描く側へ回る。
赤福幸と漫画研究会を作ろうとする。
しかし、
手島先生は簡単には認めない。
そこで出された条件が、
「漫画を一本描くこと」だった。

読むのは大好きでも、
一本の漫画を最初から最後まで作った経験はない。
何を描くのか。
どう進めるのか。
最後まで持っていけるのか。
安海にとって、
初めての漫画制作そのものが大きな壁だった。

それでも安海は、
ポコ太に背中を押されながら原稿へ向かう。
そして一本を完成させる。
この経験で、
漫画は読むだけの物ではなくなる。
自分の手で作れる物へ変わる。

第3話では、
完成した自作漫画『ネコ太とニャン太』を持って、
部員集めまで始める。
各部室を回る。
漫画を見せる。
断られる。
それでも次の場所へ行く。

最後に訪れた美術室で、
藤森心と出会う。
安海が漫画を一本描いたことが、
そのまま新しい仲間との出会いにつながった。
漫画はここで、
安海一人の趣味から、
人とつながる物へ変わっていく。

第4話では、
さらに現実を思い知らされる。
手島先生から漫画制作の基礎を教わる。
しかし、
元々絵が上手い藤森と比べると、
安海は思うように描けない。

漫画が好きだからといって、
すぐ上手く描けるわけではない。
さらに、
実力派の「ストーンドラゴン」こと石龍光まで転校してくる。
安海の周囲には、
自分より描ける人間が増えていく。
それでも安海は、
漫画から離れなかった。

第5話では、
今度は漫研全体でコミティアを目指す。
自分一人で一本描く段階ではない。
藤森。
赤福。
石龍。
手島先生。
周囲と関わりながら、
一つの目標へ進んでいく。

そして第6話。
安海たちは、
おそろいのTシャツを着て、
コミティアの会場へ立つ。
安海と藤森は、
自分たちの漫画を机に並べる。
知らない人へ読んでもらう側になった。

ところが、
置けばすぐ手に取ってもらえるわけではない。
人は会場を歩いていく。
ブースの前を通り過ぎる。
安海と藤森には、
なかなか売れない時間もある。
完成させる苦労とは別の、
「読んでもらう壁」が見えてくる。

それでも、
第1話で憧れていたコミティアへ、
今度は自分の漫画を持って参加した。
これは安海にとって、
かなり大きな到達になる。
読むために目指した場所へ、
描く側として戻ってきた。

だから第8話で止まるのは、
漫画への情熱が薄れたからではない。
むしろ、
ここまで本気で描いてきたからこそ止まっている。
最初は「一本描く」。
次は「漫研を作る」。
さらに「コミティアへ出る」。

その目標を越えたところで、
初めて、
「では次に何を描くのか」が自分へ返ってくる。
そこで出てきたのが、
「漫画で描きたい100のコト」だった。

安海はもう、
憧れの漫画家を追いかけるだけではない。
伊豆王島を歩く。
自分の目で見る。
自分が面白いと思った物を拾う。
そこから、
次の漫画を作ろうとしている。

第8話は、
安海が「漫画が好き」から、
「自分の描きたい漫画を探す」へ進む回になる。
第1話から続いてきた漫画との距離が、
ここでまた一段変わっている。

第2章 コミティアを終えた安海はなぜ次の漫画が思いつかなかったのか

初参加のコミティアまで走り切ったことで、次に目指す場所が一度なくなった

第8話だけを見ると、
安海が急にネタ切れしたようにも見える。
でも、
その直前までを振り返ると自然になる。
第5話から第6話まで、
安海たちにはかなり大きな目標があった。

第5話では、
石龍の助言もあり、
漫研全員でコミティアへ参加する流れになる。
参加したい。
でも、
行きたいだけでは進まない。
学校や家庭の事情まで関わってくる。

藤森には、
自由に何でも決められる状況があるわけではない。
コミティア参加へ進むため、
周囲との問題も越える必要がある。
さらに期末試験もある。
漫研全員で動くには、
漫画だけ描いていればいいわけではなかった。

それでも、
目の前には分かりやすい目的がある。
コミティアへ行く。
漫画を持っていく。
みんなで参加する。
そのために必要なことを、
一個ずつ片付けていけばいい。

そして第6話。
その目的が実際に叶う。
おそろいのTシャツを着た安海たちは、
伊豆王島から会場へ向かう。
いつもの学校とは違う。
目の前には、
漫画を作っている人と、
漫画を求める人が大量にいる。

