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【スーパーの裏でヤニ吸うふたり】喫煙所が舞台になった理由|スーパーの裏という場所だから二人の距離が動き出した

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『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』の喫煙所は、煙草を吸うためだけの場所ではありません。

スーパーの裏という舞台だからこそ、佐々木と田山は会社でも売り場でも見せない本音を少しずつ口にできるようになります。

この記事では、『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』の喫煙所・場所・舞台に込められた魅力を、1話からの流れを追いながら考察していきます。

  1. 第1章 結論|喫煙所は二人が肩書きを外して話せる場所だった
    1. 佐々木が会社員でも客でもなく、一人の男へ戻れる
    2. 田山も接客用の笑顔を外し、佐々木の前に立てる
  2. 第2章 スーパーの裏だから偶然の出会いが日常へ変わっていく
    1. 仕事帰りに通る場所だから、約束がなくても何度も会える
    2. 煙草一本の短い時間だから、言えなかった本音が少しずつ出る
  3. 第3章 喫煙所では店員と客の立場がひっくり返る
    1. 店内では山田に癒やされ、裏では田山に振り回される
    2. 落ち込む佐々木へ、田山は遠慮のない言葉を返す
  4. 第4章 煙草一本の短い時間が二人の距離を深くする
    1. 健康診断の話から、相手を失う不安まで漏れてしまう
    2. 消臭ミストの贈り物が、店の裏から日常へ残っていく
  5. 第5章 喫煙所があるから佐々木は少しずつ変わっていく
    1. 田山と話すようになり、自分の気持ちを口へ出せるようになる
    2. 山田だけを見ていた佐々木が、田山の表情まで気にするようになる
  6. 第6章 喫煙所が作品全体の空気を決めている
    1. 後藤店長や大野たちが加わり、二人だけの場所が広がっていく
    2. 大事件がなくても、また同じ場所へ戻りたくなる
  7. 第7章 まとめ|スーパーの裏という場所だったから、この二人の関係は少しずつ育っていく
    1. 恋愛を急がず、本音を重ねる時間そのものが物語になっている
    2. 喫煙所は煙草を吸う場所ではなく、「また会いたくなる場所」になっている

第1章 結論|喫煙所は二人が肩書きを外して話せる場所だった

佐々木が会社員でも客でもなく、一人の男へ戻れる

『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』で喫煙所が大切なのは、煙草を吸えるからだけではない。
会社員。
買い物客。
スーパーの店員。
そうした普段の立場を、二人がいったん外せる場所になっている。
だから佐々木と田山は、表では言えないことまで少しずつ話せる。

佐々木は、仕事でかなり疲れている。
会社では周囲へ気を遣う。
嫌な出来事があっても飲み込む。
疲れた顔を見せず、何とか一日を終わらせる。
そんな佐々木にとって、仕事帰りに立ち寄るスーパーは、ただ食料を買うだけの場所ではなかった。

目当ては、二番レジに立つ山田。
明るい笑顔。
丁寧な接客。
商品を受け渡す時の柔らかな声。
ほんの短いやり取りなのに、その時間だけは仕事の疲れが軽くなる。
佐々木は、山田の接客を一日の小さな救いにしていた。

ところが、物語の始まりでは山田がいない。
店内を見ても、いつものレジに姿がない。
会えると思っていた相手に会えない。
仕事の疲労も消えない。
そのうえ、外へ出ても煙草を吸える場所が見つからない。
佐々木の中に、やり場のない重さが残っていく。

キツ…。
一日を何とか耐えたのに、最後の小さな楽しみまで消えている。
山田の笑顔は見られない。
煙草も吸えない。
誰かへ愚痴を言うこともできない。
佐々木は、疲れを抱えたままスーパーの外で立ち尽くすことになる。

そこで現れるのが田山。
派手な服装。
山田とは違う強い口調。
少し意地悪そうな笑い方。
田山は困っている佐々木へ声を掛け、スーパーの裏にある従業員用の喫煙所へ連れていく。
二人の関係は、店内ではなく、この裏側から始まる。

ここがかなり大きい。
もし田山が売り場で佐々木へ声を掛けていたら、店員と客の関係から離れにくい。
周囲には買い物客がいる。
別の店員もいる。
レジの仕事も続いている。
長く話すことも、疲れた顔を見せることも難しい。

でも、スーパーの裏には客の視線がない。
商品を並べる必要もない。
愛想よく振る舞う必要もない。
佐々木も、感じの良い客でいようとしなくていい。
田山も、丁寧な店員の顔を続けなくていい。
二人とも、少しだけ肩の力を抜ける。

うおお、ここで空気が変わる。
佐々木は煙草へ火を点ける。
張り詰めていた身体から、ようやく息が抜ける。
田山は隣に立ち、遠慮なく話し掛ける。
佐々木は戸惑いながらも、その場を離れない。
一本の煙草を吸う短い時間が、二人だけの会話へ変わっていく。

会社では、弱音を吐けない。
スーパーの店内では、山田へ好意を見せすぎないように気を遣う。
でも田山の前では、仕事で疲れていることも、山田の笑顔に救われていることも漏れてしまう。
格好をつけようとしても、田山にはすぐ見抜かれる。
そこが佐々木にとって苦しく、同時に楽でもある。

田山は、佐々木を立派な人物として扱わない。
疲れた中年男性として見る。
山田へ憧れている様子を面白がる。
困った反応を見て笑う。
それでも、本気で傷つけるようなことはしない。
佐々木の話を聞き、隣で煙草を吸い続ける。

この距離が強い。
慰めるために特別な言葉を並べるわけではない。
悩みを解決するわけでもない。
ただ、疲れたままでも一緒にいられる。
沈黙しても追い出されない。
情けない言葉が出ても、関係が終わらない。

佐々木に必要だったのは、正しい助言ではない。
仕事を忘れられる数分間。
無理に元気な顔をしなくてよい相手。
疲れている自分を、そのまま置いておける場所。
スーパーの裏の喫煙所は、それをまとめて与えている。

だから、二人の関係は急に恋愛へ進まない。
最初に生まれるのは、安心になる。
また話してもいい。
疲れた姿を見せてもいい。
少しからかわれても、この人の隣なら立っていられる。
その積み重ねが、佐々木と田山の距離を動かしていく。

田山も接客用の笑顔を外し、佐々木の前に立てる

喫煙所で肩書きを外せるのは、佐々木だけではない。
田山も同じ。
スーパーの売り場では、山田として働いている。
笑顔を見せる。
丁寧な言葉を使う。
客が気持ちよく買い物できるように振る舞う。
佐々木が憧れているのは、まずこの姿になる。

