「学校回はただのギャグ回ではない」
ということ。
第1章 結論|学校回はクジマのシュールさが最も爆発する神回
家の中なら許されるクジマが、学校へ出た瞬間に異物感が跳ね上がる
『クジマ歌えば家ほろろ』の学校回が強いのは、クジマが家の外へ出ることで、異物感が一気に跳ね上がるところ。
鴻田家の中にいるクジマは、すでに少し見慣れてくる。
食卓にいる。
台所で焼きそばを作ろうとする。
ことわざ辞典を読む。
こたつで丸くなる。
年末年始の家族行事にも紛れ込む。
これだけでも十分おかしい。
でも家の中だと、家族が受け入れてしまうから、だんだん普通に見えてくる。
新が慌て、英が呆れ、みよしと正臣が困りながらも流しているうちに、視聴者も「まあクジマならいるか」と思い始める。
そこへ学校。
ここで一気に現実へ引き戻される。
学校は、家と違ってルールがある。
生徒がいる。
先生がいる。
教室があり、廊下があり、職員室があり、忘れ物を取りに行くにも人目がある。
そこにクジマを連れていく時点で、もう無理がある。
うおお、どう考えても目立つ。
クジマは鳥のようにも見えるけれど、普通の鳥ではない。
人間のように話し、食べ物へ反応し、行動も妙に堂々としている。
そんな存在を学校に入れるだけで、画面の空気が一気にシュールになる。
しかも学校回では、ただ連れていくだけではない。
馬のマスクとスーツで変装させる。
ここが強すぎる。
真面目に隠そうとしているのに、隠し方そのものが異常。
学校という現実的な場所に、馬マスクとスーツ姿のクジマが立っているだけで、絵面が完全におかしい。
なのに話はそのまま進む。
このズレが、学校回の一番おいしいところ。
誰かが大げさに突っ込む前に、状況そのものがもう突っ込みどころになっている。
笑えるだけではなく、新がクジマを守ろうとしているのが刺さる
学校回は、馬マスクの見た目だけなら完全にギャグ。
でもよく見ると、新とクジマの関係がかなり出ている。
新は、クジマを学校へ連れて行きたいわけではない。
そもそも目的は、冬休みの課題に使うワークを教室へ取りに行くこと。
ただ忘れ物を回収したいだけのはずだった。
なのに、クジマが絡むことで普通の用事が一気に大事件になる。
新は考える。
クジマをどう隠すか。
誰かに見られたらどうするか。
先生に会ったらどう説明するか。
教室まで無事に行けるのか。
帰るまでクジマが余計なことをしないか。
この心配の量が、もう家族っぽい。
最初のころの新なら、クジマに巻き込まれて困るだけだった。
でも学校回では、クジマを外の世界から守るような動きになっている。
怪しまれないようにする。
周囲に見つからないようにする。
クジマが一人で変な行動をしないように気を配る。
ここが尊い。
新はクジマの保護者ではない。
飼い主でもない。
兄でもない。
でも、放っておけない相手になっている。
だから馬マスクとスーツの場面も、ただ笑うだけでは終わらない。
新は真剣。
クジマもたぶん真剣。
でも結果として、画面はめちゃくちゃおかしい。
この温度差が最高。
学校の廊下に、馬マスクとスーツのクジマ。
その横で焦る新。
目的はただの忘れ物回収。
でも見た目はどう見ても怪事件。
いや、どういうこと。
この笑いの奥に、新がクジマをなんとか学校の中で成立させようとしている気持ちがある。
だから学校回は、シュールギャグでありながら、クジマが鴻田家の外へ出た時に、新がどれだけ支えようとしているかが見える回になっている。
ここが、ただの変装回で終わらないところ。
第2章 なぜ学校へ行くことになった?忘れ物から始まる大事件
始まりは冬休みの課題用ワークを取りに行くだけだった
学校回の始まりは、かなり日常的。
新が、冬休みの課題で使うワークを教室に忘れてしまう。
だから学校へ取りに行く。
本来なら、それだけの話。
冬休み。
忘れ物。
教室。
課題。
誰にでもありそうな小さい用事。
ここにクジマが絡むことで、一気にとんでもない回になる。