手島先生と赤福が会場を回る一方、
安海と藤森はブースに残る。
机の上には、
自分たちが作った漫画がある。
島の学校で描いていた作品が、
知らない読者のいる場所まで運ばれてきた。

ただし、
そこで何もかも順調に進むわけではない。
安海と藤森は、
緊張しながら頒布を始める。
でも、
なかなか売れない。
目の前を人が通っても、
そのまま去っていく。

作っている時には、
最後まで完成させることが大きかった。
会場へ来ると、
次は手に取ってもらわなければならない。
読者は、
こちらが頑張ったから読んでくれるわけではない。
安海はそこで、
漫画を届ける難しさまで経験する。

それでも、
コミティアへ参加した事実は大きい。
第1話で、
安海は☆野0の新作を求めて、
コミティアそのものへ憧れていた。
その場所へ、
第6話では自分の漫画を持って立っている。

読むために目指した場所へ、
描く側として辿り着く。
これは、
第1話から続いていた一つの大きな目標が、
いったん叶ったことになる。
安海は、
かなり長い距離を進んできた。

だからこそ、
終わったあとに空白が出来る。
次の締切はない。
次に出す作品も決まっていない。
「コミティアへ行きたい」という強い目的も、
すでに叶っている。

描きたい気持ちはある。
漫画も好き。
でも、
その気持ちを向ける先がない。
第8話の安海は、
そこで初めて立ち止まっている。

「漫画を描きたい」と「何を漫画にしたいか」は同じではなかった

安海は第2話の時点から、
漫画を描くこと自体には強い熱を持っていた。
手島先生から、
一本描くよう言われれば挑戦する。
経験がないからといって、
そこで諦めない。

第3話では、
完成した『ネコ太とニャン太』を抱えて、
部員集めのため各部室を回る。
自分の漫画を人に見せる。
断られる。
落ち込む。
それでも漫画そのものは捨てない。

第4話では、
藤森との差も見える。
絵の上手さ。
漫画制作の感覚。
安海より出来る人が身近にいる。
それでも、
「自分には無理」とはならない。
描くことへ向かう勢いは、
ずっと残っている。

ただ、
第8話で必要になったのは、
その勢いとは少し違う。
「次も漫画を描く」と決めるだけでは、
原稿は始まらない。
主人公は誰にするのか。
どんな場所を描くのか。
何を面白いと思ったのか。

さらに、
何を漫画の中へ残したいのか。
そこまで自分で決めなければ、
白い紙の前から先へ進めない。
漫画が好きという気持ちだけでは、
次の一本の中身までは決まらない。

そこで手島先生は、
安海に完成した答えを渡さない。
代わりに、
伊豆王島の様々な場所から刺激を受けるよう勧める。
さらに、
ネタ帳としてノートを渡す。

島巡りには、
漫研の仲間たちも加わる。
安海一人で、
机の前に座って考え続けるわけではない。
外へ出る。
歩く。
見る。
会話する。

「描けないなら才能がない」で終わらない。
まず動く。
今まで見ていた場所を、
別の目で見る。
気になった物を拾う。
その方向へ安海を進ませる。

これまで安海にとって、
伊豆王島は当たり前の故郷だった。
第1話で登校する道。
波浮港の景色。
学校。
赤福たちと過ごす場所。
全部、
生活の中にある物だった。

でも、
「漫画のネタを探す」と決めて歩くと変わる。
普段なら通り過ぎる場所でも、
立ち止まる。
「ここを描いたらどうなるだろう」と考える。
身近だからこそ、
安海しか知らない景色や出来事もある。

島の外にいる人から見れば、
安海には普通の景色も珍しい。
安海には当たり前の会話も、
別の人には面白いかもしれない。
自分では普通だと思っていた物が、
漫画へ入れると違って見える。

「漫画で描きたい100のコト」は、
そこへ安海を向かわせる。
知らない世界へ行かなくてもいい。
毎日見ている町。
いつも会っている友達。
自分が好きだった物。
少し気になった出来事。

そういう物も、
一個ずつ見れば漫画へ近づいていく。
百個集めようとすれば、
大事件だけでは足りない。
小さな物まで拾う必要がある。
その数の多さが、
安海の視線を日常へ向けていく。