二番レジに立つ山田は明るい。
仕事で疲れた佐々木にも、いつもと変わらない接客をする。
商品を受け取る。
会計を済ませる。
短い言葉を交わす。
その数十秒が、佐々木にとって一日の癒やしになっている。

でも、田山は違う。
服装が違う。
髪形も雰囲気も違う。
声の出し方も、言葉の選び方も違う。
煙草を手にしながら、佐々木へ遠慮なく近づく。
本人を目の前にしているのに、佐々木は山田と同じ女性だと気付かない。

うおお、この勘違いが強い。
佐々木は山田への気持ちを、田山本人へ話してしまう。
山田の笑顔に救われている。
いつも丁寧に接してくれる。
会えない日は少し寂しい。
本人へ直接は言えない言葉が、別人だと思っている田山の前では出てくる。

田山からすれば、かなり恥ずかしい。
自分のことを褒められている。
しかも佐々木は、目の前の女性が本人だと分かっていない。
素直に喜ぶこともできない。
正体を明かすこともできない。
だから、からかう。
強い口調で返す。
佐々木の反応を見て笑う。

でも、ただ遊んでいるだけでは終わらない。
佐々木の言葉に嘘がないと分かってくる。
見た目だけを褒めているわけではない。
忙しい時も丁寧に接する姿。
疲れた客にも笑顔を向ける姿。
何気ない接客に救われたこと。
佐々木は、山田が仕事の中で見せてきた優しさを覚えている。

ここが田山にも刺さる。
店員の笑顔は、客から見れば当然に見える。
丁寧に接しても、すぐ忘れられることが多い。
でも佐々木は覚えている。
自分が何気なく掛けた言葉で救われたと話す。
その言葉を、田山は正体を隠したまま聞くことになる。

キツ…。
嬉しいのに、嬉しいとは言えない。
もっと聞きたいのに、本人として尋ねることはできない。
佐々木が山田を褒めるほど、田山の中では照れと喜びが大きくなる。
その感情を隠すために、さらに強くからかう。
二人の会話が妙に近く見えるのは、この裏側があるから。

売り場の山田は、佐々木だけの店員ではない。
次の客が来る。
会計が続く。
後ろには列ができる。
佐々木と話せる時間は短い。
どれだけ気になっても、仕事中に特別な態度を見せることは難しい。

でも喫煙所では、佐々木一人へ向き合える。
レジの列はない。
店内放送に急かされない。
商品を待つ客もいない。
煙草が燃え尽きるまで、佐々木の反応を見ていられる。
沈黙しても、仕事へ戻るまで同じ場所に立っていられる。

佐々木は、田山の前で山田への憧れを話す。
田山は、それを本人として受け取る。
佐々木は田山の強い態度に振り回される。
田山は、佐々木の不器用な優しさへ少しずつ惹かれていく。
同じ会話なのに、二人が受け取っているものは少し違う。

このズレが面白い。
佐々木は、山田と田山を別々の人物として見ている。
田山は、山田として見られる自分と、素の自分を同時に見せている。
表では憧れの店員。
裏では遠慮なく話せる喫煙仲間。
二つの関係が、一人の女性の中で重なっていく。

喫煙所がなければ、田山は接客用の顔しか見せられない。
佐々木も、感じの良い客としてしか近づけない。
二人とも相手へ好意を持っても、表面だけを見たまま進むことになる。
でも裏へ回ることで、疲れも、照れも、意地悪さも、優しさも見えてくる。

だから喫煙所は、秘密を隠す場所でありながら、本音が出る場所でもある。
田山は正体を隠している。
でも感情までは隠しきれない。
佐々木は山田への好意を隠している。
でも田山の前では口から漏れてしまう。
隠しているものがあるほど、別の本音が強く見える。

二人が近づいていくのは、きれいな部分だけを見せ合ったからではない。
疲れた顔。
困った反応。
意地悪な笑い。
言葉に詰まる沈黙。
そうした格好のつかない姿を、喫煙所で何度も見てきたからになる。

第2章 スーパーの裏だから偶然の出会いが日常へ変わっていく

仕事帰りに通る場所だから、約束がなくても何度も会える

佐々木と田山の出会いが続いていくのは、スーパーが佐々木の日常の中にあるから。
仕事を終える。
スーパーへ寄る。
食料や日用品を買う。
山田のレジを探す。
その帰りに、裏の喫煙所へ向かう。
特別な予定を立てなくても、同じ流れを何度も繰り返せる。

最初の夜、佐々木は田山に会うために来たわけではない。
山田の姿を見たかった。
買い物を済ませたかった。
煙草を吸いたかった。
その三つが重なり、スーパーの裏へ案内された。
二人の出会いは、最初から偶然だった。

でも、偶然で終わらない。
スーパーは次の日も同じ場所にある。
佐々木は仕事帰りに再び立ち寄る。
田山も勤務を終えれば、裏で煙草を吸う。
生活の通り道が重なっているから、連絡先を知らなくても顔を合わせられる。

ここがかなり自然。
次に会う日を決めない。
食事へ誘わない。
連絡を待たない。
約束を破られる不安もない。
いつものスーパーへ行き、裏へ回る。
そこに田山がいれば、一緒に煙草を吸う。
いなければ、そのまま帰る。

佐々木のように慎重な人物には、この距離が合っている。
自分から女性を誘うのは難しい。
山田へ好意があっても、店員と客の立場を越えようとはしない。
迷惑ではないか。
気持ち悪がられないか。
年齢差をどう思われるか。
佐々木は、動く前に何度も考えてしまう。

キツ…。
会いたくても、会いたいとは言えない。
話したくても、長く引き止められない。
山田の笑顔を見たいだけなのに、それすら自分勝手ではないかと気にする。
佐々木は、好意を持つほど身動きが取れなくなる。
そんな人物が、いきなり恋愛へ踏み込めるはずがない。

だから喫煙所が効く。
田山に会うためだと認めなくても、煙草を吸いに来たと言える。
会話が続かなくても、煙草を吸っていれば不自然ではない。
田山がいれば嬉しい。
いなくても、待っていたとは言わずに済む。
佐々木の臆病さを壊さずに、関係だけを少しずつ進められる。

田山も同じ。
佐々木を待っていると口にしなくていい。
先に喫煙所へ入り、煙草へ火を点ける。
扉が開けば顔を上げる。
佐々木が来れば、いつものようにからかう。
来なければ、そのまま一本吸って戻る。
期待を隠したまま、相手を待てる。

