PR

【バンドリ ゆめ∞みた】仲町あられがビオラを「敵」と認識したのはなぜ?第11話でネット恐怖が変わった瞬間

記事内に広告が含まれています。

仲町あられは過去の炎上以来、コメント、切り抜き動画、配信事故まで含めて「ネットそのもの」を恐れてきたが、第4話で「erea01.mp4」を作った中心がビオラだと分かり、第7話のライブを経て、第11話ではついにビオラを明確な「敵」として見る段階まで進んだ。
「ゆめみた あられ ビオラ」の関係で大きいのは、あられのトラウマが消えたことではなく、「誰に攻撃されるか分からない」という無数の恐怖が、「ビオラと向き合う」という一つの課題へ変わったこと。
仲町あられの過去と炎上を追うと、第11話で主人公らしく前へ出られたのは、ネットへ強くなったからではなく、ようやく恐怖へ顔と名前を与えられたからだと見えてくる。

  1. 第1章 あられがビオラを「敵」と認識した――第11話で変わったもの
    1. 怖いものが「ネット全体」から「ビオラ一人」へ変わった
    2. 主人公らしさは、怖くなくなったことではなく「誰と戦うか」を決められたこと
  2. 第2章 第2話では、炎上の気配だけでログアウトするほどネットを恐れていた
    1. 自分が何も言っていないのに逃げた場面が、あられの傷の深さを見せていた
    2. ののかとの反応の差を見ると、あられだけが炎上を過去の再来として受け止めていた
  3. 第3章 第4話「erea01.mp4」で、炎上にはビオラという仕掛け人がいたと分かる
    1. 何気ない会話が切り取られ、あられだけが悪く見える映像へ変えられた
    2. ビオラがあられの炎上を「起爆剤」のように扱ったことで、恐怖へ初めて顔が付いた
  4. 第4章 第5話「あられちゃん…助けて」で、逃げる側だったあられが律を助けに戻る
    1. クレマチスとの再会で再び沈んでも、配信の異変を見たあられは現場へ向かった
    2. 自分の炎上から逃げたあられが、他人の炎上へ飛び込めたことが主人公らしさの始まり
  5. 第5章 第7話「Face The Next」で、あられはネットへ見られる側から見返す側へ変わる
    1. 悪意ある動画で一方的に評価されたあられが、今度は自分から大勢の視線へ飛び込んだ
    2. 「勝手に決めつけないでよ」と歌えたことが、第11話のビオラへの敵認識へつながる
  6. 第6章 第11話で「ネット」ではなく「ビオラ」を敵として見られた
    1. 悪意の投稿を見ても、今度のあられは「また炎上した」で止まらなかった
    2. ビオラという「顔のある敵」ができたことで、あられは恐怖を行動へ変えられた
  7. 第7章 あられの主人公力は「怖くなくなった」ことではなく、怖いまま戦う相手を選べたこと
    1. 第2話のログアウトから第11話の敵認識まで、あられは何度も恐怖の中心へ戻ってきた
    2. ビオラを敵として見られたことで、過去の炎上は「あられ自身の欠点」ではなくなった

第1章 あられがビオラを「敵」と認識した――第11話で変わったもの

怖いものが「ネット全体」から「ビオラ一人」へ変わった

第11話までの仲町あられを見ると、
最も大きく変わったのは、
炎上への恐怖が消えたことではない。
中学時代の切り抜き動画も、
画面を埋めた批判も忘れていない。

それでも第11話では、
恐れている対象が変わっている。
以前は「ネットの誰か」が怖かった。
今はビオラという、
顔と名前のある相手を敵として見られる。

第2話のあられは、
ネット上で炎上の気配を感じただけで、
状況を確かめるより先にログアウトしている。
自分が何か失言したわけでもない。
それでも過去の記憶が一気に蘇る。

この頃のあられにとって炎上は、
誰か一人から受ける攻撃ではない。
知らない人間がコメントを書く。
動画が拡散される。
批判へ別の人間が加わる。
敵の顔が全く見えない。

中学時代には、
あられの何気ない発言が切り取られ、
「erea01.mp4」として利用された。
本来の会話とは違う印象へ編集され、
あられだけが身勝手な人物に見える形で、
ネットへ広がっていった。

