【東島丹三郎は仮面ライダーになりたい】なぜ東島は“ごっこ”にこだわるのか|40歳でもやめられない理由が痛いほどわかる

【東島丹三郎】
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これ、東島が“ごっこ”にそこまでこだわるのって、ほんとにただ子どもっぽさが抜けないからなのか?

大人になっても昔好きだったものを引きずる気持ち、ちょっとわかるんだよね。捨てたはずなのに、心のどこかでまだ終わってない感じ。でも東島の場合は、その熱がちょっと異様なくらい重い。グッズを全部手放しても終われないし、お面を買って名乗るところまで行く。ここまで来ると、懐かしさとか趣味とか、そういう言葉では済まないんじゃないかと思えてくる。東島の“ごっこ”がどこから遊びじゃなくなるのか、その境目を見ていくと、この人のしんどさと熱さがかなり見えてくる。

この記事を読むとわかること

  • グッズを売っても消えなかった、東島の執念の芯!
  • お面を買って名乗る瞬間に出る、必死すぎる本音
  • “ごっこ”が街の危機へつながる、現在地の熱さ
  1. 第1章:結論──東島が“ごっこ”にこだわるのは、遊びたいからじゃない。仮面ライダーになりたかった自分を、どうしても見捨てられないから
    1. 40歳でグッズを全部手放しても、東島の中ではまだ終わっていなかった
    2. それでもショッカーのニュース一発で火が戻る。つまり“ごっこ”じゃなく、東島の生き方そのものなんだよね
  2. 第2章:夢を畳もうとした夜──グッズを売ったあとでも、東島の中の仮面ライダーは死んでいなかった
    1. グッズを売る場面が重い。ただの片づけじゃなく、自分の人生を切るみたいな痛さがある
    2. 夏祭りでショッカー強盗に遭遇した瞬間、東島は“やめたはずの自分”へ戻るんじゃなく、“本当の自分”へ戻ってしまう
  3. 第3章:お面を買って名乗る瞬間──東島は“本物じゃない”からこそ逃げない。だから“ごっこ”がただの真似で終わらない
    1. 変身ベルトじゃなく、祭りの出店のお面を選ぶ。この時点で東島の必死さが全部出てる
    2. “名乗る”のが先なのも重要なんだよ。東島は勝ってから仮面ライダーになるんじゃなく、名乗ってから殴りに行く
  4. 第4章:“ごっこ”は逃避じゃない──ショッカーが出た時、東島は本当に前へ出る。だから熱が嘘にならない
    1. 東島の厄介なところは、語るだけじゃなく現場へ走るところ。そこが一番ごまかせない
    2. 第5話でも東島は返り討ちにしている。つまり東島の“ごっこ”は一回の奇跡じゃなく、危険のたびに繰り返される行動なんだよ
  5. 第5章:同じように本気な大人が周りにいる──東島の“ごっこ”は一人遊びじゃない。同じ熱を抱えた大人たちがいるから、余計に本気がむき出しになる
    1. ユリコ、一葉、三葉。みんな別のライダーを背負ってるのに、東島と同じように“人生の真ん中”へ置いてしまっている
    2. だから東島の“ごっこ”は笑われるだけで終わらない。周りの本気が、東島の本気まで本物に見せてしまう
  6. 第6章:それでも東島が特別に見える理由──一回手放して、それでも戻ってしまったから、この人の“ごっこ”は他の誰よりも痛々しくて熱い
    1. ユリコも一葉も三葉も最初から熱い。でも東島には“やめようとした過去”がある。この差がめちゃくちゃデカい
    2. 東島の“ごっこ”は、好きだから続けているだけじゃない。手放したら自分が空っぽになると知ってしまっているから、戻るしかない
  7. 第7章:最新局面──東島の“ごっこ”はもう個人の夢じゃない。仲間を動かし、街ごと飲み込む危機へ立ち向かう戦いになっている
    1. 最初は祭りの一角だった。でも今は“増員計画”を止める側へいる。この広がりが東島の変化をいちばん物語っている
    2. “ごっこ”なのに人を動かす。そこまで来ると東島が守っているのは夢じゃなく、現実そのものなんだよね

第1章:結論──東島が“ごっこ”にこだわるのは、遊びたいからじゃない。仮面ライダーになりたかった自分を、どうしても見捨てられないから

40歳でグッズを全部手放しても、東島の中ではまだ終わっていなかった

最初に結論から言うと、
東島が“ごっこ”にこだわるのって、
子どもっぽい遊びを引きずってるからじゃないんだよ。

もっと重い。

もっと痛い。

東島にとって仮面ライダーって、
好きな番組とか、
昔ハマった趣味とか、
そういう軽い位置じゃない。
人生そのものなんだよね。

バイトで稼いでは山にこもって身体を鍛える。
熊とも互角に戦えるくらい鍛え続ける。
しかも、いつか自分がショッカーに改造されることまで夢見ていた男だよ。
ここ、もうだいぶ熱いし、だいぶ危うい。

