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【あかね噺】まいける兄さんはなぜ人気?破天荒なのに誰よりも面倒見がいい兄弟子だった

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『あかね噺』のまいける兄さんがなぜ人気を集めているのか。
破天荒な言動の裏側にある人柄や兄弟子としての魅力を掘り下げる。
朱音や阿良川一門との関わりを追うと、ただの賑やかし役では終わらない存在感が見えてくる。

  1. 第1章 結論|まいける兄さんが愛されるのは「軽そうなのに最後は信じられる」から
    1. 女好きで遊び人、でも一門の中では誰より空気を読んでいる
    2. 破天荒なのに頼れる、この落差が人気を強くしている
  2. 第2章 初登場から強烈だった|一目で忘れられない兄弟子の圧
    1. 阿良川一門の中で、最初から異質な明るさを放っている
    2. ふざけた顔のまま、実力者だとわかる瞬間がある
  3. 第3章 朱音との関係が面白い|兄弟子として見守る距離感
    1. からかうように近づくのに、朱音の芯はちゃんと見ている
    2. 「替り目」を選ぶ場面で、朱音の原点が強く浮かび上がる
  4. 第4章 実はかなり面倒見がいい|後輩たちから慕われる兄貴分
    1. 騒がしいのに、後輩を孤立させない空気を作る
    2. 一門の空気をつなぎ、重い場面を沈ませすぎない
  5. 第5章 落語家としても侮れない|ふざけた人では終わらない実力
    1. 二ツ目なのに真打に近い、その評価がただの飾りではない
    2. 「替り目」の稽古で見える、噺の選び方と人を見る目
  6. 第6章 一門の潤滑油になっている|まいける兄さんがいると場面が動く
    1. 志ぐま一門の重さを、笑いで沈ませすぎない
    2. 人気投票上位も納得できる、場面を明るくする力
  7. 第7章 まとめ|まいける兄さんは「あかね噺」を支える縁の下の人気者
    1. 軽い兄さんに見えて、朱音の成長に必要な余白をくれる
    2. 欠点があるからこそ、人間味と頼もしさが同時に残る

第1章 結論|まいける兄さんが愛されるのは「軽そうなのに最後は信じられる」から

女好きで遊び人、でも一門の中では誰より空気を読んでいる

阿良川まいける兄さんの魅力は、最初からきれいな善人として描かれないところにある。
女性を見ればすぐ口説こうとする。
言葉は軽い。
態度もふざけている。
一見すると、真剣な修業の場に混ざっていいのか不安になるくらい、空気をかき乱す存在に見える。

けれど、読み進めるほど印象が変わる。
まいける兄さんは、ただ騒いでいる人ではない。
朱音が阿良川志ぐま一門に入ってから、兄弟子として距離を取りすぎず、近づきすぎず、必要な時にちゃんと場を動かしてくれる。
この距離感がかなり大きい。
説教で押しつぶすのではなく、軽口で朱音の緊張をほどきながら、落語家として見るべき場所へ目を向けさせる。

朱音の周りには、最初から重いものが多い。
父・志ん太の破門。
阿良川一生への怒り。
真打を目指す理由。
小学生の頃に見た父の高座。
あの熱と悔しさを抱えたまま、朱音は落語の世界へ入っていく。
だから物語全体には、どうしても張りつめた空気がある。

その中で、まいける兄さんが出てくると場面の温度が変わる。
怒りや緊張で固まった空気に、少しだけ息が入る。
でも笑わせるだけでは終わらない。
軽い顔をしていても、朱音の成長、こぐま兄さんの優しさ、享二兄さんの厳しさ、ぐりこ兄さんの癖の強さ、その全部を一門の中で見ている。
まいける兄さんは、阿良川一門の騒がしい入口であり、同時に奥の深さを感じさせる人でもある。