うおお、この待ち方がいい。
恋人のような約束はない。
友人と呼べるほど、互いを知っているわけでもない。
でも、いつもの時間に現れるかもしれない。
足音がすれば少し気になる。
扉が開けば、誰が来たのかを見る。
その小さな期待が、二人の間へ増えていく。

佐々木は、最初から田山へ心を許していたわけではない。
突然声を掛けてきた派手な女性。
山田の知り合いを名乗る。
自分の反応を見て面白がる。
警戒してもおかしくない相手だった。
それでも何度も会ううちに、田山の言葉の奥にある優しさが見えてくる。

田山も、最初は佐々木をからかうことを楽しんでいる。
山田への好意を聞き出す。
慌てる姿を見る。
少し距離を詰め、困らせる。
でも、佐々木が本当に疲れている時には、それ以上追い込まない。
何気ない言葉で励まし、隣に残る。

一度の出会いだけなら、この違いは見えない。
派手で強気な女性。
気弱で疲れた中年男性。
その印象だけで終わる。
でも同じ場所で何度も会うから、最初には見えなかった部分が増えていく。
優しい。
不器用。
寂しがり。
相手を気にしている。
小さな発見が重なる。

スーパーの裏という場所は、二人の生活から離れすぎていない。
佐々木は仕事帰りに寄れる。
田山は勤務の合間や終了後に立てる。
会うために休日を空ける必要もない。
着飾る必要もない。
疲れた日は、疲れた姿のまま来られる。

だから関係が続く。
無理をしない。
背伸びもしない。
次の約束を急がない。
それでも会う回数だけは増えていく。
偶然だった出会いが、少しずつ「今日もいるかもしれない」という日常へ変わっていく。

煙草一本の短い時間だから、言えなかった本音が少しずつ出る

喫煙所で二人が一緒にいられる時間は長くない。
煙草を取り出す。
火を点ける。
煙を吸い込む。
灰を落とす。
短くなったところで火を消す。
一本を吸い終えれば、その時間もいったん終わる。

でも、この短さが強い。
長時間向き合う必要がない。
話題を準備しなくてもいい。
沈黙しても、煙草へ視線を落とせる。
言葉が途切れても、灰を落とす動作が間をつないでくれる。
人付き合いが得意ではない佐々木でも、その場に残りやすい。

もし喫茶店なら、二人は向かい合って座ることになる。
注文を決める。
会話を続ける。
沈黙が長くなれば、気まずさも増える。
食事なら、誘った側にも誘われた側にも特別な意識が生まれる。
出会ったばかりの二人には、少し重い。

でも喫煙所では、並んで立てる。
顔を見続けなくていい。
煙を吐きながら、前を向いたまま話せる。
深刻な内容も、独り言のように出せる。
相手の反応が怖ければ、煙草へ目を落とせる。
この横並びの距離が、本音を出しやすくしている。

うおお、会話の入口が小さい。
今日は疲れた。
山田に会えなかった。
仕事で嫌なことがあった。
煙草を吸える場所が減った。
最初は、その程度の話になる。
人生を語るわけではない。
悩みをすべて打ち明けるわけでもない。
でも小さな愚痴の中に、その人の本当の状態が出る。

佐々木は、自分を大きく見せない。
仕事ができると誇らない。
女性に慣れているふりもしない。
田山の言葉へ本気で慌てる。
山田への気持ちを指摘されれば、必死に否定しようとする。
その反応から、真面目さと臆病さがそのまま見えてくる。

田山も、強気な態度だけでは終わらない。
佐々木が落ち込んでいれば気付く。
いつもより口数が少なければ様子を見る。
冗談を言いながらも、傷つけるところまでは踏み込まない。
別れ際に少しだけ優しい言葉を残す。
一服ごとに、田山の柔らかい部分が見えてくる。

キツ…。
二人とも、本音をまっすぐ言えない。
佐々木は、山田が好きだとは言い切れない。
田山は、自分が山田だと明かせない。
会いたかったとも言えない。
心配していたとも言えない。
だから別の言葉へ変えて、少しずつ相手へ渡していく。

佐々木は「山田さんの接客に救われた」と話す。
田山は本人としてそれを聞く。
田山は「そんなに山田が好きなのか」とからかう。
本当は、自分をどう見ているのか確かめたい。
表面では軽い会話なのに、その下では感情が大きく動いている。

一度に全部を言わないから、次の一服が必要になる。
今日はここまで。
続きはまた会えた時。
言いかけた言葉が残る。
田山の表情が気になる。
佐々木の反応が頭に残る。
短い時間で終わるからこそ、次に会った時の会話へつながっていく。

ここが止まらない。
大きな告白がなくても、前より少し近づいている。
佐々木が田山の冗談へ言い返す。
田山が佐々木の来る時間を気にする。
隣に立つ距離が近くなる。
別れ際の言葉が一つ増える。
小さな変化が、一本ずつ積み上がる。

スーパーの裏は、客へ見せない場所。
段ボール。
搬入口。
室外機。
店内の明るさから外れた、少し狭い空間。
商品が美しく並ぶ売り場とは違い、華やかさはない。
だから二人も、飾った姿を保たなくてよくなる。

佐々木は、仕事で擦り減ったまま現れる。
田山は、接客用の笑顔を外して待っている。
疲れている。
少し寂しい。
相手が来ると嬉しい。
でも、その気持ちはまだ言葉にしない。
二人は煙草を吸いながら、言えない部分まで同じ時間に置いていく。

喫煙所で交わされるのは、派手な台詞ばかりではない。
くだらない冗談。
仕事の疲れ。
山田の話。
少し意地悪な質問。
言葉の止まった沈黙。
その一つ一つが、二人の関係を作っていく。

だから、この作品では場所そのものが物語を動かしている。
スーパーの表では、店員と客。
スーパーの裏では、喫煙仲間。
一本吸い終えるまでの短い時間だけ、二人は普段より少し素直になれる。
その繰り返しが、偶然の出会いを特別な日常へ変えていく。

第3章 喫煙所では店員と客の立場がひっくり返る

店内では山田に癒やされ、裏では田山に振り回される

スーパーの店内にいる佐々木は、山田へ強く出られない。
二番レジへ並ぶ。
商品を籠から出す。
山田の笑顔を見て、短い会話を交わす。
それだけで満足し、後ろに並ぶ客を気にしながら会計を終える。

山田は、佐々木にとって眩しい存在になる。
仕事で削られた夜でも、変わらない笑顔を向けてくれる。
商品を丁寧に扱い、柔らかな声で接してくれる。
佐々木は、その数十秒だけで気持ちが軽くなる。
店内では、山田が佐々木を救う側にいる。