でも東島は、
その熱をただ抱えたまま年を取っただけじゃない。
40歳になって、
急に現実が刺さる。

自分が孤独死したあと、
大事に集めた仮面ライダーグッズが、
誰にも意味をわかってもらえず、
無造作にゴミ袋へ入れられて片づけられていく。

この想像、
かなりキツいんだよ。

好きなものを笑われるとか、
大人になっても卒業できない自分が情けないとか、
そういうレベルじゃない。
自分が大事にしてきた人生の時間ごと、
全部ゴミになる感じがある。

だから東島は、
自分の手で全部売る。

ここがデカい。

東島って、
最初から「絶対あきらめない!」って突っ走るだけの男じゃないんだよ。
ちゃんと一回、折れそうになる。
ちゃんと一回、畳もうとする。
ここがあるから、東島の“ごっこ”って笑い話で終わらない。

だって惰性なら、
ここまで痛くならないから。

それでもショッカーのニュース一発で火が戻る。つまり“ごっこ”じゃなく、東島の生き方そのものなんだよね

で、
全部手放したあとに飛び込んでくるのが、
「ショッカー現る」のニュースなんだよ。

ここ、
めちゃくちゃ大事。

東島はもう終わらせたつもりだった。
もう夢を畳んだつもりだった。
でも、
ショッカーの気配が現実に出た瞬間、
心の奥の火が一気に戻る。

これってつまり、
東島の“ごっこ”は暇つぶしじゃないってことなんだよね。

本当に終わった趣味なら、
ニュースを見ても
「懐かしいな」
で終わる。

でも東島は終わらない。

身体が前へ出る。
目が変わる。
空気が変わる。

そのあと夏祭りへ足を運んで、
ショッカーを模した強盗に遭遇した瞬間、
東島は出店で仮面ライダー1号のお面を買う。

この場面、
めちゃくちゃ象徴的なんだよ。

本物の変身ベルトなんてない。
本当に改造人間になれるわけでもない。
でも東島は、
「本物じゃないからやめる」んじゃない。

お面でもいい。
名乗りでもいい。
形が借り物でもいい。

それでも、
その瞬間に自分が前へ出るための形として、
仮面ライダーを選ぶ。

ここが東島の“ごっこ”の核心だと思う。

東島にとって“ごっこ”って、
本物になれなかった人間の妥協じゃないんだよ。
現実の中で、
それでも仮面ライダーとして立つための最低限の形なんだよね。

だから、
お面をかぶって名乗る行為が軽く見えない。

むしろ必死。

泥くさい。
痛々しい。
でもめちゃくちゃまっすぐ。

東島は、
変身できないから諦める男じゃない。
変身できなくても、
仮面ライダーとして前へ出る男なんだよ。

だから“ごっこ”に見えても、
本人の中では全然ごっこじゃない。

そこがたまらなく熱いし、
同時にちょっと胸がキュッとする。

東島がこだわってるのは、
仮面ライダーの真似そのものじゃない。
仮面ライダーになりたかった自分を、
ここで見捨てたら本当に終わる、
ってところなんだよね。

だからやめられない。
だからお面でも名乗る。
だから40歳でも前へ出る。

このしつこさ、
この執念、
このダサかっこよさが、
東島の“ごっこ”なんだと思う。

第2章:夢を畳もうとした夜──グッズを売ったあとでも、東島の中の仮面ライダーは死んでいなかった

グッズを売る場面が重い。ただの片づけじゃなく、自分の人生を切るみたいな痛さがある

東島の“ごっこ”がなんでこんなに刺さるかって、
やっぱり一回ちゃんと終わらせようとしてるからなんだよ。

ここ、かなり重要。

仮面ライダーが好きです、
大人になっても好きです、
それだけならまだ微笑ましく見えるじゃん。

でも東島は、
そこからさらに踏み込んでる。

仮面ライダーになるために身体を鍛え、
山にこもり、
人生の真ん中にその夢を置いてきた。
そのうえで40歳になって、
急に「このままでいいのか」が来る。

しかも来方がエグい。

自分が死んだあと、
部屋に残されたライダーグッズが、
価値もわからない誰かの手で、
ただの遺品みたいに処理されていく。

これ、
東島にとっては物の話じゃないんだよね。

そこに詰まってるのは、
子どもの頃からの憧れで、
鍛えた時間で、
信じ続けた熱で、
「俺はこうなりたかった」っていう人生そのものなんだよ。

だから全部売るのって、
ただの断捨離じゃない。

夢との縁を切る行為なんだよ。

ここがもうしんどい。

しかも東島って、
売る時に達観してる感じじゃないんだよね。
吹っ切れた大人みたいに静かに片づける感じじゃない。
たぶん心の中では全然納得してない。
でも現実が痛すぎて、
いったん手放すしかないところまで来てる。