その後に増えたのは、
あられ本人を知らない人間からの批判。
短い映像だけを見て、
性格まで決め付けられる。
本人が説明する前に、
「あられはこういう人物」という像が完成していく。

だから最初のあられには、
戦う相手を決めようがなかった。
動画を作った人物。
拡散した人物。
コメントを書いた人物。
面白半分で騒いだ人物。
全部が混ざって見えていた。

ところが物語が進むにつれて、
過去の炎上の向こう側へ、
ビオラという人物が浮かび上がる。
映像を利用したこと。
クレマチスへ圧力を掛けたこと。
現在のみゅーたいぷへも接触してくること。

ここでようやく、
「ネットそのものが怖い」から、
「ビオラが何をするか警戒する」へ変わる。
相手が具体的になれば、
行動も具体的にできる。
逃げる以外の選択肢が生まれる。

第11話であられがビオラを「敵」と認識したのは、
単に対立する人物が決まったという話ではない。
ずっと輪郭の無かった恐怖へ、
初めて顔と名前を与えられた瞬間になる。

主人公らしさは、怖くなくなったことではなく「誰と戦うか」を決められたこと

あられは第11話で突然強くなったわけではない。
第2話では炎上の気配だけで逃げ、
第4話では過去の映像と向き合わされ、
第5話ではクレマチスとの再会によって、
再び精神的に沈んでいる。

第5話のミーティングでも、
あられは普段通りではない。
参加が遅れ、
アバターを出さず音声だけで入り、
オンラインライブの練習も、
休ませてほしいと申し出る。

それでも、
クレマチスの配信事故を見ると行動する。
配信が切れていない中で、
クレマチスが「えれあ曲」を演奏し、
あられを思っている様子を見せる。
その表情から助けを求めていることへ気付く。

あられは、
また騒動へ巻き込まれる可能性があるのに、
フェアリィブゥケのイベントへ向かう。
昔なら炎上の中心から逃げていた人物が、
今度は仲間を助けるため、
自分から中心へ戻っている。

第7話では、
さらに変化が大きくなる。
炎上中にもかかわらず、
あられはライブへ立つ。
多くの視線が集まる場所から逃げず、
自分の言葉と歌を正面から届ける。

中学時代のあられは、
勝手に撮られた映像を切り取られ、
画面の向こう側から評価された。
第7話では逆に、
自分から画面へ向かい、
自分自身を見せる側へ立つ。

だから第11話の敵認識は、
第2話から続く変化の終着点になる。
ネットが怖くなくなったわけではない。
過去も消えていない。
それでも、
「何が怖いのか」を見分けられるようになった。

ネット全部を相手にする必要はない。
コメントを書いた全員へ反撃する必要もない。
仲間へ近づき、
人間関係を壊そうとしているビオラへ、
意識を絞ればいい。

恐怖の範囲が狭くなったことで、
あられは初めて戦える。
逃げるか耐えるかではなく、
誰を止めるのかを自分で選べる。
第11話で見える主人公らしさは、
この変化にある。

第2章 第2話では、炎上の気配だけでログアウトするほどネットを恐れていた

自分が何も言っていないのに逃げた場面が、あられの傷の深さを見せていた

第11話のあられがどれほど変わったかを見るなら、
第2話の反応が分かりやすい。
みゅーたいぷでの活動が始まり、
メンバー同士の会話が増えてきた頃、
ネット上で炎上の気配が生まれる。

するとあられは、
状況を最後まで確認しない。
自分へ向けられた批判かどうかも見ない。
画面が荒れていると分かっただけで、
その場からログアウトしてしまう。

しかもこの時、
あられ自身は何も失言していない。
誰かを傷付けたわけでもない。
それでも「炎上」という現象を見ただけで、
中学時代の記憶が現在へ重なってしまう。

あられが恐れていたのは、
批判の内容だけではない。
一度ネットが燃え始めると、
どこまで広がるか分からないこと。
知らない人間まで参加し、
本人の手から完全に離れてしまうこと。

