『呪術廻戦 第3期』ラストはどの戦いになるの?──“前編12話”の尺から逆算すると、締めは東京第1結界(虎杖vs日車)or東京第2結界(伏黒vsレジィ)が最有力

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3期のラストって、結局どの戦いで止まるんだろう?
東京結界?それともまさか仙台まで行く?──気になってる人、かなり多いはず。
だって今回は「死滅回游 前編」。最初から“途中で終わる”空気を背負ってるのに、どこで区切るかだけが妙に見えない。
もしラスト位置を読み違えると、期待の置き場ごとズレてしまう。
だからこそ今、**尺・構造・感情の止め方**から、いちばん現実的な終点を一度整理してみたい。

この記事を読むとわかること

  • 3期“前編12話”から逆算したラスト候補整理!
  • 東京第1結界(虎杖vs日車)の締まり方予想
  • 東京第2結界(伏黒vsレジィ)で止める怖さ…!
  1. 第1章:結論──3期ラストは「東京結界の決着」で止める形が、いちばん現実的で、いちばん呪術らしい終わり方になると思う
    1. 先に言い切る:死滅回游の最後までは行かない──止めるなら東京結界が一番“しっくり”くる
    2. まとめ:前編ラストに必要なのは「完走」じゃなく“胃に残る節目”
  2. 第2章:そもそも今回って「前編」なんだよね──この一言だけでラスト位置はかなり絞れる
    1. 構造の話:前編と呼ぶ=最初から「今回では終わらない」宣言
    2. まとめ:総集編が挟まる=「ここから先は速度が変わる」サイン
  3. 第3章:虎杖vs日車ラインで止めると何が一番“効く”のか──あの裁判は前編ラストに置くにはあまりにも完成度が高すぎる
    1. 虎杖vs日車は「バトル」じゃなく精神の処刑台──前編ラストに必要な重さが全部そろう
    2. まとめ:情報・感情・システムが一つに束ねられるから“締め”として強すぎる
  4. 第4章:伏黒vsレジィで止める可能性もある──あの“生き残り合戦”は死滅回游の象徴だから
    1. 伏黒サイドで止めるルート:あの戦いは「勝ったのに安心できない」を極めてる
    2. まとめ:伏黒vsレジィは“死滅回游のルールと空気”を一発で象徴できる
  5. 第5章:仙台結界まで行く可能性は本当に低いのか──乙骨ラインを冷静に“尺”で考えると見えてくる現実
    1. 乙骨ラストの魅力は分かる、でも“尺”で見ると現実が冷たい
    2. まとめ:仙台は“前編の締め”じゃなく「後編の目玉」にしたほうが強い
  6. 第6章:制作側の事情も無視できない──区切り方は“物語”だけじゃ決まらない
    1. 外側の現実:スケジュールと密度が、ラストに置ける戦いを絞ってくる
    2. まとめ:東京を守るために“終盤の全力”は東京に集中させる判断が自然
  7. 第7章:じゃあ3期ラストはどんな“終わり方”になるのか──救いゼロのまま心だけ置き去りにされる、あの呪術特有の止め方がたぶん来る
    1. どこで終わるかより“どう切るか”:呪術は場所じゃなく感情で刺して止める

第1章:結論──3期ラストは「東京結界の決着」で止める形が、いちばん現実的で、いちばん呪術らしい終わり方になると思う

先に言い切る:死滅回游の最後までは行かない──止めるなら東京結界が一番“しっくり”くる

先に言い切る。

たぶん3期、
死滅回游の最後までは行かない。

ここ、かなり大事。

期待としてはさ、
「どこまで行くんだろう」「乙骨のあそこまで?」「まさか最終局面まで?」って夢を見るじゃん。

でも現実は、
わりと冷たい。

むしろ冷たいからこそ、
呪術っぽい。

2026年1月に始まった3期は、最初から“死滅回游 前編”って名前を背負ってスタートしてるし、途中で総集編を挟みながら3月末で一区切りの構成になっている時点で、「今回は物語を完走するターンではなく、次に向けて感情をえぐったまま止めるターンなんだな」って空気がもう画面の外から漂ってきていて、その時点で正直ちょっと胃が重くなるし、「あ、これまた途中で放り出されるやつだな」っていう覚悟を静かにさせられる感じ、わかる人にはわかると思う。