この不器用さ、
めちゃくちゃ東島らしい。

きれいに卒業できない。
納得して次へ行けない。
でも苦しくて、
いったん手放す。

だから東島の“ごっこ”って、
ただ続けてきた執着じゃなくて、
一回自分で壊そうとした執着なんだよね。
それでも残るから重い。

夏祭りでショッカー強盗に遭遇した瞬間、東島は“やめたはずの自分”へ戻るんじゃなく、“本当の自分”へ戻ってしまう

で、
その失意の中で東島が足を運ぶのが夏祭り。

この流れ、うまいんだよな。

祭りって、
本来なら明るい場所じゃん。
屋台が並んで、
人がいて、
笑い声があって、
子どもがお面を見てはしゃぐような場所。
でも東島の中身は、
その時かなりボロボロなはずなんだよ。

仮面ライダーを手放した直後だから。

その状態で、
ショッカーを模した強盗に遭遇する。

ここ、
もう運命みたいに見えるんだよね。

いや、
そんなところで来るのかよってなる。
よりによって、
仮面ライダーの象徴みたいな夏祭りの空気の中で、
ショッカー側の記号を背負った敵が現れる。

そりゃ東島、
反応するよ。

だって、
捨てたつもりの夢が、
目の前から「終わってないぞ」って殴り返してきたようなもんだから。

そこで東島は、
出店で仮面ライダー1号のお面を買う。

この行動、
ほんと好きなんだよな。

高性能な装備じゃない。
変身ベルトでもない。
ただのお面。

でも東島にとっては、
それで十分なんだよ。

いや、
十分じゃないはずなんだよ本当は。
本物の仮面ライダーになりたいんだから。
でもそれでも、
今この現実で前へ出るためには、
そのお面こそが必要だった。

ここが熱い。

東島は、
本物じゃないことをわかったうえで、
それでも仮面ライダーを名乗る。

つまり東島の“ごっこ”って、
現実逃避じゃないんだよ。

現実が目の前にあるからこそ、
仮面ライダーという形を借りて立ち向かう行為なんだよね。

しかも東島って、
お面をかぶった瞬間に満足するんじゃない。
ちゃんと悪に向かっていく。
ちゃんと立ち向かう。
ちゃんと殴る。

ここがデカい。

口だけなら、
まだ“ごっこ”で終わる。
でも東島は、
本当に危険が来た時、
その形のまま前へ出る。

だから重い。
だから笑えない。
だから熱い。

東島が“ごっこ”にこだわるのは、
仮面ライダーの雰囲気を味わいたいからじゃない。
現実の中で正義の側に立つために、
自分が信じられる形がそれしかないからなんだよ。

それってたぶん、
すごく不器用だし、
かなり青臭い。
大人の生き方としては、
だいぶ危なっかしい。

でも、
そこまでしないと守れない自分がいる。
そこまでしないと前へ出られない瞬間がある。

東島はそれを知ってるから、
一回手放しても戻ってしまう。

いや、
戻るって言い方もちょっと違うかもな。

夏祭りでショッカー強盗に遭遇した瞬間、
東島は“やめたはずの自分”に戻ったんじゃない。
ずっと消えてなかった、
本当の自分がまた前へ出てきたんだと思う。

そこがしんどいし、
そこがたまらなく熱いんだよね。

第3章:お面を買って名乗る瞬間──東島は“本物じゃない”からこそ逃げない。だから“ごっこ”がただの真似で終わらない

変身ベルトじゃなく、祭りの出店のお面を選ぶ。この時点で東島の必死さが全部出てる

ここ、東島の“ごっこ”の核心なんだよね。

夏祭りの会場で、ショッカーを模した強盗が暴れ出す。
さっきまで東島は、仮面ライダーグッズを全部手放して、かなりボロボロの状態だった。
夢を畳もうとして、現実に負けかけて、もう終わりにしようとしてた。

なのに、そこで目の前に出てくるのが“ショッカー”なんだよ。

いや、そんなタイミングある?ってなる。
よりによって祭り。
よりによって出店。
よりによって、子どもが買うようなお面が並んでる場所。

そこで東島が手に取るのが、仮面ライダー1号のお面なんだよね。

ここがめちゃくちゃ大事。

東島は、本物の変身ベルトを持ってるわけじゃない。
改造人間にもなれない。
現実には、ただの40歳の男。
それも、さっきまで夢を捨てようとしてた男。

でも、東島はそこで
「本物じゃないから無理だ」
とは言わない。

「じゃあせめて、この形で立つ」
を選ぶ。

この差、かなりデカい。

お面って、どう見ても“ごっこ”の象徴じゃん。
子どもがかぶるものだし、見た目だけ借りるものだし、言ってしまえばいちばん簡単な仮面ライダーの形でもある。
でも東島にとっては違うんだよ。