第8話で安海が手にしたのは、
完成した次回作の案ではない。
もっと長く使える物になる。
次に何を描こうと迷った時、
自分の周囲へ戻る。
歩く。
見る。
書き残す。

コミティアが終わり、
一度目標を失ったからこそ、
安海は「描きたい物の探し方」を覚える。
そして、
「漫画で描きたい100のコト」を少しずつ増やしていく。
次の漫画は、
その一個一個を見つけるところから始まっていく。

第3章 手島先生は安海に「島を見てこい」と背中を押した

答えを教えず、伊豆王島を歩かせた

第8話で、手島先生は安海に次の漫画の案を教えない。
「これを描けばいい」と題材を渡すこともしない。
安海が次の漫画を思いつかず困っていると、
身近な伊豆王島を改めて見て回るよう促す。
まず外へ出ることから始めさせる。

これは、第2話の時とは少し違う。
第2話では、漫研を作りたい安海に、
手島先生が「漫画を一本描く」という条件を出した。
あの時は、まず最後まで描き切る経験が必要だった。
だから目の前に、かなり分かりやすい課題を置いた。

第8話では、もうその課題は使えない。
安海は一本どころか、何度も漫画を描いている。
藤森と一緒に作品を作り、
第6話ではコミティアの机に自分たちの漫画まで並べた。
「完成させられるか」という最初の段階は越えている。

今の安海が困っているのは、
描き方ではなく、描く物が見つからないことだった。
そこで手島先生は、
原稿用紙の前に座らせ続けるのではなく、
伊豆王島の中へ安海を送り出している。

しかも、一人で考え込ませない。
漫研の仲間たちと一緒に島を巡る。
歩く。
景色を見る。
人と話す。
普段なら見過ごす場所へ目を向ける。

安海は、もともと考えるより先に動く人物でもある。
第1話では、☆野0の新作が欲しいと思えば、
コミティアへ行く方法を本気で考え始めた。
第3話では、漫研の部員を増やすため、
自作の『ネコ太とニャン太』を持って各部室を回った。

その安海にとって、
机の前で「何か思いつけ」と悩み続けるより、
実際に歩いた方が合っている。
知らない人を見る。
見慣れた道を違う角度から見る。
友達が何に反応するかを見る。
その全部が、次の漫画へ近づく材料になる。

手島先生は、
安海の代わりに物語を考えるのではない。
安海自身が「これを描きたい」と思える場所まで、
行き方だけを示している。
だから第8話では、島巡りそのものが大事になる。

いつもの伊豆王島が、漫画を探す場所へ変わった

伊豆王島は、
第8話になって初めて出てきた場所ではない。
第1話からずっと、
安海たちが暮らしてきた日常の舞台になる。
学校も港も道も、安海にとっては見慣れた景色だった。

第1話では、
安海は登校途中でも漫画を読んでいる。
歩いている時まで『ロボ太とポコ太』へ意識が向いている。
授業中にも漫画を開き、
手島先生に没収されるほどだった。
目の前の島より、漫画の中へ夢中になっていた。

でも第8話では逆になる。
漫画を描くために、
いったん漫画から目を離す。
そして自分が毎日いる伊豆王島を見る。
そこに何があるのかを探し始める。

見慣れた場所ほど、
普段は細かく見ない。
毎日通る道。
何度も見た建物。
いつもいる友達。
いつもの会話。
だから「漫画のネタを探す」と決めた瞬間、見え方が変わる。

安海にとっては、
遠くへ行かなければ面白い物がないわけではなかった。
自分のすぐ近くに、
まだ漫画として見ていなかった物が大量にある。
第8話の島巡りで、
そのことを少しずつ実感していく。

ここで効いてくるのが、
「漫画で描きたい100のコト!!!」という言葉になる。
百個も書こうとすれば、
大事件ばかり探してはいられない。
小さなことまで拾わなければ埋まらない。
それが、安海の目をさらに身近な方へ向けていく。

面白い人。
変な場所。
少し気になる景色。
友達との出来事。
自分が忘れたくないこと。
そんな小さな物まで、漫画へ持ち込めるようになる。

安海は第8話で、
急にすごい物語を思いついたわけではない。
むしろ逆になる。
「すごい物を考えなければ」という状態から離れ、
まず目の前を見るようになった。
そこから次の漫画が始まっていく。