中学時代には、
仲間との会話が撮影され、
その一部分だけが利用された。
あられが歌い方について話す場面や、
自分の選んだ曲もやりたいと話した場面が、
別の印象へ変えられていく。

そして公開された「erea01.mp4」を見た人々は、
前後の会話を知らない。
あられ本人の気持ちも知らない。
短く編集された映像だけで、
人格まで判断していく。

「性格が悪い」
「自分勝手」
そんな方向の批判が増えれば、
本人が一つずつ説明しても追い付かない。
一人へ返事をしている間にも、
別の場所で映像が拡散される。

だから第2話のあられは、
炎上を人間関係の揉め事として見ていない。
突然押し寄せる災害に近い。
始まったら逃げる。
巻き込まれる前に離れる。
それしか身を守る方法を持っていなかった。

みゅーたいぷへ入って新しい仲間ができても、
この反応だけはすぐ変わらない。
ネットへ出ること。
配信すること。
人から見られること。
その全部が過去の記憶へ繋がっている。

ののかとの反応の差を見ると、あられだけが炎上を過去の再来として受け止めていた

第2話では、
同じネット上の騒動を見ても、
あられとののかでは反応が違う。
ののかは炎上へ近い位置にいても、
あられほど極端には怯えない。

一方のあられは、
誰が何を言ったかより、
「燃えている」という状況自体へ反応する。
まだ自分への批判ではない。
それでも、
過去の炎上がまた始まるように感じてしまう。

この時点では、
あられの中で現在と過去が分かれていない。
今起きている騒動を見る。
中学時代のコメントを思い出す。
また同じことになると感じる。
そして逃げる。

ところが第4話以降、
過去の出来事が具体的になっていく。
どんな会話が切り取られたのか。
誰が映像を利用したのか。
クレマチスが何をされていたのか。
そこへビオラという名前が結び付く。

第5話では、
クレマチスの配信事故から逃げない。
「えれあ曲」を演奏する姿を見て、
助けを求めていると判断し、
自分からイベント会場へ向かう。
第2話とは行動が完全に逆になる。

第7話ではさらに、
自分自身がライブへ立つ。
過去には「見られること」が恐怖だったのに、
今度は大勢から見られる場所へ自分から出る。
炎上中でも、
歌うことを選べるようになっている。

その積み重ねがあるから、
第11話でビオラを敵として見られる。
第2話では、
炎上という現象から逃げるしかなかった。
第11話では、
問題を起こしている人物を見定められる。

あられのトラウマは、
ネットが平気になったから消えたわけではない。
何が怖かったのか。
誰が傷付けたのか。
今は誰を警戒すべきなのか。
一つずつ分けて見られるようになった。

最初は、
ネット全体が巨大な敵だった。
それが第11話では、
ビオラという一人へ絞られる。
この変化こそ、
あられが受け身のままではなく、
自分から動けるようになった大きな転換になる。

第3章 第4話「erea01.mp4」で、炎上にはビオラという仕掛け人がいたと分かる

何気ない会話が切り取られ、あられだけが悪く見える映像へ変えられた

第4話では、
あられが中学時代に受けた炎上の中身が、
かなり具体的に見えてくる。
当時のあられは「えれあ」として活動し、
仲間と歌や配信を続けていた。

その中で、
日常の様子を撮影する流れが生まれる。
あられは歌い方について話し、
ビオラの歌い方を評価しながら、
自分自身の歌い方も振り返っていた。

さらに、
後で自分が選んだ曲もやりたいと提案する。
その場だけを見れば、
仲間へ強く命令したわけではない。
活動の中で出た、
普通の相談や希望に近い。

ところが、
その一部分だけが切り取られる。
前後の会話が消え、
あられだけが自分勝手に振る舞い、
仲間を押し退けているような映像へ変わる。

公開されたのが、
「erea01.mp4」だった。
動画だけを見た人間には、
あられが高圧的で、
自分中心に活動しているように映る。

するとコメント欄には、
あられの性格まで攻撃する言葉が並ぶ。
本人の意図を確認する人より、
短い映像だけを見て、
人格を決め付ける人間が増えていく。

ここであられが受けた傷は、
単なる悪口ではない。
自分が実際に言った言葉を使われ、
別の人物像へ作り変えられたこと。
完全な嘘ではないからこそ、
本人も自分を責めやすくなる。