破天荒なのに頼れる、この落差が人気を強くしている

まいける兄さんが人気を集めるのは、破天荒な言動と頼れる兄弟子感の落差が強いから。
普段の姿だけ見ると、落語より女性の話をしていそうな危うさがある。
冗談も多い。
調子もいい。
けれど、落語家としての評価は決して低くない。
二ツ目でありながら、真打に近い実力を持つと見られている存在。

ここが胸に残る。
本当に軽いだけの人なら、笑って終わりになる。
でも、まいける兄さんは違う。
ふざけている顔の下に、ちゃんと芸の積み重ねがある。
高座に上がれば、客の視線、間の置き方、声の運び、笑いの呼吸をわかっている人間として見えてくる。
普段のだらしなさと、落語家としての芯が同じ人物の中にあるから、目が離せなくなる。

朱音にとっても、まいける兄さんの存在は大きい。
朱音は負けん気が強く、父の無念を背負い、前へ前へ進もうとする。
その勢いは魅力だけれど、同時に危うさもある。
一直線すぎるから、周りが見えなくなる瞬間もある。
そんな時、まいける兄さんの軽さは、朱音を止める壁ではなく、肩の力を抜かせる風になる。

兄弟子として、きれいに導くだけではない。
時にはからかう。
時には茶化す。
時には朱音の反応を見て楽しんでいるようにも見える。
それでも根っこの部分では、朱音を一門の後輩として受け止めている。
この安心感があるから、まいける兄さんの軽口は嫌みに見えにくい。
遊び人の顔、人気者の顔、兄弟子の顔、落語家の顔。
複数の顔が重なって、ただの脇役では終わらない存在感を作っている。

『あかね噺』は、落語の勝負だけではなく、人と人の距離が面白い作品。
師匠と弟子。
父と娘。
同門の兄弟弟子。
ライバル同士。
その関係の中で、まいける兄さんは肩肘張らずに入ってくる。
だから場面が重くなりすぎない。
朱音の物語に笑いと余白を入れながら、それでも落語家の厳しさを失わせない。
この役割があるから、まいける兄さんは「面白い人」ではなく「好きになる人」として残る。

第2章 初登場から強烈だった|一目で忘れられない兄弟子の圧

阿良川一門の中で、最初から異質な明るさを放っている

まいける兄さんは、阿良川一門の中でも初見の印象がかなり強い。
志ぐま師匠の一門には、それぞれ違う濃さがある。
こぐま兄さんは穏やかで面倒見がよく、享二兄さんは落語への姿勢が厳しく、ぐりこ兄さんは独特の感性で場をかき回す。
その中で、まいける兄さんは「陽気さ」と「危なっかしさ」を同時に持って現れる。

朱音が一門の空気に入っていく場面では、どうしても緊張が生まれる。
父の因縁を抱えた娘が、父と同じ阿良川の名に近づいていく。
その場所には、笑いだけでは済まない過去がある。
志ん太の破門があり、阿良川一生の存在があり、志ぐま師匠の胸の内も簡単には見えない。
そこへまいける兄さんが入ると、重たい座敷の障子が一気に開いたような感覚になる。

軽い口調。
女好きな振る舞い。
周囲を巻き込む明るさ。
真面目な話の途中でも、自分の調子を崩さない強さ。
この姿が、阿良川一門の中でかなり目立つ。
ただの賑やかしなら、すぐに飽きる。
でもまいける兄さんの場合、場を乱しているようで、実は場を止めない。
会話が沈みそうになるところで、少し笑える空気を入れる。
厳しい話に向かう前に、読んでいる側の息も整う。

この「明るいのに軽すぎない」感じが、初登場から続く魅力になっている。
まいける兄さんは、真面目な顔だけで落語を語らない。
笑いを扱う人間として、普段の会話そのものにも間がある。
相手を見て、少しずらして、空気を柔らかくする。
その姿が落語家らしさにもつながる。

ふざけた顔のまま、実力者だとわかる瞬間がある

まいける兄さんの面白さは、初見で「この人は本当に強いのか」と思わせるところにもある。
態度だけ見れば、努力家という言葉から遠く見える。
稽古場で黙々と積み上げるタイプにも見えにくい。
けれど、周囲の扱いを見れば、ただの遊び人では済まないことがわかる。
一門の中で軽く見られているようで、実力についてはきちんと認められている。