でも、スーパーの裏へ回ると関係が変わる。
田山は、佐々木へ遠慮しない。
山田を気に入っていることを見抜き、わざと答えにくい質問を投げる。
慌てて否定する佐々木を見て、面白そうに笑う。
店内で守られていた佐々木が、今度は田山に振り回される。

うおお、この落差が強い。
店内では、山田の顔を見るだけで安心している。
裏では、田山の顔を見るたびに緊張する。
褒められるのか。
からかわれるのか。
また山田の話を聞かれるのか。
佐々木は煙草へ火を点ける前から落ち着かない。

第1話で田山から山田を気に入っていると指摘された佐々木は、恋愛目的でレジへ通っているわけではないと懸命に説明する。
仕事へ向き合う山田の姿から、勝手に元気をもらっているだけ。
迷惑を掛けたいわけではない。
個人的な関係を迫りたいわけでもない。
その不器用な弁明から、佐々木の慎重さが見えてくる。

ところが後日、山田本人から、田山に聞いたと告げられる。
自分が山田のファンらしいという話が、本人へ届いている。
佐々木からすれば、顔から火が出るほど恥ずかしい。
誰にも知られないつもりで話した気持ちを、田山が山田へ伝えてしまったように見える。

キツ…。
スーパーの店内で山田を前にしながら、佐々木は何も言い返せない。
田山へ話した内容が、どこまで伝わっているのか分からない。
変な客だと思われていないか。
気味悪がられていないか。
山田の笑顔を見ても、安心するより先に冷や汗が出てくる。

しかし山田にとっては、すべて自分へ向けられた言葉になる。
田山から聞いたという形を取りながら、本当は本人が直接聞いている。
佐々木が自分の接客をどう見ていたのか。
自分の笑顔にどれほど助けられていたのか。
山田は知ったうえで、何事もなかったようにレジへ立っている。

この時、店内では山田のほうが圧倒的に有利になる。
佐々木が何を話したか知っている。
どれほど慌てているかも分かる。
それでも正体は明かさず、柔らかな笑顔を向ける。
佐々木だけが事情を知らず、恥ずかしさの中で会計を受けることになる。

裏へ戻れば、田山がさらに佐々木を揺さぶる。
山田は喜んでいたのではないか。
そんなに気になるなら、もっと話せばよいのではないか。
軽い言葉を投げながら、佐々木が山田をどう思っているのか確かめていく。
田山はからかう側に立ちながら、自分への気持ちを探っている。

ここが面白い。
佐々木は、山田へ本音を言えない。
でも田山には、山田への本音を話せる。
田山は、自分が山田だとは言えない。
でも佐々木の本音を、本人として聞くことができる。
二人とも秘密を抱えながら、会話だけは妙に正直になっていく。

店内では、山田が佐々木の憧れになる。
裏では、田山が佐々木の弱い部分へ踏み込む。
同じ女性なのに、佐々木の前で担う位置がまるで違う。
癒やしてくれる山田。
遠慮なく揺さぶってくる田山。
佐々木は二人を別人だと思いながら、どちらにも心を動かされていく。

落ち込む佐々木へ、田山は遠慮のない言葉を返す

佐々木は、会社で起きたことを簡単に忘れられる人物ではない。
新卒社員を怖がらせ、泣かせてしまったと思い込んだ夜も、自分の振る舞いを何度も振り返る。
言い方が強すぎたのではないか。
相手を追い詰めたのではないか。
悪気がなかっただけでは済まないと、自分を責め続ける。

会社を出ても、その重さは消えない。
スーパーへ寄る。
買い物を終える。
裏の喫煙所へ向かう。
いつものように田山と顔を合わせても、佐々木の表情は晴れない。
煙草へ火を点けても、会社で起きた場面が頭へ戻ってくる。

店内の山田なら、客へ深く踏み込むことは難しい。
佐々木の顔色が悪いと気付いても、レジには次の客が並ぶ。
勤務中に長く事情を聞くことはできない。
大丈夫かと声を掛けても、佐々木は客として笑ってごまかしてしまう。
表の関係では、苦しさの奥まで届きにくい。

でも、田山は違う。
佐々木が落ち込んでいると、そのまま見逃さない。
何があったのかを聞く。
佐々木が曖昧に答えても、すぐには引かない。
弱々しい言い訳まで聞いたうえで、佐々木自身が見落としている部分を言葉にする。

うおお、ここで立場が完全に変わる。
年齢だけを見れば、佐々木のほうが上になる。
会社でも後輩を指導する側にいる。
しかし喫煙所では、田山のほうが佐々木を前へ向かせる。
年下の女性が、俯いている中年男性の顔を上げさせる。

田山は、優しい言葉だけを並べない。
佐々木が自分を責めすぎていれば、そこへ遠慮なく踏み込む。
相手が佐々木の良さへ気付くはずだと伝えても、佐々木はすぐに受け取れない。
自分に良いところがあるという前提そのものを、信じ切れないから。

キツ…。
佐々木は、誰かを傷つけた可能性には敏感なのに、自分が誰かを支えている可能性には鈍い。
悪かった場面は何度も思い返す。
うまくできたことは忘れる。
後輩からどう見られているかを、失敗した側からしか考えられない。
その偏りを、田山は喫煙所で崩していく。

田山から見れば、佐々木は人を泣かせて平気でいられる人物ではない。
相手の気持ちを考えすぎて、自分まで傷ついている。
山田へ対しても、迷惑を掛けないことを先に考える。
喫煙所へ入る時も、店や従業員へ迷惑が及ばないか気にする。
普段の振る舞いを見ているから、佐々木の良さを知っている。

ここでは、田山が佐々木を救う側に回る。
店内では、山田の笑顔が佐々木の疲れを軽くする。
裏では、田山の言葉が佐々木の思い込みを揺らす。
柔らかな接客と、遠慮のない励まし。
形は違っても、どちらも同じ女性から届いている。

しかも田山は、佐々木をただ慰めて終わらせない。
落ち込んでいる佐々木へ、少し変わった形で気持ちを切り替えるきっかけを与える。
佐々木は戸惑い、すぐには理解できない。
それでも田山とのやり取りを通して、沈んでいた顔が少しずつ動いていく。

喫煙所では、立派な上司でいる必要がない。
新卒社員へ正しく接しなければならない人物でもない。
失敗したかもしれないと怯える、一人の人間として話せる。
田山は、その弱さを笑って切り捨てず、佐々木がもう一度会社へ戻れるところまで付き合う。