この作品の面白いところは、始まりがいつも生活に近いところ。
日本のごはんが食べたい。
留守番中に昼ごはんを作りたい。
こたつに入りたい。
年末年始に祖父母の家へ行く。
受験前で家の空気が重くなる。
学校回も同じ。
忘れ物を取りに行くという、かなり普通の行動から始まる。
でもクジマがいるだけで、その普通が崩れる。
新が一人で学校へ行けば、何も起きない。
教室へ行き、ワークを取り、帰ってくるだけ。
先生に会っても、少し挨拶するくらいで済む。
でもクジマが同行するとなると、話がまったく変わる。
クジマを外へ出していいのか。
学校に入れていいのか。
誰かに見られたらどうなるのか。
普通に歩かせたら、どう見ても目立つ。
そこで出てくるのが、馬のマスクとスーツ。
ここで一気にシュールさが爆発する。
目立たないための変装なのに、どう考えても目立つ。
隠すための格好なのに、存在感が増している。
新は真剣に対策しているはずなのに、視聴者から見ると最初から破綻している。
このズレが強い。
大事件の始まりが、冬休みのワークという小さすぎる用事なのも良い。
クジマがいると、普通の生活が普通で終わらない。
教室へ向かうだけなのに、廊下も階段も全部が危険地帯になる
学校へ入ってからの緊張感も、かなりおいしい。
目的は単純。
教室へ行って、忘れたワークを取るだけ。
でもクジマがいることで、廊下も階段も全部危険地帯になる。
誰かとすれ違うかもしれない。
先生が見回っているかもしれない。
部活中の生徒がいるかもしれない。
職員室の前を通るかもしれない。
物音を立てたら気づかれるかもしれない。
新はそのたびに焦る。
クジマは、家の中でも予測不能。
台所で焼きそば作りに挑んだり、こたつに入り浸ったり、餅を詰まらせたりする。
そんなクジマが、学校でおとなしくしていられる保証なんてない。
しかも変装は馬マスクとスーツ。
いや、無理。
怪しまれないための格好のはずなのに、学校の廊下にいたら絶対に二度見される。
先生から見ても、生徒から見ても、ただの不審者にしか見えない。
それでも新は、なんとか教室まで進もうとする。
この必死さが笑える。
そして、笑えるのに少し胸に来る。
新は、自分の忘れ物を取りに来ているだけ。
でもその横にはクジマがいる。
クジマが見つかれば大変。
だから新は、忘れ物よりもクジマのほうを気にしてしまう。
ここで、クジマが新の日常にどれだけ入り込んでいるかがわかる。
学校は本来、新の場所。
クジマとは関係ない場所。
家とは違い、新が生徒として過ごしている世界。
そこにクジマが入ってくる。
これはかなり大きい。
食卓やリビングにいるだけなら、クジマは鴻田家の居候。
でも学校まで来ると、新の外の生活にまで入り込んだ存在になる。
だから学校回は、ただの潜入ギャグではない。
クジマが新の家だけでなく、新の学校生活の境界線まで踏み込んでくる回。
そこがシュールで、同時にかなり重要。
忘れ物を取りに行く小さな用事が、クジマの存在によって、家と学校の境目を揺らす事件になる。
第3章 馬マスクとスーツが強すぎる|どう見ても怪しいのになぜか通る
隠すための変装なのに、学校で一番目立つ格好になっている
学校回の最大の見どころは、やっぱり馬マスクとスーツ姿のクジマ。
新はクジマを学校に連れていくため、なんとか目立たない方法を考える。
でもそこで出てくるのが、馬のマスクとスーツ。
普通に考えると、隠すどころか一発で目立つ。
学校の廊下に、馬マスクをかぶったスーツ姿の人物がいる。
この絵面だけで、もうかなり強い。
しかも中身はクジマ。
ただの人間が変装しているわけではない。
言葉を話す謎生物が、さらに馬マスクで顔を隠している。
外側もおかしいし、中身もおかしい。
うおお、情報量が多すぎる。
本来なら、学校は制服、先生、教室、黒板、ロッカー、廊下、階段といった日常の場所。
そこに馬マスクとスーツのクジマが入るだけで、画面の常識が崩れる。