第4章 漫研で島を巡ったことで「身近な物もネタになる」と気づいていく

一人で考えていた時には出なかった物が、外へ出ると見えてくる

第8話の安海は、
部屋に閉じこもって一人でネタを探し続けない。
手島先生に背中を押され、
漫研の仲間たちと伊豆王島へ出る。
ここがかなり大きい。

安海一人なら、
「漫画に使える物を探さなきゃ」と力が入る。
でも藤森や赤福たちと一緒なら、
普通に会話しながら歩ける。
誰かが何かを見つける。
別の誰かが反応する。
そのやり取り自体が、安海の目を動かしていく。

漫研の仲間は、
全員が同じ物を見るわけでもない。
藤森は絵を描く側の目で見る。
赤福は安海とは違う反応をする。
石龍はすでに漫画を描く経験がある。
同じ場所へ行っても、気づく所が少しずつ違う。

だから島巡りは、
単なる観光にはならない。
「ここ面白い」
「これ描けそう」
そういう小さな発見が増える。
安海は一人で答えを出すより先に、
周囲の反応を見ながら題材を拾っていける。

これは第3話の部員集めとも少しつながる。
安海は『ネコ太とニャン太』を持って、
自分の漫画を人に見せて回った。
その時も、一人で漫画を抱えているだけでは何も変わらなかった。
外へ出て人に会ったから、藤森と出会えた。

第5話でも同じだった。
コミティア参加へ進む時、
安海だけで全部を決めたわけではない。
藤森の事情。
赤福の支え。
石龍の存在。
手島先生の助言。
周囲との関わりが、安海の次の行動を作ってきた。

第8話でも、
それは変わらない。
ネタ切れは安海一人の問題に見える。
でも、そこから抜ける時には仲間がいる。
一緒に歩くことで、
安海の視線がまた外へ向いていく。

「知らない世界」より「自分しか知らない日常」が漫画になる

漫画の題材を探すとなると、
何か特別な物が必要に見える。
大事件。
珍しい場所。
強烈な人物。
誰も知らない体験。
安海も最初は、そういう物を探そうとしていたように見える。

でも第8話で歩くのは、
自分が暮らしている伊豆王島になる。
毎日見ている景色。
昔から知っている場所。
学校の仲間。
島での生活。
安海にとっては、どれも珍しい物ではない。

ただ、島の外にいる人から見れば違う。
安海には普通でも、
知らない人には初めて見る景色になる。
安海には当たり前の生活でも、
漫画の中へ入れば、その人だけの世界になる。
ここで「身近すぎて気づかなかった物」が効いてくる。

第1話から安海は、
伊豆王島でずっと生活してきた。
漫画を読んだ場所も、
友達と話した場所も、
漫研を始めた学校も、
全部その島の中にある。

そこには安海自身の記憶も積み重なっている。
☆野0の漫画を追いかけたこと。
赤福と漫研を作ろうとしたこと。
藤森と出会ったこと。
石龍が加わったこと。
コミティアを目指して皆で動いたこと。

つまり伊豆王島を描くことは、
ただ風景を描くことではない。
安海がこれまで過ごしてきた時間まで、
一緒に漫画へ持ち込めるということになる。
誰かが真似しようとしても、
安海と全く同じ物にはならない。

「漫画で描きたい100のコト」は、
だから大げさな夢の一覧ではない。
自分が知っている物。
好きだった物。
気になった物。
いつか描いてみたい物。
それを一個ずつ拾っていくための言葉になる。

コミティアでは、
安海は知らない読者へ漫画を渡そうとした。
第8話では、その次の段階へ進む。
今度は、
その読者へ何を見せたいのかを探す。
その答えが、遠くではなく自分の足元にある。

伊豆王島を歩く回だからこそ、
第8話は安海の漫画作りに直結している。
ただ景色を眺めるだけではない。
自分の暮らしを見直す。
自分の周囲を拾う。
そこから「次に描きたい物」が少しずつ増えていく。

第5章 「漫画で描きたい100のコト」は何を書けばいいノートなのか

百本の漫画案を書くのではなく、描いてみたい物を拾っていく

「漫画で描きたい100のコト」と聞くと、
百本分の物語を考えるノートにも見える。
でも第8話で安海に必要だったのは、
完成した企画を百個並べることではない。
もっと手前にある「これを描いてみたい」を残すことだった。