この関係は、年齢や立場だけでは決まらない。
仕事では佐々木が先輩になる。
売り場では山田が店員になる。
喫煙所では、田山が佐々木を支える。
別の日には、佐々木の言葉が田山を救う。
二人の位置は、一方へ固定されていない。

だから会話が続く。
いつも同じ人物が励ますだけではない。
疲れている側が入れ替わる。
言葉を受け取る側も入れ替わる。
店員と客。
年下と年上。
癒やす側と癒やされる側。
喫煙所へ入るたび、その境目が少しずつ薄くなっていく。

第4章 煙草一本の短い時間が二人の距離を深くする

健康診断の話から、相手を失う不安まで漏れてしまう

佐々木と田山の会話は、最初から大きな悩みで始まるわけではない。
煙草。
仕事。
山田の接客。
その日に起きた小さな出来事。
一本吸い終えるまでに収まる話から、二人の時間は始まっていく。

健康診断を控えた佐々木が、煙草を少し控えていた時も同じ。
喫煙所へ来る回数や吸い方がいつもと違えば、田山はすぐに気付く。
顔色だけではなく、煙草へ手を伸ばす動きまで見ている。
何度も一緒に吸ってきたからこそ、小さな変化が目に入る。

田山から煙草をやめるのかと聞かれ、佐々木は健康診断の話をする。
深刻な病気が見つかったわけではない。
まだ結果も出ていない。
少しでも数値が悪くならないように、直前だけ控えている。
そんな日常的な話のはずだった。

でも、田山の反応は軽いだけでは終わらない。
佐々木が煙草をやめれば、喫煙所へ来る必要もなくなる。
スーパーの裏で会うきっかけが消える。
今まで何となく続いていた二人の時間が、突然終わるかもしれない。
小さな質問の奥に、その不安が混ざっていく。

うおお、煙草の話なのに、聞いているのは別のこと。
もうここへ来ないのか。
自分と会わなくても平気なのか。
一緒に吸う時間を、佐々木はどう思っているのか。
田山は、まっすぐには聞けない。
だから「煙草やめるの?」という短い言葉へ全部を隠す。

佐々木は、その奥まで簡単には気付かない。
健康のために控えているだけだと説明する。
田山との時間を終わらせたいわけではない。
それでも佐々木が喫煙所へ来る主な口実は煙草になる。
吸わなくなれば、裏へ回る根拠が薄くなる。

キツ…。
二人は連絡先で結ばれていない。
恋人でもない。
会う約束もしていない。
煙草を吸うという共通の行動だけが、毎晩のように二人を同じ場所へ運んでいる。
その一本がなくなれば、関係まで消えそうに見える。

健康診断を巡る行き違いでは、佐々木の身体を心配する田山の感情も見えてくる。
いつもなら冗談で済ませる。
年齢をからかう。
煙草を吸う姿へ軽口を投げる。
しかし体調の話が現実味を帯びると、田山も平静ではいられなくなる。

佐々木も、田山から強く心配されるとは思っていない。
喫煙所で顔を合わせるだけの関係。
互いの家族でもなければ、会社の同僚でもない。
それなのに体調を気にされ、煙草をやめるのかと尋ねられる。
その反応から、自分が田山の日常へ入り始めていることが見える。

ここで煙草は、身体へ悪い物としてだけ置かれていない。
二人を出会わせた物。
毎晩の時間を作った物。
相手の変化へ気付く目印。
そして、なくなった時に関係まで揺らぎそうな物になる。

だから一本の重さが変わる。
最初は、仕事の疲れを抜くための一本だった。
次第に、田山と話すための一本になる。
健康診断を前にすると、会えなくなる可能性を考えさせる一本になる。
同じ煙草でも、二人の距離が近づくほど別の感情を連れてくる。

消臭ミストの贈り物が、店の裏から日常へ残っていく

煙草を吸い終えれば、佐々木は喫煙所を出る。
田山も店へ戻る。
二人の時間は、そこでいったん切れる。
しかし会話の中で渡された言葉や品物は、翌日まで佐々木の生活へ残っていく。

上司から煙草の臭いを指摘された佐々木へ、田山が消臭ミストを渡す出来事も、その一つになる。
佐々木は煙草を吸う。
衣服や髪には臭いが残る。
本人が慣れてしまえば気付きにくい。
会社へ戻れば、周囲にはすぐ分かってしまう。

佐々木は、指摘を受ければ素直に気にする。
誰かを不快にさせていたのではないか。
自分では分からないまま、迷惑を掛けていたのではないか。
ただ臭いを注意されたというだけでも、佐々木は必要以上に落ち込んでしまう。
いつものように、自分の悪かった部分ばかりを見る。

そこへ田山が消臭ミストを渡す。
豪華な贈り物ではない。
高価な品でもない。
今の佐々木が困っていることへ、そのまま使える物になる。
喫煙所で話を聞き、翌日の仕事まで考えたうえで選ばれた品に見える。

うおお、かなり近い。
煙草の臭いを気にしている。
会社で困らないように考える。
佐々木が使いやすい物を渡す。
ただ励ますよりも、生活の中へ一歩踏み込んでいる。
田山の気遣いが、形になって佐々木の手元へ残る。

佐々木は、その消臭ミストを使う。
上司から指摘された煙草臭さを改善する。
喫煙所で受け取った物が、会社で過ごす時間を少し楽にする。
スーパーの裏で終わるはずだった関係が、佐々木の職場へまでつながっていく。

キツ…。
嬉しいだけでは済まない。
品物を受け取れば、何か返したくなる。
一方的に世話になったままでは落ち着かない。
佐々木は、田山への返礼を考える。
しかし何を渡せばよいのか、どの程度なら重くならないのか、また悩んでしまう。

そして返礼を持って喫煙所へ向かっても、田山がいない時がある。
いつも会えると思っていた相手が、その夜に限っていない。
煙草へ火を点けても、隣には誰も立たない。
返そうと思っていた気持ちだけが、手元に残る。

ここで佐々木は、喫煙所の静けさを強く感じる。
以前なら、一人で吸うことは珍しくなかった。
仕事帰りに一本吸い、気持ちを落ち着かせる。
それで充分だった。
でも田山と話す時間を知ったあとでは、同じ一服が以前と違って見える。

扉が開かない。
強い口調で声を掛けられない。
山田の話をからかわれない。
煙草の先だけが赤くなり、白い煙が上へ消える。
田山がいないことで、佐々木は彼女の存在が大きくなっていたと気付かされる。

一本の煙草は短い。
数分で燃え尽きる。
だから会えなかった夜の寂しさも、その数分へ濃く集まる。
待っているとは認めたくない。
会いたかったとも言えない。
それでも煙草を消すまで、扉のほうを気にしてしまう。