でも新は真剣。
クジマをそのまま連れていけば見つかる。
だから変装させる。
一応、人間っぽく見せようとしている。
その必死さはわかる。
でも結果があまりにも怪しい。
ここが笑える。
新の中では「これなら何とかなるかもしれない」という苦肉の策。
視聴者から見ると「いや、どう見ても無理」という状況。
このズレが学校回のテンポを作っている。
しかも、クジマ自身が変装の意味をどこまで理解しているのかも怪しい。
大人しく歩くべき場面で、余計な動きをしそう。
声を出してはいけない場面で、何か言いそう。
人間のようにふるまう必要があるのに、妙な間で立ち止まりそう。
この危なっかしさがたまらない。
学校という現実的な場所に、説明不能な存在を無理やり置く。
しかも隠し方が馬マスクとスーツ。
それだけで、クジマの日常のシュールさが一番わかる回になっている。
真面目に潜入しているほど、画面の異常さが増していく
学校回が面白いのは、ふざけているようで本人たちはかなり真面目なところ。
新は、冬休みの課題用ワークを取りに来ている。
これは本当に必要な用事。
課題をやらなければいけないし、忘れ物を放っておくわけにもいかない。
だから学校に来ること自体は自然。
でも隣にクジマがいるせいで、全部がおかしくなる。
教室へ向かう廊下。
階段を上る足音。
誰かが来ないか気にする新。
馬マスク姿でついてくるクジマ。
無事に教室へ着けるのかという妙な緊張感。
これがただの忘れ物回収とは思えない。
新は、クジマがバレないように細かく気を配る。
周囲を確認する。
急がせる。
余計なことをしないように見張る。
その姿は、完全に潜入ミッション。
でも目的はワークを取るだけ。
ここが最高にシュール。
大げさな作戦の中身が、冬休みの宿題用ワーク。
学校へ忍び込む理由が、世界の危機でも秘密任務でもなく、ただの忘れ物。
いや、どういうこと。
この小ささが『クジマ歌えば家ほろろ』らしい。
作品の笑いは、大きな事件を大げさに起こすより、日常の小さい用事に変な存在を混ぜることで生まれる。
家の留守番にクジマがいるから焼きそばが事件になる。
こたつにクジマがいるから冬のリビングが事件になる。
学校にクジマがいるから忘れ物回収が潜入劇になる。
この流れがかなり強い。
しかも馬マスクとスーツは、クジマを人間社会へねじ込むための苦肉の策でもある。
本来なら入れない場所へ入る。
見られてはいけない存在を見られないようにする。
新の学校生活と、クジマの居候生活がぶつかる。
その衝突が、あの変装に詰まっている。
笑える。
でも、クジマが新の日常の外側まで入り込んできたこともわかる。
だから馬マスクの場面は、ただの一発ギャグでは終わらない。
クジマという存在を、学校という現実の場所へどう押し込むか。
その無理やり感が、作品のシュールさを一気に引き上げている。
第4章 先生から見たクジマ|普通なら通報案件なのに成立する世界観
帰り際に先生と遭遇することで、学校回の緊張が一気に跳ねる
学校回で一番ヒヤッとするのは、帰り際に先生と遭遇する流れ。
忘れ物を取るだけなら、教室へ行って帰れば終わる。
でも学校には先生がいる。
冬休み中でも、誰かが校内にいる可能性はある。
そこで馬マスクとスーツ姿のクジマが見られたら、普通に大事件になる。
ここで緊張感が一気に上がる。
新からすれば、ただでさえクジマを連れているだけで限界。
廊下を歩くだけでも危ない。
教室へ着くまでにも気を遣う。
そのうえ先生に会ってしまう。
無理。
これは詰んだように見える。
先生から見れば、状況はもっと怖い。
学校の中に、馬マスクをかぶったスーツ姿の不審な人物がいる。
しかも生徒の新と一緒にいる。
何をしているのか説明しにくい。
顔もわからない。
動きも怪しい。
普通なら、かなりまずい。
でも『クジマ歌えば家ほろろ』では、この異常な状況が作品の空気の中で成立してしまう。
ここがすごい。