「言い方が悪かったのかもしれない」
「自分にも原因があったのかもしれない」
そう考えてしまえば、
悪意ある編集だけを切り離して怒ることも難しい。
あられは、
被害者でありながら自分自身まで疑うことになる。

だから第2話では、
炎上そのものから逃げていた。
自分の言葉がまた利用されるかもしれない。
別の意味へ変えられるかもしれない。
何を言っても、
ネットの外側で別人にされるかもしれない。

しかし第4話まで来ると、
その恐怖に具体的な人物が結び付く。
映像を利用した側。
騒動を広げる側。
あられの言葉を、
自分の目的へ使う側。
そこへビオラの存在が浮かび上がる。

ビオラがあられの炎上を「起爆剤」のように扱ったことで、恐怖へ初めて顔が付いた

第4話で重要なのは、
悪意ある映像の存在だけではない。
あられが炎上して苦しむ一方で、
ビオラはその状況を止めようとしない。
むしろ炎上そのものを、
次の動きへ利用する側に立っている。

あられが騒然とした場所から離れる時も、
周囲には混乱が残る。
律はあられを追おうとする。
しかしビオラは、
その動きを簡単には許さない。

ここで見えてくるのは、
ビオラにとって炎上が偶発的な事故ではないこと。
あられが傷付く。
仲間同士が離れる。
人間関係が崩れる。
その全部を、
次の行動へ使える材料として見ている。

あられ側からすると、
これまで怖かったのは無数のコメントだった。
誰が最初に火を付けたのか。
誰が楽しんでいるのか。
そこまでは見えていなかった。

ところがビオラが、
炎上を利用する姿勢を見せることで、
初めて恐怖の中心へ顔が付く。
「ネットに嫌われた」ではなく、
「ビオラが自分を利用している」という見方が生まれる。

これは大きい。
ネット全体を相手にすれば、
あられ一人では何もできない。
知らない人間が何百人いても、
全員を止めることはできない。

しかしビオラ一人なら、
行動を見られる。
誰へ近づいたか確認できる。
何を言ったか仲間と共有できる。
恐怖を、
具体的な警戒へ変えられる。

もちろん第4話の時点で、
あられがすぐ反撃できるわけではない。
過去の傷は深い。
ビオラの顔が見えても、
身体に残った炎上への恐怖は消えない。

それでも、
第2話とは違う。
あの頃は、
炎上した画面を見るだけで逃げていた。
第4話では、
自分の過去に何があったのか、
誰がどう利用したのかが見え始める。

第11話で、
あられがビオラを明確な敵として見られるのは、
この第4話があるから。
恐怖の正体を知る。
過去の出来事へ名前を付ける。
その積み重ねが、
後の対抗心へ変わっていく。

第4章 第5話「あられちゃん…助けて」で、逃げる側だったあられが律を助けに戻る

クレマチスとの再会で再び沈んでも、配信の異変を見たあられは現場へ向かった

第5話のあられは、
まだ完全に立ち直っていない。
クレマチスとの再会が、
中学時代の記憶を再び引き戻し、
普段通りのみゅーたいぷ活動へ戻れない。

ミーティングにも遅れ、
アバターを出さず、
音声だけで参加する。
画面へ姿を出すことすら避け、
オンラインライブの練習も、
休ませてほしいと申し出る。

ここだけ見れば、
第2話のあられと大きく変わっていないように見える。
怖くなる。
距離を取る。
自分を守るために、
ネット上から姿を消す。

しかし第5話では、
その後の行動が違う。
フェアリィブゥケの配信で、
クレマチスが終了操作を忘れたまま、
一人で「えれあ曲」を演奏する。

クレマチスは、
あられとの過去を切れずにいる。
ビオラからは、
あられへ関わらないよう圧力を掛けられている。
それでも一人になった瞬間、
昔の曲を弾いてしまう。

さらに、
配信が続いているとは知らないまま、
あられを思う言葉まで漏れる。
画面越しに見える表情も、
普段のクレマチスとは違う。
あられはそこから、
ただ懐かしんでいるだけではない何かを感じ取る。