消臭ミストは、二人の関係が喫煙所の外へ出た証拠になる。
佐々木が会社で使う。
田山を思い出す。
役に立ったことを伝えたくなる。
お返しを渡したくなる。
一つの小さな贈り物から、次に会うための感情が増えていく。

この作品では、煙草一本の間に人生が急変するわけではない。
仕事の問題がすべて解決するわけでもない。
二人が突然恋人になるわけでもない。
それでも、次の日の行動が少し変わる。
相手のために品物を選び、会える時間を気にするようになる。

そこが強い。
一服は短い。
でも、その場で受け取った言葉は長く残る。
田山の励ましを会社で思い出す。
佐々木の素直な感謝を、田山が勤務中に思い返す。
スーパーの裏で終わった会話が、二人の別々の日常へ入り込んでいく。

煙草を吸うために始まった時間が、次第に相手と会う時間へ変わる。
一本吸い終われば帰れるのに、もう少し話したくなる。
相手がいなければ、いつもの喫煙所が広く感じられる。
短いから軽いのではない。
短いからこそ、言葉も沈黙も濃く残っていく。

第5章 喫煙所があるから佐々木は少しずつ変わっていく

田山と話すようになり、自分の気持ちを口へ出せるようになる

物語の最初にいる佐々木は、自分の気持ちを胸へ押し込む人物になる。
仕事がつらい。
身体が疲れている。
山田の笑顔を見ると救われる。
そう感じていても、誰かへ素直に話すことはほとんどない。
一人で煙草を吸い、また翌日の仕事へ向かっていた。

それが田山と出会ってから、少しずつ変わる。
山田の接客が好きだと話す。
会社で起きた失敗を漏らす。
健康診断への不安を口にする。
以前なら自分だけで抱えていたことが、喫煙所では言葉になって出てくる。

ここがかなり大きい。
佐々木は、急に話し上手になったわけではない。
田山へ何でも打ち明けるわけでもない。
言いかけて止まる。
慌てて言い直す。
本心を見抜かれると、煙草をくわえたまま視線をそらす。
それでも、黙ったまま帰ることは減っていく。

煙草の銘柄で性格を見るという話になった時も、佐々木は珍しく会話へ乗っていく。
どんな結果が出るのか。
自分と田山は、どのように見られるのか。
最初は軽い遊びのつもりだった。
ところが結果を聞く段階になると、佐々木は思った以上に田山の反応を気にしてしまう。

うおお、ここで感情が漏れる。
占いを信じているわけではない。
煙草の銘柄だけで、人間のすべてが分かるはずもない。
それでも田山と自分の相性へ触れられると、簡単には聞き流せない。
結果が悪ければ落ち込み、良ければ照れる。
佐々木の中で、田山の位置が大きくなっている。

以前の佐々木なら、若い女性からからかわれれば距離を取っていた。
自分のような中年男性が相手にされるはずはない。
余計な勘違いをしてはいけない。
そう考え、会話を早く終わらせようとする。
しかし田山が相手になると、困りながらも最後まで付き合う。

田山に言い返す場面も増えていく。
いつも一方的に押されているだけではない。
冗談だと分かれば、呆れた顔を見せる。
あまりに強くからかわれれば、弱いながらも反論する。
その反応を見て、田山もさらに笑う。
二人の会話に、遠慮の薄い往復が生まれていく。

キツ…。
佐々木自身は、変わったつもりがない。
相変わらず仕事で疲れる。
山田の前では緊張する。
田山の正体にも気付かない。
それでも喫煙所へ入った瞬間、以前より自然に隣へ立てる。
煙草を取り出しながら、その日にあったことを話し始める。

一日の出来事を誰かへ話す。
それだけでも、佐々木にとっては大きな変化になる。
良かったこと。
失敗したこと。
腹が立ったこと。
自分でも答えの出ない迷い。
話したから解決するとは限らない。
でも、胸の中だけで何度も繰り返さずに済む。

田山は、佐々木の話を黙って肯定する相手ではない。
考えすぎだと笑う。
それは違うと否定する。
佐々木が自分を低く見れば、遠慮なく言葉を返す。
だから佐々木も、ただ慰められるのではなく、自分の考えをもう一度見直すことになる。

この積み重ねで、佐々木は少しずつ自分から動く。
田山に渡された物へ返礼を考える。
姿が見えなければ気にする。
喫煙所へ来た時、今日は会えるだろうかと扉を見る。
誰かと関わることを避けていた男が、相手の存在を待つようになる。

佐々木の変化は、派手ではない。
髪形が変わるわけでもない。
急に仕事で成功するわけでもない。
恋愛へ積極的になるわけでもない。
でも、一人で耐えるだけだった毎日に、田山へ話したいことが増えていく。

それが大きい。
会社と自宅を往復するだけだった生活に、もう一つの時間ができる。
買い物を終え、スーパーの裏へ回る。
煙草を一本取り出す。
そこに田山がいる。
その数分があるだけで、一日の終わり方が変わっていく。

山田だけを見ていた佐々木が、田山の表情まで気にするようになる

物語の始まりで、佐々木が見ていたのは山田だった。
店へ入れば二番レジを探す。
山田が立っていれば安心する。
笑顔で接客されれば、それだけで疲労が軽くなる。
佐々木のスーパーでの関心は、ほとんど山田へ向いていた。

田山は、そこへ突然入ってきた人物になる。
派手な服装。
強い口調。
距離の近い態度。
最初の佐々木にとっては、山田の知り合いを名乗る謎の女性だった。
会うたびに振り回され、山田への気持ちまで探られる厄介な相手でもあった。

ところが何度も喫煙所で会ううちに、見方が変わっていく。
田山が笑っているか。
いつもより口数が少なくないか。
機嫌が悪いのか。
疲れていないか。
佐々木は、田山の小さな違いまで気にするようになる。

うおお、視線が変わっている。
以前なら、田山が何を考えていても深く追わなかった。
自分とは年齢も立場も違う女性。
煙草を一緒に吸うだけの相手。
その程度の距離へ戻ろうとしていた。
でも、もう完全な他人としては見られない。

田山が普段と違う反応を見せれば、佐々木は戸惑う。
自分が何か悪いことを言ったのか。
仕事で嫌なことがあったのか。
山田と揉めたのか。
理由が分からないままでも、気になって煙草へ集中できない。
田山の沈黙が、佐々木の中へ残る。