現実だったら完全にアウト。
学校側が大騒ぎしてもおかしくない。
誰かが通報してもおかしくない。
保護者に連絡が行っても不思議ではない。
でも作品のテンポでは、そこまで重くならない。
先生が困惑する。
新が焦る。
クジマが妙な存在感を出す。
視聴者は「いや、これは無理でしょ」と思いながら笑う。
このギリギリのラインが、学校回の魅力。
クジマの存在は異常なのに、世界が少しだけ受け入れてしまう。
完全に現実寄りではない。
でも家や学校の生活感はちゃんとある。
このズレがクセになる。
先生視点で見ると、クジマは“謎生物”ではなく完全な不審者に見える
視聴者はクジマのことを知っている。
日本のごはんが好きなこと。
ロシアから来たこと。
鴻田家で暮らしていること。
ホームシックになったこと。
こたつで太ったこと。
英の受験前の表情を気にしていたこと。
だから馬マスク姿でも、中身がクジマだとわかっている。
でも先生は違う。
先生から見えるのは、突然校内に現れた怪しい人物だけ。
ここが面白い。
視聴者にとってはクジマ。
新にとっては放っておけない居候。
鴻田家にとっては、すでに生活の一部。
でも学校の先生にとっては、ただの異常事態。
この視点の差が、学校回をかなり面白くしている。
家の中では、クジマがいることに慣れている。
だから少しずつ普通に見えてくる。
でも外の人間から見ると、やっぱりあり得ない。
真琴がクジマを見た時もそうだった。
家族の外から見ると、クジマは説明不能な存在。
学校の先生から見れば、さらに意味がわからない。
しかも場所が学校。
家ならまだ、「家庭内の変な事情」で済むかもしれない。
でも学校は公共性がある。
生徒の安全、校内のルール、先生の責任。
そういうものがある場所に、馬マスクのクジマが立っている。
この場違い感が強すぎる。
でも、その場違い感があるから、クジマのシュールさが一番光る。
クジマは、鴻田家の中では家族に近づいている。
でも学校では、完全に異物。
新の世界に入り込んできた異常な存在。
この二面性がいい。
家では笑える居候。
学校ではどう見ても怪しい存在。
でも新は、そのクジマを置いていけない。
だから先生遭遇の場面は、ただのハプニングでは終わらない。
クジマが外の社会からどう見えるのか。
新がその異物をどう守ろうとしているのか。
そして、作品世界がその異常をどこまで受け入れるのか。
そこが一気に見える場面になっている。
学校回が印象に残るのは、馬マスクの見た目だけではない。
先生という外の視点が入ることで、クジマの異常さと、新との距離が同時に浮かび上がるから。
第5章 真琴や同級生が見たらどう思う?学校社会でのクジマの立ち位置
真琴はクジマを“家族の中の普通”ではなく、外から見た異常として見ている
クジマが学校でどう見られるかを考えるなら、まず真琴の存在がかなり大きい。
真琴は新の幼馴染。
鴻田家の完全な外部ではないけれど、家族ではない。
だからクジマを見たとき、鴻田家の人間とは違う反応になる。
家族は、少しずつ慣れていく。
最初は驚く。
困る。
でも食卓にいて、台所にいて、こたつにいて、年末年始まで一緒に過ごしているうちに、クジマがいる生活を受け入れていく。
でも真琴は違う。
いきなり見れば、ただの異常。
大きい。
しゃべる。
態度も強い。
ロシア語でやり合う。
新が当然のように隣にいることも含めて、かなり理解しにくい。
ここが学校社会でのクジマの見え方にもつながる。
鴻田家の中では、クジマは居候。
新にとっては放っておけない存在。
英にとっては迷惑だけど気になる相手。
みよしと正臣にとっては、困りながらも受け入れている存在。
でも外から見れば、そんな背景は知らない。
学校の同級生が見たら、まず「何あれ?」になる。
先生が見たら、怪しい人物。
真琴のように新の近くにいる人物なら、余計に気になる。
この視点差が面白い。
視聴者は、クジマの事情を少し知っている。