この時、
あられは自分の恐怖だけを優先しない。
クレマチスが危ない。
助けを求めている。
そう判断すると、
フェアリィブゥケのイベント会場へ向かう。

ここが大きな転換。
第2話では、
炎上の気配だけでログアウトした。
第5話では逆に、
炎上や騒動が待っている場所へ、
自分から入っていく。

しかも、
助ける相手はクレマチス。
過去の傷へ直結している人物になる。
昔の出来事を思い出させる相手だからこそ、
距離を取り続けてもおかしくない。

それでもあられは、
クレマチスを見捨てない。
自分がまた傷付く可能性より、
今助けを求めている仲間を優先する。
ここで初めて、
恐怖より行動が前へ出る。

自分の炎上から逃げたあられが、他人の炎上へ飛び込めたことが主人公らしさの始まり

フェアリィブゥケのイベントでは、
配信事故から騒動が拡大している。
クレマチス本人だけではなく、
グループ全体へ視線が集まり、
ネット上の反応も大きくなる。

あられにとって、
最も避けたい状況に近い。
人が集まる。
映像が残る。
ネットで騒がれる。
過去の炎上を思い出す条件が、
一度に揃っている。

それでも、
あられは現場へ向かう。
第2話のように、
画面を閉じて終わらない。
第4話のように、
自分が傷付いた記憶へ沈み続けない。

ここで大きいのは、
あられが「誰のために動くか」を決めたこと。
ネット全部へ勝つ必要はない。
コメント欄を黙らせる必要もない。
今目の前で困っているクレマチスを、
助ければいい。

この考え方は、
第11話のビオラへの敵認識とかなり近い。
広すぎる問題を、
一人の相手や一つの行動へ絞る。
すると、
あられにも出来ることが見えてくる。

第5話では、
まだビオラを正面から倒そうとしているわけではない。
ただ、
ビオラの圧力で動けなくなったクレマチスを、
自分から助けに行く。
結果として、
ビオラが作った流れへ逆らう行動になっている。

ここからあられは、
少しずつ受け身ではなくなる。
何かをされたら逃げる。
炎上したら閉じこもる。
そういう反応だけではなく、
自分から仲間のところへ行くようになる。

「主人公力」と感じられるのも、
この変化があるから。
強い言葉を言ったからでも、
急に怖いものが消えたからでもない。
怖いまま、
それでも誰かのために動いた。

第11話でビオラを敵として見られるあられは、
第5話の延長線上にいる。
クレマチスを助けるために一歩出た。
その経験が、
次は自分や仲間を守るため、
ビオラへ向き合う力へ変わっていく。

第5章 第7話「Face The Next」で、あられはネットへ見られる側から見返す側へ変わる

悪意ある動画で一方的に評価されたあられが、今度は自分から大勢の視線へ飛び込んだ

第7話のライブは、
あられがネットへの恐怖を完全に克服した場面ではない。
むしろ炎上が続き、
過去の映像まで掘り返される可能性がある中で、
それでも自分から大勢の視線へ出ていく。
ここに第2話との大きな違いがある。

第2話では、
炎上の気配を感じただけでログアウトした。
画面の向こう側に誰がいるのかも確認せず、
自分へ向けられた批判かどうかも見ず、
とにかくその場から離れる。
ネットへ「見られること」自体が恐怖になっていた。

その恐怖の原点には、
中学時代の「erea01.mp4」がある。
歌い方について話した場面、
自分が選んだ曲もやりたいと提案した場面、
本来なら前後の会話があって成立する発言だけを抜き出され、
あられだけが身勝手に見える映像へ作り変えられた。

あられは、
自分で自分を見せたのではない。
誰かに切り取られ、
誰かに編集され、
誰かに人物像を決められた。
画面の向こう側では、
本人を知らない視聴者が次々と人格まで批判していく。

だから第7話で、
自分からライブへ立つこと自体が重い。
照明が当たる。
カメラが向く。
演奏が配信される。
ネット上で再び評価される可能性がある。
過去の炎上と同じ条件が、
目の前に揃っている。