ここで佐々木の優しさが見える。
強く問い詰めることはしない。
無理に事情を聞き出そうともしない。
相手が話したくない可能性を考える。
それでも、そのまま放っておけない。
遠回りな言葉で様子をうかがい、隣へ立ち続ける。

キツ…。
佐々木は、自分が田山を気にしていると簡単には認めない。
山田が好きなのだから、田山への感情は別のものだと考える。
喫煙仲間として心配しているだけ。
いつも世話になっているから。
そう説明しようとするほど、田山の存在が大きく見えてしまう。

煙草の銘柄占いでも、佐々木は田山との関係を意識させられる。
冗談のような話でも、二人の相性へ触れられると平静でいられない。
田山がどう受け取ったのか。
笑って流したのか。
少しは気にしたのか。
結果そのものより、田山の表情を見てしまう。

山田へ向ける感情は、憧れに近い。
明るい笑顔。
丁寧な接客。
仕事で疲れた自分を救ってくれる存在。
佐々木は、少し離れたところから山田を見ている。
客として迷惑を掛けない距離を守ろうとする。

一方、田山とは近い。
弱音を聞かれる。
情けない反応を見られる。
煙草の臭いまで知られている。
からかわれて腹を立てる。
姿がなければ寂しく感じる。
きれいな部分だけではなく、生活の疲れまで見せている。

この違いが、佐々木の中で少しずつ広がっていく。
山田は、会えれば嬉しい存在。
田山は、いなければ気になる存在。
山田には良い客でいたい。
田山には、格好の悪い自分まで見られている。
二人を別人だと思っているからこそ、感情の違いがはっきり表れる。

しかも田山は、佐々木の側へ近づくだけではない。
気付けば佐々木も、田山の側へ寄っている。
困っていれば助けたい。
疲れていれば話を聞きたい。
いつもの調子へ戻ってほしい。
喫煙所で支えられてきた分を、自分も返したいと思い始める。

ここが佐々木の大きな変化になる。
最初は、山田から癒やしを受け取るだけだった。
田山から声を掛けられ、話を聞いてもらうだけだった。
しかし関係が続くと、自分も相手を支えたいと思うようになる。
受け取る側から、与える側へ少しずつ動いていく。

佐々木は、特別な男へ変身したわけではない。
不器用なまま。
臆病なまま。
恋愛にも鈍いまま。
それでも、田山の表情を見て、自分から一言を掛けられるようになる。
その小さな前進が、二人の距離を深くしていく。

第6章 喫煙所が作品全体の空気を決めている

後藤店長や大野たちが加わり、二人だけの場所が広がっていく

スーパーの裏の喫煙所は、最初こそ佐々木と田山だけの場所に見える。
佐々木が仕事帰りに訪れる。
田山が先に煙草を吸っている。
二人が並び、短い会話を交わす。
その時間を中心に、物語は静かに動き始める。

しかし回を重ねると、スーパーで働く人々も二人の関係へ気付き始める。
店長の後藤。
同僚の大野。
若い店員の小畑。
それぞれが違う距離から、佐々木と田山を見ている。
喫煙所は二人だけの密室ではなく、店全体とつながった場所へ変わっていく。

後藤店長は、特に二人の様子を面白がっている。
田山が佐々木の前で別の顔を見せること。
佐々木が正体へ気付かないこと。
会うたびに少しずつ距離が縮んでいること。
事情を知る側だからこそ、そのやり取りを静かに楽しんでいる。

うおお、後藤が入ると見え方が変わる。
佐々木は、田山との会話を特別なものだと思い切れていない。
ただの喫煙仲間。
たまたま会う店員。
そう考えようとしている。
でも第三者から見れば、二人が互いを気にしていることはかなり分かりやすい。

後藤は、すぐに答えを教えない。
田山と山田が同一人物だと佐々木へ明かすこともしない。
二人の関係へ無理に口を挟まず、少し離れたところから見守る。
だから喫煙所の時間は壊れず、同時に周囲の温かい視線も加わっていく。

大野たち店員から見た佐々木も、ただの買い物客ではなくなっていく。
何度も店へ来る。
山田のレジへ並ぶ。
店の裏では田山と煙草を吸う。
怪しい人物ではないかと警戒される場面があっても、接するうちに人柄が見えてくる。

キツ…。
佐々木は、自分が周囲からどう見られているかをいつも気にする。
中年男性が若い女性店員を目当てに通っている。
そう見られるだけでも、強い恥ずかしさを感じる。
迷惑な客だと思われれば、山田のレジへ行くことさえやめようと考えかねない。

しかしスーパーの人々は、佐々木の行動を見ていく。
山田へ無理に近づかない。
勤務中に長く話し込まない。
店へ迷惑を掛けない。
田山へ対しても、強引な態度を取らない。
不器用でも、相手を尊重していることが分かってくる。

そのため、周囲の視線も少しずつ柔らかくなる。
からかわれる。
面白がられる。
時には警戒される。
それでも完全に拒まれることはない。
むしろ二人がどうなるのか、見守る側が増えていく。

ここで作品の温度が広がる。
佐々木と田山だけを切り取れば、年齢差のある男女の関係になる。
でも後藤や大野たちが加わることで、スーパーの日常そのものが見えてくる。
勤務中の忙しさ。
店員同士の会話。
客への接し方。
仕事を終えた後の疲れ。
その中へ二人の時間が置かれる。

喫煙所は、売り場から完全に切り離された場所ではない。
扉の向こうには仕事がある。
田山には店員としての役目がある。
佐々木には、翌日も続く会社員生活がある。
後藤たちも、それぞれの勤務を終えながら二人を見ている。
日常のすぐ隣にある場所だから、会話へ現実の重さが残る。

二人だけの秘密がありながら、孤立していない。
店長が見ている。
同僚も少しずつ気付く。
スーパーへ来る客や会社の人物も、二人の会話へつながっていく。
喫煙所を中心に、人間関係が静かに広がっていく。

大事件がなくても、また同じ場所へ戻りたくなる

『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』では、毎回大きな事件が起きるわけではない。
敵が現れるわけでもない。
命を懸けた勝負もない。
佐々木が仕事へ行き、スーパーへ寄り、田山と煙草を吸う。
同じような夜が、何度も描かれていく。

でも、完全に同じ夜は一つもない。
佐々木が落ち込んでいる日。
田山の機嫌が違う日。
後藤が二人を見ている日。
煙草の銘柄で遊ぶ日。
会えると思った相手がいない日。
小さな違いが、その日の会話を変えていく。

ここが止まらない。
派手な出来事がないから、次を見なくてもよいとはならない。
むしろ、次はどんな話をするのかが気になる。
佐々木は今日も山田へ気付かないのか。
田山はどこまで近づくのか。
周囲は二人をどう見るのか。
小さな進み方だからこそ、一つ一つを見届けたくなる。