あのお面は、妥協じゃない。
逃げないための最後の形なんだよね。

変身できなくても、名乗る。
本物じゃなくても、前に出る。
そのために、お面をかぶる。

ここがもう熱い。
めちゃくちゃ不器用。
めちゃくちゃ青臭い。
でも、この人それしかできないんだなってわかるから、変に笑えない。

しかも東島って、お面を買っただけで満足しないんだよ。
かぶって終わりじゃない。
ポーズだけ取って終わりでもない。
ちゃんと名乗る。

「仮面ライダー」って。

これがまたデカい。

本物の資格があるかどうかじゃない。
変身できるかどうかでもない。
今この場で、悪の前に立つ自分が何者か。
それを東島は“仮面ライダー”と呼ぶわけだよ。

だから東島の“ごっこ”って、
外から見れば真似事でも、
本人の中では全然軽くない。

お面をかぶることで、自分をごまかしてるんじゃない。
お面をかぶらないと、自分が前へ出られないくらい切羽詰まってるんだよね。

そこが痛いし、
そこがたまらなく熱い。

“名乗る”のが先なのも重要なんだよ。東島は勝ってから仮面ライダーになるんじゃなく、名乗ってから殴りに行く

ここでさらにいいのが、東島の順番なんだわ。

東島って、
敵を倒してから
「俺は仮面ライダーだったんだ」
ってなるタイプじゃない。

先に名乗る。

先に仮面ライダーになる。

そのうえで殴りに行く。

これ、かなり重要なんだよね。

だって普通は逆じゃん。
何かすごいことができたから、ヒーロー扱いされる。
助けたから、認められる。
でも東島はそうじゃない。

まだ何も終わってない段階で、
まだ強盗を止め切ってない段階で、
先に“仮面ライダー”を名乗る。

つまり東島にとって“ごっこ”って、
結果が出た後の飾りじゃない。
戦う前に自分を奮い立たせるための本気の儀式なんだよ。

ここ、めちゃくちゃ好きなんだよな。

東島は、仮面ライダーになれたから戦うんじゃない。
戦うために仮面ライダーを名乗る。

だから重い。

しかも、それってかなり危ないやり方でもある。
だって名乗った以上、引けないから。
中途半端に逃げたら終わりだから。
笑われても、弱くても、痛くても、そのまま前へ行くしかない。

東島って、そこまで自分を追い込んでるんだよね。

“ごっこ”って言葉だけ聞くと、どうしても安全地帯の遊びに見える。
でも東島の“ごっこ”は逆。
名乗った瞬間に、安全地帯から出るためのものなんだよ。

だからあのお面の場面って、
ただの名シーンじゃない。
東島が「本物じゃない自分」で、それでも悪の前に立つ覚悟を決めた瞬間なんだわ。

変身できない。
改造もされてない。
ただの人間。
でも、それでも仮面ライダーを名乗る。

この無茶苦茶さ、
この必死さ、
このダサかっこよさが、
東島の“ごっこ”をただの真似事で終わらせない理由なんだと思う。

第4章:“ごっこ”は逃避じゃない──ショッカーが出た時、東島は本当に前へ出る。だから熱が嘘にならない

東島の厄介なところは、語るだけじゃなく現場へ走るところ。そこが一番ごまかせない

東島って、もし口だけだったら、たぶんここまで刺さらないんだよね。

仮面ライダーが好きです。
昔から憧れてます。
グッズ集めてます。
鍛えてます。

ここまでなら、まだ“痛い大人”で済む。
でも東島は、危険が来た時に本当に前へ出る。

そこがデカい。

第1話でもそう。
グッズを全部手放して、夢を畳もうとしてた直後なのに、「ショッカー現る」のニュースを見たら止まれない。
しかもそれがただの懐かしさじゃない。
本当に身体が動く。
祭りで強盗が出た時も、逃げる人たちの流れに乗らない。

いや普通は逃げるって。
刃物持ってる相手だし、こっちは変身もできないし、勝てる保証なんてどこにもない。
でも東島は、お面を買って、名乗って、突っ込む。

ここが東島のいちばんヤバいところで、いちばん信じられるところでもある。

“ごっこ”って、普通は現実から少し離れたところでやるものじゃん。
でも東島は逆なんだよ。
現実が来た時にこそ、“ごっこ”の形で立ち向かう。

つまり東島にとっての“ごっこ”は、逃避じゃない。
現実に踏み込むためのスイッチなんだよね。

この差、ほんと大きい。

しかも第2話を見ると、その行動は東島一人の中だけで完結してない。
東島が倒したショッカー強盗のニュースを見て、ユリコが「先を越された」と悔しがる。
ここ、かなり象徴的なんだよ。