新たちがどうして一緒にいるのかも見てきた。
でも外の人間は、その積み重ねを知らない。
だからクジマは、家の中ではなじみ始めているのに、外ではずっと異物のまま。
うおお、このズレが強い。
学校回の馬マスクとスーツも、まさにそのズレのかたまり。
新は隠そうとしている。
でも外から見れば、余計に目立つ。
鴻田家の事情を知っている側と、知らない側の見え方がまったく違う。
ここがシュールで、かなりおいしい。
同級生から見れば、新まで変な人物に見えてしまう危うさがある
クジマが学校で見つかった場合、問題はクジマだけでは終わらない。
新まで巻き込まれる。
ここがかなり大事。
新は本来、普通の中学生。
冬休みの課題用ワークを忘れて、学校へ取りに行く。
それ自体はよくある話。
少し抜けているくらいで済む。
でも隣に馬マスクとスーツ姿のクジマがいたら、話が変わる。
同級生から見れば、新が何か怪しい人物を連れているように見える。
先生から見れば、どう説明すればいいのかわからない状況。
真琴のように新をよく知る人物なら、新がクジマに振り回されているのか、それとも新自身が妙なことに関わっているのか、判断しにくい。
これ、かなり怖い。
クジマが外へ出ると、新の日常まで変に見られる。
家の中でクジマと暮らすだけなら、家族の問題で済む。
でも学校へ連れていけば、新の学校生活にも影響する。
友達からの見え方、先生からの見え方、クラスでの立ち位置まで揺れかねない。
だから学校回は、笑えるけれど結構危うい。
新はクジマを守ろうとしている。
でも同時に、自分の普通の生活も危険にさらしている。
ここがギリギリ。
クジマがバレないようにする。
先生と遭遇しても何とかごまかす。
廊下を通るだけでも気を張る。
その必死さには、新がクジマを見捨てられない気持ちが出ている。
ただ、学校社会から見れば、クジマは説明不能な存在。
そこで新まで一緒に見られる。
この構図が、クジマの日常をさらにシュールにしている。
大きな事件ではない。
忘れ物を取りに行っただけ。
でも、クジマがいるだけで、新の学校での見られ方まで変わってしまう。
ここが学校回の奥行き。
笑える。
でも少しヒヤッとする。
変装の絵面はおかしいのに、新の立場を考えると普通に危ない。
この温度差が、『クジマ歌えば家ほろろ』らしい。
第6章 実はクジマも少しずつ人間社会に染まっている
ことわざ辞典、焼きそば、電話、学校で、行動範囲が広がっている
クジマは最初から、人間社会に完全になじんでいる存在ではない。
ロシアから来たという謎の生き物。
日本のごはんに惹かれて、新の前に現れる。
鴻田家に入った時点でも、明らかに異物。
でも話が進むほど、クジマの行動範囲は少しずつ広がっていく。
第2話では、留守番中にことわざ辞典を読む。
昼には焼きそばを作ろうとする。
これだけでも、かなり人間の生活へ寄っている。
本を読む。
台所に立つ。
昼食を用意しようとする。
失敗する。
やっていることはめちゃくちゃなのに、行動の種類だけ見ると、かなり暮らしに近い。
第6話では、年末年始に祖父母の家へ行く。
山を散歩し、年越しそばを食べ、餅つきの場にも入る。
新の携帯を借りて、家に残る英へ電話をかける。
ここも大きい。
電話を使う。
親戚の家へ行く。
家族行事に混ざる。
季節の食べ物に触れる。
クジマは、ただ鴻田家のリビングにいるだけではなく、人間の生活の細かい場面を経験している。
そして第7話の学校回。
冬休みのワークを取りに行くため、新と一緒に学校へ向かう。
馬マスクとスーツという強すぎる変装をして、廊下や教室へ入る。
帰り際には先生とも遭遇する。
ここまで来ると、クジマの行動範囲はかなり広い。
家。
台所。
こたつ。
祖父母の家。
山。
電話。
学校。
うおお、冷静に並べるとすごい。
最初はごはん目当てで家へ来た存在が、いつの間にか学校にまで入り込んでいる。
しかも完全に自然ではなく、無理やり。
その無理やり感がまたおいしい。