それでも、
あられは逃げない。
みゅーたいぷのボーカルとして前へ出て、
一曲目から自分の歌声を正面へぶつける。
さらに二曲目の「Face The Next」では、
過去のあられからは想像しにくいほど攻撃的な姿勢を見せる。

歌詞にも、
他人から勝手に決め付けられることへの反発が入る。
「あられはこういう人間」と、
短い映像だけで固定された過去へ対して、
今度は自分の言葉で自分を示す。
受け身だった視線の関係が、
ここで完全に逆方向へ動く。

過去には、
画面の向こう側から無数の人間に見られた。
第7話では、
あられ自身がカメラへ向かう。
しかも演奏の中で、
画面そのものへぶつかっていくような強い演出まで入る。
「見られる側」が、
初めて「見返す側」へ回った瞬間になる。

「勝手に決めつけないでよ」と歌えたことが、第11話のビオラへの敵認識へつながる

第7話の「Face The Next」で、
あられが見せた変化は歌詞にも表れている。
以前のあられなら、
ネットで何か言われるだけで、
自分にも悪いところがあったのではないかと引き下がっていた。

しかしライブでは、
他人から勝手に人物像を決められることへ、
真正面から反発する。
「勝手に決めつけないでよ」という方向の言葉を、
大勢が見ている場所で歌う。
これは過去の炎上へ向けた姿勢としてかなり大きい。

中学時代のあられは、
ネット上で「性格が悪い」「身勝手」と決め付けられた。
本人がどういうつもりだったのかは無視され、
編集された映像の方が「真実」として扱われる。
反論する前に、
人物像まで他人に作られてしまった。

第7話では、
その関係を自分から壊す。
自分の歌詞。
自分の声。
自分の表情。
自分が選んだライブ。
誰かに編集されてから見せられるのではなく、
現在の自分をそのまま前へ出す。

しかも、
このライブは炎上が落ち着いた後ではない。
まだネット上では、
あられやみゅーたいぷへ視線が集まっている。
安全になってから出たのではなく、
危険が残っている時に出ている。

ここが、
第11話へつながる。
第7話であられは、
「ネットに見られること」へ一度正面から立った。
だから次は、
そのネット上の騒動を利用している人物へ、
目を向けられるようになる。

第2話では、
炎上を見た瞬間に逃げた。
第4話では、
過去の映像がビオラに利用されていたことを知った。
第5話では、
クレマチスを助けるため炎上の中心へ戻った。
第7話では、
自分から大勢の視線へ飛び込んだ。

この積み重ねがあるから、
第11話のあられは、
ビオラを見ても過去へ完全に引き戻されない。
ビオラが怖い。
また何かされるかもしれない。
それでも、
逃げるだけでは終わらない。

「ネットが怖い」
という巨大で曖昧な感情から、
「ビオラが何をしているのか見る」へ変わる。
その準備を作ったのが、
第7話のライブになる。

あられが主人公らしく見えるのは、
突然勇敢になったからではない。
怖い場所へ何度も戻った。
誰かを助けた。
人前で歌った。
自分を決め付ける視線へ反発した。
その経験が、
第11話で一人の敵へ向き合う力になる。

第6章 第11話で「ネット」ではなく「ビオラ」を敵として見られた

悪意の投稿を見ても、今度のあられは「また炎上した」で止まらなかった

第11話で起きる変化は、
第2話と比べると分かりやすい。
以前なら、
悪意ある投稿や炎上の気配を見ただけで、
あられはネット空間から距離を取っていた。

ところが第11話では、
みゅーたいぷへ再び悪意が向けられても、
あられは「ネット全体が怖い」という状態へ戻らない。
誰がこの状況を作っているのか。
誰が火を投げ込んでいるのか。
視線がビオラへ向かう。

ここまでには、
過去回で積み上げた具体的な材料がある。
「erea01.mp4」を炎上へ使ったこと。
クレマチスへ、
あられの周囲まで燃えると圧力を掛けたこと。
律へも攻撃的な言葉を向けたこと。