東島の行動って、
ただの一人芝居じゃないんだわ。
ちゃんと現実に痕跡を残してる。
ニュースになる。
人を動かす。
同じ熱を持った人間を刺激する。

だから東島の“ごっこ”って、
見た目は個人的でも、
中身はちゃんと現実へ届いてるんだよね。

第5話でも東島は返り討ちにしている。つまり東島の“ごっこ”は一回の奇跡じゃなく、危険のたびに繰り返される行動なんだよ

で、ここをさらに強くしてるのが第5話なんだわ。

ユカリスの伝令で集まったショッカー戦闘員が、東島たちに襲いかかる。
数で来る。
囲んでくる。
いかにも戦闘員らしい嫌な出方をしてくる。

でも東島はここでも下がらない。

ユリコ、一葉と一緒に、戦闘員たちを返り討ちにする。

これ、かなり重要なんだよね。

もし東島の“ごっこ”が、第1話の祭りだけの一回きりの暴走なら、
まだ「テンション上がっちゃったんだな」で済ませられる。
でも違う。
危険が来るたび、東島はまた前へ出る。

一回だけじゃない。
繰り返す。

ここに東島の執念が出てる。

しかも第5話って、
もう最初の“夢が現実になった!”みたいな高揚だけでは動けない段階なんだよね。
戦闘員も集団だし、周囲の人間関係もややこしいし、状況はずっと重い。
それでも東島はやる。

つまり東島の“ごっこ”って、
夢に酔ってるだけの時間じゃないんだわ。

現実が重くなっても、
敵が増えても、
笑えない空気になっても、
それでもまだ仮面ライダーの側へ立とうとする。

これ、かなりしんどいし、
かなり熱い。

東島って、正直かなり痛々しい。
40歳で、まだそこにこだわるのかよって気持ちも出る。
でも、その痛々しさごと現場へ持っていくから、ごまかしが利かないんだよね。

安全な場所で理想を語るだけなら、いくらでもカッコつけられる。
でも東島は違う。
危ない場所で、自分の理想の形を使う。
そのせいで余計に不格好になる。
でも、だからこそ嘘じゃない。

東島が“ごっこ”にこだわるのは、
仮面ライダーの空気を味わいたいからじゃない。
現実で悪が出た時、逃げる自分でいたくないからなんだよ。

その時、自分を前へ押し出せる形が“仮面ライダーごっこ”しかない。
だから名乗る。
だから殴る。
だから繰り返す。

ここまで来ると、
もう東島の“ごっこ”って、
子どもの遊びの延長じゃない。

不器用な大人が、
現実の中で正義の側へ立つために、
どうしても手放せなかった生き方なんだよね。

第5章:同じように本気な大人が周りにいる──東島の“ごっこ”は一人遊びじゃない。同じ熱を抱えた大人たちがいるから、余計に本気がむき出しになる

ユリコ、一葉、三葉。みんな別のライダーを背負ってるのに、東島と同じように“人生の真ん中”へ置いてしまっている

ここ、かなり大事なんだよね。

東島だけ見てると、
どうしても
「40歳になっても仮面ライダーごっこをやめられない男」
って見え方になりやすいじゃん。

もちろん、それ自体は間違ってない。
実際、かなり痛々しい。
かなりしつこい。
かなり青臭い。

でもこの作品って、
東島だけがおかしいわけじゃないんだよ。

周りにもちゃんと、
同じ方向に狂ってる大人がいる。

そこがめちゃくちゃ効いてる。

まずユリコ。

高校教師で、
普段はクール。
でも電波人間タックルの話になると一気に熱が噴き出す。
しかもただ好きなだけじゃない。
幼少期に『ストロンガー』と出会って、
タックルの死をきっかけに
「自分がタックルになる」
って覚悟まで決めてる。

いや、重いんだよ。

好きなキャラに憧れる、
だけならよくある。
でもユリコは、
その好きだった存在の最期を自分の中で受け止めて、
じゃあ今度は自分がその場所へ行く、
って決めてるわけでしょ。

これ、
東島とかなり近いんだよね。

東島も、
仮面ライダーが好き、
で終わってない。
自分がそっち側へ行こうとしてる。

つまりこの作品の大人たちって、
みんな「好きだった」で止まらないんだわ。
人生の中心へ持っていってる。

で、一葉。

こいつがまた濃い。

一葉はV3を信じて疑わない男で、
しかも「自分の魂がV3だから」って、
変身のための道具すら必要としない。
あらゆる格闘技を習得して、
その身ひとつで戦う。

ここ、
かなりヤバい。

普通なら
「いやいや、そこはベルトとか欲しいだろ」
ってなるのに、
一葉は違う。
もう内側からV3なんだよ。

東島がお面を買って名乗る男だとしたら、
一葉は道具すら飛び越えて、
自分そのものをV3として押し通す男。
方向は違うけど、
熱の濃さは同じ。

しかも三葉もいる。

ライダーマンが一番熱い、
って本気で豪語して、
普段はファミレス店長をしながら、
戦う時は装着したアームと合気道ベースの格闘で敵を翻弄する。

ここもいいんだよね。

三葉って、
東島や一葉ほど前のめりに見えない瞬間もあるけど、
ちゃんと“自分のライダー”を持ってる。
しかもその熱を、
ちゃんと実戦の形に落としてる。

つまり何が言いたいかっていうと、
この作品の大人たち、
みんな“ごっこ”を軽く扱ってないんだよ。

東島だけが昔の夢にしがみついてるんじゃない。
ユリコも、
一葉も、
三葉も、
それぞれ別のライダーを人生に背負って、
大人になってしまってる。

これがめちゃくちゃ大きい。

だって東島が一人だったら、
まだ「かわいそうな執着」で終わるかもしれないじゃん。
でも周りにも同じ温度の人間がいると、
それは単なる異常じゃなくて、
“あの時好きだったものを、本気で手放せなかった人たちの生き方”
として見えてくるんだよね。