喫煙所へ入ると、二人の時間が始まる。
佐々木が煙草を取り出す。
田山が火を点ける。
白い煙が上がる。
最初の一言が出る。
その手順が繰り返されることで、見ている側にも帰ってきた感覚が生まれる。

うおお、この安心感が強い。
会社で何が起きても、最後にはスーパーへ戻ってくる。
売り場で山田の笑顔を見る。
裏へ回れば田山がいる。
短い一服が始まる。
物語の形が大きく変わらないからこそ、人物の小さな変化へ気付きやすい。

昨日までは言えなかったことを、今日は少し話す。
以前なら慌てていた冗談へ、今は言い返す。
隣へ立つ距離が少し近い。
別れ際に振り返る。
相手が来る時間を気にする。
事件ではない変化が、一つずつ積み重なる。

キツ…。
大人の二人だから、簡単には進まない。
佐々木は年齢差を気にする。
店員と客の関係も気にする。
田山は正体を明かせない。
相手が自分をどう見ているのか、まっすぐには聞けない。
近づいているのに、決定的な一歩は遠い。

だから喫煙所が必要になる。
恋人にならなくても会える。
告白しなくても隣に立てる。
深い話をしなくても、同じ煙草の煙を見ていられる。
関係へ名前を付けなくても、一日の終わりを一緒に過ごせる。
その曖昧さが、二人を守っている。

もし舞台が華やかな場所なら、恋愛の進展が強く求められる。
食事へ行く。
休日に会う。
連絡先を交換する。
次の段階へ進まなければ、関係が止まって見える。
でも喫煙所では、また会って一本吸うだけでも充分な前進になる。

佐々木が来た。
田山がいた。
少し話した。
笑った。
別れた。
文字にすれば、それだけの夜になる。
しかし見ている側は、その短い会話の中から感情を拾う。
言葉の間。
視線。
照れ。
寂しさ。
相手を気遣う一言。
そこへ二人の関係が詰まっている。

スーパーの裏は、特別に美しい場所ではない。
勤務を終えた店員が通る。
荷物が運ばれる。
店の設備が並ぶ。
煙草の煙が残る。
それでも二人が何度も戻ることで、ほかにはない場所へ変わっていく。

佐々木にとっては、一人で仕事の疲れを抱えなくてよい場所。
田山にとっては、山田の笑顔を外した自分で話せる場所。
後藤たちにとっては、不器用な二人を見守れる場所。
見る側にとっては、今日も二人が会えたことへ安心できる場所になる。

だから、この作品は喫煙所から離れにくい。
場所が狭いから、二人の表情が近く見える。
時間が短いから、一言の重さが残る。
毎回戻ってくるから、変化が積み重なる。
スーパーの裏という地味な場所が、物語の中心になっていく。

第7章 まとめ|スーパーの裏という場所だったから、この二人の関係は少しずつ育っていく

恋愛を急がず、本音を重ねる時間そのものが物語になっている

『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』を見終わると、一番印象へ残るのは恋愛の進み具合ではない。

喫煙所で交わされた何気ない一言。
煙草へ火を点けるまでの沈黙。
帰り際の短い会話。
そうした数分間が、いつの間にか大切な時間になっている。

スーパーの裏という場所は、誰かへ見せる場所ではない。
買い物客が集まる売り場でもない。
仕事を評価される会社でもない。
だから二人とも、少しだけ肩の力を抜ける。

佐々木は、仕事で失敗した日も来る。
山田へ会えず落ち込んだ日も来る。
会社で嫌なことがあった日も、煙草を片手に裏へ回る。
すると田山がいて、何気ない話が始まる。

うおお、この流れが何度見ても心地いい。

「今日は疲れた。」

「また仕事で何かあった?」

そんな短いやり取りだけなのに、見ている側まで気持ちが少し軽くなる。

田山も同じ。

売り場では笑顔を絶やさない。
忙しくレジを打つ。
客へ丁寧に接する。
でも裏へ戻れば、山田ではなく田山として煙草へ火を点ける。

そこで佐々木をからかう。

少し笑う。

時には真面目な顔になる。

店内では見えない表情が、喫煙所では自然に出てくる。

ここが作品全体の空気を決めている。

もし舞台がカフェなら、恋愛がもっと前へ出る。

もし職場なら、仕事の話が中心になる。

もし学校なら、青春の勢いが強くなる。

でもスーパーの裏だから違う。

疲れた社会人同士が、一日の終わりに少しだけ立ち止まる。

その静かな時間が、二人の距離をゆっくり縮めていく。

キツ…。

二人とも、本当に言いたいことはまだ言えていない。

佐々木は、山田への気持ちをはっきり言えない。

田山は、自分が山田だと明かせない。

相手が大切になっていることも、簡単には認められない。

だから煙草一本分の時間を何度も重ねる。

その積み重ねが、少しずつ二人を変えていく。

喫煙所は煙草を吸う場所ではなく、「また会いたくなる場所」になっている

この作品を見続けたくなる理由は、派手な事件ではない。

戦いもない。

大きな謎もない。

毎回同じスーパー。

同じ裏口。

同じ喫煙所。

それでも毎回違う空気が流れる。

佐々木が少しだけ笑う日がある。

田山が照れる日がある。

話が途中で終わる日もある。

相手が来なくて寂しく終わる日もある。

一本の煙草が終わるまでの数分へ、小さな変化がぎっしり詰まっている。

うおお、だから続きが気になる。

今日は何を話すのか。

田山はまた佐々木をからかうのか。

佐々木は少しだけ素直になれるのか。

山田として会う時間と、田山として会う時間はどう変わっていくのか。

派手な引きではない。

でも自然と次の一話を見たくなる。

その力を生んでいるのが、スーパーの裏という舞台になる。

店内では客と店員。

会社では社会人。

家へ帰れば、それぞれ別の生活がある。

その間にだけ存在する喫煙所だから、二人は肩書きを置いて話せる。

笑える。

愚痴も言える。

沈黙も気まずくならない。

だから少しずつ、本音が増えていく。

『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』の喫煙所は、煙草を吸うためだけに作られた場所ではない。

疲れた一日を終えた二人が、もう少しだけ今日を頑張れたと思える場所。

また明日も寄ってみようと思える場所。

そして視聴者にとっても、「また二人へ会いたい」と感じさせる場所になっている。

だから、この作品では喫煙所そのものが、もう一人の登場人物と言っていいほど大きな役割を担っている。

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