で、
死滅回游って原作の時点でめちゃくちゃ長い。

コロニーごとに戦いが分かれて、
東京、仙台、桜島、
全部が並走して進む構造で、
しかもそれぞれに濃いキャラとルールと駆け引きが詰まってるから、アニメ1クールで全部を丁寧にやり切るなんて物理的に無理で、もし無理やり詰め込んだら感情も戦闘も全部が軽くなってしまって、それって一番やっちゃいけないやつなんだよな、この作品に関しては特に。

だから制作側は絶対どこかで止める。

しかも、
ただ止めるんじゃなくて、
“いちばんしんどい位置”で止める。

これが呪術。

渋谷もそうだったじゃん。

完全勝利でも、
完全敗北でもなくて、
ただ心だけ削られたまま終わる、
あの感じ。

で、
今回それをやるならどこか。

答えはかなりシンプルで、
東京結界。

虎杖側の決着か、
伏黒側の一区切りか、
どっちに寄せるかの違いはあっても、
少なくとも“東京の戦いの節目”までは行って、そこで一度呼吸を止める形にするのが、構造的にも感情の落とし所としてもいちばん自然で、しかも次の後編に対する引きとしても強烈に機能するから、ここ以外に前編ラストを置く理由があまり見当たらないんだよな。

逆に言うと、
仙台まで行くとスケールが跳ね上がりすぎる。

あそこはもう、
前編の締めじゃなくて、
“次の章の開幕”なんだよ。

温度が違う。

だから結論。

3期ラストは、
東京結界の決着ライン。

しんどいけど、
多分ここ。

いやほんと、
また胃にくる終わり方になりそうで怖いけど、
でもそれが一番しっくり来るんだよな、この作品の場合。

まとめ:前編ラストに必要なのは「完走」じゃなく“胃に残る節目”

前編って名乗ってる以上、全部を走り切るより「ここから先は戻れない」を刻む位置で止めるのが一番呪術らしい。死滅回游はコロニー並走で物量が異常だから、詰め込めば詰め込むほど軽くなる。軽くなるのが一番まずい作品だから、制作側はどこかで止める。止めるなら、情報の節目と感情の節目が同時に来る“東京結界”が一番自然で、次の後編への引きとしても強烈に効く。

第2章:そもそも今回って「前編」なんだよね──この一言だけでラスト位置はかなり絞れる

構造の話:前編と呼ぶ=最初から「今回では終わらない」宣言

ちょっと落ち着いて整理しよ。

感情の前に、
現実の構造。

ここ無視すると、
予想は全部ズレる。

まず事実として、
3期は“死滅回游 前編”

この呼び方、
かなり意味が重い。

だってこれ、
裏を返せば
「今回では終わらない」って
最初から宣言してるのと同じだから。

しかも放送構成も、
2026年1月スタートで途中に総集編を挟みつつ3月末で一区切りという形になっていて、この時点で制作側がどこかに明確なストップポイントを設定しているのはほぼ確実で、さらに言えば総集編を途中に入れるという判断自体が「ここまでの情報量が多すぎて一度視聴者の呼吸を整えないといけない」というシグナルにも見えて、つまりそれだけ死滅回游編は密度が高くて、全部を一気に駆け抜けるタイプの章ではないってことなんだよな。

実際さ、
見てて思わなかった?

情報量、
多すぎるって。

ルール追加、
ポイント移動、
プレイヤーの思惑、
コロニー間の状況差、
誰が味方で誰が敵かも
毎回揺れる。

「つまり今どうなってる?」って
何回なった?