落語の世界では、口が回るだけでは通用しない。
客を笑わせるには、声、表情、所作、間、噺の組み立てが必要になる。
さらに、客の反応をその場で受け取り、空気を読みながら噺を運ばなければならない。
まいける兄さんの普段の軽さは、この「空気を読む力」とつながって見える。
女性を口説く軽薄さも、相手の反応を見て距離を詰める癖も、落語家としての観察眼と紙一重に映る。

朱音が落語の道でぶつかる相手は、強い人ばかり。
からしの計算。
ひかるの華やかさ。
魁生の圧。
一生一門の巨大な壁。
そうした強敵たちと向き合う中で、阿良川一門の兄弟子たちは、それぞれ違う形で朱音を支える。
まいける兄さんは、正面から厳しく鍛えるだけの人ではない。
むしろ、朱音が走りすぎる時に、少し横から茶々を入れながら、落語の世界の広さを見せる存在に近い。

ここが人気につながる。
強い人が強そうに出てくるだけなら、驚きは少ない。
まいける兄さんは逆。
軽そうに出てきて、後から実力が見えてくる。
だらしなさの奥に芸がある。
遊び人の奥に兄弟子の目がある。
ふざけた顔の奥に、客席をつかむ噺家としての腕がある。

だから、まいける兄さんの場面は記憶に残りやすい。
笑えるのに、ただ笑って終わらない。
軽いのに、軽蔑できない。
危なっかしいのに、いざという時は頼れそうに見える。
この複雑な手触りが、『あかね噺』の人物描写のうまさを支えている。
朱音の成長物語の横で、まいける兄さんは一門のにぎやかさと奥行きを同時に背負っている。

第3章 朱音との関係が面白い|兄弟子として見守る距離感

からかうように近づくのに、朱音の芯はちゃんと見ている

まいける兄さんと朱音の関係は、最初から師匠と弟子のように真っ直ぐではない。
享二兄さんのように正面から稽古をつける厳しさとも違う。
こぐま兄さんのようにやわらかく包む優しさとも違う。
まいける兄さんは、少し斜めから近づいて、軽口を叩きながら、朱音の反応を見ている。

朱音は、父・志ん太の高座を忘れられないまま落語の世界へ入った少女。
破門の悔しさを抱え、阿良川一生を越えるという強い思いを胸に持っている。
そのぶん、前へ進む力は強い。
けれど、肩に入った力もかなり強い。

まいける兄さんは、そこへ重い顔で近づかない。
朱音が身構える前に、ふざけた調子で空気を崩す。
女性好きで、遊び人で、言葉も軽い。
それなのに、朱音が本当に大事にしている場所には、土足で踏み込まない。

この距離感がいい。
朱音を子ども扱いしすぎない。
でも、放っておくわけでもない。
阿良川一門の後輩として、ひとりの落語家を目指す相手として、ちゃんと見ている。
だから、まいける兄さんの軽さには、嫌な冷たさがない。

「替り目」を選ぶ場面で、朱音の原点が強く浮かび上がる

まいける兄さんと朱音の関係で印象に残るのは、朱音が噺を選ぶ場面。
候補として出てくるのは、「禁酒番屋」「蝦蟇の油」「替り目」。
どれを選ぶかで、勝負の見え方も変わる。
落語の噺は、ただ覚えて演じるものではなく、演者の性格や過去までにじむものだから、選択そのものが大きい。

朱音は、そこで「替り目」を選ぶ。
勝ちやすさだけを見た選び方ではない。
自分が何を魅せたいのか。
自分の原点がどこにあるのか。
その感覚に引かれるように、朱音は即決する。

まいける兄さんは、その即決をちゃんと受け止める。
迷わなかったことを軽く流さず、選んだ噺を正解にできるかどうかは自分次第だと背中を押す。
ここでのまいける兄さんは、ふざけた兄弟子ではない。
朱音が選んだ道を、落語家として見届ける人の顔をしている。