安海はコミティア後、
次の漫画そのものを考えようとして止まっている。
主人公は誰にするのか。
どんな事件を起こすのか。
どう終わらせるのか。
最初から一本分を作ろうとするほど、白紙の前で動けなくなる。

そこで「100のコト」になる。
面白かった場所。
忘れたくない会話。
妙に気になった人。
自分が笑った出来事。
一度絵にしてみたい景色。
そのくらい小さな物でも、まず書いておけばいい。

第8話で伊豆王島を巡るのも、
その考え方とつながっている。
島を一周して、
すぐ一本の名作を完成させるわけではない。
歩きながら気になった物を拾う。
その数を増やすことが先になる。

これは第2話の漫画作りとはかなり違う。
第2話では、
漫研設立の条件として一本完成させる必要があった。
安海は初めて原稿へ向かい、
とにかく最後まで描くことを覚えた。

あの時は、
完成させること自体が大きな経験だった。
でも第8話では、
安海はすでに完成まで持っていける。
今度は原稿に入る前の、
「何を描くか」を増やす段階へ進んでいる。

だから「100」という数も効いてくる。
一個だけなら、
どうしても特別な物を探したくなる。
でも百個となれば、
小さな物まで見なければ埋まらない。

港で見た景色。
学校で起きたこと。
友達の変な癖。
島に昔からある物。
自分だけが好きな場所。
そういう日常の細部まで、漫画の候補になっていく。

安海はもともと、
漫画の中に強い物を求めてきた。
第1話では『ロボ太とポコ太』へ夢中になり、
☆野0の新作を読むため、
コミティアへ行こうとまで考えた。

でも自分で漫画を描く側になると、
誰かの強い作品を追うだけでは足りない。
自分が何に反応したのか。
何を残したいと思ったのか。
そこを拾わないと、
次の一本は安海自身の漫画にならない。

「100のコト」は、
安海に完成品を要求しない。
まず気になった物を書く。
描けるかどうかは後で考える。
話になるかどうかも後でいい。
その軽さが、止まっていた安海には必要だった。

「描ける物」ではなく「描きたい物」を残すことが大事になる

安海の周囲には、
最初から自分より上手い人間がいる。
第4話では、
藤森心の画力との差がはっきり出る。
安海は漫画への熱は強い。
でも絵だけを比べれば、藤森の方が明らかに上だった。

さらに石龍光も加わる。
「ストーンドラゴン」として漫画を描いてきた経験があり、
安海より先を走っている存在になる。
上手い人。
経験がある人。
結果を出している人。
そういう相手が近くにいる。

そこで安海が、
「上手く描ける物」だけを選び始めたら苦しくなる。
藤森の方が綺麗に描ける。
石龍の方が漫画に詳しい。
自分より出来る人を基準にすれば、
安海の手元には何も残らなくなる。

だから「描きたい」が先になる。
自分が気になったから描く。
自分が面白いと思ったから残す。
自分が好きだから絵にする。
技術の差とは別の場所に、
安海自身の漫画の入口がある。

第6話のコミティアでも、
その感覚は少し見えている。
安海と藤森は同じブースに立つ。
同じ場所で漫画を売る。
でも二人が漫画へ向かう感覚まで、
完全に同じではない。

藤森には藤森の得意な物がある。
石龍には石龍の経験がある。
赤福には赤福の支え方がある。
安海だけが全部で一番になる必要はない。
安海が持てるのは、
安海自身が描きたいと思った物になる。

伊豆王島を巡る場面も、
そのために効いてくる。
同じ景色を見ても、
全員が同じ場所へ反応するわけではない。
誰かが気にしない物を、
安海だけが面白いと思うこともある。

その瞬間が大事になる。
「なぜ自分だけ気になったのか」
そこまで難しく考えなくていい。
ただ忘れないように書く。
あとで漫画にしたくなったら使う。
その積み重ねが百個へ近づいていく。

だから「漫画で描きたい100のコト」は、
安海にとって才能を測る表ではない。
上手さを比べる表でもない。
自分の好きな物、
気になる物、
描いてみたい物を残す場所になる。

第6章 第1話から積み上げてきた安海の漫画との距離が第8話で変わる

最初は漫画に連れていってもらう側だった

第1話の安海は、
漫画に引っ張られて動く人物だった。
『ロボ太とポコ太』が好き。
☆野0が好き。
新作が読みたい。
その気持ちが先にあり、
安海自身は漫画の後を追いかけていた。