クジマは人間社会に染まりきっているわけではない。
むしろ、どこへ行っても異物感は残る。
でも、その異物感を抱えたまま、少しずつ行動範囲を広げている。
ここが学校回の見どころになる。
学校回は、クジマが新の生活へさらに入り込んだ証拠になる
学校回が重要なのは、クジマが新の家だけでなく、学校生活の領域へ入ってくるから。
家は、新の家族の場所。
学校は、新が家族から少し離れて過ごす場所。
友達がいて、先生がいて、授業があり、課題があり、新の中学生としての日常がある。
そこにクジマが入る。
これはかなり大きい。
クジマが食卓にいるだけなら、家族の中の問題。
こたつにいるだけなら、鴻田家の冬の出来事。
祖父母の家へ行くのも、家族行事の延長。
でも学校は違う。
新の外側の生活。
同級生からどう見られるか。
先生にどう説明するか。
学校というルールのある場所で、クジマをどう成立させるか。
ここで一気に難度が上がる。
しかも、新はクジマを完全には拒まない。
連れていく。
変装させる。
見つからないように気を配る。
教室まで連れて進む。
先生と遭遇しても、何とかその場を切り抜けようとする。
この行動の中に、新の気持ちが出ている。
クジマは面倒。
危険。
学校に連れて行くべき存在ではない。
でも、置いていけない。
一緒に動いてしまう。
何とか守ろうとしてしまう。
ここが尊い。
学校回は、クジマの成長回でもあり、新とクジマの関係が一段進んだ回でもある。
人間社会に染まるというより、クジマが新の日常へ侵入していく。
そして新のほうも、その侵入を完全には拒まない。
この関係がかなり良い。
家族の中ではなじんできた。
でも学校ではまだ異物。
それでも一緒に行動する。
この中途半端さが、クジマらしい。
完全に受け入れられるわけではない。
完全に拒まれるわけでもない。
説明できないまま、少しずつ人間の生活へ入り込んでいく。
学校回は、その様子が一番わかりやすく出る回。
だから「クジマ歌えば家ほろろ 学校」で気になる人には、馬マスクの面白さだけでなく、クジマが新の外の世界へ踏み込んだ回として伝えたい。
第7章 学校回が人気なのは、笑いと家族感が同時に味わえるから
馬マスクで爆笑するのに、最後は新とクジマの関係が残る
学校回が人気なのは、単純に面白いからだけではない。
もちろん一番最初に来るのは笑い。
冬休みの課題用ワークを取りに行く。
それだけなら数分で終わる話。
でもクジマが同行した瞬間、状況が全部おかしくなる。
馬マスク。
スーツ。
学校の廊下。
教室。
先生との遭遇。
どこを切り取っても異常。
しかも登場人物は大真面目。
新は焦っている。
クジマも隠れているつもり。
学校にいる人たちは普通に過ごしている。
でも視聴者だけが「いや無理でしょ」と思っている。
この温度差が最高。
うおお、学校回が語られるのはここ。
無理やり人間社会へねじ込まれたクジマ。
必死にフォローする新。
その結果として生まれるシュールな絵面。
ギャグとしてかなり完成度が高い。
でも学校回は、そこで終わらない。
見終わったあとに残るのは、新がクジマを守ろうとしていたこと。
忘れ物より先にクジマを気にしていた。
見つからないように考えていた。
先生に会った時も焦っていた。
無事に連れ帰ろうとしていた。
ここがじわじわ効く。
最初のころの新なら、クジマを厄介な存在として見ていた部分も大きかった。
でも学校回の新は違う。
面倒でも一緒に動く。
危なくても放っておけない。
問題が起きそうでも連れていく。
この変化がある。
だから馬マスクの爆笑シーンを見た後で、新とクジマの距離の近さに気づく。
ここが学校回の強さ。
笑える。
でも関係性も進む。
だから人気が出る。
学校回はクジマが“居候”から“日常の一部”になる回でもある
第1話でクジマは突然現れた。
日本のごはんを求めて鴻田家へ来た。
新も家族も困惑した。
英は迷惑そうだった。