だから東島の“ごっこ”は笑われるだけで終わらない。周りの本気が、東島の本気まで本物に見せてしまう

しかもさ、
この3人がいることで、
東島の“ごっこ”って余計にごまかせなくなるんだよ。

東島一人だけなら、
お面をかぶって名乗る行為は、
まだどこか一人芝居っぽくも見える。
でも周りにユリコ、一葉、三葉みたいな連中がいると、
「この世界では、その熱で前へ出る大人が他にもいる」
って空気になる。

すると東島の行動が、
急に浮かなくなるんだよね。

いや、
浮いてはいるんだよ。
全員だいぶ浮いてる。
でも、その浮き方が作品の中ではちゃんと地に足がついてる。

例えばユリコは、
ショッカー襲来のニュースを見て動く。
一葉は、
魂がV3だから変身は要らないと言い切る。
三葉は、
ライダーマン愛を実際の戦闘スタイルにまで落とし込む。

これ、
口だけじゃないんだよ。

全員、
好きなライダーを
現実の中でどう生きるかまで考えてる。

東島も同じ。

夏祭りでお面を買ったのも、
見た目を借りたかっただけじゃない。
その形でしか前へ出られなかったから。
その形なら自分を仮面ライダー側へ置けたから。

で、
周りも同じように
それぞれの形で自分をライダー側へ置いてる。

だから東島の“ごっこ”って、
一人だけの痛い執着じゃなく、
“好きだったヒーローを、生き方として持ち続けてしまった大人たち”の中の、いちばんむき出しな形に見えてくるんだよね。