正直かなりなった。

頭が追いつかない感覚。

でもそれ、
作品としては正解なんだよな。

死滅回游って、
理解不能の不安そのものが
緊張感になってる章だから。

で、
この密度を考えると、
やっぱり1クールで
最後までは無理。

どう削っても無理。

だから重要なのは、
“どこで止めると一番効くか”。

ここだけ。

そして呪術って、
途中停止がうまい。

信じられないくらい
うまい。

視聴者の心を
一番ざわつかせた位置で
平気で終わる。

救いゼロのまま。

でも続きは見たい。

あの感覚。

だから今回も
同じことをやるはず。

で、
その停止位置として
一番機能するのがどこか考えると──

やっぱり東京結界なんだよ。

まだ地獄は続く、
でも一区切り。

勝っても救われない、
でも前に進む。

この温度。

この中途半端さ。

これが
前編ラストとして
完璧すぎる。

うん。

冷静に見ても、
感情で見ても、
やっぱここに落ち着くんだよな。

まとめ:総集編が挟まる=「ここから先は速度が変わる」サイン

途中に総集編を入れるのは、単なる休みではなく“情報の再配置”をするための判断に見える。死滅回游は理解が追いつかないこと自体が緊張になるけど、後半に入るには最低限の地図が要る。だから制作側は「ここまで」を区切れる停止点を必ず用意する。前編と名乗る以上、完走ではなく“盤面が整った瞬間”で止めるのが一番効くし、その条件に一番当てはまるのが東京結界の節目になる。

第3章:虎杖vs日車ラインで止めると何が一番“効く”のか──あの裁判は前編ラストに置くにはあまりにも完成度が高すぎる

虎杖vs日車は「バトル」じゃなく精神の処刑台──前編ラストに必要な重さが全部そろう

正直さ、虎杖vs日車って、ただのバトルじゃないんだよな。

あれ、精神の処刑台みたいなもんじゃん。

渋谷で大量殺戮を止められなかった虎杖が、死滅回游に参加して、「それでも戦う」とか言いながらも本音では自分を赦してないまま歩いてるところに、いきなりあの“領域展開・誅伏賜死”だよ。裁判。証拠提示。判決。反論の余地がほとんどない空気。あの静まり返った法廷の演出、アニメでやられたらマジで胃がキュッてなるやつだろ。

しかもさ、あの回の肝は「有罪か無罪か」じゃないんだよ。虎杖が一瞬でも「自分は死ぬべきだ」って受け入れそうになるところ。あの「俺は人を殺した」という自覚を正面から言葉にする瞬間。あそこ、前編ラストに持ってきたらどうなると思う?

重すぎる。けど、区切れる。

だってさ、日車は最終的に虎杖を殺さない。むしろポイントを譲る。あの「お前はまだ死ぬべきじゃない」みたいなニュアンスの流れ、あれってさ、救いじゃないけど、ほんのわずかな“次に進む理由”なんだよな。救済ゼロの世界で、ギリギリの肯定。

前編ラストに必要なのって、これなんだよ。

完全勝利じゃない。
でも完全絶望でもない。
「まだ終われない」っていう、重たい前向き。

しかも構造的にもめちゃくちゃキレイなんだよ。裁判というルール説明を兼ねた戦闘で、死滅回游の“ゲーム性”を視聴者に叩き込んだうえで、虎杖の感情をえぐり、さらにポイントという物語装置を動かす。情報・感情・システムの三拍子が全部まとまる。

これ、前編のラストに置くには強すぎるカードだろ。

想像してみてほしい。日車戦がクライマックスで、虎杖がボロボロになりながらも立ち上がって、「それでも俺は戦う」って目をして、静かに次のコロニーへ向かうカットで終わる。BGM止まって、余韻もほぼなく、テロップ出る。

キツい。
でも完璧。

しかも戦闘自体は神回確定枠。法廷の静と肉弾戦の動のコントラスト、没収された呪力での殴り合い、日車のハンマーの重さ、あの一撃の“鈍い音”。映像化したら絶対テンション爆上がり。でも勝っても全然スッキリしない。呪術ってそういう作品だろ。

だから俺は思うんだよな。前編の締めに一番“効く”のは、この裁判ラインだって。

まとめ:情報・感情・システムが一つに束ねられるから“締め”として強すぎる

虎杖vs日車は、死滅回游のルール(裁判=ゲーム性)と虎杖の罪悪感(渋谷の後遺症)とポイント(物語装置)を一発で束ねる完成度がある。だから前編ラストに置くと、派手な勝利ではなく「まだ終われない」という重たい前進で区切れる。救いじゃないのに次に進める、そのギリギリの肯定が呪術らしすぎて、視聴者の胃に残る終わり方として機能しすぎる。