みよしも正臣も扱いに困っていた。
その時のクジマは、完全に外から来た存在。
家族ではない。
友達でもない。
ただの居候。
でも話が進むにつれて、少しずつ立場が変わる。
留守番をする。
焼きそばを作る。
真琴と出会う。
ホームシックになる。
こたつに入る。
年越しそばを食べる。
餅つきに参加する。
こうして季節を一緒に過ごしていく。
そして学校回。
ここでクジマは、新の学校生活の近くまで来る。
これが大きい。
学校は新の日常そのもの。
家族がいない時間。
友達と過ごす場所。
勉強する場所。
先生がいる場所。
そこへクジマが入り込む。
つまり学校回は、クジマが新の生活の中心へ近づいた回でもある。
食卓だけではない。
リビングだけでもない。
学校という新の世界にも足を踏み入れた。
だから学校回は印象に残る。
笑いだけなら、こたつ回も強い。
焼きそば回も面白い。
餅を詰まらせる回もかなり笑える。
でも学校回は、クジマと新の関係が見える。
新がどれだけクジマを受け入れているのか。
クジマがどれだけ新の日常へ入り込んでいるのか。
その両方が見える。
だからシュールなのに温かい。
学校の廊下に馬マスクのクジマが立っている。
普通に考えれば意味不明。
でも『クジマ歌えば家ほろろ』では、その意味不明さの中にちゃんと積み重ねがある。
食卓で過ごした時間。
こたつでだらけた時間。
英の受験前の重い空気。
ホームシックで揺れた時間。
その全部を通った後だから、学校での珍騒動もただのギャグでは終わらない。
クジマは変。
どう見てもおかしい。
学校では怪しすぎる。
それでも新は一緒にいる。
そこが尊い。
だから学校回は、シュールさだけで語られる回ではない。
クジマが新の日常へどれだけ入り込み、どれだけ大切な存在になっているかが見える回。
馬マスクで笑って、最後に少し温かくなる。
それが学校回が人気の一番大きなポイントになる。
『死亡遊戯で飯を食う。』の各話解説・数字考察・キャラ関係・デスゲーム考察など記事一覧をまとめています。
幽鬼、御城、萌黄、切り株チーム、キャンドルウッズの記事はこちら。
あなたは映画やドラマを思いっきり楽しみたいですか?
- 「観たい映画があっても、配信サービスごとに探すのが面倒…」
- 「ドラマやアニメを楽しみたいけれど、作品数が少なくてすぐ見終わってしまう…」
- 「マンガや雑誌まで楽しみたいのに、別々に契約するのは大変…」
- 「せっかく登録しても、観たい作品が見つからないことがある…」
- 「休日に何を観るか迷って時間が終わってしまう…」
など、動画配信サービスを利用したいけれど、
自分に合ったサービス選びで悩んでいる方は多くいらっしゃいます。家族や友人に相談しても、
自分に合った作品が見つからず困ってしまうこともありますよね。そんな方に注目されている動画配信サービスが♪
●U-NEXT(ユーネクスト)の魅力
映画・ドラマ・アニメはもちろん、
マンガや雑誌などの電子書籍まで楽しめる
総合エンタメサービスです。幅広いジャンルの作品がそろっており、
話題作から定番作品まで楽しめるため、
さまざまなエンタメをまとめて楽しみたい方に人気があります。さらに、
ライブ配信やスポーツ中継、
韓流ドラマや独占配信作品なども充実しているのが特徴です♪作品数やジャンルの幅広さが魅力のサービスとして、
多くのユーザーに利用されています。31日間無料トライアルを実施しています♪
まずは実際に使ってみて、
自分に合った作品を探してみるのも楽しいと思います。幅広い作品を楽しみたい人には、
使いやすい動画配信サービスですよ♪
●さらに便利なポイントも!
スマホ・タブレット・テレビなど、
さまざまな端末で視聴できるため、
外出先や自宅など、好きな場所で楽しめます♪さらに、
独占配信作品やライブ配信も多数あるため、
いろいろなジャンルを楽しみたい方にも向いています。エンタメ好きの方は、
ぜひチェックしてみてください♪


コメント