ここ、
かなり刺さる。

だってさ、
大人になると普通は隠すじゃん。
昔好きだったものを、
ここまで表に出さないじゃん。
でもこの人たちは隠さない。

むしろ前へ出す。

しかも危険が来た時、
そのまま戦う。

この時点で、
もう“ごっこ”って言葉が軽く聞こえなくなる。

ごっこなのに、
人生を賭けてる。
ごっこなのに、
身体を鍛えてる。
ごっこなのに、
怪我しそうな場所へ行く。

東島がなんでそこまで“ごっこ”にこだわるのかって、
たぶん東島自身も一人では抱えきれない熱を、
周りの同類たちが現実の形で肯定してくれるからでもあるんだよね。

ユリコもいる。
一葉もいる。
三葉もいる。

だから東島は、
恥ずかしいままでいられる。
痛いままでいられる。
そして、
その痛さを隠さず前へ出せる。

ここ、
すごく大きいと思う。

東島の“ごっこ”って、
ただの個人趣味じゃない。
同じ熱を抱えた大人たちが周りにいるからこそ、
余計に本気へ変わっていくものなんだよね。

第6章:それでも東島が特別に見える理由──一回手放して、それでも戻ってしまったから、この人の“ごっこ”は他の誰よりも痛々しくて熱い

ユリコも一葉も三葉も最初から熱い。でも東島には“やめようとした過去”がある。この差がめちゃくちゃデカい

ただ、
同じように本気な大人が周りにいるとしても、
東島には東島だけの痛さがあるんだよね。

そこが第6章の肝だと思う。

ユリコは、
タックルになる覚悟を決めて、
ずっとその熱を持ち続けてる。

一葉は、
最強のライダーはV3だと信じて疑わず、
自分の魂がV3だと言い切る。

三葉も、
ライダーマン愛をずっと抱えたまま、
ファミレス店長として生きながら戦う時は自分のスタイルを持ってる。

みんな最初から熱い。
みんな最初から濃い。
みんなかなり本気。

でも東島だけは、
いったん手放してるんだよ。

ここが本当にデカい。

仮面ライダーグッズを全部売る。
夢を畳もうとする。
自分の人生の真ん中に置いてきたものを、
自分の手で切ろうとする。

これ、
言うほど簡単じゃない。

だって東島にとって仮面ライダーって、
ただ集めた物じゃないから。
鍛えてきた時間。
憧れてきた年数。
なりたかった自分。
全部そこに入ってる。

なのに、
孤独死したあとの未来が頭をよぎって、
このままじゃ自分の人生が全部ゴミになる気がして、
いったん手放す。

この経験、
東島だけが通ってる痛さなんだよね。

好きなものを持ち続ける苦しさってあるじゃん。
でも東島は、
持ち続ける苦しさだけじゃなく、
手放す苦しさまで味わってる。

で、
それでも戻ってしまう。

ここがもう、
たまらなくしんどい。

一回諦めたのに、
やっぱり無理だった。
終わらせようとしたのに、
ショッカーが現れた瞬間に身体が前へ出た。

この往復があるから、
東島の“ごっこ”って
単なる熱血じゃなくなるんだよ。

執念なんだよね。

夢を見続けてるだけじゃない。
現実に負けかけて、
それでも戻ってくる。

そこがめちゃくちゃ痛々しいし、
めちゃくちゃダサかっこいい。

東島の“ごっこ”は、好きだから続けているだけじゃない。手放したら自分が空っぽになると知ってしまっているから、戻るしかない

たぶん東島って、
仮面ライダーをやってるというより、
仮面ライダーを手放した自分に耐えられなかったんだと思うんだよね。

ここ、
かなり来る。

グッズを売った。
夢を畳んだ。
大人として現実を見た。
これで終われるはずだった。

でも終わらなかった。

なぜか。

手放したことで、
自分の中の中心まで抜け落ちた感じがしたからだと思うんだよ。

東島って、
ただライダーが好きな人じゃないじゃん。
ライダーになりたかった人なんだよ。
しかも、40歳になっても本気で。

その人間が、
「もうやめます」
ってなったらどうなるか。

きっと楽になる部分もある。
世間から見ればマシに見えるかもしれない。
でも東島の中では、
たぶん何かが死ぬ。

だから夏祭りでショッカーを模した強盗を見た瞬間、
お面へ手が伸びる。

あれって懐かしさじゃないんだよね。
回帰でもない。
反射に近い。

“ここで立たなかったら、俺は本当に終わる”

そういう切羽詰まった感じがある。

で、
そこから東島はまた仮面ライダーを名乗る。

この時、
たぶん東島は
「また夢に戻れた」
っていうより、
「やっぱりこれしかない」
って感覚だったんじゃないかなと思うんだよ。

ここが東島の特別さなんだわ。

ユリコも一葉も三葉も、
それぞれ自分のライダー愛を持ってる。
でも東島は、
それをいったん失いかけたあとで、
なお戻ってきてる。

だから熱さが生々しい。
だから執着が重い。
だから痛々しさが消えない。

しかもその痛さって、
見てて少しわかるんだよね。

大人になると、
好きだったものを手放す場面ってあるじゃん。
恥ずかしいから、
現実に合わないから、
周りに笑われそうだから、
生活の邪魔になるから。

東島はそれを実際にやった。
でもダメだった。

つまり東島が“ごっこ”にこだわるのって、
好きだから続けてるだけじゃない。
それを失った自分が、
あまりにも空っぽだったからなんだよね。

この感じ、
かなり刺さる。

重いし、
しつこいし、
正直かなり危うい。
でも、
そこまでしないと立てない人もいる、
っていうのを東島はむき出しで見せてくる。

だから東島の“ごっこ”って、
単なる趣味でも、
軽い憧れでも終わらない。

一度は現実に負けそうになって、
それでも戻ってきた人間の、
最後まで捨てきれなかった生き方なんだよ。

そこがほんと、
しんどいくらい熱いんだよね。

第7章:最新局面──東島の“ごっこ”はもう個人の夢じゃない。仲間を動かし、街ごと飲み込む危機へ立ち向かう戦いになっている

最初は祭りの一角だった。でも今は“増員計画”を止める側へいる。この広がりが東島の変化をいちばん物語っている

ここまで来ると、
もう最初の東島とは景色がかなり違う。

第1話の東島って、
本当に一人だったんだよね。

仮面ライダーグッズを全部売った直後で、
気持ちはかなり沈んでいて、
それでも夏祭りでショッカーを模した強盗を見た瞬間、
出店で仮面ライダー1号のお面を買って、
一人で名乗って、
一人で前へ出た。