第4章:伏黒vsレジィで止める可能性もある──あの“生き残り合戦”は死滅回游の象徴だから

伏黒サイドで止めるルート:あの戦いは「勝ったのに安心できない」を極めてる

たださ、伏黒サイドで止めるパターンも全然ある。

というか、構造的にはこっちもかなり強い。

レジィとの戦いって、単純な強敵バトルじゃないじゃん。あれ、生き残りの頭脳戦だよ。レジィの領収書を媒介にした術式、あのレシートの山をバラ撒いて攻撃してくる感じ、リアルに「どういう理屈!?」ってなるし、伏黒が領域展開を無理やり拡張して、未完成のまま押し切るあのギリギリ感、もう見てるだけで呼吸浅くなるやつ。

しかもさ、伏黒はあそこで“自分の命を天秤にかける”選択をする。自爆覚悟で沈めにいく。あの瞬間、「あ、こいつ本気で死ぬつもりだ」って思わなかった?余裕ゼロ。判断ミス=即死。死滅回游の空気そのもの。

前編ラストに必要なのは、この“余裕ゼロ感”なんだよ。

伏黒は姉を助けるためにゲームに入ってる。だからレジィ戦は、ただのバトルじゃなくて“目的のための通過儀礼”。ここで生き延びるかどうかで、物語の方向が決まる。もしここで区切ったら、「次はどうなるの?」って疑問が爆発する。

しかも映像的にも強い。ビルの崩落、水没、影の中での駆け引き。レジィが「俺は生き残る」って言い切るあのセリフの俗っぽさと、伏黒の静かな殺気の対比。空気が重すぎる。勝っても消耗しか残らない。

想像してみ?レジィを沈めたあと、伏黒がボロボロで水面に浮かび上がるカットで終わる。息荒い。視界ぼやけてる。そこに次の脅威の気配だけ置いてフェードアウト。

無理。
しんどい。
でも見たい。

これが呪術の終わり方。

虎杖ラインで締めるか、伏黒ラインで締めるか。どっちに転んでも、“勝ったのに全然安心できない”って感情だけは残るはずなんだよな。

でさ、これが一番呪術っぽい。

完全な希望も、
完全な絶望も、
くれない。

だからこそ続きが気になって、しんどいのにまた見る。

前編ラストに置くなら、この東京二大戦線のどっちか。ここを越えて仙台まで踏み込むと、もう次の章のテンションに入っちゃうから、区切りとしては少し強すぎる。

だからやっぱり、東京。

ここで止める。

そう考えると、
めちゃくちゃ腑に落ちるんだよな。

まとめ:伏黒vsレジィは“死滅回游のルールと空気”を一発で象徴できる

伏黒vsレジィは、派手な必殺技の応酬というより「生き残るための頭脳と覚悟」のぶつかり合いで、死滅回游の残酷さをそのまま映像にできる。未完成の領域を押し広げるギリギリ、判断ミスが即死になる余裕ゼロ、勝っても何も好転しない消耗だけが残る感じ──ここまで揃うと、前編ラストに必要な“勝ったのに安心できない”を最短距離で作れる。だから虎杖ラインと並んで、東京結界の停止点としてかなり強い。

第5章:仙台結界まで行く可能性は本当に低いのか──乙骨ラインを冷静に“尺”で考えると見えてくる現実

乙骨ラストの魅力は分かる、でも“尺”で見ると現実が冷たい

ここで一回、乙骨の話をちゃんとしよう。

だってさ、
どう考えても人気あるし、
戦闘の派手さも段違いだし、
「ラストは乙骨じゃないの?」って思うの、
めちゃくちゃ自然なんだよ。

実際、原作でも仙台結界は
死滅回游の中でもかなりテンション高い章で、
黒沐死・ドルゥヴ・烏鷺・石流っていう
癖の強すぎる実力者が同時にぶつかり合う、
ほぼ“呪術版バトロワ決勝戦”みたいな密度になってるし、
乙骨の戦い方も、
0巻の頃とは別人レベルで完成されてて、
リカの使い方、術式コピーの応用、近接戦闘の圧、
全部が「特級ってこういうことか…」って
視聴者を黙らせに来る重さなんだよな。