授業中に読んで没収されても、
漫画への熱は冷めない。
頭の中にはポコ太まで現れる。
現実で困った時にも、
漫画の世界が安海を支えている。
漫画は安海にとって、
かなり近い場所にある物だった。

その安海が第2話で、
初めて自分から漫画を作る。
漫研を作りたい。
そのためには一本描かなければならない。
読むだけだった安海が、
原稿へ向かう側へ回る。

第3話では、
完成した『ネコ太とニャン太』を持って歩く。
部員を増やすため、
各部室へ自分の漫画を見せる。
ここではもう、
漫画が安海を動かすだけではない。
安海自身が漫画を持って人へ会いに行っている。

その結果として藤森と出会う。
漫画を描いたから、
新しい人間関係が生まれた。
第1話では、
漫画は安海が一人で読む大切な物だった。
第3話では、
漫画が他人とつながる物へ変わっている。

さらに第5話では、
漫研全員でコミティア参加を目指す。
安海一人の趣味ではなくなる。
藤森。
赤福。
石龍。
手島先生。
周囲の人間まで巻き込みながら、漫画が動いていく。

そして第6話。
安海はコミティアへ行く。
ただし第1話とは立場が違う。
今度は☆野0の漫画を買いに行く側ではない。
自分たちで作った漫画を、
知らない読者へ渡す側になる。

ここまで来ると、
漫画との距離がかなり変わっている。
読む。
描く。
人に見せる。
仲間と作る。
会場で売る。
安海は一段ずつ、漫画の内側へ入ってきた。

第8話では漫画の中ではなく、自分の生活から描く物を探し始める

第8話で起きている変化は、
派手ではない。
新しい必殺技を覚えるわけでもない。
突然絵が上手くなるわけでもない。
でも漫画を続ける上では、
かなり大きな一歩になる。

それまでの安海は、
漫画そのものを目標にしていた。
一本描く。
漫研を作る。
コミティアに出る。
漫画を完成させる。
目の前に分かりやすい目的があった。

第8話では、
その目的がなくなる。
次に何を描けばいいか分からない。
そこで初めて、
漫画の外を見る必要が出てくる。
伊豆王島を歩くのは、
そのためになる。

第1話では、
歩きながら漫画を読んでいた安海。
第8話では、
漫画を描くために歩きながら島を見る。
この違いはかなり分かりやすい。
以前は漫画の中へ入っていた。
今度は現実の中から、漫画に持ち帰る物を探している。

学校も同じ。
赤福との会話も同じ。
藤森や石龍との時間も同じ。
島の道も港も同じ。
でも「これを描くならどうなる」と考えるだけで、
普段の景色が少し変わって見える。

安海は、
漫画を好きになったから外へ出た。
漫画を描き始めたから仲間が増えた。
漫画を売ったから読者の存在を知った。
そして第8話では、
漫画を続けたいから自分の日常を見るようになる。

ここまで来ると、
安海にとって漫画は逃げ込む場所だけではない。
現実を見直すきっかけにもなる。
友達を見る。
島を見る。
自分が何を好きなのかを見る。
そこから次の作品へ持っていく。

「漫画で描きたい100のコト」は、
その変化を一番分かりやすく見せる言葉になる。
百個埋めるためには、
自分の生活を細かく見なければならない。
何でもない日まで、
漫画に出来る物がないか探すようになる。

安海が第8話で手に入れたのは、
一発で次の漫画を完成させる答えではない。
次に止まった時にも使える、
描きたい物の探し方になる。
そこが一度きりのネタ切れ回で終わらない部分になる。

第1話では、
☆野0の漫画が安海を動かした。
第8話では、
安海自身の生活が次の漫画を動かし始める。
その間にあった、
漫研設立、藤森との出会い、石龍の加入、コミティア参加。
全部がここへつながっている。

安海はもう、
好きな漫画を追いかけるだけではない。
自分が見た物を、
自分の漫画へ持っていく側になった。
「100のコト」は、
その最初の箱になる。

第7章 「100のコト」は安海がこれからも漫画を描き続けるための種になる

一つの答えを見つけたのではなく、描きたい物を増やす方法を手に入れた

第8話で安海が手にしたのは、
次回作の完成した筋書きではない。
主人公の設定でもない。
結末まで決まった物語でもない。
もっと手前にある、
「描きたい物を見つける方法」だった。