あの時の東島って、
良くも悪くも“自分の中だけの熱”で動いてた。

誰かに頼まれたわけじゃない。
誰かが期待したわけでもない。
ただ、
目の前に悪がいて、
そこで立たないと自分が終わる気がしたから、
身体が勝手に前へ出た。

かなり泥くさい。

かなり不器用。

正直、
外から見れば相当危うい。

でも、
その一歩がここまでつながるんだよね。

第22話になると、
最初に異変を察知するのは三葉とユカリス。

ここがまず熱い。

三葉はライダーマンに人生を重ねた男で、
普段はファミレス店長として働きながらも、
戦う時は装着したアームと合気道を混ぜた独特の動きで前へ出る。

ユカリスは、
かつて女ショッカー戦闘員だった側の人間。

つまり、
ライダー側とショッカー側、
両方の空気を知る二人が、
先に異変へ気づく。

「ショッカーが動き出した」

この知らせが東島へ届く。

ここ、
最初の頃と決定的に違う。

第1話では、
東島はニュースを一人で見て、
一人で祭りへ向かった。

でも今は違う。

異変を察知する仲間がいて、
情報が流れ、
すぐに東島、一葉、ユリコが動く。

つまり東島の“ごっこ”は、
もう自分一人の熱で完結してない。

仲間の動きと接続してる。

しかも向かう先は、
ただの局地戦じゃない。

蝙蝠男による
大規模ショッカー増員計画の阻止。

ここで一気に規模が変わる。

祭りの強盗を止める、
数人の戦闘員を返り討ちにする、
そういう段階を超えて、
街そのものへ広がる危機を止める戦いになる。

この変化、
かなり大きい。

東島は最初、
お面一枚で走った男だった。
でも今は、
その延長線上で、
都市規模の危機に立ってる。

なのにやってることの芯は変わらない。

悪がいる。
なら前へ出る。

その時、
自分を押し出す形が
仮面ライダーである。

ここが一切ぶれてないんだよね。

“ごっこ”なのに人を動かす。そこまで来ると東島が守っているのは夢じゃなく、現実そのものなんだよね

しかもここでさらに効いてくるのが、
東島の周囲の人間が、
完全に東島の熱を前提に動いていることなんだよ。

ユリコは、
東島の最初の行動をニュースで見た時点で
「先を越された」と本気で悔しがった。

一葉も、
東島とぶつかりながら、
結局は同じ前線へ立つ。

三葉も、
ユカリスも、
今では異変があれば東島へつながる。

これって、
かなりすごいことなんだよね。

だって最初の東島って、
どう見ても“40歳でお面を買って名乗る人”だから。

普通なら距離を置かれてもおかしくない。

でも違う。

東島の泥くさい本気って、
何回も現場で前へ出るたびに、
周囲の人間を少しずつ巻き込んでいく。

第5話で戦闘員を返り討ちにした時もそう。
ユカリスの伝令で集まった戦闘員相手に、
東島、ユリコ、一葉でぶつかる。

第16話以降は、
サンダーライコや元戦闘員粛正みたいな、
もっと重い局面にも踏み込む。

第17話では蝙蝠男が
「世界中の人間をショッカーにしてやる」
と動き出す。

ここまで広がった危機の前でも、
東島は立つ。

しかも、
お面を捨ててない。

ここがすごい。

普通なら、
規模が大きくなればなるほど、
“ごっこ”は邪魔になるように見えるじゃん。

でも東島は逆なんだよ。

規模が大きくなっても、
結局その形で前へ出る。

つまり東島にとって仮面ライダーごっこって、
趣味でも演出でもない。

現実の中で、
自分が折れないための骨格なんだよね。

ここまで来ると、
東島が守ってるのは
昔の夢じゃない。

夢だけだったら、
祭りの一件で終わってる。

そうじゃなくて、
東島は今、
現実の人間関係を守り、
街へ広がる危機を止め、
仲間と連携して戦ってる。

つまり“ごっこ”の中身が、
完全に現実へ食い込んでる。

でも不思議なのは、
そこまで行っても東島が急に立派なヒーロー顔にならないことなんだよ。

相変わらず泥くさい。
少し暑苦しい。
少し不器用。
少ししつこい。

でも、
そこがいい。

だって東島って、
完璧なヒーローになったわけじゃない。
40歳になっても、
仮面ライダーになりたい気持ちを処理できなかった男が、
そのまま現実の最前線まで来てしまっただけなんだよ。

このズレ、
この必死さ、
この少し痛々しい熱があるから、
東島の“ごっこ”って最後まで軽くならない。

最初は祭りの片隅だった。

でも今は、
街ごと飲み込む計画を止める側にいる。

その全部の始まりが、
出店で買った一枚のお面だったと思うと、
あの瞬間ってやっぱりめちゃくちゃ大きいんだよね。

東島は、
“ごっこ”を続けているんじゃない。

“ごっこ”という形でしか守れない自分の正義を、
最後まで捨てずに持ち歩いている。

だからここまで来ても、
あの人はまだ、
仮面ライダーになりたがってる。

しかもそれが、
ちゃんと今の現実を動かしてる。

そこが、
東島丹三郎という人のいちばん熱いところなんだと思う。

この記事のまとめ

  • 東島の“ごっこ”は、40歳でも捨てきれない生き方だった
  • グッズを全部売る場面が、ただの片づけじゃなくて重い
  • 祭りでお面を買う瞬間に、本当の自分が戻ってくる
  • 名乗ってから殴りに行く順番が、めちゃくちゃ熱い
  • 東島は語るだけじゃなく、危険のたびに本当に前へ出る
  • ユリコや一葉たちも本気だから、東島だけ浮いて終わらない
  • 一度やめようとして、それでも戻る痛さがかなり刺さる
  • “ごっこ”は夢の続きじゃなく、折れないための骨格だった
  • 今は街の危機へ向かう戦いになり、もう一人遊びじゃない

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