しかも「替り目」は、朱音にとって父・志ん太の記憶とも強くつながる。
父の高座を見た時の胸の熱さ。
客席が噺に引き込まれていく感覚。
家族としての記憶と、芸としての憧れが重なっている。
朱音がその噺へ向かうことで、まいける兄さんの稽古はただの技術指導ではなくなる。

そこにあるのは、父から娘へ残った熱を、兄弟子が別の角度から支える構図。
まいける兄さんは、志ん太の代わりにはならない。
志ぐま師匠の代わりにもならない。
けれど、朱音が自分の足で高座へ向かう時、横から支えてくれる兄弟子にはなっている。

朱音が落語を選ぶ場面は、いつも感情が濃い。
悔しさ、憧れ、焦り、怒り、負けたくない気持ち。
その全部を抱えた朱音に対して、まいける兄さんは重い言葉を並べすぎない。
軽い調子のまま、大事なところだけを外さない。
そこが、まいける兄さんらしい頼もしさになっている。

第4章 実はかなり面倒見がいい|後輩たちから慕われる兄貴分

騒がしいのに、後輩を孤立させない空気を作る

まいける兄さんは、第一印象だけなら面倒見のいい兄弟子には見えにくい。
女性を見るとすぐ口説こうとする。
自分の調子で動く。
場の空気を読んでいるようで、わざと読んでいないようにも見える。
けれど、阿良川一門の中で見ると、まいける兄さんはかなり重要な位置にいる。

朱音が一門に入る時、そこにはすでに兄弟子たちの関係がある。
こぐま兄さんの温かさ。
享二兄さんの厳しさ。
ぐりこ兄さんの騒がしさ。
志ぐま師匠の大きな存在感。
新人である朱音にとって、その輪の中へ入るだけでも相当な緊張がある。

まいける兄さんは、その緊張を真正面からほどく。
「大丈夫」と優しく言うだけではない。
軽口で場を崩し、朱音が返事をしやすい空気を作る。
相手を笑わせ、少し怒らせ、少し呆れさせる。
そのやり取りの中で、朱音は一門の空気に自然と入っていく。

これはかなり大きい。
落語の世界は、上下関係も稽古も厳しい。
父の過去を背負う朱音には、周囲の視線も集まる。
そんな中で、まいける兄さんのような人がいると、場面が息苦しくなりすぎない。
後輩が孤立しない。
一門の中に、笑って入れる入口ができる。

まいける兄さんは、後輩を甘やかすだけの人ではない。
むしろ、自分が軽く見られることをあまり怖がっていない。
場を明るくするためなら、自分が少しふざけた人に見えても平気。
その余裕があるから、兄貴分としての器が見えてくる。

一門の空気をつなぎ、重い場面を沈ませすぎない

『あかね噺』は、落語を題材にしているけれど、物語の底にはかなり重い感情が流れている。
志ん太の破門。
朱音の怒り。
阿良川一生の巨大な壁。
一門の過去。
真打という目標の重さ。

この重さだけで進むと、物語は息が詰まる。
朱音が真剣だからこそ、周囲にも緊張が生まれる。
勝負の場面では、客席の反応、審査する側の視線、ライバルたちの技量が一気に押し寄せてくる。
その中で、まいける兄さんの明るさはかなり効いている。

たとえば、稽古や噺選びの場面。
朱音が勝ちたい、認められたい、父の落語を自分の中でつなぎたいと思うほど、空気は熱くなる。
そこへまいける兄さんが入ると、熱が少しだけほぐれる。
真剣さを壊すのではなく、張りつめた糸を切れない程度にゆるめる。

この役割は、誰にでもできるものではない。
こぐま兄さんがやれば優しすぎる。
享二兄さんがやれば厳しさが前に出る。
ぐりこ兄さんがやれば騒動の方向へ転がる。
まいける兄さんだから、軽さと頼もしさの中間で場面を保てる。