だからこそ、
ここをアニメの区切りにしたくなる気持ちは
すごくわかる。

でも、
ここで一回ブレーキを踏む。

冷静に、
“尺”で見る。

仙台結界ってさ、
導入だけでも情報量がかなり多いんだよ。

プレイヤー配置の説明、
四つ巴の関係性、
それぞれの術式の特性、
戦闘順序の組み立て。

これ全部、
丁寧にやらないと
面白さが成立しないタイプの章なんだよな。

もし仮に、
3期の残り話数で
仙台バトルを最後までやろうとするとどうなるか。

確実に削られる。

駆け足になる。

戦闘の“間”が死ぬ。

これ、
一番やっちゃいけないやつ。

乙骨の強さって、
瞬間火力だけじゃなくて、
状況判断と持久戦の組み立てにあるから、
そこを短縮したら魅力が半減どころじゃない。

つまり何が言いたいかというと、
仙台をラストに置くには、
時間が足りなさすぎる。

逆に言えば、
ここは後編の目玉として
温存するのが一番きれい。

前編で東京を越えて、
「次は特級の戦場だ」ってところで止める。

これ、
めちゃくちゃ続き見たくなる配置なんだよな。

だから結論としては、
乙骨ラストは魅力的だけど、
構造的にはかなり薄い。

むしろ“行かないからこそ次が強くなる”

このほうが、
呪術の作りとして
しっくり来る。

まとめ:仙台は“前編の締め”じゃなく「後編の目玉」にしたほうが強い

仙台結界は密度が高すぎて、導入の理解と戦闘の組み立てを丁寧にやらないと魅力が崩れる。無理に前編に押し込めば、削られて駆け足になって“間”が死ぬ。乙骨の強さは一発の派手さだけじゃなく、状況判断と持久戦の重さにあるから、そこを短縮するのは致命的。だから現実的には「ここは後編で全力を出す」配置が一番きれいで、前編は東京で止めて“次は特級の戦場”を匂わせるほうが続きへの引きが強くなる。

第6章:制作側の事情も無視できない──区切り方は“物語”だけじゃ決まらない

外側の現実:スケジュールと密度が、ラストに置ける戦いを絞ってくる

ここからは、
ちょっと視点を変える。

作品の中じゃなくて、
外側。

つまり制作。

アニメってさ、
当然だけど
原作の流れだけで終わり位置が決まるわけじゃない。

スケジュール、
スタッフ体制、
放送枠、
配信契約、
全部絡む。

特に呪術レベルの大型タイトルになると、
1クールの区切り方って
かなり戦略的に決められる。

途中総集編が入ったのも、
単純な休憩だけじゃなくて、
制作進行を守る意味合いが大きいはずで、
それって裏を返せば
“後半の作画密度を落とさないための調整”なんだよな。

で、
作画密度を守るってことはつまり、
終盤に置く戦闘は
“本当に見せたい戦い”に絞られる。

ここ重要。

もし仙台まで突っ込むなら、
当然そこに全力を出さなきゃいけない。

でもそれをやると、
東京結界のクオリティが落ちる。

どっち取る?

普通に考えて、
物語の導入でもあり
感情の核でもある東京を優先するよな。

さらに言うと、
前編・後編で分ける構造にするなら、
前編ラストは
「一区切り+次への巨大な引き」
この両立が必要になる。

完全決着だと弱い。
中途半端すぎても弱い。

このバランスを一番きれいに満たすのが、
やっぱり東京結界なんだよ。

虎杖はまだ救われない。
伏黒もまだ終わらない。
でも戦いは一つ越える。

この状態で止めると、
視聴者の感情はどうなるか。

しんどい。
モヤモヤする。
でも次を待つしかない。

完璧。

悔しいけど、
完璧なんだよな。

だから物語だけ見ても、
制作事情まで含めて見ても、
やっぱり行き着く先は同じ。

3期前編のラストは、
東京結界ライン。

ここで止めるのが、
いちばん強くて、
いちばん残酷で、
いちばん“呪術廻戦らしい”終わり方になると思う。

まとめ:東京を守るために“終盤の全力”は東京に集中させる判断が自然

大型タイトルほど終盤の作画密度と演出密度を落とさないために、戦いの配置は戦略になる。総集編を挟む判断も、視聴者の呼吸だけじゃなく制作進行を守る意味があるはずで、その前提なら終盤の全力は“前編の核”に集めたい。仙台まで行けば当然そこに力を割かれる。すると東京が薄くなる。死滅回游の導入であり感情の核である東京を薄くするのは一番やりたくない。だから物語の都合だけじゃなく、外側の現実で見ても「前編は東京で止める」が一番しっくり来る。