さらに、
都子へは別の方法で近づいている。
書店で接触し、
漫画家「富士見夜子」としての活動を肯定し、
カフェではライブ開催を勧める。
都子の弱い場所へ、
あられや律とは違う方法で入り込んでいる。

第11話のあられは、
これらを別々の不幸として見ない。
炎上した。
律が傷付いた。
都子がビオラへ傾いた。
それぞれの出来事の先に、
同じ人物がいることを意識できる。

ここが、
「敵」と認識する大きさになる。
ネット上の悪意は無数にある。
誰かが便乗して書き込む。
面白半分で拡散する。
そこまで全部を敵にしても、
あられには止められない。

しかし、
繰り返し火種を投げる人物がビオラなら、
話は変わる。
ビオラが誰へ接触したかを見る。
どんな言葉を使ったか共有する。
次に何をしようとしているか警戒する。
具体的な行動が取れる。

第11話であられが強く見えるのは、
攻撃的になったからではない。
問題の中心を見失わなくなったから。
炎上コメントの数へ怯えるのではなく、
その騒動を利用している人物へ目を向けられる。

第2話では、
火が見えただけで逃げた。
第11話では、
誰が火を投げているのかを見る。
この差が、
あられの成長を最も分かりやすく表している。

ビオラという「顔のある敵」ができたことで、あられは恐怖を行動へ変えられた

あられにとって、
過去の炎上が長く苦しかったのは、
傷付けた相手の輪郭が曖昧だったことも大きい。
投稿者。
視聴者。
コメント欄。
拡散した人間。
その全部が混ざり、
巨大な「ネット」になっていた。

ネットそのものを敵にすると、
逃げるしかなくなる。
配信をやめる。
ログアウトする。
人前へ出ない。
何を発言しても、
また切り取られるかもしれないから。

ところがビオラには、
顔がある。
名前がある。
過去からの関係がある。
何をした人物なのかも、
少しずつ具体的に分かってくる。

第4話では、
あられの数字を見ながら、
炎上を次へ使うような姿勢を見せる。
第3話では、
クレマチスへ「火種」の話をし、
友人や家族、
新しく出来たみゅーたいぷまで巻き込む可能性を示す。

第5話では、
クレマチスの配信事故から騒動が広がる。
第6話以降は、
都子へ近づき、
炎上ではなく「理解してくれる人物」として入り込む。
ビオラの行動が、
みゅーたいぷ全体へ広がっていく。

だから第11話になると、
あられにとってビオラは、
昔の嫌な知人では済まない。
自分の過去を利用し、
律を傷付け、
都子へまで接触し、
現在のみゅーたいぷを揺らしている相手になる。

ここで、
あられの感情にも変化が出る。
昔は「自分がまた嫌われるかもしれない」が中心だった。
現在は、
「仲間まで傷付けられるかもしれない」が加わる。
自分だけの恐怖ではなくなったことで、
逃げるより止める方へ気持ちが動く。

第5話で、
クレマチスを助けに行った経験も効いている。
自分が怖くても、
誰かのためなら動けた。
第7話では、
炎上中でもライブへ立てた。
そうした経験が、
第11話ではビオラへ向き合う姿勢へつながる。

だから、
「あられがビオラを敵と認識した」という変化は大きい。
敵ができたから物語が単純になったのではない。
恐怖が具体化したことで、
あられ自身が行動を選べるようになった。

ネット全体を倒すことはできない。
過去のコメントを消すこともできない。
中学時代の記憶も残る。
それでも、
今目の前で仲間を傷付けている相手なら、
向き合うことはできる。

第11話のあられは、
恐怖を失った人物ではない。
恐怖の中から、
「これはビオラの悪意だ」と切り分け、
相手を見据えられる人物へ変わった。
その変化が、
放送後に「あられちゃんの主人公力」と受け取られた大きな部分になる。

第7章 あられの主人公力は「怖くなくなった」ことではなく、怖いまま戦う相手を選べたこと

第2話のログアウトから第11話の敵認識まで、あられは何度も恐怖の中心へ戻ってきた

あられの成長は、
炎上への恐怖を完全に克服したという形ではない。
第2話では炎上の気配だけでログアウトし、
第4話では「erea01.mp4」によって、
中学時代の傷の中身が改めて突き付けられる。