また、まいける兄さんは売れっ子としての顔も持っている。
落語家は高座だけに立っていればいいわけではない。
人前に出る仕事、客を楽しませる場、寄席の外で求められる振る舞いもある。
カラオケや傘回しのような場面に驚く人もいるけれど、そこにも芸人としての器用さが出る。

客を前にして、場を冷まさない。
相手を退屈させない。
その場に合わせて自分を出す。
まいける兄さんの軽さは、落語家としての商売っ気や人間力にもつながっている。
だから、ただの遊び人には見えない。

朱音の物語で、まいける兄さんは主役を奪う存在ではない。
けれど、朱音が一門の中で前へ進む時、横にいると場面が強くなる。
緊張の中に笑いが入り、厳しさの中に人情が残る。
その空気を作れるから、まいける兄さんは読後に残る。
騒がしいのに安心できる。
ふざけているのに、最後は信じたくなる。
この矛盾した魅力が、後輩たちからも、読んでいる側からも愛される理由になっている。

第5章 落語家としても侮れない|ふざけた人では終わらない実力

二ツ目なのに真打に近い、その評価がただの飾りではない

阿良川まいける兄さんは、普段の言動だけを見ると、どうしても軽い人に見える。
女性を見るとすぐに口説こうとする。
言葉の選び方も調子がよく、真面目な空気の中でも平気で自分の流れを作る。
しかし、その奥には落語家としての確かな腕がある。
公式でも、二ツ目でありながら実力は真打に近いと言われる存在として紹介されている。

この評価が強いのは、まいける兄さんが「真面目そうに見える実力者」ではないから。
見た目も態度も、いかにも修業一直線という雰囲気ではない。
だからこそ、実力が見えた時の衝撃が大きい。
遊び人のように見えて、実際には客席をつかむ技術を持っている。
ふざけているように見えて、噺の選び方、間の取り方、人を見る目が鋭い。

落語は、ただ声を出して話せば成立する芸ではない。
客が笑う前の沈黙。
噺の中の人物が息を吸うような間。
言葉を少し置くだけで、酒臭い男にも、気の強い女房にも、調子のいい町人にも見えてくる。
まいける兄さんの軽さは、その場の反応を読む力と深くつながっている。

普段から相手の表情を見て、声色を変え、距離を詰める。
女性を口説く場面は困ったものだけれど、人の懐へ入り込む速さは確かにある。
客席を相手にする落語家にとって、その感覚は大きい。
まいける兄さんは、だらしなさの中に、人を見て場を変える技術を隠している。

「替り目」の稽古で見える、噺の選び方と人を見る目

朱音が選考会へ向かう場面で、まいける兄さんは噺の候補を出す。
「禁酒番屋」「蝦蟇の油」「替り目」。
どれもただの候補ではない。
客受けを狙う噺。
朱音の持ち味に合いそうな噺。
そして、父・志ん太の記憶につながる噺。
そこには、朱音の勝負だけではなく、朱音という人間そのものを見る目がある。

まいける兄さんは、朱音に何をやらせてもいいとは考えていない。
朱音がどんな落語家になりたいのか。
何を背負って高座へ上がるのか。
どの噺なら朱音の奥にある熱が前へ出るのか。
その部分を見たうえで、選択肢を並べている。

朱音が「替り目」を即決する場面は、まいける兄さんの稽古の中でもかなり印象深い。
勝ちやすい噺だけを選ぶのではなく、自分の原点に近い噺を選ぶ。
父の高座を見た記憶。
客席ごと飲み込まれるような衝撃。
子どもの頃に胸へ焼きついた落語の熱。
朱音は、その場所へ戻るように「替り目」を選ぶ。

そこで、まいける兄さんは朱音を否定しない。
もっと勝てる噺にしろと押しつけない。
自分で選んだ噺を、正解にできるかどうかは本人次第だと受け止める。
ここに、兄弟子としての深さが出ている。
ただ教えるだけなら簡単でも、後輩が選んだものを背負わせるには、相手を信じる必要がある。