第7章:じゃあ3期ラストはどんな“終わり方”になるのか──救いゼロのまま心だけ置き去りにされる、あの呪術特有の止め方がたぶん来る

どこで終わるかより“どう切るか”:呪術は場所じゃなく感情で刺して止める

ここまで考えてくるとさ、
もう気になってくるのは一つだけなんだよ。

どこで終わるか、じゃない。

どう終わるか。

これ。

むしろこっちのほうが
ずっと重要。

だって呪術って、
場所より“感情の切り方”の作品じゃん。

渋谷事変のラスト、
思い出してみてほしい。

勝ったとか負けたとか、
もうそういう話じゃなかった。

ただ、
心だけボロボロに削られて、
状況は何一つ解決してなくて、
でも時間だけが進んで、
次に行くしかない空気だけ残る。

あの、
どうしようもない静けさ。

エンディング流れてるのに
全然休めない感じ。

むしろ
ダメージ遅れて来るやつ。

あれ。

でさ、
死滅回游前編も
絶対あの系統なんだよな。

スカッと終わる未来、
マジで見えない。

もし東京結界で区切るなら、
終わり方はかなり想像できる。

虎杖が立ってる。

でも救われてない。

日車に肯定されたとしても、
罪は消えてない。

むしろ
「それでも生きろ」って言われるほうが
きついまである。

で、
伏黒もボロボロ。

レジィ倒しても
状況は全然好転してない。

姉もまだ遠い。

敵は山ほどいる。

ここでさ、
完全勝利の空気なんて
絶対入らないんだよ。

だからラストカットはたぶん、
静か。

めちゃくちゃ静か。

派手な勝利演出じゃなくて、
呼吸だけ聞こえる感じの
引きの画。

視界ぼやけてるとか、
夕方の色とか、
そういう温度。

で、
次の脅威を
ほんの少しだけ匂わせる。

「あ、まだ地獄続くわ」
ってわかる程度に。

ここで終わり。

うわ……
想像しただけで
しんどいな。

でもさ、
これなんだよ。

これが
呪術廻戦。

優しくない。

達成感も
カタルシスも
ほぼくれない。

でも、
目は離せない。

なんでかっていうと、
キャラがまだ折れてないから。

世界がどれだけ地獄でも、
完全には諦めてないから。

その“ギリギリ”だけで
物語を引っ張る。

残酷だけど、
めちゃくちゃ強い構造。

だから3期前編ラストも、
きっと同じ。

問題は解決しない。

救いも来ない。

ただ、
次に進むしかない状態だけ残して、
静かに終わる。

でさ、
その瞬間たぶん思うんだよ。

「続きいつだよ……」

「ここで終わるの無理だろ……」

「しんどいけど見るしかない……」

この感情を
視聴者全員に残せたら、
前編としては
完全勝利なんだよな。

悔しいけど。

ほんと悔しいけど、
たぶん今回も
そこまで計算されてる。

だからもう覚悟しとこ。

3期ラスト、
スッキリはしない。

むしろ
モヤモヤ最大値で終わる。

でも――

その終わり方が
いちばん続き見たくなる終わり方だって、
俺たちはもう知ってる。

……しんどい作品だよな、
ほんと。

この記事のまとめ

  • 3期は「死滅回游 前編」=完走しない前提の区切り
  • 前編12話想定なら、ラストは東京結界が最有力
  • 虎杖vs日車は「裁判+感情えぐり」で締め向き
  • 伏黒vsレジィは「余裕ゼロの生存戦」で止めやすい
  • どっちでも“勝ったのに安心できない”が残る怖さ
  • 仙台(乙骨)まで行くには導入だけでも尺が重すぎる
  • 総集編を挟む構成=終盤の戦闘を絞る意図が見える
  • 前編ラストは「一区切り+次への地獄引き」が条件
  • 終わり方は静かに置き去り──「続きいつ!?」で締まる

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