第5話では、
クレマチスとの再会で精神的に沈み、
ミーティングにも遅れ、
アバターを出さず音声だけで参加する。
オンラインライブの練習まで、
一度休みたいと申し出ていた。

それでもクレマチスの配信事故を見ると、
あられは「えれあ曲」と表情から異変へ気付く。
再び炎上へ巻き込まれる可能性があるのに、
フェアリィブゥケのイベントへ向かい、
今度は逃げる側ではなく助ける側へ回る。

第7話では、
さらに危険な場所へ自分から立つ。
炎上が完全に収まっていない中で、
みゅーたいぷのライブへ出演し、
「Face The Next」を歌い、
大勢の視線とカメラへ正面から向き合う。

中学時代のあられは、
勝手に撮られた映像を編集され、
ネット上で一方的に人物像を決められた。
第7話では逆に、
自分で選んだ歌を、
自分の声で、
自分から画面の向こう側へ届けている。

そして第11話では、
ついに恐怖の対象まで変わる。
昔はネット上のコメント全体が怖かった。
第2話では炎上の発生だけで逃げた。
今は、
ビオラという一人を敵として見られる。

この変化は、
あられが急に強くなったから起きたわけではない。
第5話で誰かを助けるために戻った。
第7話で人前へ立った。
その経験を重ねたから、
第11話では「逃げる」以外の判断を選べる。

恐怖が残っていても、
自分が何をするかは決められる。
あられが主人公らしく見えるのは、
この状態まで進んだからになる。

ビオラを敵として見られたことで、過去の炎上は「あられ自身の欠点」ではなくなった

もう一つ大きいのは、
あられが過去の炎上を、
すべて自分の責任として抱えなくて済むようになったこと。
「erea01.mp4」には、
あられ自身が実際に話した言葉も使われていた。

だからこそ、
当時のあられは自分まで疑いやすかった。
言い方が悪かったのかもしれない。
自分が身勝手だったのかもしれない。
嫌われても仕方なかったのかもしれない。
被害を受けながら、
自分を責める余地まで残されていた。

しかし過去回を通して、
ビオラが映像を利用したこと、
クレマチスへ「火種」として圧力を掛けたこと、
律へ攻撃的な言葉を向けたこと、
都子へは理解者の顔で近づいたことが見えてくる。

すると、
あられの過去も別の形で見直せる。
自分に未熟な部分があったとしても、
悪意ある編集まで正当化されるわけではない。
ネット上で人格まで攻撃されて当然だったわけでもない。

第11話でビオラを敵として見ることは、
この境界を引くことでもある。
自分の反省点と、
相手から受けた悪意を分ける。
全部を「自分が悪かった」に戻さない。

これは、
あられにとってかなり大きい。
過去の炎上を自分の欠点だけで説明している限り、
何か問題が起きるたびに、
また自分を責める方向へ戻ってしまうから。

ビオラという具体的な敵が見えたことで、
「これは自分の失敗ではなく、相手が仕掛けていることだ」
と判断できる場面が増える。
その判断が、
恐怖を怒りや行動へ変える。

だから第11話のあられは、
ネットに強くなった人物ではない。
過去を忘れた人物でもない。
怖い記憶を持ったまま、
それでも誰が何をしているのかを見分けられるようになった。

第2話では、
炎上そのものから逃げた。
第5話では、
クレマチスを助けるため炎上の中心へ戻った。
第7話では、
自分からカメラの前へ立った。
第11話では、
ビオラを敵として見据えた。

この流れがあるから、
「あられちゃんの主人公力」という反応にも重みが出る。
強敵へ格好良く啖呵を切ることだけが主人公らしさではない。
怖かった場所へ何度も戻り、
最後には自分で戦う相手を選べるようになる。

あられは、
ネットへの恐怖を消したのではない。
恐怖の中からビオラという相手を見つけ、
「ここから先は逃げるだけでは終わらせない」と動けるようになった。
第11話であられがビオラを「敵」と認識したことは、
その長い変化を最も分かりやすく示す瞬間になる。

コメント

タイトルとURLをコピーしました