まいける兄さんの落語家としての実力は、高座の派手さだけでは見えない。
後輩の噺を選ぶ時。
朱音の反応を待つ時。
父の記憶に踏み込みすぎず、けれど避けもしない時。
そういう細かい場面に、経験を積んできた人間の目が出る。
軽薄に見える兄弟子が、実はかなり深いところで朱音を見ているから、まいける兄さんの人気は強くなる。

第6章 一門の潤滑油になっている|まいける兄さんがいると場面が動く

志ぐま一門の重さを、笑いで沈ませすぎない

阿良川志ぐま一門は、明るいだけの集まりではない。
朱音の父・志ん太の破門があり、阿良川一生との因縁があり、真打という重い目標がある。
朱音がこの一門へ入る時点で、物語にはずっと緊張が流れている。
笑える会話があっても、根っこには悔しさと執念が残っている。

その中で、まいける兄さんの存在はかなり大きい。
こぐま兄さんは優しい。
享二兄さんは厳しい。
ぐりこ兄さんは騒がしく、独自の勢いがある。
それぞれ魅力はあるけれど、まいける兄さんは少し違う角度から場を動かす。

まいける兄さんがいると、会話が止まらない。
重い話のあとでも、妙な軽口が入る。
朱音が気負っている場面でも、少しだけ空気が崩れる。
それは真剣さを壊すのではなく、真剣すぎて固まった場面に息を入れる働きになっている。

落語の物語で、笑いを忘れない人物は貴重。
朱音は父の無念を背負っている。
ライバルたちはそれぞれ強い武器を持っている。
阿良川一生の存在は、出てくるだけで空気を重くする。
その中で、まいける兄さんの明るさは、作品の中の寄席のざわめきにも似ている。

客席の誰かが笑う。
袖で誰かが茶々を入れる。
楽屋で兄弟弟子が軽口を交わす。
まいける兄さんは、そういう落語の周辺にある人間臭さを背負っている。
だから、ただの戦いの物語ではなく、噺家たちが生きている世界として厚みが出る。

人気投票上位も納得できる、場面を明るくする力

まいける兄さんは、登場するたびに主役級の大事件を起こす人物ではない。
それでも印象に残る。
理由は、場面に入った瞬間に空気が変わるから。
会話の温度が上がり、朱音の表情が動き、一門の関係性が少し見えやすくなる。
こういう人物は、読み返すほど効いてくる。

実際、連載3周年記念の第一回キャラクター人気投票でも、阿良川まいけるは上位に入っている。
主人公の朱音、強烈な存在感を持つライバル、師匠格の人物たちが並ぶ中で、まいける兄さんが強く支持されるのは自然に感じる。
派手な勝負だけではなく、普段の会話、兄弟子としての顔、軽さの奥にある人情が積み重なっているから。

まいける兄さんの魅力は、一度で全部わかるタイプではない。
最初は、女好きで軽い兄さん。
次に、朱音を見守る兄弟子。
さらに、真打に近い実力を持つ二ツ目。
そして、一門の空気をつなぐ人。
読むたびに、印象が少しずつ変わっていく。

特に強いのは、重い場面のあとに出てくる時。
朱音が勝負のことで頭をいっぱいにしている時。
父の記憶が胸を締めつける時。
一生一門の壁が大きく見える時。
まいける兄さんが入ると、暗くなりすぎた空気に少しだけ光が差す。

しかも、その光はきれいごとではない。
本人はかなり俗っぽい。
女性に弱く、調子がよく、すぐに場を自分のペースへ持っていく。
だからこそ、人間として生々しい。
完璧ではないから近く感じる。
欠点があるから、頼れる部分が余計に光る。

まいける兄さんは、朱音の物語を横から支える兄弟子であり、阿良川一門の空気を動かす落語家でもある。
ふざけているのに、場面を締める時は締める。
軽いのに、朱音の大事な選択はちゃんと受け止める。
騒がしいのに、一門の中では欠かせない。
この矛盾があるから、まいける兄さんはただの人気キャラではなく、『あかね噺』の人間関係を温かくする存在として残る。