コミティア後の安海は、
次の漫画が思いつかず止まっていた。
第6話までは、
コミティアへ出るという大きな目標があった。
でも、その目標を越えたあと、
今度は自分で次の一歩を決める必要が出てきた。

そこで「漫画で描きたい100のコト」が効いてくる。
一個だけ正解を探す必要はない。
思いついた物を増やしていく。
今すぐ漫画にならなくてもいい。
あとで使えそうなら残しておく。
その積み重ねが、次の一本へつながっていく。

安海は第8話で、
伊豆王島を歩いた。
普段から見ている場所へ行った。
漫研の仲間と一緒に景色を見た。
何気ない物へ目を向けた。
漫画の外に出たことで、
逆に漫画へ持ち帰れる物が増えていく。

ここは第1話の安海とかなり違う。
あの頃は、
『ロボ太とポコ太』を読むことが何より楽しかった。
☆野0の新作が出ると知れば、
それを追いかけてコミティアへ行きたいと思った。
漫画から刺激を受ける側だった。

第8話では、
自分の生活から刺激を拾う側になる。
島の景色。
学校での出来事。
友達との会話。
少し気になった場所。
自分が笑ったこと。
そうした物を漫画へ持ち込もうとしている。

この変化が大きい。
安海は、
何か特別な事件が起きるまで待つ必要がなくなる。
毎日の中に、
描けるかもしれない物がある。
見つけたら書く。
残しておく。
そこから次の漫画を考えればいい。

一度ネタ切れしたからこそ、
この方法が身につく。
次にまた止まっても、
全部が終わるわけではない。
外へ出る。
見る。
誰かと話す。
気になった物を書く。
第8話で覚えた動きに戻れる。

安海にしか描けない漫画は、伊豆王島と仲間との時間から生まれていく

安海は、
藤森ほど最初から絵が上手いわけではない。
石龍ほど漫画の経験があるわけでもない。
第4話では、
周囲との実力差も見えていた。
それでも安海には、
安海にしか持てない物がある。

伊豆王島で育ってきた時間。
赤福と過ごしてきた日常。
藤森と出会ったこと。
石龍が漫研へ加わったこと。
手島先生に何度も背中を押されたこと。
その全部を実際に経験しているのは安海になる。

第3話で、
『ネコ太とニャン太』を抱えて各部室を回ったこともそう。
第5話で、
漫研のみんなとコミティアを目指したこともそう。
第6話で、
自分たちの漫画を机に並べ、
なかなか手に取ってもらえなかった時間もそう。
全部が安海の中に残っている。

そう考えると、
「漫画で描きたい100のコト」は、
未来の案だけを書く物ではない。
これまで経験したことも入ってくる。
あの時の悔しさ。
あの時の嬉しさ。
友達に言われた言葉。
あとで思い出したくなる出来事。
そういう物まで漫画の種になる。

安海が第8話で島を見るのも、
単なる風景探しではない。
その場所には、
自分が過ごしてきた時間が重なっている。
毎日見ている港でも、
友達と一緒に見ると別の記憶が増える。
そこがそのまま、
安海にしか描けない部分になる。

だから「100のコト」は、
百個埋まったら終わりではない。
むしろ増え続ける物に見える。
新しい友達が出来れば増える。
失敗しても増える。
嬉しいことがあっても増える。
何かを好きになれば、
また一つ描きたい物が増える。

第8話の安海は、
次の漫画を思いつかず困っていた。
でも最後まで見ると、
「描く物がない」状態から、
「探せば身近にある」状態へ変わっている。
この差は大きい。

漫画を描き続けるなら、
毎回すぐ名案が浮かぶわけではない。
止まる時もある。
迷う時もある。
それでも、
描きたい物を少しずつ貯めておけば、
また次へ進める。

第1話では、
漫画が安海を外へ連れ出した。
第8話では、
外で見た物を安海が漫画へ連れて帰る。
読む側から始まった安海が、
自分の生活を作品へ変える側まで進んできた。
「漫画で描きたい100のコト」は、
その変化を一番分かりやすく見せる言葉になっている。

これから安海が何を描くのか。
伊豆王島の何を漫画へ入れるのか。
漫研の仲間との時間を、
どんな形で作品へ残していくのか。
第8話は、
その先を見たくなる入口にもなっている。

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