第7章 まとめ|まいける兄さんは「あかね噺」を支える縁の下の人気者

軽い兄さんに見えて、朱音の成長に必要な余白をくれる

まいける兄さんの魅力は、ひと言で言えば「軽そうなのに、肝心なところで信じられる」ことにある。
女好きで、調子がよくて、すぐ場を自分の空気にしてしまう。
最初は、落語の厳しい世界にいる人というより、どこか遊び人の兄さんに見える。
けれど、朱音と関わる場面を重ねるほど、その印象は少しずつ変わっていく。

朱音は、父・志ん太の破門という重い過去を背負っている。
子どもの頃に見た父の高座。
客席が噺へ吸い込まれていく感覚。
そのあとに突きつけられた理不尽な破門。
朱音の落語には、最初から怒り、憧れ、悔しさ、執念が入り混じっている。

だからこそ、朱音の周りには、真正面から叱る人だけでは足りない。
優しく包む人だけでも足りない。
勝負の厳しさを教える人だけでも、朱音の心は張りつめすぎてしまう。
そこで効いてくるのが、まいける兄さんの軽さ。
ふざけた調子で近づき、朱音の肩に入った力を少し抜かせる。

まいける兄さんは、朱音の過去を大げさに扱いすぎない。
父の無念に触れる時も、悲劇の中心に押し込めるような接し方はしない。
朱音が自分で噺を選び、自分で高座へ向かう流れを邪魔しない。
それどころか、「替り目」のように朱音の原点へつながる噺を選ぶ場面では、兄弟子として静かに背中を支えている。

この距離感が、まいける兄さんをただの賑やかし役では終わらせない。
ふざけているのに、朱音を軽く扱わない。
からかうのに、落語への本気は見逃さない。
遊び人に見えるのに、後輩が勝負へ向かう時にはちゃんと見ている。
その落差が、まいける兄さんの人気を強くしている。

欠点があるからこそ、人間味と頼もしさが同時に残る

まいける兄さんは、完璧な兄弟子ではない。
むしろ欠点はかなり目立つ。
女性に弱い。
軽口が多い。
場面によっては、真面目な空気を茶化しているようにも見える。
でも、その欠点があるからこそ、まいける兄さんは妙に近く感じられる。

『あかね噺』には、強烈な才能を持つ人物が多い。
朱音は負けん気と吸収力がある。
からしは計算と工夫が鋭い。
ひかるは人前で輝く華を持っている。
魁生には、阿良川一生の血筋を感じさせる圧がある。
そうした人物たちの中で、まいける兄さんは少し違う温度で存在している。

圧倒的な天才として立つのではなく、場の空気を変える人。
勝負の中心にいなくても、会話の流れを動かす人。
後輩が緊張していれば、軽口で少し崩す。
一門の空気が重くなれば、笑いを入れる。
自分が少しだらしなく見えても、その場が動けばいいという余裕がある。

しかも、落語家としての実力は軽くない。
二ツ目でありながら真打に近いと見られる腕。
噺を選ぶ目。
客席の反応を読む感覚。
場の温度を察して、自分の言葉の置き方を変える器用さ。
普段の軽さの裏に、芸で生きてきた人間の積み重ねがある。

だから、まいける兄さんは読後に残る。
笑える。
呆れる。
少し危なっかしい。
でも、いざという時には頼れそうに見える。
この感情の揺れがあるから、「あかね噺 まいける」で気になった人が、さらに深く知りたくなる存在になっている。

まいける兄さんは、朱音の物語を真正面から引っ張る人物ではない。
けれど、朱音が落語の道で前へ進む時、横にいるだけで一門の空気が豊かになる。
重い因縁の中に笑いが入り、厳しい修業の中に人情が残る。
破天荒なのに頼れる。
軽いのに、最後は信じたくなる。
その矛盾こそが、まいける兄さんが長く愛される一番の魅力になっている。

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